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佐倉さんの世界(三、佐倉の桜色)

 さくらが出て行って一時間半近く経った頃、やっとさくらから電話があった。


――『また心配をかけてごめんなさい、もうすぐ帰ります』

 いつものさくらのような、明るい声だった。


 さくらの空元気に気づいてはいたが、ミキオや咲子達はホッとして、とりあえず胸を撫で下ろした。

 佐倉はまだ戻っていなかったが携帯も置いていってしまったので、このことを伝えようにも彼らからは連絡のしようもない状況だった。


 佐倉はこの時会社のすぐ近くまで戻って来ていたのだが、そのまま中に入らず外でずっと立っていた。

 そのうちに、駅の方から歩いて来るさくらの姿を見つけると、佐倉はドキッとして心臓が高鳴るのを感じた。

 またあんなふうに怒鳴りつけて傷つけてしまった女の子は、きっともう今までのような信頼を、自分に向けてくれるはずはないのだと覚悟して、やるせない気持ちで近くに来るのを待っていた。


 さくらはずっと下を向いていたため、佐倉がそこに立っていることになかなか気付かなかった。

 会社の裏手の道のところで佐倉を見つけると、さくらはビクッとして立ち止まった。

 これを見た瞬間の痛みは、佐倉にとって相当なものだった。

 しかし、この痛みを当然のものとしてしっかりと胸の奥深くまでぐっと押し入れ、佐倉は「さくらくん」と言って声を掛けた。


 すると驚いたことに、さくらはにっこりして同じように「佐倉さん」と呼びかけてきた。

 佐倉はこれにぎくりとして何も言えなくなってしまったが、さくらのほうは何もなかったかのように、感じよくこう言った。


 「私、サボってうろうろしてきました。だからお昼休みはとらないで頑張ります。それで許してもらえますか?」さくらはそっと、かすかに笑いかけた。


 佐倉はたまらなくなって、いつかのようにさくらの腕を掴み懇願するように言った。

 「大切な話があるんだが、どうしても聞いてもらいたいんだ。途中で聞きたくなくなってイヤになったら席を立ってもいいよ。だから少しだけ、つき合って欲しいんだ」


 佐倉はこのまま返事を待った。しかし手は離さずにしっかりと握っていた。


 こうなったら逃げられない。

 さくらは、じっと佐倉を見つめてゆっくりと頷いた。

 「わかりました。でもみんなのところに戻らないと、たった今戻るって電話したんです。帰らなかったらまた心配かけてしまうから」


 「ああ、でも先にここを離れよう。どこかに着いたら私からちゃんと事情を話して電話するから、今すぐ一緒に行こう」

 佐倉はこう言うと、返事を待たずに腕を握ったまま歩き出した。

 さくらももう抵抗しなかった。

 力が抜けてしまって何も出来なかった。


 いつかのようにタクシーに乗り込むと、佐倉は大きな有料公園にさくらを連れて来た。

 この公園の名前も場所も知ってはいたが、さくらは一度も入ったことがなかった。


 佐倉は約束通り会社に連絡を入れ『しばらく二人で戻らないが心配しないで欲しい』と伝えてくれた。


 公園の奥のほうまで歩いていき、大きな桜の木の側にあるベンチにさくらを座らせ、そしてしっかりと横に腰掛けると、佐倉はじっとさくらを見つめてまずこう言った。


 「さっきのひどい態度を許して欲しいんだ。もう君には耐えられないかな?」


 さくらはせつない、真剣な表情でこんなふうに謝られて、この他のことは言えなかった。

 「いいえ、私もう大丈夫です。怒ったりしてないし、悲しんでもいませんよ。ちゃっかりサボって、あんなにうろうろ歩き回ってすっきりしたんだもの」


 「ありがとう、そう言ってくれるのはなんとなく分かっていたが……これから話すことを聞いて、それで君が、はじめて本当に許してくれればいいと思うよ」

 佐倉はこう言ってゆっくりと話し出した。


 それは、さくらにとって初めて聞く話で、今まで考えたこともなかったし、当然それを想像することも出来ない話だった。


 「私はね、色がよくわからないんだよ」

 「色?」

 「そう。いくら頑張っても想像しても、君と同じに感じることは出来ないんだ。つまり色弱ってことさ。わかるだろう?」

 佐倉はこう言ってそっと笑った。


 「ええ、でもそれは……」さくらはこれ以上どう言っていいのかわからなかった。


 「遺伝だからこればっかりは。私にも、どこの誰にもどうすることも出来ないんだ。子供の頃は辛かったよ。初めて自分が他の子と違うって知ったときは信じられなかったがね。だって、自分はそれがおかしいなんて思ってなかったんだからさ」


 さくらはやはり何と言ったらいいかわからず、じっと黙ったまま佐倉を見つめていた。

 佐倉はいつものように微笑んで「気持ちの悪い話かい?このまま聞いてくれるの?」と、そっと聞いてきた。

 

 「いつか佐倉さんが私に言ってくれたように、何でも喜んで聞きます。だってちゃんと秘密を話し合わなくちゃいけないでしょう?」

 「そうか、じゃあ聞いてくれ。だからね、まず初めに君に当たり散らしたときは、あの制服のリボンの色を間違えたんだ。君は変だと思わなかったの?」


 「はい、私は佐倉さんが意地悪であんなことを言ってきたんだと思いました。ミキオちゃんと顔を見合わせて笑ったりしたでしょう?もうすっかり言いますけど、私泣きたくなりました!すぐに帰りたかったんですよ。でも佐倉さんは次から次へと色々持って来て私に見せようとして。だからいいかげんに答えたんですよ」


 「ああ、わかってたよ。君が泣きそうになって、私だってすぐに反省したんだよ。ミキオと笑ったのは、あいつが助けてくれたからなんだよ。

 あいつは言っただろう?これは()()()()()()()みたいですね、って。

 ミキオは色のプロみたいなもんだし、もう長く一緒にいるから、私の苦手とする……つまり間違えがちな色ってのをよく分かってくれてるんだ。

 あいつはいつも真正面から助けてくれたよ、同情なんてしないでさ。

 あの時、ミキオとのやり取りもあったからね、私は君がきっと気が付いたと思ったし、たとえまだ気が付かなくても、もうみんなから聞いて知っているに違いないと思っていたんだよ」


 さくらはたまらない気持ちだった。

 このまま告白を聞いているのは本当に辛かった。

 佐倉は続けた。

 「私はさっき部屋で君が何を言っていたか、もう覚えてないよ。すぐにカッとしてイライラ怒ってたんだから。君にあんなふうに怒鳴ってわめき散らしてたくせにさ!」


 佐倉はしばらく黙っていたが、思い詰めた目でさくらをじっと見つめてきた。

 「あの日と同じように全く悪くない君をあんな形で傷つけてしまって、本当に悪かったと思うよ、許してくれるかい?」

 佐倉は辛そうにこう言ってきた。


 さくらの答えは一つしかなかった。

 「ええもちろんです。だって私は全く傷ついても怒ってもいないんですよ。だから、すっかり仲直り出来ますね」

 

 佐倉はそっと頷き、桜の木を見上げ何か考えている様子でずっと黙っていた。


 さくらはいったい何と言って話しかけようかとずっと考えていたが、ふと思いついてこう言った。

 「佐倉さん、もう帰りますか?私はもしよかったら……もう少しだけここにいたいんです。ダメですか?」


 「ありがとう、そうしてほしいよ。みんなにはちゃんと言っておいたから、もう少しだけここで話していたいんだ」

 佐倉はこう言うと、また木を見上げた。

 数分間そのままだったが、くすっと、小さく笑ったかと思うと、やっとさくらに話しかけてきた。


 「さっき後藤くんが言ってたよ『初めっからさくらに当たり散らした』ってさ。全くその通りなんだよ。君とは大切な秘密をたくさん共有しているんだから、やっぱりきちんと、いつか話すよ。

 今は、君のお母さんじゃないが……時間が必要なんだ、だからもう少し待っていてもらいたいんだ」


 「佐倉さん、私達には他にも告白しなくちゃならないような秘密があるんですか?でももう何を聞いても私は平気。

 『君の目つきがイヤなんだ』とか『口の形が嫌いなんだ』とか言われても大丈夫!実は私もひどく言ったもの、土曜日の夜は特にさんざんに。とても聞かせられないくらい!」


 さくらは笑いながらこんなことを言った。

 佐倉にはこの気遣いがわかったので一緒になって笑ったが、しばらくは心から笑うことは出来そうにもなかった。


 さくらは「ここへはよく来るんですか?」とたずねたが、佐倉は「たまにね」と素っ気なく答え、しばらく黙ったままだった。

 さくらは少し心配になりそっと顔を覗き込むと、佐倉はにっこりと微笑んで、さくらの好きな、あの低い声で話し出した。


 「もう、なくなってしまったんだが……ずっと昔、工場の廃墟みたいな建物の裏手に大きな木が生えていて、そこに登ると遠くに桜の並木がよく見えたんだ。

 工場の前面は大きな道路だったから音がうるさかったんだが、二人だけで話をしたりするには丁度いい場所だったんだよ」


 「二人だけ?」さくらは興味をそそられてこう聞いた。


 「ああそうだよ。ロマンチックな話をすると思ったんだろう?でもそうなんだ。つぶれた工場の跡地でさ、決して誰も来ないんだ。

 工場の建物に完全に隠れているから、その木に登ってるところは絶対に他の人には見られないし、それこそ秘密の話をするには絶好の場所ってわけさ!

 そこに週に一度か二度は通って、いろんな話をしたよ。

 桜が見える方は少しだけ崖みたいになってて、柵は壊れかけていて……今でもよく覚えてるんだ。そこに一緒に登った人は、私があのネックレスをして欲しいって思った女性なんだ」


 「佐倉さん!本当なの?それはずっと前の話なの?」

 さくらは興奮して叫んだ。


 「そうさ、本当の話だよ。その人は今もきっと生きてるんだ、どこか私から手の届かない場所にね。きっともう結婚しているだろうし、子供だって大きくなって、へたすりゃ孫だっているんだろうな。

 あのネックレスが似合うかどうかなんてわからんが、あの時の彼女は本当に美しくて、魅力的だったよ」

 佐倉は興奮したさくらをからかうように「いいか、おしゃべりめ!咲子くんには言うんじゃないぞ」と言ってから、さくらに続きを聞かせてくれた。


 「その木の上で二人で桜を眺めたよ。でも彼女が見ている桜と、私の桜は全然違うんだ。あの人の世界では薄い桜色っていったらピンクを薄めた色だろう?

 でも、私のは薄い水色で、ピンクとは程遠い色なんだから。

 このことはミキオが教えてくれたんだ。背景の色とかによっても違うが、どうも私の場合ピンクと水色がごっちゃになるらしい。私がよく間違えるもんで、ずっと前にミキオが対称表みたいなのを作ってくれたんだ。それで気が付いたんだ、あの時も、全く違う世界を見ていたのと同じじゃないかって」


 佐倉は両手で自分の目を隠したり、手をよけたりしながら話した。


 「ミキオはさ、私に一つの目安として見てほしいと言って、その面白い表を作って持って来たんだ。それを見ていろんな間違いに気付いたんだよ。例えば、茶色とうぐいす色みたいな色が、時にはごっちゃになってしまうこととか……」


 「それでスカーフの色を勘違いしたんですね」


 「そうだよ。私は君のあの制服を知っていたけど、北女子と西女子のスカーフの色を、全く逆に思ってずっと勘違いしてたらしいよ。あの瞬間そのことを思い出して、実はぞっとしたんだよ。

 つまり……長年いろんなことを自分だけ違う世界で見てたってことが分かったからさ。

 このことを思うとやっぱり辛いんだ。木に登った人と感じる世界が違うなんて、あの時はあまり考えようとしなかったからね。

 あの時は、それどころじゃない程に彼女に夢中だったから」

 佐倉は優し気に微笑んでいた。


 「そんなに素敵な人だったんですか?綺麗で?」


 「ああ!そりゃ綺麗な人さ。私は美人が好きなんだ。なんでわざわざそうじゃない女と木登りなんかしなきゃなんないんだ?景色が悪くなるじゃないか、冗談じゃないね」


 「ひどい言い方!私はどんな不細工な相手と木登りしてもそこまで言わないわ。今にばちが当たりますよ?」


 「まあ、色気づいてた時期だから。でも誓って言うが、すごく、恐ろしく健全な関係ってやつだったんだ。たまらないほどに健全!今思うと毎週チャンスがあったってのにさ!何もしなかったなんて馬鹿だって思うよ」


 「キスもしなかった?」さくらはじりじりして思わず聞いた。


 「なんてことを聞くんだ?恥ずかしい娘だよ!ああ、しなかったよ。何度もチャレンジしたんだが、冷たかったよ。気づかないふりしてさ!」


 「どのくらいの間『健全』に過ごしたの?」さくらはまた聞いた。


 「なんていやらしい娘だろう!全く信じられないね、聞きたいの?二年近く一緒にいたよ、彼女が高校二年の五月か、六月くらいから」


 佐倉はだんだんと明るい口調になり、いつものような快活さを取り戻して来た。

 さくらはすかさず言った。


 「高二の女の子と二年近く一緒に過ごしてキスもしないなんて、佐倉さんもおかしいわね。だいたい佐倉さんは幾つだったんです?高三くらい?その子はきっと待ってたんだわ!佐倉さんが木の上で襲いかかってくるのを!全く分かってなかったのね!」


 「君は信じられない事を言うね、襲いかかるだなんて!恐ろしいよ。親が聞いたら死にたくなるような言葉だよ。

 私は大学の一年の時で、午後の授業がない時は、必ず彼女に会う時間を作って、彼女の方もわざわざ家から遠いのにあそこに来て、二人だけで過ごしたんだ。

 このことは本当に私と彼女の他は誰も知らないんだ。だから光栄に思ってほしいね、おしゃべりするなよ。

 まあ、襲いかかるなんてことは出来なかったよ、嫌われたくなかったし。彼女がそうして欲しそうにしたことなんて、まるでなかったんだから!」


 「ほんとうの馬鹿だわ!毎週来ているのにおかしいわ。その子が()()()()()()()()にするわけないでしょう?佐倉さんあんまりだわ、それこそ冗談じゃないね、ってやつよ!」

 さくらは佐倉の口癖を真似てみた。


 「だいたい無理矢理キスしたりなんかして、来なくなったらどうするの?

 私が『健全』にやってるから安心してやって来たってのに、分かってないのは君の方なんだよ。全くびっくりだよ、恥ずかしいやつめ!私は君と違って健全だったから、木の上で曲を弾いたりもしたよ、ロマンチックにさ。こりゃ本当の話さ」

 佐倉はうきうきとよくしゃべった。


 さくらは先をせがむように身を乗り出して、ドキドキしながらこうたずねた。

 「うそ!佐倉さんが曲を弾くの?何を弾くの?」

 「バイオリンさ」

 「バイオリンですって?」


 さくらはドキッとして息をのんだ。

 いつかの公園で、璃久がバイオリンの話をしていたことを思い出したからだった。

 さくらは不思議な感覚におそわれてしまい、先を聞くのが怖くなった。

 しかし、その時その口が、なぜか早口に動き出して佐倉にこうたずねたのだ。


 「その子はバイオリンを弾けるの?」


 「ああ、彼女に教えてあげたんだ。すごく綺麗に弾くんだよ。上手いってことじゃないよ、その姿のことを言ってるんだ。とにかく優雅で、かわいくって、素敵だったんだ。あんな人を見たことがなかったから、夢中になって気を引こうとして色々企んだよ、それこそ厚かましく何でもやったな」


 佐倉はまるで現実の幸せを語るように話し続けたが、さくらがあまりに夢中なのを見て、はっと我に返り、急に黙り込んでしまった。


 さくらは佐倉の様子を全く気にせず、きっと大切なことをたずねた。

 「その子はセーラー服を着ていたの?」


 佐倉はぎくっとして、一瞬目をそらしたが、すぐに笑ってこう答えてきた。


 「当たり!だからあれを見てイヤだったんだ。君のとは少し違ってたけど、でもやっぱりセーラー服には違いないだろ?それに、結局彼女にはフラれてしまったし、こうなるとあまりに幸せだった頃とのギャップで、もうあんなものは見たくなくなるんだよ」


 「フラれた?どうして?例えば喧嘩したとか?」


 さくらは根掘り葉掘りと詰め寄った。

 佐倉は困って笑っていたが、もう区切りをつけて終わりにしたいとばかりに、はっきりとこう言った。


 「喧嘩っていうか、はっきり言われたんだよ。私に……私なんかに色のことでとやかく言って欲しくない、ってな事を。これは、さすがにショックだったよ」


 「なんですって?その子が本当にそんなことを言ったんですか?」

 さくらは驚いて叫んだ。


 「そうなんだ。彼女には私の目のことを話した事はなかったんだが……多分、家の人から聞いたんだと思う。お互いの家の者にバレてはなかったけど、多分、私や彼女のことが話題に上ることはよくあったんだろうね。家同士はまあ、親しくしていたからね。

 私は彼女に会っている事を決して言いたくなかったし、彼女のほうも同じで秘密にしておきたいって話してたんだよ。

 でも結局彼女にはそんなふうに言われて、ひどく怒鳴りあってさよならさ」


 佐倉はこう言って、にっこり笑ってさくらを見た。

 さくらはひどく悲しくなりがっかりしてしまった。

 しばらく黙っていたが、何かをふっ切ったようにはっきりとこう言った。


 「そう、そんな子だったなら……そんなひどい事を言って、愛を捨ててしまうような人は、本当の相手じゃなかったのね」


 さくらがこう言うと、佐倉はひどくせつなそうな顔をしてこう聞いてきた。

 「君は、そう思うの?」


 「ええ。私なら、きっとそんなふうに一緒に過ごしてきたら、佐倉さんの世界を見せて欲しいって思ったはずだもの。

 並木道の色が違ったって構やしないわ!髪の毛の色が違っても全然平気!不都合があるんだったらミキオちゃんみたいに、私の世界について話せばいいんだもの」


 「見せて欲しい?そりゃ違うよ。君がほんとにそんなはめに陥ったら、私はお願いしなきゃならないんだ。『ちょっと不気味なこの世界を少しは分かってくれるかい?』ってさ。そうなったら君にだって負担をかけるんだよ」

 佐倉は子供に言い聞かすようにこう言った。


 「いいえ、そんなこと負担なんかじゃありません!私だったら絶対にそんなふうには思わないわ!佐倉さんは、そんな子とさよなら出来て良かったんだわ!」

 さくらはまた泣いてしまった。


 佐倉はこんな様子のさくらを見て困ったように首を振った。

 そして「ありがとう」と言ったり「たいした話じゃないんだから」と言ったりして、なんとか慰めようとした。


 しかし、さくらは泣きながらこんな事も言い出した。


 「やっぱり不公平に出来てるんだわ!あんな人が父親になって、人を傷つけているっていうのに……佐倉さんはそんなひどい子に傷つけられて!

 もし佐倉さんがお父さんだったらどんなにか、どんなにか!幸せだったかわからないのに!」


 さくらは叫ぶようにこう言って顔を覆って泣き続けた。


 佐倉はもうたまらない気持ちになり、とうとう自分も泣いてしまった。

 そのまましばらくは口も聞けずにいたが、ついに何かを振り切ったようにこう言った。


 「さあ、もう泣かないで。いいんだ、私は全然平気さ。君がもし私の娘だったらどんなにか素敵だと思うよ。でもね、もしそうなったら、私は君に余計なものを渡しちまうんだ。決して消せない余計なものをね、それでもいいと思うかい?」


 佐倉はそうっと、さくらの顔を覗き込んだ。

 すると、さくらは涙でぐしょぐしょになった顔をさっと上げた。


 「佐倉さんにはわからないんだわ。私は本当の余計な、イヤなものを知ってるし、実際それを自分に抱えてるの。もしかしたら佐倉さんには想像もつかない程のイヤなものを!だからはっきり言えるわ」


 さくらは睨みつけるような目をして佐倉をきっ、と見つめた。

 そして、はっきりとこう言い切った。


 「佐倉さんが私にくれたものなら大切にするわ。本当です」


 佐倉はこれを聞いて、ぞくぞくっとして何も言えなくなった。


 さくらは涙を拭って立ち上がり、佐倉の腕に手を掛け「もう行きましょう」と言った。



お読みくださりありがとうございます!

このエピソード(佐倉さんの世界)は次の一話で終わらせる予定なのですが、どうしても長くなってしまいまして、二つに分けるか、そのまま投稿するか、色々修正しながら考え中です。

次回はまた話が進み、更に先の展開がわかりやすくなると思います。

予定としてはまた来週半ばに投稿いたします。


先が気になりましたらぜひまたよろしくお願いいたします。

少しでも面白いと思っていただけましたらブックマークやご感想をいただければ嬉しいです。

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