名前の呼べないいとこ(一、採用)
さくらが受けた意地悪社長の面接は土曜日に行われたので、木曜日か、遅くとも金曜日くらいまでには合否結果が電話で知らされるだろうと思っていた。
その間さくらは、璃久が期待を持ち続けてわくわくする姿を見たくなかったので、なるべく早く『不合格』の連絡をもらい、二人して完全に諦め、また一からやり直す体制に早く入りたいと思い、イライラしながら待っていた。
しかし、まだ火曜日だというのに『不合格』の電話がこないことに耐えられなくなり、さくらは職安に行くと言い出した。
璃久は「職安にあなたの仕事があると思うなら一日中行ってらっしゃい」とそっけなく言ったので、さくらは腹を立てていつものように璃久に当たり散らした。
「あるかもしれないじゃない!そんなふうに馬鹿にしたら、あそこで必死になって探している人に悪いじゃないの。散歩がてら行ってみようと思っただけなのに」
璃久はふき出して笑いながらこう言った。
「馬鹿になんかしてないわ。じゃあ、偏屈じいさんの面接につき合ってくれない?近くの喫茶店で待っててくれるだけでいいから。午後は面接でしょ、ね、お願いよ」
「イヤよ。そんなじいさん見たくないよ!」
さくらがこんなことを真剣に言うので璃久はげらげらと笑った。
「お母さん!私はふざける気分じゃないの!もうそんな風に笑うのはやめてよ」
「どうしてそんなにイライラしてるの?連絡がこないから?」
璃久がはっきりと言ってくるので、さくらはカッとなり「お母さんはズバリ言うのね」と怒鳴って、外に出て行こうとした。
―――ちょうどその時、魔法のように電話が鳴った。
さくらはもう誰とも、なんにも話したくなかったのでコール音を無視していたのだが、璃久は落ち着いて受話器を取った。
そして、初めはいつも通りに対応していたその顔にだんだん赤みが差して来るのがさくらにもよくわかった。
璃久は丁寧にお礼を述べてから「少々お待ちいただけますか」と優しく言って、はずむようにさくらを呼んだ。
受話器を保留にせずに通話口を手で押さえながら。
「さくら、先日の会社の方がお電話を下さったわ。採用ですって!早く来なさい」
さくらは驚いてつまづきそうになりながら慌てて電話に出た。
電話の相手は例の『いやらしい目つきの意地悪社長』で、よければぜひ入社して頑張ってほしいと、とても紳士的な話し方でさくらに告げた。
そして『よかったらなるべく早く来て欲しいので、今週中に給与や休日などの勤務条件を示して正式な雇用契約を交わしたいので、一度来社して欲しい』という意向を伝えて来た。
さくらの心臓はものすごい音をたてて高鳴り、今にも倒れそうなくらいにふらついてしまった。
来社日はいつでもいいと言ってくれたので、さくらはさっきの璃久のように丁寧にお礼を述べ、自分はいつでも大丈夫なのでそちらの都合に合わせて日にちを決めてもらいたいということを、礼儀正しく丁寧に伝えた。
社長は早いほうがいいねと言って、明日の水曜日に最終打ち合わせをする事になった。
社長が『では明日の十一時に』と言ったので、さくらは改めてお礼を述べ電話を切ろうとしたのだが、おかしなことに社長はそれに合わせて切ろうとはせず、
――『土曜日はたくさん時間をとらせてしまったね。その割に作品をあまりよく見れなかったので申し訳なく思っています。明日こちらに来る時に、よければ先日のデザイン画と、他にももしあったら全部持って来て見せて欲しいんだが』と言ってきた。
さくらは落ち着いた優しい声でこう言われて、さっきからずっと続いていた胸の高鳴りが引いていくのを感じた。
社長はさくらの答えを待たずに、
――『それから、もし君が嫌でなかったら、私だけでなく他のみんなにも見せたらどうかと考えているんだが』と訊ねてきた。
社長の落ち着いた声は、あの夜璃久に指摘されるまで気付けなかった『自分の面接での振る舞い』をさくらにまざまざと思い出させた。
本当に失礼な態度をしてしまったのだと。
さくらはこうして電話で繋がりながら、社長と自分の二人が、ついうっかり素のままの欠点をさらけだしたあの時の『秘密』を自分達が共有しているよ、ということをこっそり確認し合っているような気がした。
―――(もしかしたらこの人も、あの時のものの言い方や態度を気に病んでいたのかしら?)
と、さくらはこんなことをずうずうしくも思った。
そして、ますます自分勝手な解釈だが、紳士的な話し方の中に隠された『仲直りの握手』を受け取ったような気がしてこの社長に親近感を覚えた。
さくらは素直な気持ちで「ありがとうございます、そうしていただけると嬉しいです。本当は誰かに詳しく見ていただいてアドバイスや感想を伺いたいとずっと思っていたんです」と答えた。
すると、社長はさっきより大きな声でこう言った。
『私は、その気持を忘れてしまうことがないように気をつけなければならないね。自分だってそうだったんだから!明日はお互いの作品を見せられる時間をたくさん作ることにしよう』
この後で社長ははきはきと明日の予定をさくらに告げると丁寧に電話を切った。
さくらが失礼いたしますと言ってからゆっくり受話器を置くと、すぐに勝ち誇った顔つきで璃久が抱きついて来た。
「ほらやっぱり言った通りね!お母さんにはわかってたわ。さあ、どうするつもり?何でも言うことを聞くんでしょ?私の面接につき合ってくれるわよね?」
璃久は子供のようにはしゃいでいた。
「ええ何?言うことを聞くなんて、そんな約束知らないよ。でもまあ偏屈じいさんとこにつき合ってあげるよ。ああお母さん!私信じられないよ!どうしてこんなことになったの?もう本当にあきらめてたのに、明日また行くことになったの。色々な打ち合わせでね。他の作品も見たいって!
あの人、一体どうしたのかしら?すごく感じのいい話し方だったわ」
さくらは興奮しながら話し続けた。
「あの社長ね、自分だってそうだったんだからって言ったの。つまり、自分もそんなふうに思ってた若い頃の気持を忘れてしまわないようにってことよ。私、自分の作文を思い出したわ、ばかみたいだけど。でも私、決まったのよお母さん!」
「そうよ。もう大丈夫よ、よかったわねさくらちゃん!私本当に嬉しいわ」
璃久はこう言ってもう一度さくらに抱きついて、昔やったみたいにさくらの頬を突っついた。
さくらは日曜の朝、母の首に魔法の力のあるペンダントをかけて幸せにしてあげたいと目に見えぬ涙を流したことを思い出した。
もし本当にそう出来るなら!
さくらは何も言わずただ子供のように母の首に手を回し、優しい母をぎゅっと抱きしめた。
こんばんは!ここまでお読みくださりありがとうございます。
今日は張り切って何話かまとめて投稿してしまいました。
少しでも続きが気になるようでしたら、またぜひお読みいただけると嬉しいです。




