sect.20 別離と転生Ⅱ
「準備が整いました」
一斉に研究員達が、エンゾに伝える。
「始めましょう・・・。我々の大きな第一歩を」
エンゾの合図で、研究員達がコンピュータに向かって操作を始める。
まもなく身体と液体の入った容器内に、コポコポと小さな泡が湧き始めた。
時を同じくして部屋の片隅のアリアからは、苦しそうな声が上がっている。
シュカヌの意識にダイブしているのだろう、アリアの意識はない。
マザーシステムを介しての接続には問題はないと思われるが、同時進行で行っている彼女の思考や情報データのコピーが何らかの不具合を誘発しているのだろうか。
ここまできたら考えても仕方がない、ゴリ押しでもいいからやりきるだけだと、エンゾは心の中でつぶやいた。
(ここはどこ?)
アリアは見慣れた懐かしい風景の中でさまよっていた。
そこは彼女がシュルナフ研究所に赴任してくる前に、シュカヌや亡くした夫と過ごしていた家。小さいながらも郊外の一戸建てで、彼女の育てていた鉢植えの植物に囲まれた幸せな時間だった。
(私は何故ここに居るの?)
夢を見ている時のように、起こっている現象が事実のように思えてしまうが、なにか忘れてはならない重大なことを忘れているような感覚に、アリアは必死で記憶の糸をたぐり寄せる。
(私は確か研究所にいて・・・。そうだ!シュカヌの魂を移し替えるために、あの子を誘導しなくてはならないんだったわ)
このままこの心地よい空間に留まっていたい、そんな思いを振り切るようにアリアは歩き始めた。
家の中は彼女達が住んでいたあの頃のまま、すべてが忠実に再現されていた。
(なぜこんな所にいるのかしら・・・。もしかして、ここはシュカヌの意識の中なの?)
家の中をくまなく歩きつづけていたアリアは、突然なにかの気配を感じて立ち止まった。
『こんなところにいたのかアリア』
懐かしく、でも決して忘れようのない声の響き。
(あなた・・・)
そこには半透明の姿になった夫とシュカヌが立っていた。
『かあさん、どこにいたの?早くここを出ないと』
(出て行くって、どこに?)
シュカヌの言葉にアリアがたずねる。
『わからないけど、この家なくなっちゃうから早く出ていかなきゃならないんだ』
『君のことが心配だったが、これで安心だ。三人でここを出て行こう』
(あなた・・・)
『でも変なんだ。僕達なぜだか家から出られなくて』
そういって外に向かって扉から駆け出て行ったシュカヌが、リビングの奥から姿を現す。
『何度やっても、ここに戻ってきてしまうんだよ』
(何故かしら・・・)
そう思いながらもアリアはふと気付く。そうだ、ここはシュカヌの意識の中だった。
この子の意識なのか魂なのかは分からないが、少なくとも彼の存在は一番幸せだったころの記憶の中に縛り付けられているのだろう。
しかし彼の魂を移管するためには、この呪縛ともいえる鎖を断ち切らなくてはならない・・・。
アリアは我が子のほうに向かい、彼の側にしゃがんで話はじめる。
(シュカヌ聞いて、ここはあなたが造り出した世界。現実の世界じゃないの)
『何を言っているの、かあさん!?』
『何を言っているんだ、アリア』
シュカヌと夫の二人が、同時に驚きの声を上げる。
アリアは一度失ってしまった夫を再び失う悲しみに、しばらく硬く目を閉じて耐える。
そして暫らくして意を決したかのように瞳を開くと、言葉を搾り出すように続けた。
(あなたのお父さんは、もういない・・・)
『イヤだ!!なぜそんな事を言うんだ!?』
シュカヌは耳をふさいでしゃがみ込む。
『アリ・・ア・・・、なぜ・・・』
しかし半透明だった夫の姿は徐々に色を失っていき、やがて消え去ってしまう。
アリアは流れ落ちる涙をこらえながら続ける。
(でもあなたは生きなくちゃならない・・・。それが私の、そしてあの人の望みだったから)
『イヤだ!!苦しいよ!!』
シュカヌはしゃくり上げながら、叫び声にも似た声を上げる。
(だめよ、強く生きなくちゃ!!)
アリアが強く言うと、辺りの風景がしだいに色褪せてゆき、やがて辺りは闇に包まれた。
『ダメなんだ・・・。もう僕には帰れる場所がないんだ・・・』
暗闇の中でシュカヌの悲しい声だけが響く。
(大丈夫よ、周りをよく見渡してみなさい。きっと光が見えるはず)
『どこ?見えないよ』
(よく見てみなさい。きっと見える、あなたは強い子だから・・・)
しばらくして頼りないシュカヌの声が聞こえてくる。
『あれかなぁ・・・。何かぼんやりした光のようなものが見える』
アリアには何も見えなかったが、そこはシュカヌの意識に介入している状態だからではないかとアリアは思った。
(行きなさい、その光が必ずあなたを導いてくれる)
『かあさんは?』
(大丈夫、光の先であなたを待っているから)
『わかった』
やがて暗闇の中からシュカヌの気配が消えた。
(さて私も帰らなくちゃ、光の先に・・・)
アリアがそう思った矢先だった。
暗闇だった辺りの風景が、血のように真っ赤に染まる。
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(な・・・、何!?)
突然アリアの意識に洪水のように、何かが流れ込んできた。
その力はあまりにも巨大で、アリアは抵抗しようと考える余裕もなく引きずり込まれるような感覚に襲われた。
(飲み込まれる・・・!なにかわからない巨大な・・力に・・・)
それは深く暗い海で、足を取られて溺れていくようだった。
(ダメ帰らなきゃ・・・。でも・・、帰れ・・・ない・・・)
そしてアリアは意識を失った・・・。
「エンゾ博士!なにか異変が起こっています!」
アリアに付き添っていた研究員が声を荒げて報告する。
「一体どうしたというのですか?」
「アリア博士に繋いでいた計器が、突然異常な値に振れたので彼女を調べてみたら」
「調べてみたら?」
「息をしていません!」
「!!?」
・・・・クン、・・・ドクン
そして容器の中の身体は、静かに鼓動を始めた・・・。
「ちょっと待って!ワケがわからないよ・・・」
その時、今までシュカヌの話を聞いていたユマが、突然大きな声で叫んだ。




