sect.19 別離と転生Ⅰ
医療セクション内のシュカヌの病室。
あの日の事故から数ヶ月の月日が経過していたが、シュカヌの意識は依然戻らず、室内にはポッポッポ・・・と彼に接続された機械音だけが虚しく響いていた。
かといって室内にいるのは、意識の戻らないシュカヌだけではなかった。彼の傍には寄り添うように母親の姿があった。
数ヶ月前からは想像も出来ないほどに、衰弱して精神崩壊寸前になったアリア博士の姿が・・・。
あの日以来ロクな食事も取らず、つきっきりでシュカヌの看病を続けるアリアを気遣い、トナムや看護師達が彼女をシュカヌから離そうとしたが、頑なに彼の元から離れない彼女は半ば廃人と化していた。
周囲の言葉はもはや彼女に届かず、自力で立ち上がり歩行することも難しい状態であった。
そんな彼女の元にエンゾがやってきたのは、昼下がりの緩やかな時間が流れる頃だった・・・。
病室の窓からはやわらかい光が差し込み、アリアはまどろみの中に身をおいていた。
そんな静寂を切り裂くように、数人の男達が病室の扉を開く。
彼は白衣を着た研究員を八人連れて、二人の病室に現れた。
「お迎えに上がりました・・・」
エンゾが語りかけても、アリアは一点を見つめたまま、何の反応もない。
その様子を見て取ったエンゾは、同行した研究員達に目で合図を送る。
研究員達はアリアを取り囲み、数人で痩せ細って軽くなったアリアを抱えあげる。そして準備してきた車椅子に移動すると、そこに彼女を乗せた。
アリアは抵抗するそぶりを見せたが、衰弱した彼女の力はあまりに弱く無力だった。
「いったい何をしているんですか!?」
異変を感じた看護師達が、慌てて部屋に踏み込んでくる。そして研究員達を止めに入るが、一団の中心にいる人物がエンゾであることを知って立ち止まった。
「あなたは・・・」
「心配は要りません、彼女に危害を加える気は毛頭ありませんから・・・」
その言葉で彼らに詰め寄っていた看護師達は、部屋から出て行く。
邪魔者が消えたことを確認して、研究員達はベッドに横たわるシュカヌの体につけられた機器や点滴の針を無造作に外すと、アリアと同じように数人がかりでベットから少年の体を持ち上げる。
そして車輪の付いた台に、彼を乗せた。
「さあ行きましょう。この先の運命を受け入れるか、抗うかはアナタの意志にまかせます」
アリアは虚ろな瞳で、“あぅぁ”と小さくうめき声を上げたが、やがて静かになる。
「いいでしょう・・・。これはアナタにとって大きな選択でしょうが、それは我々にとっても同じことです。その先にあるものをただ待つのではなく、自らの意思で取りにいきましょう」
そう言いながらエンゾが研究員に合図を送ると、彼らはアリア達を病室から連れ出した・・・。
外は肌寒い風の流れる季節となっていたが、物理的に密閉されたこの世界ではそれを感じることもない。
この場所をアリアが訪れるのは数ヶ月ぶりのことだった。とはいえ衰弱した彼女がひとりで外を出歩くこと自体が、不可能に近い状態ではあったが・・・。
ひさしぶりの研究所内は、外見的には何も変わりはなかった。もっとも緻密な人間で構成されたコミュニティーが、そこに孕んだ闇を表に出すことなどあるはずがなかった。
その所内を数人のグループが進む。
彼らの中心には痩身の男と、車椅子の女、そして台車に乗せられた子供。
異様な組み合わせだったが、周囲の関心が彼らに向かっている様子はない。
所内を進むにつれ、アリアの目の前には懐かしい風景が広がる。そこはかつて彼女の研究室“彼女の場所”だった周辺・・・。
皮肉なことに部外者のような扱いで連れてこられたのは、自分の古巣ともいえる場所だった。
「さあ、着きました」
エンゾが言葉とともに扉を開くと、室内では十数人の研究員が作業を進めていた。
そして部屋の中央に据えられた、巨大な円筒形の容器の中を見て、アリアの瞳が大きく見開かれた。
「気が付きましたか?」
容器の中には、隣で台車に乗っているはずのシュカヌの姿があった。
アリアは小さくうめき声を上げると、車椅子に乗ったまま容器に手を伸ばす。
さらに近づきよく見てみても、容器の中で液体に浸かり浮かんでいるその姿は、自分の息子に瓜二つだった。
「アナタの子供さんが生まれ変わる、新たな身体です・・・」
エンゾがアリアの隣にやってきて、静かに語る。
「今からお子さんを、この身体に接続します。そして彼の魂を、この身体に移管しようと考えるのですが、ひとつ問題があります」
エンゾはアリアの隣にしゃがみ、彼女の目を覗きこみながら続ける。
「今の状態は、お子さんの魂が迷子になりかけている状態です。そこでアナタをマザーシステムに繋いで、そこから仲介します。アナタにはお子さんの魂を誘導して欲しいのです」
アリアはエンゾと目線を合わせることもなく、小さくうめき声のような声をだす。
エンゾはそれを同意の合図と判断して、無言でうなずく。
「いいでしょう。準備に取り掛かってください」
エンゾの言葉で、研究員達が慌しく動き出す。
台車に乗せられたシュカヌを、病院のベッドのようなそれに乗せ替える。そしてコードの着いた装具を、シュカヌの頭部に取り付けていく。彼と瓜二つの身体が入った容器からもコードが出ているので、これでふたつの身体を繋いでいるのだろう。
別の研究員達は、車椅子に乗ったアリアを部屋の隅に移動させ、その一角に準備された場所でシュカヌと同じように装具を頭に取り付ける。
アリアはシュカヌと離されて、小さくうめき声を上げながら手を彼のほうに伸ばすが、その距離が縮まることはなかった。
「準備が整いました」
一斉に研究員達が、エンゾに伝える。
「始めましょう・・・。我々の大きな第一歩を」




