トロさんの優しい写真 (三、家族の写真)
後藤は急ぎの仕事があったためかなり早めに出社したのだが、ドアを開けるとコーヒーのいい香りがして、窓際の席にはさくらが座っていた。
さくらは昨日までの入力作業だけでなくほとんどの雑務を終わらせていて、作業台や部屋の片付けまですませていた。
「後藤さん昨日はどうもありがとう。今日はみんなのために何でもするから、どんどんこき使って欲しいのよ」
後藤にはさくらの気持ちがよくわかったので「おう!それこそサクランボの錯乱ってやつか」と言ってからかったり、さくらのために『わざわざ』仕事をつくってやったりした。
九時近くに、さくらと後藤がテーブルでコーヒーを飲んでいると、いつもの時間通りに佐倉が出社してきた。
佐倉は昨日のことが心配でたまらず探るようにさくらを見ていたが、晴れ晴れとした顔つきで「佐倉さん、もうすっきりしましたよ。もうちゃんとやって心配かけたりしませんから」と、さくらが言ってきたのでひとまずはホッとした様子だった。
さくらの方は、佐倉がただ静かににこにこ笑っているとなぜか不安になってきて「でも、時々は土曜日に逃げ出してくれますよね?」などとつい訊いてしまうのだった。
「そりゃそうさ!大きな木はなかなか見つからないからね、ちゃんと二人で見つけるんだよ」
佐倉はこう言って嬉しそうに目を見開いて、隣の椅子に座り込んでさくらの髪をひっぱった。
「今週の土曜日も午後に行こう。きっと都内じゃ無理なんだよ、別に枯れ木だっていいのにね。でっかくて折れなきゃ登れるんだし、まわりがどんなところだっていいんだよ。ジャングルジムじゃあ低いしさ」
小声でこんなことを言ってくる佐倉の様子にホッとしたさくらは「ちょっと遠くまで行けばきっと見つかりますよね」と言って、嬉しそうに佐倉のコーヒーを入れてやった。
すぐ横で、観察するように二人を見ていた後藤は少し思い切った質問をしてみようかと思い、何気なくさくらの後ろ側にまわり込み、佐倉の表情を注意深く見守りながらこう言ってみた。
「昨日、さくらのお母さんに会ったんですがミキオの言うとおりでしたよ。確かに素敵な人なんです」
さくらはぎょっとして「そんなのはホメすぎ」と言って必死で笑ったが、佐倉の方は落ち着いていた。
「そりゃあそうだろうよ。ここにこんな美人の娘がいるんだからさ。会わなくたって想像はつくよ」
佐倉は何かに気付いたのかわからないが、後藤に余裕の笑顔を見せつけてきた。
後藤は「でも、ほんとに綺麗でした。弁護士の堀田さんが舞い上がるってのもわかるなあ。ミキオが言ってましたけど、なんだかんだ電話したりして、まるで口説こうとしてるみたいだそうですよ。お母さんの方はあっさりして冷たいみたいだけど」と、こう言って、また佐倉の様子を見た。
佐倉はこれを聞くと笑い出して「堀田が?あいつも一人もんだからね、本当にしょうがない奴なんだよ」とますます余裕なところを見せてきた。
「へえ、でも佐倉さんだって、もし会ったらわからないですよ。俺だってさくらよりお母さんのほうがいいかも。だってすごく優しそうなんだから」
これを聞いてさくらはしんから焦ってしまった。
さくらはふざけた調子で「ちょっと何、私よりオバサンの方がいいっていうの?後藤さんもオバサンへのお世辞が過ぎてるわね。正直な気持ちを言ってよ、私の方がかわいいでしょうが」と、こう言って話をそらそうとしたが、後藤はまだ佐倉の様子を観察しようとしてしつこく言ってきた。
「まさか!錯乱坊は佐倉さんに任せるよ。さくらはお母さんにいつも佐倉さんの話ばっかりしてるって……お母さん笑ってましたよ。まるで恋してるみたいだって」
「ちょっと!また後藤さんのホラが始まったわ。そんなんで言ったんじゃないから」
さくらが言い返しても、後藤はミキオのようにニヤついて、しつこく佐倉を観察した。
「誰がホラふきだって?でも、さくらのお母さんは、まるでさくらみたいに一人笑いをしてさ、咲子みたいに書類や万年筆を隠してみたいって笑うんですよ。手を叩きながらやってみたい、爽快で素敵だって!そんなことを言ってる姿がすごくかわいらしいんですよ。さくらみたいに怒りんぼうじゃないし」
さくらは後藤を軽く突き飛ばしてから恐る恐る佐倉を見た。
佐倉は優しく笑っていた。そして、また機嫌良く余裕でこう言った。
「ふうん、さくらと私は両思いって訳だね、後藤くんみたいに作品だけじゃなくってさ。それも実に爽快だね。さくらのお母さんは……私の万年筆を隠したいって?そんなに美人ならやらせてあげるよ、いつでも。まあしかし本当に良かったよ。お母さんを大事にしてあげるんだよ、気持ちを明るくしてあげて、何かを始められるように応援してあげるんだよ」
後藤は『作品だけ』にはムッときたが、まあ少しいたずらが過ぎたかもしれないし、佐倉の皮肉は大目に見てやりこれ以上は言わなかった。
しかし後藤の鋭い目は、佐倉がここにはいない誰かを思っている姿を感じ取った。
さくらはずっとビクビクしていたが、佐倉がいつもと同じ調子で笑っているのを見ると、やっとほっとできたのだった。
「後藤さんはすぐああやって尾ひれ付けて言うんだから!ちょっと冗談を言っただけなのに」
佐倉は「何、違うの?私は君に夢中なのにさ!片思いなんて冗談じゃないね」と言い、いつものように笑いながら自分の部屋に入ってしまった。
さくらは、佐倉の落ち着いた態度を見ても不安になったり、時にはホッとしたりもするのだった。
そして今、自分がこのことをどう思いどう感じているのかがわからないまま数日が穏やかに過ぎて行った。
◇◇◇◇◇
木曜日にかかってきた一本の電話。
それが、一瞬のうちに穏やかな空間を重苦しいものに変えてしまった。
昼休みに大部屋で全員が寛いでいる時にその電話は鳴った。
ちょうど佐倉が電話のそばにいたので「いいよ、私が取るよ」と言ってそれに出た。
佐倉は電話の相手が誰だかわかると、いつかのようにぞっとさせる表情でさくらを呼んだ。
「さくら、阿部さんからだが、私の部屋で出るか?」
佐倉はやはり恐ろしい表情を見せてきた。
さくらは驚いてぐっと息をのんだ。それでもすぐに立ち上がり佐倉のそばに行った。
さくらは「大丈夫です」と言い、その場で受話器を取り上げた。
電話の向こうの阿部の父は静かな声で、妙な事を言ってきた。
――『会社に電話などして悪いとも思ったが……写真のことはありがとうよ。少し置いていってくれて。お祖母ちゃんも喜んでいたから……そうさくらに伝えてほしいって。お前の郵便局の口座にいくらか、ほんの少しだが、入れておいたから会社の皆さんに何かごちそうしてやりなさい』
さくらは一体何の事だかわからず、黙ったまま何も答えられずにいたのだが、すぐにハッと気が付いて、トロさんを睨みつけた。
トロさんはサッと目をそらし、怯えたように下を向いてしまった。
さくらは父が続けてこう言うのを聞いた。
――『とにかく、体にだけは気を付けなさい。お母さんにもそう言っておいてくれ』
これだけ言って、阿部の父は電話を切った。
さくらは何も言えず、うなずくことも出来ないまま父からの……多分、最後の電話を切った。
さくらは受話器を置くと、トロさんに向かってまずは静かにこう訊ねた。
「勝手に置いてきたのは、トロさんでしょう?」
みんなは何の事だかわからず、心配そうに二人を代わる代わるに見つめた。
さくらは何かがこみ上げるように次第に興奮してきてつい大声を出した。
「あの人が!ありがとうだなんて、冗談じゃないわ!どうしてそんな事をしたの?もう話したくもなかったのに!」さくらは怒鳴るように言ってしまった。
トロさんはまだ下を向いたままで何も言えずにいた。
さくらはイライラしてきて「私が未練がましくあの人に親子の気持ちを持ってるとか、そんなふうに思われたかもしれないでしょう!本当にイヤなのよ、大嫌いなのに、もうどうしたらいいっていうの!一体何枚置いて来たっていうの?」と、詰め寄った。
「たった四枚だよ!」トロさんはやっとのことでこう言った。
「もう取り返せないじゃないの、私がやったと思われて!残りはどうしたの?あいつは私が、まだ他のを持ってると思ってるのよ!」さくらは怒鳴った。
後藤はようやく、さくらが何を言っているのか気付いたので、なんとかさくらをなだめようとして、さくらの肩をトントンと叩いた。
「さくら、トロさんだって悪気があってやったんじゃない。俺だってゴミ箱に捨てるのはあんまりだって思ったんだよ。きっとお父さんだって……」
こういった後藤の手をさくらはばしっと払いのけた。
「あんな人にあれを見て欲しくないのよ!もう勝手にあっちはあっちでやるんだから、私達だってもう勝手にやるんだから!余計な事をして、あいつを調子に乗らせてどうしてくれるの?」
さくらはあまりにも興奮していて、また場をわきまえずにやってしまった。
今ここで何かを口にできたのは、あの場でさくらの様子をじっと見ていた後藤だけだった。
「あんなふうに捨てたってどうにもならないじゃないか。あれを捨ててきたって何がどうなるの?さくらはそれですっきりしたのか?」後藤はこう言った。
さくらは後藤も睨みつけて「もう仕方ないわ。どうしようもないから、もういい!」と言って、つかつかと作業室に入っていってしまった。
トロさんはがっくりとして立ち上がる事も出来ないでいたが、後藤がさくらを追って行こうとした時、佐倉が「しばらく放っておきなさい」と言ってそれを止めた。
トロさんの様子を見ていたたまれなくなった後藤はすぐに言い返した。
「あんな言い方は良くないでしょう、佐倉さんはさくらに甘過ぎますよ!俺だって写真をあんなふうに捨てるさくらに驚きましたよ。写真の入ったゴミ箱を捨てるのは誰なんですか?佐倉さんだって……もしそうされたら、たまらないでしょう?」
「あんな奴の気持ちなんか知ったこっちゃないね。置いて来ちゃったものは仕方ないさ。トロさんに悪気がないなんて、そんなことは分ってるよ。私がさくらに甘いって?そりゃあそうさ!あの子はあいつに酷くされてきたんだよ!写真を欲しがる資格なんてないような奴なんだよ!あの子にお説教してどうなるってんだ?やっと新しく始めようとしてるのに、あれこれ余計な説教をくれてやって、さくらがどうかなるっての?あの子だってちゃんと自分から気付いて戻って来るよ、トロさんに悪かったって……さくらならちゃんとわかるんだよ!だから放っておけって言ってるんだ!」
佐倉は後藤睨みつけ、大声で怒鳴った。
佐倉にここまで言われて、後藤はもまたカッとなった。
「へえ、あなたはほんとによく、何でもわかってるんですね。さくらにそこまで入れ込んで、甘やかして、何でも好き勝手にやらせていいはずがないでしょう!佐倉さんがさくらのことでそこまで言うのはどうしてなんですか?教えて下さいよ!」
後藤は負けじと早口で怒鳴り返した。
佐倉はぐっと顎を上げて後藤を睨みつけたが、後藤もまた思い切り睨み返した。
二人はそのまま睨み合い、他の者もじっと黙ったままで数分が過ぎた。
しかし、佐倉の危険を察知したミキオが、やっとのことで口をきった。
「俺が佐倉さんに話したんだ。この間、璃久おばさんと会った時に聞いた話をさ……サクランボがあの家を出てくる時、阿部の馬鹿親父に殴られたり、あいつがおばさんのことをいつもみたいに酷く言って、サクランボのことも『育ちの悪い女に育てられた娘だ』って言ったことを佐倉さんは知ってるんだよ。サクランボはあんな調子だから……あの日、お腹の膨らんだ馬鹿女に『この中に兄弟がいる』って言われてその女を叩いたそうなんだよ。それで阿部の馬鹿親父が、おばさんのこともサクランボのことも殴ったんだ。サクランボはこの事を誰にも言ってなかったみたいだけど……まあ、みっともないことだからね。ただ俺が、たまらなくなってつい佐倉さんに言っちゃったんだよ。だからあいつらはサクランボの写真なんて持つ資格もないんだよ。トロさんには後で、きっと謝りにくるはずだよ。もしそうしなかったら俺がちゃんと言うから。サクランボは短気であんなだけど、このことじゃほんとに色々あったんだ」
ミキオの話を聞いて、後藤は驚いて何も言えなくなってしまった。
咲子は怒鳴り散らす男たちに圧倒され珍しく黙っていたが、ついに一言だけ言った。
「このことは、トロさんとさくらだけで話した方がいいよ。あんたらは横でもう何も言わない方がいいと思う」
佐倉は何も言わず、ただミキオを見ていたが、突然また席を立って自分の部屋に入ってしまった。
後藤は「確かに――俺は何も知らなかったんだな」とだけ言って黙り込んでしまった。
気の毒なトロさんはずっと下を向いたままだったが、やっとのことで顔をあげ、決心するかのようにさっと立ち上がった。
「咲子の言うとおり、僕がさくらちゃんに謝ってくるよ。勝手に余計な事をしたんだからね。あの子の気持ちもわからないのに馬鹿だったよ、みんなにも悪かったね」
トロさんはこう言って作業室に入っていった。
トロさんが中に入ると、さくらは泣いていたがすぐに立ち上がってトロさんに謝ってきた。
「ごめんなさい、ひどいことを言って!私、馬鹿だったわ。あんなふうにしたって何にもならないってわかってたの!でもどうしても、あいつらにやってやりたいって馬鹿な事を思っただけなの!トロさんが悪いんじゃないのに、ただ私達のことを思ってやってくれただけなのにね!ひどいこと言って悪かったって本当に思ってるから、お願いだから、私を許してくれる?」
さくらは必死だった。本当にさくらは後悔していた。
「さくらちゃん、僕の方こそごめんね。ほんとに僕は勝手な事をしたね。ただ、少しだけ話を聞いてくれるかい?僕の、写真のことなんだ」
トロさんはいつものように優しく言い聞かせるように言ってきた。
「トロさんの写真?」
「そう。僕の母は、僕が中学の頃に家を出されたんだよ。うちは祖母が古い考え方の人で、母のように仕事を持ったり子供を保育園に入れたりっていうような、そんなことがずっと我慢ならなかったんだ。両親も元々うまくいってなかったし、結局ひどくもめて別れたんだ。僕は長男で跡取りってこともあったから父の方に残ることになったんだよ。その時に祖母がね……僕の目の前で、母の写真を燃やそうとしたんだ」
「燃やした?お祖母さんが?」さくらは驚いてつい訊き返してしまった。
「そうなんだ。ひどく言って、破ってさ、僕に母を忘れろって言ったよ。でも僕は写真を守ったんだ!靴下のまま庭に飛び降りてさ、めちゃめちゃに踏みつけて火を消したよ。名誉の負傷って自分で自慢にしてるよ、さくらちゃんが見たら多分気持ちが悪いって思う程、やけどの跡があるからね。それでも、ほとんどが焼けてしまって……残ったのは半分なかったり、ボロボロになった写真ばかりで、十三枚」
「十三枚……」さくらは繰り返す事しか出来なかった。
「祖母は泣きながら水をかけて、謝って……僕はすぐに病院行き。はっきり言って悲惨だったよ、手や足の裏ってのはやけどするとひどく痛いんだ。でもどうしても、燃えてしまうなんて、そんなことイヤだったんだ。さくらちゃんだって、お母さんとの思い出を燃やされたりしたらきっと、僕と同じ事するよね」
トロさんはいつものように微笑んでくれた。
「ごめんなさい、ほんとうに!」
さくらはもうたまらなくなり、やはり泣いてしまった。
「違うんだよ、さくらちゃんが悪いんじゃないんだから」と言って、トロさんはしばらくさくらをなだめたり、肩を叩いたりしてくれた。
さくらが少し落ち着いたのを見て取ると、トロさんはまた話し出した。
「それで、十三枚の写真を、祖母が箱に入れて病院に持ってきたんだよ。許してほしいって言ってたよ。僕はすごく怒っていたから口もきかなかったけど、祖母は一人でしゃべり続けて、最後にはそれでも吐き捨てるように母のことを悪く言って帰って行ったんだ。僕は祖母をずっと許せなかったし、もう亡くなったけど、当然あまりいい関係は築けなかったよ。僕はね、その写真だけのアルバムを作ったんだ。他には何も貼ってないからもったいないけど、そのまま空けてあるんだよ。父はその後、わりと早くに再婚したよ。しっかりしたおとなしい義母で、祖母もその人とはうまくやってたから、それなりに家は落ち着いてきたし妹も生まれたんだよ。僕は義母や妹との思い出の写真や、母が出て行った後の学校生活や友人との写真も、そういうものは全部、もう新しいアルバムに入れてあるんだ。母との思い出は全く別のものだからね……とにかく僕はこんなことがあったもんで、写真っていうものをとても大切に思ってるんだよ。僕が、さくらちゃんの写真であそこに置いてきたのはとっても素敵な写真だったよ。さくらちゃんが生まれた時かな、お父さんが危なっかしい感じで抱っこしててさ、少し笑ってるんだ。あと背中に乗ってる写真、小学校の入学式でお父さんと二人で撮ったのと、お祖母さんが小さい君を抱っこしてるやつと……全部、すごく素敵なものだった。僕はそれをあんなふうに、ゴミ箱に入れておくなんてイヤだったんだ。さくらちゃんには悪いけど、 今でもあれはよくないと思ってるよ」
トロさんはこう言って、さくらに笑いかけた。さくらはしっかりと何度もうなずいて涙を拭った。
「他の写真は僕がまだ持ってるんだ。これを……さくらちゃんに渡すつもりはなかったけど、ちゃんと言わなくちゃって思いながら今日まで言えないでいたんだよ。よく考えたら、お父さんが今日みたいに電話してきた時、もしうっかりさくらちゃんが『写真を置いて来たのは自分じゃない』なんて言っちゃったら、お父さんを傷つけてしまう訳だから、早くに言うべきだったんだね。その点でも僕はほんとに馬鹿だったよ。自分でも馬鹿だったと思ってる。それでね……他の写真のことだけど、もし君がイヤでなかったら、あの写真を僕がアルバムにしまうよ。ぽっかり空いた十三枚のアルバムの残りのページにきちんと貼って、あれが寂しくならないように一緒にして持っておくよ。さくらちゃんがお父さんにひどくされたって、さっきミキオがちょっと言ってたから、確かに僕は勝手な、無神経なことをしたんだよね。でも、あれを僕に預けてくれたら僕は大切にするよ。さくらちゃんを大好きだし、そうしたいと思ったからね。どう?それならいいかい?」
トロさんは本当に優しく、語りかけてきた。
さくらはたまらなくなり、いつものようにポロポロ涙を落としながら、ただただ何度もうなずいた。
しばらくしてやっとさくらは、事の重さをかみしめてこう言った。
「本当にトロさんの、十三枚の写真を貼ったアルバムに、私のあの写真を入れてくれるの?お母さんとの大切なアルバムなのに!私が踏みにじって傷つけたようなあれを入れたくないでしょう?あれは私が持って帰るべきなんだわ。トロさんが言った通り、私も大切にしまっておくから!本当にそうするから!」
さくらは本当に心からこう言った。
「いや、さくらちゃんはお母さんと新しく始めるんだろう?僕が持っておくよ。勝手にそう決めたりして僕はおかしいんだろうけど、僕のアルバムが寂しくならないように預からせてほしいんだ。イヤだなんて少しも思ってないんだよ、心からそうしたいと思ったんだから。そうしてもいい?」
トロさんはこう言って譲らなかった。
さくらは胸がじんと熱くなって、ただ「ありがとう」と言った。
二人は黙ったままで何度も頷き合った。
そして、いつのまにか二人は見つめ合って、ただにっこり笑い合った。もう余計に謝ったりも慰めたりもしなかった。
二人はこの時何かを共有し、お互いに与え合い、受け入れ合ったことを確かめることが出来たようだった。
その後すぐ、さくらはトロさんと一緒に作業室を出て、また皆にしっかりと頭を下げねばならなかった。
それは当然のことだし、さくらは心からそれをした。
しかし皆の方はと言うと、いたたまれない気持ちを引きずったまま、涙の乾いたさくらの笑顔を見つめているだけだった。
さくらは夕方、トロさんが帰った後、残った皆に写真の話を聞かせた。
さくらはさくららしく、またひどく泣いてしまったためミキオに馬鹿にされたが、これを聞いたあとで皆はやっと少しだけ、やるせない、たまらない気持ちを肩からおろす事が出来た。
佐倉はその日かなり早い時間に帰ってしまっていた。さくらは土曜日に木の上で二人だけの時に、この秘密を打ち明けようと思っていた。
お読みくださりありがとうございます。
きりの良いところまでと思い、このエピソードの最後(三、家族の写真)を投稿しました。
次回からは『やって来た魔法達(一、)』というエピソードに入ります。
また木曜日に更新の予定です。それではまた。




