目撃者ミキオ(五、後藤の知る佐倉)
二人の『さくら』は部屋に戻ってからも、新しい共通の世界を引きずっていた。
佐倉は恐ろしい復讐鬼から、せっかちな狙撃手のような気持ちになり、とにかく手っ取り早く『紙切れ一枚』のことを片付けられるように、作業中のミキオを部屋に呼びつけて鍵を閉め作戦を練った。
ミキオは佐倉の様子が昨日と変わったことに気付いたが、特に何も言わなかった。
佐倉は明日の作戦について細かいところまで指示を出してきて、当日ミキオがいる事で璃久が動揺したり、あるいはミキオが知っている事実を公表する事を璃久が躊躇した場合どうするか、ということを、ミキオと二人で部屋にこもってじっくりと話し合った。
また、話をスムーズに進める為に、佐倉が事前に友人の弁護士に伝えておく事柄をミキオと二人で確認し合い、璃久が必要以上に心を乱されたりすることがないよう、彼らなりに十分な配慮を尽くそうとした。
佐倉は仕事中にもかかわらず、ミキオのいる前で友人に電話をかけ、ミキオが知っている事をなんとか上手く利用して阿部をやっつける材料にして欲しいということを『自分は何も知らないが』という前提で友人に伝えた。
ただ、璃久があまりに感情を乱されたり、そのことで傷つくようなことがある場合にはなんとか上手く調整して、他の『関係のない女』のことなどで阿部を突いていき、とにかく璃久だけでなく、その娘のためにも早く決着をつけられるよう力を尽くして欲しいと熱心に頼んでくれた。
ミキオはこうした佐倉の様子を見て、ありがたいと心から思った。
そして、この男を、ミキオの頑なな精神の頑丈な扉を持つ『身内の部屋』に招き入れた自分の直感は正しかったということを確信していた。
「佐倉さん、俺たちのことで時間を作ってくれてありがとうございます。きっと必ず、俺はあなたのために何かをしますから。本当にしてほしいことが出来たら、俺は必ずあなたを助けますから」
急にこんなことを言い出したミキオに驚いて、佐倉は「何を言いだすんだ?ミキオらしくないじゃないか」などと言って笑っていたが、いつになく真剣なミキオの様子にまごついてしまった。
佐倉はまだミキオが『秘密の入り口』に感づいてしまったことに全く気付いていなかった。
◇◇◇◇◇
午後。
さくらは久しぶりにスケッチブックを取り出して、後藤の精密なスケッチや、ミキオの神経質なデザイン画を真似て描いてみようと思い立った。
鉛筆を取り出して窓側の席についた時、後藤が後ろから服を引っ張ってきた。
「ほら写真が上がったよ。全くあんなにせかして、せっかちすぎだって。ミキオはあんなにだらだらしてるってのに同じいとこでも極端じゃないか。さくらのせいで咲子は逃げ出してってまだ帰らないよ」
後藤は笑いながら言った。
「ほうら!やっぱりそうなんだわ……今ね、後藤さんのスケッチをそっくり真似してここに描いてみようと思ったの、ついでにミキオちゃんのもね。そうしたらこれだもの、仕事がやってくるのよ上手い具合に」
「へえ、そりゃいいことだよ。でもミキオのはついでじゃ描けないよ。あいつのはちょっと違うんだよ。わかるだろう?俺のや咲子のとは全く質が違うんだ。あいつがここの面接にきた時はあんまり妙な絵なもんでゾッとしたよ。最初ミキオはグラフィックデザインの方でここに入ろうとしてたんだ。ホームページの運営とか、もろに広告のほうのね、そっちの方の募集だったから。でも一緒に来ていた香月ちゃんが――下の階段のところで待ってたんだっけな?とにかく、あの子がミキオの指輪やネックレスのデザイン画をこっそり持ってきていて、それを佐倉さんに見せたんだよ」
「うそ!そうなの?あのおちびちゃんが?」さくらは驚いて大声を出した。
「そうなんだよ。佐倉さんはミキオがあまりに無愛想でむっつりしてるからってさ、俺にはダメ出しをしてたんだよ。あの人は途中であいつの面接を俺に押し付けて、どっかに行こうとして香月ちゃんを見つけたんだ。それで香月ちゃんがミキオのデザイン画を持っていて、佐倉さんに見てくれって頼んだそうだよ。佐倉さんは可愛い子が好きだから、まあ見てやったんだろうね。それでまた部屋に香月ちゃんを連れて戻ってきたんだよ」
「へえ!知らなかったわ、それでここに?それって香月ちゃんのおかげじゃないの!あの子はいい子でしょう?私、葉月姉さんが仕事の時に預かってあげた事があるの。面白い子なのよ、優しいしね。なんか会いたくなっちゃったわ」さくらは懐かしそうにこう言った。
「ああ、みんなとっても好きなんだ。よくここに来るんだよ。佐倉さんのお気に入りでミキオの代わりに学校に行ってやったり、すごく可愛がってたんだよ。俺だって一度参観に行ったんだよ」
後藤はさくらの横に座り込んで話し出した。
「後藤さんも?まるでお父さんみたいじゃない!香月ちゃんは……幸せね」
後藤は、さくらが父親のことを話す時、いつも辛そうなのが可哀相でならなかった。
きっと参観日の思い出話を誰かに話すことなど一度もなかったんだろうとさえ思った。
後藤はさくらの家のことが片付いたら、自分の銀の箱をもう一度作ってプレゼントしようと思っていた。
もちろん今は何も言うつもりはなかったが、さくらの様子が寂しそうなのを見てとると、話をさっと変えた。
「そう――それで、ミキオのそのデザイン画もやっぱりちょっと妙だったんだ。だけどみんな集まってきて夢中にさせられたんだよ。佐倉さんは『本物だ』って言ってたよ。ミキオには言うなよ、あんなやつは調子に乗らせちゃダメなんだ。で、それからあいつはここにずっといるんだよ。佐倉さんと喧嘩してばかりで俺たちは大変だったんだから。あの二人がやりだすと部屋がどんより暗くなるんだよ。咲子まで一緒になって怒鳴り散らしてさ、トロさんと俺が悲惨なんだよ。なんとなくわかるだろ?」
後藤はその時のことを思いだしたのか、呆れてため息をついた。
「そんなに喧嘩ばかり?私は直接見た事はないわ、口をきかないことは多いけど。でも後藤さんも大変ね、あんな意地っ張りの二人じゃね。佐倉さんもどうしてかわからないけどミキオにはつい言っちゃうんだ、なんて言ってたわ。私には本当に優しいのに」
「ああ、二人は気質が似ていると思うよ。二人とも神経質でかなり激しいところがあるからね。でも最近は佐倉さん、変わってきたよ。君としっくりいってるのが俺には不思議だったけど……咲子を甘やかして可愛がるのとまた違ってさ、なんかこう、懐かしそうにさくらを見てさ、もしかしたら初恋の人に似てるとか!なんてさ」
後藤はふざけてこんなことを言った。
さくらはドキッとして鉛筆を取り落としてしまった。
そしてまたバイオリンのことを思い出して、なぜかキュッと身震いがした。
さくらは今この部屋に二人しかいないことと、後藤がのんびりと寛いでいるのを見て、ちょっとだけ確かめてみようと思った。
「後藤さん、佐倉さんってずっと前から今住んでいるマンションにいるの?」
さくらはなんてことないかのように、へらっと聞いてみた。
「違うと思うよ。あの人は二十年位前に親戚の伯母さんが亡くなって、土地とか色々とかなりの財産を相続したんだよ。たしか大森とかあっちの方に今でも土地や駐車場とか、アパートとかもあったかな?とにかくたくさん持っててさ、家賃収入だけでもかなりの金持ちなんだから。でも、そこには住んでいたくないからって、今のマンションに来たらしいよ」
「大森!」
さくらはしんからゾクッとしてしまった。
さくらの高校は大森の隣の駅からすぐだった。
それに佐倉が北女子や西女子を知っていた、と公園で話していたことを思い出した。
さくらは自分でもだんだん緊張して体が硬くなってくるのが分かったが、なんとか後藤に怪しまれないように、力を振り絞って軽い感じでこう訊ねた。
「後藤さんは……私のデザイン画のことを佐倉さんが好きじゃないとか、そんなことを言ってたのを知ってる?結局佐倉さんは優しいからとってもいいよ、なあんて言ってくれたけど、本当はイマイチ気に入らないって感じだったんでしょう?何がいやだったのかな?」
「ああ、あれね。そのことでミキオもあまりに君が可哀相だって思ってたらしいから、それで喧嘩になったんだよ。まあ自分のネックレスのこともあったけどね。俺にはよくわからないよ。俺は、あの桜のはすごく素敵だと思ったよ、これは本当さ」
後藤は心からそう思っていた。
「ほんとに?ありがとう!作品は両想い?」
「作品は、って、さくらもひどいな」
続けて後藤は、さくらがずっと気にしていると思っていたので、あの時のいきさつを丁寧に話して聞かせた。
「佐倉さんは気に入らなかった訳じゃないよ。スカーフのことで間違えただろう?それでイラついてたんだと思う。でも俺は、それも変だと思ったけどね。そんなことで女の子にひどく言うような人じゃないんだから。もしかしたら、何か他の事でイライラしてたのかもしれないね。まあ、あの時一緒にいたのがミキオだってこともあるしさ。さくらのことは一次面接の時からすごく気にしてたんだよ、あの人も俺も作文が気に入ってね、二人で『顔も可愛いからこいつにするか!』なんて話してたんだから」
さくらが「ええっ、まさか」と言って笑いだすと、後藤は「いやほんとだよ」と首をふりながら続けた。
「佐倉さんは他の応募者の作文はろくに見もしなかったよ。俺には『君は全部読んでおけ』なんて言ってさ、自分はさくらのを何度も読んでたよ。実は俺、妙だと思ってたんだよ。あんなに気に入ってたのに面接でさくらにひどくやったって聞いてさ。ミキオは馬鹿だから、さくらがいとこだって気が付いてなかっただろう?それでもあんまりだ、って言ってたからね。佐倉さんも本当はすごく気にしてたんだよ。君のところに電話する前に、自分はあの日ひどく言って君にあたってしまったから悪かったって。電話で採用だって言ってもさくらのほうから断ってくるかもな、って。でもさくらが、すごく感じよく話してくれたって、ホッとしていたよ。それで俺も安心したんだよ。でも最初の日にさくらを泣かしてたから、もう一体なんなんだ?って訳がわかんなかったよ」
後藤はこう言ってさくらを見た。
「そうなの、作文が良かったって言ってくれたのは本気だったのね。佐倉さんって伯母さんの財産を相続した時に、名字とかが変わったのかな?」
さくらは気がせいて、つい余計な事を言ってしまった。
「名字?そんなの変わらないだろう?養子が相続の条件とかになってたら関係あるだろうけど、あの人のお父さんが佐倉国蔵っていうジジくさい名前だって笑いながら話してた事があったから、変わってないんじゃないか?確か母方の伯母だって言ってたから。なんでそんなこと聞くの?」
後藤はちょっと妙な顔をしてこう聞き返してきた。
さくらはあわててしまい「実は友達が土地を相続した時に名前が変わってイヤだって怒ってたのよ。それって、養子縁組したってことだったのね」と言ってごまかした。
「ああ、なんだそうか。確かにそういうことはあるらしいよね。俺は名字が変わってもいいから何か貰いたいよ」
後藤は今のこの会話で何かに気づいた様子はなかった。
さくらはとりあえずホッとしたが、うっかり余計なことを言って疑われないように気をつけながらこう言った。
「佐倉さんはかっこいいのにね。色々な……ことを気にして結婚しなかったのかな?もったいないわ!お金持ちで優しいし、私がもう少し年寄りだったら考えるわ」
「年寄りだったら?さくらもほんとにひどいな。確かにあの人はかっこいいよね、お母さんが沖縄の人なんだよ。よくいる沖縄の人みたいに濃い顔って訳じゃないけど、不思議な顔立ちだろう?ほんのちょっと浅黒い肌でなかなかいないよな。しかしまあ、さくらも年寄りだなんて言って、こりゃ言いつけておかないと」
後藤のこの話を聞いて、さくらはゾクッとして身震いがした。
さくらは後藤に疑われたくなかったので笑顔を作ったが、ミキオと同じように佐倉の秘密の扉のすぐそばまで確実に近づいて来ていた。
さくらは胸の高鳴りを押さえながら、いつか自然な形で確かめられるかもしれないと思って、まるで佐倉の真似をするように後藤のポケットに小さな鍵を入れた。
「後藤さんびっくりだわ!私の母も沖縄出身なのよ、不思議な縁ね。私の祖母が訳あって東京に母達を連れて飛び出してきてから、ずっとこっちにいるんだけどね」
さくらは明るい調子でこう言った。
「へえ、そうなのか、さくらもそんなに濃い顔って訳じゃないだろ?ミキオはカメレオンみたいだし、あっちの人でもいろいろなタイプがあるんだな。そりゃびっくりだ。あとで佐倉さんに言ったら驚くんじゃない?あっちの人って同郷の人に親切だっていうだろう?喜ぶんじゃないか」
後藤はこう言って、さくらの顔を見つめながら「ふうん」とつぶやいた。
そして「さくらは香月ちゃんと少し似てるな」と言った。
「そうでしょう、よく葉月姉さんにも言われたの。ミキオちゃんとは似てないの、似なくてよかったけど」さくらはドキドキしながらもこう言って笑って見せた。
後藤とさくらはそのまましばらく他愛のないおしゃべりをしていたが、後藤はまだ小さな鍵にはっきり気付いた訳ではなかった。
しかし後藤は『佐倉とさくら』を大切に思っていたので、もしその鍵を効果的に使える時が来たなら、きっとそれを上手く使って二人を助けるに違いなかった。
さくらはポケットを入れ間違ってはいなかった。
さくらは自分がせかして手に入れた、新しい後藤の作品写真を使って本来するべき仕事に取りかかろうとしたのだが、後藤が奥から自分のスケッチブックを取り出してきて、ちょうどよさそうな見本を示してくれたので、しばらくの間一緒になって、丁寧にそれを模写することになった。
後藤はぼんやりとさくらを見つめていたが、何かにふと気づいたようにこんなことを言った。
「不思議な縁か――大切な、大事なことがさ、目に見えない何かに形を変えて俺らに教えてくれるってことが、きっとあるんだよな」
「目に見えない、何かに?」さくらはびっくりしてつい大声を出してしまった。
「ああ、君がミキオがいるここに来たのだって不思議な縁だよ、俺はそう思うよ。きっとそうなるように、なってたんだろうな」後藤は静かに言った。
その時、佐倉の部屋のドアが開いてミキオと二人で出てきたので、二人の話はここで終わった。
しかし佐倉が「みんなでコーヒーでも飲もう」と誘ってきたので、いつものようにテーブルにつくことになってしまった。
さくらは、後藤がさっきの事を話し出したらどうしようかとびくびくしていたが、後藤は全くその事に触れなかった。さくらが模写したスケッチブックを見せながら、午後は二人でこんなことをやっていた、とだけしか言わなかった。
「あんなにせかされてやったのに、結局午後もさくらのペースにはまったよ。でもたまには、こうやってのんびりやるのもいいんだよ」
「その通り!うろちょろして咲子くんを追い出したから、まだあの子はサボって帰らないじゃないか。もういいかげん帰ってきてもよさそうなのに」佐倉はなぜか機嫌良くこう言った。
「私のせいですか?確かにまとわりついてうるさかったけど。ミキオちゃんは昔を思い出してさっさと作業室に逃げ込んだのよ、卑怯者よね」
「サクランボの相手は佐倉さんに任せるよ。懐かしの錯乱坊にギャーギャー言われるのはもうたくさんなんだ」ミキオは意地悪く言った。
「別に私はいいがね、いくらでも相手をするよ。ミキオみたいに冷たくないんでね」
佐倉のほうはいつものように優し気に笑っていて、なぜか機嫌が良さそうだったので、後藤は迷っていたが、少しだけ確かめてみたくなり、明るい感じでまずはこう言ってみた。
「佐倉さん、さくらって香月ちゃんに似てませんか?俺さっき気付いたんですよ。二人ともミキオに似なくてよかったけど……さくらのお母さんはやっぱり、さくらや香月ちゃんに似てるのか?」
さくらはドキッとしてコーヒーをこぼしそうになった。
今、さくらは何も言えるはずがなかったが、ミキオがにやっと笑ってこんなことを言った。
「お前笑わせないでくれよ!サクランボやあのガキが璃久おばさんに似てる訳ないだろうが!璃久おばさんは美人なんだからさ」
「ちょっと何?私がブスだって言うわけ?ミキオちゃんなんてカメレオンみたいじゃないの!」
さくらはカチンときて言い返した。
「そこまでは言わないけどさ、璃久おばさんにゃ全然似てないよ。あのガキなんて、まるでかかしと同じだよ」
ミキオはミキオらしいやり方で扉を叩き始めた。
「ちょっと!私ブスだなんて言われた事ないわよ。子供の頃はそりゃあったかも知れないけどカメレオンに言われたくないよ」さくらは半分怒っていた。
後藤は笑い出して「確かにカメレオンのお前には言われたくないよな。でもさくらもさっきからひどいんだから。さっき佐倉さんの事ひどく言ってましたよ。佐倉さんはかっこいいけど『私が年寄りだったら考えてもいい』ってさ!」後藤はふざけた調子でこう言った。
「ちょっと!私はそんなふうに言ってないでしょう?一体何を言い出すの?」さくらは真っ赤になって怒り出した。
「なんだって?年寄りってのは私のことか?君は若く見えるとか言っといて、陰でそんな悪口を言うの?最低の最悪じゃないか」佐倉はいかにも本気そうにこう言った。
「いいえ言ってません。後藤さんがねじ曲げて言ったのよ。信じられないわ」
「ええ?さっきから色々言ってたじゃないか、俺にだってひどい事言っただろ?『作品だけは両思い』ってさ!さくら、嘘ついてごまかすなよ」後藤は面白がってさくらをあおった。
「最低の最悪ってのはこういう事ね、私の言った事をそんなふうに言うなんて。後藤さんもカメレオンと同じじゃないの!コロコロ変えて言って」
後藤は「ミキオが言ってた“錯乱坊の怒りんぼう”ってのはこれか!」と言ってげらげら笑った。
ミキオはぷっと吹き出して意地悪い顔つきを見せつけてきた。
「あたり!錯乱するとこうなるんだよ。サクランボが璃久おばさんに似てるかって話だろ?ブスだとかカメレオンとか自分が勝手に言い出したんじゃないか。別にいいじゃないか、おばさんに似てなくっても。サクランボは青い国から来たんだろ?俺は知ってるんだぜ」
「青い国?なんだそりゃ?」と後藤が不思議そうに首を傾げたので、ミキオは「ああ実は、」と馬鹿にしたようにクックッと笑いながら話そうとしたので、さくらは咲子のようにミキオの背中をどんと強く押した。
ミキオは佐倉のほうまで倒れ込んでお腹を抱えて笑った。
佐倉は呆れてミキオを小突いたが、ミキオはそのまま笑い続けた。
そのうち佐倉も吹き出してしまい「青い国ってのは何なの?君は今、水色の服を着てるじゃないか?青い国から来たんなら、しっかりと濃い青を着るべきじゃないの?」と言い出したので、さくらは、佐倉の言葉を無視してついミキオを本気で怒鳴りつけた。
「もし余計な事をしゃべったら、本当に許さないから!」
「わかったから、俺に恥をかかせないでくれよ。璃久おばさんだってこんな風に会社でやってるって知ったら卒倒しちゃうよ。錯乱坊と言われたくなかったらいい子だからお行儀よく、おとなしく、ちゃんととやるんだよ」
ミキオは馬鹿にしたようにこう言った。
さくらはプイっとそっぽを向き「ふん」と言って黙ってしまった。
せっかくのこの機会に、佐倉の反応を確かめたかった後藤はチャンスとばかりにさりげなく、楽し気にこんなことを言ってみた。
「俺はミキオが美人だっていう、さくらのお母さんに会ってみたいよ。お前がそんなに言うんならかなりの美人なんだろうな。お前はさくらに似てないっていうけど、他人の俺から見たら瓜二つに見えたりとかね。ほら、あんまり近しいと分からないっていうじゃないか。さくらのお母さんが若い頃の写真とかありゃ面白いのになあ。さくらにそっくりで怒りんぼうで、怒った顔の写真ばかりだったりしてさ!ねえ佐倉さん」
後藤は佐倉の顔を正面から見つめた。
佐倉はぎくっと……誰にでも分かってしまう程ぎくっとした表情をして、ほんの一瞬あわてたが、なんとか取り繕った。
「大丈夫、さくらくんは美人だから。私はブスは写真ではねるから絶対に採用しないんだよ。安心してカメレオンを馬鹿にしていいよ」
さくらはうっかり佐倉の表情を見逃してしまった。
しかし、残りの二人は確かにそれを見た。
後藤は漠然と自分が持っていた疑問がほどけていくのを感じていた。
佐倉がさくらを採用するまでのいきさつを、一次面接の時からの様子を知っている後藤には簡単な事だった。
ただ後藤は、さくらやミキオのいる前で、自分が余計な事を言って混乱させてはならないと、本能的にそれを避けた。
これは後藤らしい親切な、常識的なやり方であった。
後藤は確かに機会を待つつもりで、さっきさくらが言っていた『不思議な縁』について、自分でも探り出そうと決心していた。
佐倉の秘密の扉は三人の優しい手によって、こっそり叩かれようとしていた。
佐倉もきっと、それを待っていたに違いないがまだ時間が必要だった。
三人は互いを思いやっていたため、まだそれぞれが知っている秘密を互いに打ち明け合おうとしなかった。
だがきっと、それが本当の魔法であったなら、近いうちにそれが自然な形でやってきて、三人も自分の扉を開くことになるのだ。
お読みくださりありがとうございます。
毎週木曜日に一話投稿、とお知らせしていましたが、先週・先々週とついつい調子にのって複数話投稿してしまったり、すごく張り切っていたのですが、腱鞘炎がぶりかえしたようでして、今週は多分この一話になるかと思います。
次回はまた木曜日予定です。
新しいエピソードに入りまして、タイトルは『さよなら青い国』の(一、)から始まります。
ぜひまたお読みいただけたら嬉しいです。いつもありがとうございます。




