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佐倉さんの世界(二、彼らの失敗)

 さくらは帰宅するとすぐに璃久をせっついて、仕事のことや偏屈じいさんの様子を根掘り葉掘りと聞き出そうとした。

 璃久は初め「うん……そんな感じよ」などとしんみりと答えてさくらを死ぬ程心配させた。


 しかし、三十分程立った頃に璃久が突然笑い出したので、さくらは璃久の肩を揺さぶりながら「あのじいさんに何か酷くされたの?どうだったかちゃんと言ってよ!お願いよ」と必死で詰め寄った。

 璃久は『ごめんごめん』と笑い続け、ついに涙を拭きながら白状した。

 「さくらちゃんの真似をしたのよ。もったいつけて、さくらちゃんが心配してる姿を見たかっただけよ」

 「お母さん酷いじゃないの一日中心配してたのに!じゃあどうだったっていうの?じいさんはどんなだったの?」

 「これは本当、すごく楽しかったのよ。おじさんはね、私に店長とか社長だなんて呼ばないで『おじさん』って身内みたいに呼んでくれって言ったのよ。まるでさくらちゃんの社長さんみたいでしょう?それでね、朝行ったらおじさんが真面目な顔で言ったの『これが気に入らなかったら自分で持って来たのでいいが、どうだ?』って」

 「お母さん?何なの?それって」

 「それが、とっても素敵なエプロンなのよ。私感激したわ!割烹着なんかじゃ申し訳ないって言って、わざわざ用意しておいてくれたのよ。そういうことが出来るなんてすごく素敵じゃない?私やっぱりあそこに行ってみてよかったって、その時思ったの。仕事はお昼時少し忙しいけどきつくはないわ。おじさんはすごく清潔にやってるからその辺をすごく気をつけなくちゃならないけど、私をとても気遣ってくれて本当に有り難いくらいなの。私きっと自分なりに役に立てると思うのよ。それを見つける為にしばらくよく観察するつもりなの、だっておじさんに喜んで欲しいしね。こんな感じだったのよ、どう?安心した?」

 

 璃久は心底幸せそうだった。

 それを見てさくらはもっと幸せになり、二人が今までずっとそうだったように、励まし支え合う母と子の形に自然に戻っていった。


     ◇◇◇◇◇


 翌日、偏屈じいさんの話は咲子達を安心させたが、ミキオが心配そうに『でも、一度のぞきにいった方がいいかもしれないぞ。おばさんのことだから心配かけないようにって、そう言っているだけかもしれない』などと言ってさくらを一瞬不安にさせたが、心配させるようなことを言うなと咲子がガミガミ怒るので、ミキオも一度言った切りそれ以上は言わなかった。


 さくらは順調に入力作業を進めていったので、半月もしないうちに佐倉は「これで目途がついた」と言い、今後の業務について二ヶ月単位のスケジュールを手渡してきた。

 当面はホームページの運営や管理を中心にこの方面の仕事をさせてから、次の段階に進ませようとの意向だった。

 佐倉はまず月変わりのコレクションのページのデザインをさせたり、商品の見せ方などをさくらに覚えさせた。

 これらの作業はずっと後藤やミキオと三人でやっていたので取り敢えずの引き継ぎをさせた時、ミキオは親切で丁寧ではあったが感覚的にものを言って佐倉をイライラさせたので、途中からは後藤がさくらの面倒を見る事になった。

 後藤はもともとさくらを気に入っていたし、またさくらのほうも同じ気持ちだったので、それこそぴったりとうまく事が運んだ。細かいチェックは必ず佐倉が入れてきて、さくらをどぎまぎさせたりもしたが、まあなんとかいい具合に事が運んでいた。


 そして、咲子が数週間前に言っていた、ある『危険』についてだが――

 温かい気質で能力も申し分のないリーダーの後藤も、多少扱いづらくても心根の優しいミキオも、兄のような目線でさくらを見守っている優しいトロさんも、そして咲子でさえもが、この『危険』を避ける為にいまだに何もしていなかった。

 出来れば誰もがそんな役目を負いたくないと思っていたので、そのまま誰かが手をつけるのを何となく待ってしまっていた。

 そのまま数週間、何のトラブルもなく平和な毎日が続いていた為、誰もがうっかり『危険』を忘れていたのだった。


 大部屋で、さくらが慣れないグラフィックソフトを使って商品の背景デザインに夢中になっていた時、その『危険』はやって来た。

 「ミキオちゃん、お母さんはこういうの得意なのよ。ピアノじゃないけどイラストレーターもフォトショップも自力で覚えたの。あとね、なんか編集ソフトの簡易版っていうのかな?そんなのも買ってきたりしてやってたよ」

 「知ってるよ、俺のところによくソフトを借りに来てたからね。おばさんはセンスが良かったけどお嬢ちゃんの方はどうか知らんがな」ミキオはこう言ってさくらをからかった。

 「ミキオちゃんの方がお母さんのいろんな秘密を知ってるかも知れないわ、なんか妙な気分よ」


 佐倉は横で仕事をしていたが、ニコニコしながらこう言ってきた。

 「君のお母さんはなかなか能力がある人なんだね。グラフィックソフトを使って絵を描いたりしてたのかい?」

 「絵ではないと思いますけど、学校関係のパンフレットとかを友達に頼まれて作ったり、あと私の子供の頃の絵をまとめる時に貼付ける為の、なんか色々なものを作ったり、そんなことぐらいだと思いますけど。夢中になって夜中までやってたんですよ」さくらはこう言った。

 「へえ、ピアノもパソコンも自力だなんてなかなか出来ることじゃないよ。君はどうなの、そろそろこのソフトに慣れたかい?」

 佐倉はこう言って、さっきまでさくらが作業していた月替わりで更新している背景デザインとヘッダーの色やコンテンツのサイドバーの部分を細かくチェックしてきた。


 佐倉は「とってもいいよ、またミキオのとはひと味違ってさ。でも、ここのラインはあんまりはっきりしないがこの色でいいかな?」と言って、後藤やミキオを呼びつけた。

 その時に後藤は「確かに好き嫌いはありますね、なんでこうしたの?」と言って、さくらに理由を尋ねた。

 さくらはコンテンツ複数ページ分のバックの枠の部分を一連の色の流れで考えていて、ちょうどトップページの住所部分の下に、ほんの少しだけ宝石の七色を綺麗に並べて配置させ、その色をそれぞれのページ使おうとしていた。さくらは自分でもそれを気に入っていたため、佐倉や後藤に説明する為に、かなり丁寧に色の配置について話し出した。


 「ここの緑は綺麗でしょう?だからシルバーのページの後ろにはっきりと置きたかったんです。それでオレンジみたいな茶色はレースの方にしようと思ったんだけど、やっぱり何度もやり直しているうちにゴールドのリングの後ろにしたんです。この薄い水色は少しグリーンを多めにしたんですが、それだからはっきりしないんだと思うんです、でもすごく上品な色でしょう?だからまず最初に入るところにしようと思って……あと、この薄いピンクは少しオレンジっぽいでしょう?私ピンクの寒い感じが嫌いだからオレンジに近くしたんです。これもはっきりメリハリをつけないとダメですかね?でもここの黄色のラインだけは表紙より少しだけ濃いんです。そうしないとかなりぼやけちゃうから。それでこの黄色はやっぱり緑を多くして全体を調整したつもりなんですけど。あとこの、」


 さくらが、あと二色の色について話そうとした時、急に佐倉が大声でそれを遮った。


 「もういいよ!わざとらしくそんなことまで、ご親切にどうも!大変よく分かって感謝感激だね。ここまでやってくれたのは君が初めてだよ、全く素晴らしい。親切と丁寧さでは君にかなうものはいないかも知れないな、ありがとう。でも申し訳ないんだが、今後はそんな素晴らしいご親切はやめてほしいね。もうそういう親切は聞きたくないから、あとは勝手に後藤くんとやってくれよ」


 佐倉は、さくらからぷいっと顔をそむけると、すぐに自分の部屋に入っていきバタンと音を立てて扉を閉めてしまった。

 さくらは何が何だか全く分からずぶるぶると震え出した。

 そして、しまいには両手で顔を覆ってしまった。


 ミキオは何も言えず、また何も出来ず「俺が馬鹿だった」と言った。

 後藤もまた「いいや!そりゃ俺だよ」と言い、ミキオと顔を見合わせため息をついた。

 トロさんと咲子は、とにかくさくらの側で必死だった。


 さくらは声も出さずに震えて泣いていた。

 そしてとうとう「ちょっとだけごめんなさい」と言って、出て行ってしまった。


 さくらが出て行って一時間近くが経った頃、やっと部屋から出て来た佐倉は、さくらがいないことにすぐに気付いたが、誰にもその理由を聞けなかった。

 どんなに気になっていても、それはまだ出来なかった。


 ミキオはいつものように黙り込んでいたが、ふてくされたり怒ったりしているわけではなかった。

 ただ自分で言った通りに『馬鹿』をやってしまったことの後始末に苦しんでいるだけだった。

 この時、咲子ですら怒鳴り散らした佐倉に文句を言うわけでもなく、ただ佐倉を見つめていた。


 しかし、とうとうリーダーである後藤がこう言った。

 「あの子は全く知らなかったんです、これは本当です。俺がちゃんと話しておくべきでした。咲子がずっと前にそう言ってたのに、俺は忘れていたんです」


 佐倉はこれには答えず「あの子はどうしたんだ?」と言った。


 後藤はこれを聞いてカッとなった。 

 「出て行きましたよ。もう一時間近く経つのに戻りませんよ。だからって佐倉さんにどうこう言ってほしくないですね。あの子は全然悪くないじゃないですか!あそこまで言うことないじゃないですか!あの子はただ説明しただけでしょう?あんなに泣いて、声もでないくらいに!さっきまでこの辺をずっと探したけどいませんでしたよ!あなたのせいですよ、初めっからさくらに当たり散らして!帰ってこなかったらどうするんです?何かあったらどうするんです?」


 後藤はまるで、さっきの佐倉のように大声で怒鳴った。

 そして後藤があまりに激しく言ったため、咲子は何も言えなかった。


 この時、トロさんは急にはっとして「さくらちゃんはカバンもお金も持ってないんですよ。だから行きたくってもどこへも行けないんです!僕もう一度探してきます」

 トロさんはバタバタと慌てて「行ってくる」と言い出て行ってしまった。


 佐倉はもう硬直したようになっていて、何かを口に出来る状態ではなくなっていた。

 しばらくして、絞り出すようにミキオが言った。


 「俺が、ちゃんと言っとかなきゃならなかったんです。何度も機会はあったのに後でいいやって引き延ばしたから……佐倉さん、あの子は昔からそんな、わざとらしく嫌味なことを言ったりなんか絶対にしませんよ。だから、必ず後から俺がちゃんと話しますから、もうあの子のことを軽蔑したみたいに言わないでもらえますか?」

 いつものふざけた話し方ではなく、ミキオは真剣にこれを言った。

 ミキオのこういう話し方は大抵の場合、聞き手の胸をえぐった。

 そして佐倉もたった今それをされた。


 佐倉はうなずいて「悪かった」とだけ言った。


 そのたったひと言は、そこにいた三人の胸を締め付けた。


 佐倉は「探して来るから見つかったら電話をするよ」と言って、三人はこのまま残るようにと指示をして出て行った。


 咲子は佐倉がいなくなった後、涙を流してこう言った。

 「さくらは全く悪くないよ……でも佐倉さんだってきっと、悪くなんかないって、私思うんだ。悪かったとしたら、それは私達だったんだよ」


 このあとしばらくしてトロさんが戻ったが、二人の『さくら』はまだ帰ってこなかった。

 

     

ここまでお読みくださりありがとうございます。

次回はほとんどが佐倉とさくらの話ですが、今回ほど辛くないのでぜひお読みいただければ嬉しいです。


明日も一話投稿いたしますのでよろしくお願いいたします。


少しでも面白いと思ってくださいましたら、ぜひブックマークやご感想をいただければ嬉しいです!


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