名前の呼べないいとこ(六、ミキオ)
会社に戻った若い四人はまず顔を見合わせ頷き合った。
「今回はどうだ、佐倉さんのお手並みは?」と後藤。
「私はあの子が気に入ったわ。ミキオのいとこだってのが笑えるけど、とても感じがよかったよ。それに見た感じもかわいいしさ」咲子が機嫌よくこう答える。
「確かに綺麗な子だよ、気は強そうだがね。その辺は佐倉さん好みってことか。それに性格も良さそうだろ?あの人は人事のプロなんだ、面接で何回か話せばだいたいどんな子がわかるんだよ。俺は一次の面接であの子を見たけどすごくいい感じだったよ、緊張してるみたいだったから固まってたけどね。作文も読ませてもらったけどなかなか可愛いこと書いてたよ。格好つけようとかそういうのはなかったな、何かこう純粋な感じの文章でね、俺はああいうことが書ける子は好きだね。あの作文は佐倉さんもすごく気に入ってたみたいだしな」
「佐倉さんは面接であの子に辛く当たってしまった、って気にしてたみたいだけど、何を言ったの?」
咲子がこう訊ねると「俺は分からないよ。集団面接の時はいつも通りあの人らしい感じでやってたからな。俺が土曜の二次面接にどうしても出られなくなって、ミキオがかわりに『いるだけでいいぞ、立ってるだけで何も言うな!』って佐倉さんに言われて仕方なく行ったんだから。お前はどんなだったかわかるだろ?」
後藤にこう訊ねられ、ミキオは言いづらそうに答えた。
「ちょっとね、失敗したんだよ。セーラー服のリボンのことで」
「リボンってなんだ?」
「このデザイン画のセーラー服を見てさ、佐倉さんがつい言ったんだよ『茶色のリボンが嫌いだ』って。理由は分からないけど佐倉さんはこれを見た時すごく嫌な顔してたから、つい口から出ちゃったんだろうけど……まあ、そういうこと。佐倉さんの失敗から始まったんだ。でもこれをポーンと、見るのもイヤなもののようによけられて、あの子にはほんとに、ちょっときつかったと思うよ」
ミキオはあの日の佐倉の仕草を真似ながら、ひどく辛そうに下を向いた。
「なるほどね、茶色のリボンが嫌いって言ったのか……そうか」
後藤はそういうことならわかったと言う顔でこう続けた。
「でも俺はこのデザインいいと思うけど。佐倉さんは何が気に入らなかったんだ?リボンの色のことなんてもうどうでもいいだろ?画力だってかなりのものじゃないか。それにおかしいな、昨日佐倉さんはあの子のデザイン画をほめてたぞ。他に二次で受けに来た子のことは見向きもしなかったし、だいたい一次面接の時点であの子にすごく興味を持ってたからな。俺は佐倉さんが面接で女の子に……しかも初対面の相手にそんな態度をしたなんて信じられないよ。いくらなんでも可哀相じゃないか、そんなふうにスケッチをよけられたりしたらさ」
いつもの佐倉を知っている後藤には信じられないようだった。
しかし、ミキオはこう言い切った。
「でも本当に、佐倉さんらしからぬ……いやな対応だったんだよ。俺だっていつも怒られてるけどああいう、なんていうか、わけも分からずあんなことをされたことは一度もなかったよ。俺はまあ、かなり可哀相になったよ、もしかしたら採用になっても来ないんじゃないかって思ってたぐらいだった」
「でも、今日の佐倉さんはいつもと同じ調子だったよね?僕はあの子だって喜んでここに来たふうに見えたけどな」トロさんがぼそっと口を挟んだ。
「そうよ、あの子は喜んでここに来たと思うわ!私はそんな気がするよ」咲子はこう言ってギロリとミキオを睨みつけた。
ミキオは「そんな恐ろしい顔をしないでください、怖いです」と肩をキュッと上げて耳を押さえ、小馬鹿にしたようにニヤついた。
咲子はそんなミキオを無視。
「まあなんにしても佐倉さんがあの子をいじめるようなことがあったら、私がかたきを取るからいいよ。あの部屋をまた酷く散らかしてやってさ、いつもみたいに書類を隠したりして反撃するよ」
こんなふうに咲子が真剣なのを見て後藤はくっくっと笑った。
「咲子があの子を気に入ったのは良くわかった。佐倉さんもあの子は咲子とは上手くやれそうだなんて言ってたよ。どうしてそう思ったのか分からないけど、そのへんは大丈夫なんてうけあってたから。ともかくこれで落ち着いたよ、毎日毎日面接の子がやって来たりするのは疲れるからな」
後藤は約束通り、さくらのデザイン画に目を通し始めたが、ミキオはそれらに見向きもせずに自分の作業に取りかかった。
咲子もさくらのデザイン画を眺めながら「これ、きっと慌てて種類別にってまとめたんだね」と言って置き去りにされたさくらのスケッチやボードに全て目を通した。
佐倉は何件か用事を済ませてから戻って来た。
自分の部屋には入らずそのまま作業室に入って来て、機嫌よく後藤と同じようなことを訊いた。
「さあどう思った?あの子とはうまくやれそうか?」
まず答えたのは咲子だ。
「私はあの子が気に入りました。いやなこと言って虐めるような奴がいたら相手が誰でも助けてあげるつもり」
これを聞いて佐倉はにやっと笑う。
「そうしてくれるとありがたいね、女の子同士のもめ事みたいなのはもう私にはたまらないからね。後藤くんやトロさんはどう思った?」
「俺は一次面接の時から彼女を気に入ってましたから。今デザイン画見ましたよ、いいじゃないですか。特にこの桜の花のは気に入りましたよ、なかなかいいです」
後藤はわざとこう言って佐倉の表情を観察した。
佐倉は満足そうに頷いている。
「そうだろう。これは私もいいと思うよ、パールのもいいんだがね」
佐倉がぬけぬけとこんなことを言ったので、一人背中を向けて自分の作業を続けていたミキオが素早い動作で振り向いて、佐倉に無遠慮な視線を向けた。
しかし、佐倉はミキオには見向きもしない。
「さっき二人で話した時、この桜の花のデザイン画はうちに入りたくて、ばかみたいに必死になって描いたんだと言ってたよ。今日は今までのものを全部持ってくるように言っておいたんだが、きちんとファイルして……急いでやったんだろうな、きれいにまとめて来たよ。ケースから出すときに糊のにおいがしてね、あの子はまずいなって顔をしていたけど、そういう気持は嬉しかったよ。トロさんはどう思った?」
「僕も彼女には好感を持ちましたよ。真面目そうですし、いいんじゃないですか?」
「そうか。ミキオはデザイン画を見たのか?ちゃんと見てやりなさい。あの子はお前のデザイン画をあんなにほめてたのに。せめて感想くらい言ってやれるだろう?」
佐倉の発言を受けてミキオは無愛想に「あとで見ます」と答えただけだったが、後藤はこの話に興味を持ち「ミキオのデザインってパールのあれですか?」と佐倉に訊ねた。
佐倉はそう言ってくるのを待ってたんだとばかりにパンッ、と手を打ってニヤリと笑い、あの時のさくらの様子を話しだした。
「あの子はね、なんとさ!たとえ路上に置かれてたとしても入賞した作品よりもミキオのネックレスのほうがいいって言ったんだよ。よくぞ言ってくれたって感じだったよ。私にはそれを本気で言っていたのがわかったからな。あの子はあれを見せた時うっとりしてずっと見つめていたからね。まあそう言った後ちょっと恥ずかしそうにしていたがね」
佐倉がこう言うとミキオはすぐに振り返り「その話はやめて欲しい」と言い、今度ははっきりと佐倉をきっと睨みつけた。
「あの場であんなふうに本人を目の前にして訊かれたら誰だって俺のを褒めるしかないんですよ!そんなふうないい言い方で、あの子のことも俺のこともコケにするのはやめて下さいよ。だいたい佐倉さんはろくに見もしなかったでしょ?あの時面接に持って来たデザイン画だって」
まるで相手を軽蔑しているかのようなミキオの口調に咲子や後藤達はひどく驚いたが、佐倉のほうはもう慣れっこだよ、という感じで不敵に笑ってこう返した。
「お前は相変わらず何もわかっちゃいないんだよ。あの子は本気だったんだよ、本気でそう思ったからああ言ったんだ。そうじゃなかったら私が採用するはずがないじゃないか!何もわからんくせにお前こそあの子をコケにしてるぞ!デザイン画はちゃんと見ているよ、いいものはいいし、それはそれで分かってるんだ」
佐倉は怒鳴るようにこう言って部屋を出て行ってしまった。
後藤たちはあわてて「佐倉さん!」と呼びかけたがミキオは振り向きもせずに皆に背中を向けたまま作業を再開し、それっきり口を聞こうとしなかった。
後藤もトロさんも『またか』とため息をつき、佐倉のほうの後始末をしにここを出て机のある大部屋に戻って行ったが、咲子だけはミキオのいるこの場所で、ミキオのほうの後始末にかかった。
咲子は何を言っても返事をしないミキオに向かって辛抱強く色々なことを言った。
「佐倉さんがあんたをコケにしたりするはずないよ。あのネックレスが入賞するとあんたより信じてたんだから。あんたは確かになんにも知らないんだよ。それにあの子、お世辞で言ったなんて思われたら可哀相だと私も思う。さっきだって言ってたじゃないのよ。あれを描いたのはミキオちゃんなの?とかなんとか騒いで興奮しながらさ!」
咲子はここまで言って数十秒、ミキオの返事を待った。
しかし、やはり何も言わないので、もう一度気持ちを落ち着けて怒らないように踏ん張ってこう言った。
「佐倉さんがあんたのいとこに辛く当たったってことだけど――昨日私に言ってたよ。イライラしててつい余計な、いやなことを思い出してあの日あの子に当たり散らしたって。何も悪くない相手に酷い態度をしてしまったって。佐倉さんだって後悔してるんだからさ、もういいじゃん。あんたはそれを目の当たりにして不快だったろうけど、誰だってそんなことがあるよ。そうでしょ?」
咲子はまたミキオの返事を待った。
しかし、今度も何の反応もないのでついに咲子は腹をたて、ミキオのそばに座り込んで怒鳴った。
「ああそう!そうやってえらそうに座り込んでればいいよ。もう私は知らないからね!あさってあの子が来た時にもそういう態度をするの?ちゃんと見張ってるって言っただろ!そんなのは許さないよ。いいかげんにしなよ!」
こんなふうに怒鳴られても何も答えないミキオを、咲子は後ろからドン、と強く押し「勝手にしろ!」と言ってついに作業室から出て行った。
一人取り残されたミキオは扉がしまる音を聞いてから、そうっと振り返った。
そして、テーブルに広げられたままのさくらの描いたセーラー服と『桜の花』のデザイン画をじっと見つめ、ここに置き去りにされた他のスケッチと一緒に丁寧にデザインケースにしまってやった。
佐倉はしばらくの間自分の部屋に入ったきり出てこなかったが、トロさんがコーヒーを入れたのでどうぞと声をかけると、すんなり丸いテーブルのほうに出て来て、まるで『さっきのことなど気にもしていないよ』という調子で機嫌良く下らないおしゃべりに加わった。
佐倉のこの様子に我慢がならない咲子はおしゃべりどころではなかった。
「佐倉さん!佐倉さんがまたミキオに余計なことを言ったせいでこうなったんじゃないんですか?ミキオはあんなだし。だいたいあのさくらって子にいったい何を言ったんです?せっかくいい雰囲気で喜んでたってのに、いつも誰かがこうやってぶち壊すのがお決まりなんだから!」
しかし、咲子の言葉を佐倉はせせら笑った。
「誰もぶち壊してなんかないさ。セーラー服が好きじゃないって言っただけさ、もともとね。でもまあ少し気が変わったよ、若草色のリボンっていうならそりゃいいじゃないか!」
後藤は咲子に「少し黙って」と言って注意したのだが、咲子はいつものように誰の言うことも聞かなかった。
「佐倉さんもミキオも自分勝手に怒ったり黙ったり。あの部屋はミキオのせいでどんよりして、こっちは仕事も出来ないじゃない!一体なんなの?せっかく……」
咲子もこの先が続けられずついに黙ってしまった。
部屋が静かになったところで佐倉は嫌味な笑顔を晒してこう呟いた。
「別にセーラー服のスカーフだろうが、桜の花だろうが中身のあるものなら大歓迎だね」




