sect.2 トラブルメイカー
その頃、別の場所
砂海を進む一台の荷車が見える。
荷車の後部では、一人の少年が荷台に寝転がり大きなあくびを繰り返していた。
「ヒマだ・・・」
荷車はこの地方でヒックルと呼ばれる動物に引かれ、心地よい揺れと共にゆっくりと進んでいる。
「夕方にはハタムに着きますから、我慢してくださいよ。ニト坊ちゃん」
「夕方・・・。こんな砂しかないところで、一日中我慢しなくちゃならないのか」
「仕方がないやないですか。だから止めた方がいいって言うたのに、付いてくるって言ったのは坊ちゃんなんですから」
「だってそうでもしなきゃ、ハタムから外に出ることをオババが許してくれないのだから、それこそ仕方がないじゃないか」
「うーん・・・」
ヤンチは手綱を握りしめる手を緩めながら、ひとつため息をつく。
「まあ、確かにシャンネラの親分も坊ちゃんに、過保護なんじゃないかって思うときはありますが、いいんじゃないですかね?」
「なんで!?」
ヤンチの言葉に、ニトが食いつく。
「だってそれだけ大切にしてもらえてるって事やないですか」
「そうは言うけど、ホドってもんがあるよ」
ニトはうんざりした様子で、フンと不機嫌な顔になる。
「愛情の反対は無関心。愛情が深ければ深いほど、関心が強くなるモンなんですよ」
「アレは愛じゃなくて、嫌がらせだよ」
「そうですかね、アッシはうらやましく思う時もありますがね」
「う~ん・・・」
ヤンチの言葉に、ニトはどうしても納得できない。
「アッシは放浪の身だったところをシャンネラの親分に拾ってもらって、ここで初めて家族ってものを教えてもらったし、感謝してもしきれないんですがね・・・。やはり血のつながりってのがあるのは、ええなぁって思ってしまう時はあります」
「・・・ゴメン」
ニトはハッとした表情になり、しおらしく謝る。
というのも世界には身寄りのない子供が溢れており、ヤンチも昔はそのうちの一人だったのをニトは知っていた。
「いやいや、そんな坊ちゃんを責めてるわけではありませんよ」
「うん、わかっている。だけど・・・」
「?」
「僕は早く、一人前にならなきゃいけないんだ・・・」
ニトの言っていることの意味がわからず一瞬考え込むヤンチだったが、間もなく何かを納得して優しい瞳でニトを眺める。
「坊ちゃん、あなたは優しい。その優しさは強さです」
「そんな事ないよ!」
「いやそうだと、アッシは思いますよ。ただ・・・」
そう言いながらヤンチは言葉を止める。
「ただ?」
「いつも背伸びばかりしてちゃ、張り詰めたものが縮まなくなっちまうし、イザという時に何かの拍子でプチッと切れちまいますよ」
「・・・・」
「少しは弱音を吐いても、甘えてもいいんじゃないですかね?大人だからとか子供だからって事じゃなく、それがヒトってもんですし」
「・・・うん」
頑なにヤンチの言葉を拒絶していたニトだったが、わだかまりが解けたのかスッキリした表情で小さくうなずく。
「アッシは坊ちゃんの背負っているものをよく知らないし、それを聞くべきでもないと思うから、これがアッシの出来る限りのアドバイスですわ」
「そうだね、ありがと」
「どういたしまして」
そう言って照れくさそうに、ヤンチから視線を逸らすニト。
心のうちを人前で出すことに慣れていない少年は、この後の会話をどう繋げていいものかと妙に気まずい空気に視線を辺りに漂わせる。
そして遠方で舞い上がる砂煙に気が付いた。
「ん?アレは何だ?」
「どうしました、坊ちゃん?」
「何だろう、砂煙が上がっている・・・」
そう言ってニトが指差す方向に、ヤンチが目を凝らすと確かに小さく砂煙が上がっているのが見えた。
「本当だ、何ですかね?こっちに近づいてきているようにも見えますが」
二人はその光景をのんきに眺めていた・・・。
数刻前にさかのぼる
「ぬおぉぉぉ・・・!」
「ピ~・・・!」
ザンザンザン・・・
私達は砂を走る風になったのだが、その背後からヤツが突風となって追いかけてくる。
そう、ヤツとはもちろんトカゲヤロウのことだ。
ヤツはその体型からは想像も出来ないくらいに、速くていらっしゃった。
まかりなりにも私もヒトならざるものだ、走るスピードはヒトの域を超えるくらいのものが出ていると思うのだが、振り切れないではないか。
必死の形相で走る私の顔は、恐らく人前には出せぬほどの恥ずかしいモノになっているだろうが、そんなことを考えている余裕もない。
背後から感じる殺気は、とてつもない恐怖で迫ってきている。
「しかしナゼ私達が、コイツに追いかけられなければならんのだ!?」
「ピ!?」
「私達が一体、何の悪いことをしたというのか!」
「ピピピー!」
「ナニ!?生物には逃げる獲物を追いかける本能がある!?」
「ピ!」
「ということは走るのを止めたら、ヤツも止まるというのか!?」
「ピー!」
走りながら背後を振り返って、ヤツの様子を窺ってみる。
「・・・ムリだ!」
「ピ!?」
「ここで立ち止まる勇気は私にはない!」
「ピピピー!」
「何、タマちゃんにもない!?だったらナゼ!?」
(ハッ!?タマちゃん、私を囮にしようと!?ショーック!!)
「いや、そんなハズはない。タマちゃんに限ってそんな!」
「ピ!?」
(だいたい私のような人型と、羽の生えた玉ではどちらがトカゲの本能を刺激するかなど一目瞭然ではないか!)
「ダメだダメだ、そんな事を考えるな私。ダメだ、カネサダ!本当の優しさとは弱者をいたわってこそだ。溢れるほどのお前の優しさを、今こそ発揮する時ではないか!」
「ピ!?」
「そもそもナゼ、そんな話になったのだ!?」
「ピ!?」
「ダメだ、冷静に考える余裕がない!」
「ピ!?」
「・・・タマちゃん、撹乱作戦だ!二手に分かれよう!」
「ピピー!!」
(さらばタマちゃん!君の犠牲はムダにはしない!)
「いっせーのせーで、二手に分かれるぞ!」
「ピピー!」
「いっせーの・・・」
「ピー」
「せー、今だ!」
そして私たちは二手に分かれる。
(グッバイ、マイフレンド。安らかに眠れ!)
ザンザンザン・・・
「ん!?」
背後から迫るヤツの気配に変化がない。
(まだタマちゃんは離れていないのか!)
「タマちゃん、早く向こうへ・・・!?」
そう言いながら隣に視線を投げると、そこには私とヤツの元から離脱していくタマちゃんの姿が・・・。
そしてタマちゃんの視界には巨大なトカゲの鼻先で、風にたなびく私の赤いコートの端が映っているのだった。
「・・・一人にしないで、タマちゃ~ん!」
遠くからタマちゃんのピーという、小さな声が聞こえる・・・。
助けて、タマちゃん!あなたの溢れんばかりの愛を私に!
なんだか、どこからともなく冷たい視線を感じるが、仕方がない!
そして私は今日も生きている!
ビバ!開き直り!
気が付けば私達を追いかけていたヤツとの構図は、私を追いかけるヤツとその後を追うタマちゃんという形に変わっていた・・・。




