やって来た魔法たち (一、おじさんのためにしたいこと)
璃久とさくらが阿部家と完全に決別し、新しく始められたあの日から数週間が過ぎた。
さくらはまだ璃久に対しても佐倉に対しても何かを確かめようとはしなかった。
それは、平穏なこの日々をさくらが本当に大切に思っていたからであり、もう少しだけこんな風に璃久と笑って過ごしたり、理想の父である佐倉との楽しいデートを重ねて、幸せなひと時を味わっていたいと、ただそう思ったからであった。
さくらは会社ではあまり家のことを話さなくなった。
璃久の話を持ち出すことで佐倉の鋭い視線をあびたり、どぎまぎして疑われたり感づかれたりしたくなかったからだったのだが、ことあるごとにミキオや後藤が佐倉の前で璃久の話をすることが多くなってきて、さくらはその度にびくびくさせられていた。
佐倉のほうはどうかと言うと、さくらと自分は両思いだからと公然と話して、咲子の機嫌を損ねないようにうまく調整しながら二人で食事に出掛けたり、土曜日は相変わらず歌で合図をして大きな木を探しにふらふらして歩いた。
この二人の土曜日のデートは、もうこっそりした合図なんて必要ないくらい、他のみんなにすっかり知られていた。
二人の『さくら』はデートの時に木の上の女性についてよく話した。
佐倉はその話を自分から持ち出して、遠い日の二人がどんなことを話していたか、彼女がどんなふうに笑っていたか、そしてどんなに自分がその人のことばかり考えて過ごしたかを、さくらに話して聞かせた。
佐倉の低い静かな声で聞かされているうちに、さくらはいつもおとぎ話を聞いているような気分になってうっとりとしてしまい、よく佐倉に笑われた。
「ほら、またそんな顔して。うらやましく思ったの?彼氏とはどんなふうに過ごしたの?いたんだろう、たった一人だけ!」
「たっただなんてほんとに失礼だわ。私がその気になれば佐倉さんに負けないくらいちゃーらちゃら出来たはずなのよ。ただ私が『健全』すぎたからしなかっただけよ。だいたいうまくキスも出来なかったくせに私を馬鹿に出来ないはずよ。私はさっさとキスぐらい、ちゃんとやったんだから」
「君はまた信じられないことを言うね。そんなことを言うんじゃないよ全く、恥ずかしくないの?『うまく』だとか『ちゃんと』だとか、女の子が言う言葉じゃないだろうに。お母さんに聞かせてやりたいよ。だいたいどんな奴とつき合っていたのさ、私がこんなに秘密を教えてやってるってのに君の方の秘密はそれしかないの?『たった一人』の相手だけしかさ」
「そうですよ、それだって別にどうしてもって感じじゃなかったんですよ。まあそれなりにいい人だったけどなんか疲れちゃって週末に出掛けるのも面倒くさくなってきて、多分向こうもそれは同じだったと思うんです。だって五分と話が続かないんだもの、こうなったら仕方ないじゃないですか。だからもういいの、それっきりひとりぼっちでも全然平気だったから。今は年寄りの恋人が出来たから秘密の話も聞かせてもらえるし、最高ですよ」
佐倉はこんなことをさくらに言われると年甲斐もなくてれて恥ずかしくなったり幸せな気持ちになったりもした。
しかし、いつまでたっても進まない二人の……と言うより三人の関係にイライラしていたことも事実だった。
それでもさくらと同じように、佐倉の方もまた、この幸せな時間をなくしてしまったり更に傷つくことが怖くて、最初の時のように思い切った話を持ち出したり確かめようとすることがなかなか出来ないでいたのだった。
今は確かに停滞期間であった。二人の『さくら』はただじっとこれをこらえるしかなかった。
『三人目の人』である璃久の方は、以前よりさらに晴れ晴れとした気持ちになって、偏屈じいさんの店で生き生きとして働いた。
偏屈じいさんは璃久のことを自分の娘のように『璃久ちゃん』と呼んだ。
離婚のことやその他の色々な事情を知ってからは、更に守ってやらなければという気持ちになり余計なお世話を焼いてきたりもした。
偏屈じいさんは『顔に似合わず』しっかりした常識人で、この店を始める前は大手メーカーで部長職まで勤めた、かなり恵まれたサラリーマンであった。
璃久と一緒に数ヶ月間働きながら、じいさんは璃久がしっかりとした賢い女性で、誠実な優しい人柄であることをしっかりとした熟練の目で見抜いた。
もちろん最初に面接した時から、そんなことはわかっていただろうが、璃久の美点を発見する度に、自分の目が間違っていなかったことに満足しながら、璃久に親切な世話を焼いていつも困らせていた。
「おじさんたらこんなにおかずをとっておいたりして本当に困りますよ。これをもう少し出しておいたら、ちゃんと売り上げになるんですから。今日はちゃんと代金を受け取ってもらいますからね。おじさんがぎゃんぎゃん言っても私はそうしますからね!」
璃久は笑いながら、いつも『持って帰れ、持って帰れ』と言って売り物をこっそり取っておき、帰りに持たせようとするおじさんを優しく叱ってこう言った。
「これからはおじさんがこんな無駄をしないように私はしっかりと鬼のように見張ることにしますから」
「璃久ちゃんも俺がいいって言ってんだよ。あのふざけた嬢ちゃんに食べさせてやるんだよ。全く、会社でも俺を偏屈じじいって言ってんだろうが、今度会ったらお灸をすえてやるからな。あんな馬鹿なマネをしたくせに、思い出すと笑っちまうんだよ!全く何を考えてたんだか、まああんたを守りたかったんだろうよ。眼鏡を飛ばして袋を抱えて座り込んで」
偏屈じいさんはクックッと笑いながら、面接事件にまつわる璃久のおしゃべりを思い出して、取り置きの惣菜を押し付けてきた。
璃久は笑っていたが、急に真面目な顔をしてこう言った。
「おじさん、私ほんとうに嬉しいんです。こうしてここで働かせていただいて、お給料をいただいてそれで生活を支えてやっていけるってことが、すごく幸せだって心から思いますよ。ほとんど働いたことのない私を雇って下さって、感謝していますわ本当に」
「何言ってんだ。俺は雇ってやった、なんて思ったりしてねえよ。璃久ちゃんが気に入ったから来てもらってんだよ。俺はイヤな奴とは働きたくねえんだからさ」
偏屈じいさんはまるで怒ったようにこう言った。
「私いつかきっと、おじさんのために何かしたいと思いますわ。こんなことを言って馬鹿みたいでしょうけど、私いつもそう思ってますから。もう少し、待っていて下さいね」
璃久はどこかで誰かが言っていたようなセリフを真剣に言った。
こうしておじさんに喜んでもらえるような事をしたいとずっと考えていたのだが、最近になって璃久は自分の得意分野、というより好きな分野で少しでも店のために貢献したいと思い立ち、それを実行に移すためにさくらとミキオに協力を求めた。
さくらは翌日の休憩時に早速ミキオに頼み込んだ。
「ミキオちゃん、このノートパソコンを金曜の夜から日曜まで貸してほしいんだけど、ダメ?」
「なんでさ?ここでやればいいじゃないか。持ち帰りでうっかり落とされたりしたら困るからお断り」
ミキオはただの錯乱坊やには悩むこともなくこう答えた。
「お願いよ、お母さんが使いたいって言ってるの。偏屈じいさんのために色々作りたいらしのよ。しっかりと大事に持って帰るからいいでしょう?お願いよ」さくらは真剣に頼み込んだ。
「璃久おばさんが?でも……これは最近やっと買ったばかりで壊されたらイヤなんだよ。何を作りたいの?俺がちょちょっとやってやるから聞いてきてくれよ」と、璃久にはご親切なミキオは言った。
「私だってそう言ったんだけどお母さんたらじっくり自分でやりたいんだって。無理ならどっかでやるしかないか。駅の近くに五台置いてあるショップがあるから、あそこでやらせるわ」と、さくらはミキオに諦めたようだった。
その時、ピンとひらめいた咲子が嬉しそうに口を出してきた。
「あんた、ここでやってもらえばいいじゃないの。土曜日だったら別に誰の邪魔にもならないよ。ねえ、佐倉さん」
佐倉は一瞬『うっ』と詰まったような表情をしたが、すぐににっこりして「別に構わないよ、奥の部屋でやればいいんだし」と言ってきた。
ぎくっとしたが、さくらは必死で取り繕った。
「いいえ、そんなこと。ミキオちゃんがダメならあそこのショップでやろうって二人で話してたんです。家のことでは色々迷惑をかけたのに更にこんなところまでやってくるとか、お母さんもそんなずうずうしいこと出来ないと思いますから」
さくらはこれ以上誰もしつこく言えないような言い方ではっきりと断った。
しかし、後藤だけでなく、なぜかミキオという味方を本人も知らないうちに持っている咲子が、自分でもその味方の後押しを期待したのかわからないが、簡単に引き下がらずにグイグイと強気で詰め寄った。
「ええっ、どうして?この前あんなに楽しくおしゃべりしてさ、お昼だってあんなにご馳走になってさ、もうすっかり身内みたいな気持ちでいたのにそんなこと言わないでよ。ねえ、後藤さんだってそう思うでしょ?」
こう言われて後藤はどうしたものかと考えていたのだが、合図するように睨んでくる咲子の視線につられてしまい、ついこう返事をしてしまった。
「そうだよ、お母さんだってここなら俺たちに色々聞いたり出来るし、プリンタもあるから出しながら出来るじゃないか。あの店はプリントするのに結構待たされたり時間がかかるから面倒くさいぜ。ミキオだっているからちょうどいいだろう?」
後藤がこう言うと、本人同士も味方だと知らないミキオがさらに助け舟を出した。
「サクランボそうしろよ。俺も璃久おばさんに会いたいし、ここなら見本が並んでるようなもんじゃないか。佐倉さんもいいって言ってくれてるしさ」
なんとも生き生きした表情でミキオは言った。
さくらはもう本当に困り果ててしまった。
まだ今は、はっきりと喜んだり、がっかりしたりしたくなかったのだ。
「でもやっぱりここでやるのはやめておくわ。お母さんもまだ、あのことを恥ずかしいと思ってるの。それに、けじめなく部外者の自分が、ここでそんなことをするのはよくないって思うだろうからね。私もこの間みたいにお母さんが馬鹿を言うのは困るもの」
さくらはなんとか笑ってみせたが、決して佐倉の顔を見なかった。
さて、ミキオは調子に乗っていて、かなりしつこかった。
「別にもういいじゃないか。璃久おばさんはみんなが知ってるってわかってんだから気にしないよ。それに、せっかくみんながこう言ってくれてるのに断ったりしたら、かえってみっともないぜ。あんなところで『一時間いくら』で焦って作ってもいいものは出来ないと思うぜ?だいたいソフトだってちゃんと入ってるかわかんないよ。どうせサクランボも俺たちも来るんだから連れてこいよ。ああ、サクランボはいつもみたいに佐倉さんとどっかに出掛けりゃいいじゃないか、その間にたくさん笑い話が聞けるから、ちょうどいいよ。錯乱坊の恐ろしい過去が語られて」
咲子もまた調子に乗ってうるさく言ってくるし、後藤も日頃の恨みかなんなのか、さくらを攻めることで間接的に佐倉を攻めまくった。
後藤はいかにも親切そうにこんなことを言った。
「お母さんは、きっと俺たちに気をつかって『ここでやるのはずうずうしい』とかさ、そんなことを思って来ないって言うだろうけど、そんなふうに思わないでほしいって、さくらからちゃんと言ってくれよ。平日にやるわけじゃないんだから別に平気なんだよ。トロさんだって一度妹を連れて来たよな?」
「そうだよ、作るところが見たいってね。妹は二回くらい来た事があるんだよ」と、トロさんまで攻めに参加してきた。
さくらはこんな時に余計な頼み事をした自分を本当に馬鹿だと思いながら、ミキオを八つ当たりするように睨みつけていたが、とうとう隠れたターゲットの佐倉が、さくらのためか自分のためかわからないがさり気なく口を出してきた。
「部外者とか、迷惑であるとか……そんなことは気をつかわないようにってお母さんに言いなさい。赤の他人じゃあるまいし、君の身内なんだからいいんだよ。明後日は、私は来れないから君のお母さんに挨拶も出来ないから申し訳ないけど、よろしく言ってくれよ。娘と両思いで楽しくやってるって」と、楽しそうに余裕で言ってきてニコニコと笑ってみせた。
ミキオはニヤっとして「ほらさ!せっかく言ってくれてんだから。俺からもおばさんい電話しておくよ」と言って佐倉に笑いかけた。
そして、佐倉には意地悪く囁いた。
「せっかくなんですから土曜は来て下さいよ。それで『どっちが綺麗か』を俺だけには教えてくれるって言ったじゃないですか」
「冗談じゃないね、馬鹿らしい!余計な事を言うんじゃないよ。私は土曜は予定があるんだよ。それにお前みたいな失礼な奴がチャラチャラやってる日になんか絶対に来たくないね」
佐倉は小声で言う事が出来ず、ミキオに向かって怒鳴った。
ミキオはもう上機嫌で「だって、真の理想ってもんを確かめたいだけなんですよ。そんなけちくさい事言わないで正直な感想ってことでどうです?」と、うきうきと嬉しそうに言ってのけた。
佐倉は「ふん」と言ってさっさと部屋に入ってしまい、それからずっと出てこなかった。
さくらは、なぜかわからないがやけにしつこく言ってくるまわりの勢いに押され、もうどうしたらいいかわからなくなってしまった。
とにかく、こうなった以上は璃久の方を説得するしかないと思い、その日の午後はその理由や言い訳を考えることで頭がいっぱいになってしまった。
帰宅して璃久にそれを伝えると、さくらが考えついた『会社でやらない方がいい理由』にあっさりと賛成し、それこそ璃久のほうもムキになってこう言った。
「さくらちゃん、私もさくらちゃんの言う通りだと思うわ。そんなことをしたらよくないわよ。実はこの前もおじさんにも言われたばかりなの、離婚したばかりだってことを自覚して行動しろって。
つまりね、私がどんなに慎重にやっても慎重になり過ぎる事はないんだよって。どんな相手に対しても後ろ指をさされないようにしゃんとしろって言われたのよ。
私、その通りだと思ったわ。おじさんは私の事を娘のように考えてくれてるの。
もし私がずうずうしく会社に行ったりしたら、それこそ社長さんだって心の中ではどう思うかわらないもの。さくらちゃんだって変に思われたくないでしょう?いいの、チラシはあの店で作る事にしましょう」
「そうよね、明日みんなに上手く言っておくわ。偏屈じいもなかなかいいこと言うじゃないの。私、今度店に買いに行くつもりよ、そう言っておいてねお母さん」
さくらは璃久がはっきりとこう言ってくれたのでホッとした。
まだ決心がつかないさくらは、せかされるままに扉に手を掛けたり、箱を無理矢理こじ開けたくはなかったのだ。
さて翌日。
皆は璃久がどう言っていたかを束になってきいてきた。
後藤も咲子も妙に目を輝かせていたし、ミキオはもうすっかりその気でわくわくしていた。
さくらはうんざりしてしまい「もしかしたら用事が出来て来れなくなるかも」などと言ってなんとかやり過ごしていった。
しかし夕方になってミキオが、勝手に璃久に電話をかけてしまった。
それもわざわざ佐倉が部屋にいる時間を選び、はずむような高い声を出して璃久を誘った。
「おばさん、明日は何時に来るの?みんなは他の予定をもうキャンセルしてくれたらしいよ。すごく楽しみにしてくれててさ、よかったらお昼に行こうって話してるんだよ。俺は朝からいるから絶対に来てね」
ミキオはこう言って璃久を追いつめた。
それでも璃久は、なんとか頑張って断ろうとしてきた。
しかし、味方の多いミキオにかなうはずがなかった。
ミキオは大声で「ええっ?せっかく親切に予定を空けてくれたのに、今になって来れないなんて言えないよ!引っ越しの時はあんなによくしてもらってさ!おばさんもひどいよ」と言って璃久を責め立てた。
璃久はしんから困った様子のミキオに同情してしまい、少し気持ちが傾いた感じで『うーん』と言って黙り込んだ。
意地の悪いミキオはすかさずこう言った。
「社長の佐倉さんも、ぜひどうぞって言ってくれてるんだよ。佐倉さんは来れないかもしれないけど、璃久おばさんによろしくって。だからお願いだよ、ね、俺だってみんなの手前すごく困るからさ、頼むよおばさん」と、困る男に変身したミキオは実に可愛い気があった。
璃久はしばらく黙っていたが、とうとうミキオにやり込められて負けてしまった。
『わかったわ、じゃあ少しだけお邪魔するわ。でもお昼は結構よ、みなさんの邪魔をしたくないし、午後からちょっとだけお願いしようかしら』
さて、璃久はとうとう土曜の午後に『のこのこずうずうしく』出掛けてくるはめに陥った。
ミキオは佐倉に聞こえるように、何度も「一時過ぎに来るからみんなもよろしくな」と楽しげに声をかけた。
ミキオは絶対に佐倉が来るはずだとふんでいた。それは後藤も咲子も同じだった。
さくらだけは、不安な気持ちのまま何も考えられずにいた。
帰り際、さくらは急に佐倉との約束を思い出して佐倉の部屋に入って行った。
「佐倉さん、明日は予定が入ったんですね?じゃあ木登り探索は延期なんですね?」
佐倉はぎょっとして、さくらを困った様子で見つめていたが、
「実は……まだはっきりしない予定が入って、何ともいえないんだよ。そうだったね、私は歌を返してたんだから、さくらにドタキャンてことか。悪かったよ、来週は必ず行こうね」と、しんみりとこう言った。
「わかりました。明日はミキオちゃんのせいでなんか疲れそうなんです。お母さんを無理矢理連れ出そうとして……午後に、ほんの少しだけお邪魔しますね」
佐倉はにっこり笑っていたが、さくらを見つめながら迷っていた。
ミキオや後藤達のいる前で璃久に会うのだけは絶対に避けたかったし、かといって、これが最初のチャンスであることにかわりはないのだから、このチャンスをあっさり捨ててしまって本当にいいのか……と自分自身に何度も問いかけた。
そして、さくらとの約束をこんな形ですっぽかして、家で一人で過ごすことになった自分を思うとひどくみじめな気分にもなった。
以前さくらと話したように、扉を開けて箱を満たすためには、少ないチャンスを生かす事は絶対に必要であったし、明日のような機会がいつまたやってくるのかわからない以上、佐倉はなんとかこっそりと、璃久に会う事だけはしたいと思った。
もう自分でもどうしようもなく会いたくてならなかった。
うるさく言ってくるミキオや後藤達の前で会わなくても、どこかでこっそりと姿を見るだけでも取り敢えずはいいのだからと、とうとう佐倉は決心を固めた。
ミキオの隠れた味方である後藤と咲子は、明日の『佐倉と璃久』の再会を思って完全に興奮していた。
二人は佐倉が『さくらの実の父』であるかもしれないなどと誤解していたので、何とか……どうにかしてやりたいと、おせっかいにもこっそり話し合ってきていた。
急にやってきたこの再会のドラマをなんとか良い方向に持って行くために、二人は夜遅くまで話し合ったが、明日、佐倉が現れなかった時のために、璃久の写真を撮ろうということになった。
これで再会がかなわなくても佐倉の様子が探れるし、逆に佐倉の写真をなんとかさくらに持たせて、それを璃久に見せる事で先が見えると考えついた。
こんなふうに、色々な場所で多くの温かい手がとうとう動き出した。
誰もお互いが動いている事を知らなかった。
彼らが一緒にやっていくためには、約束を破って秘密をばらすという、絶対にしたくない『一線』を越える必要があった。
単独で動き回るミキオだけは『佐倉と璃久の過去』なるものへのこだわりが全くなかった。
ミキオはこの二人を心から大切に思っていたので、手伝ってやり、助けたい、そんな気持ちだけで動いていた。
もちろん遊び心もあったし、ふざけた意地悪も楽しんでいたが、二人の糸に気付いた直感は、同時に『ミキオ自身の過去』をまざまざと思い出させた。
それは、出来なかった事への後悔や、立ち上がろうとしなかった自分への軽蔑であった。
ミキオは、駅で喧嘩をしたあの日に璃久に言った言葉を、今度こそやってやろうと決心していた。
それは『どこかで、やっぱり始められないで苦しんでいた馬鹿な奴ら』が嬉しくなって始めようとしている真実であり――
そして、佐倉に約束した通り『本当にしてほしいことが出来たら必ず助ける』という誓いからなるミキオのリベンジでもあった。
明日の再会を知らない璃久だけは『のこのこずうずうしく』してしまう、という明日の行動を気に病む以外には、心を揺さぶるような情熱も、過去を思う苦しみもまだやってきてはいなかった。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回は『やって来た魔法達 (二、一人ぼっちの再会)』に続きます。
ではまた次回もよろしくお願いします!




