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第3話 愛され皇女


 思い出した。

 アナクレトって昔からこういう奴だった。


解かないといけない謎が難解なほど、敵が強ければ強いほど、燃えるタイプなんだよね。


 子供の頃、庭に現れた蛇から私を守って戦ったときも、こんな顔だったと思う。


 いやまあ、いまにして思えば毒もない無害な蛇なんだろうけど、私はひどく怖がって泣いていた。それを背中に庇い「シルヴィアには指一本触れさせないぞ!」って、落ちてた棒きれで追い払った。


 うん、考えてみたら、蛇に指はないよね。


 あのときの不敵な笑み。

 困難を楽しめる図太さっていうのかな、私の夫はたしかにそういうのを持っている。


「ジョナサンといったな、俺はアナクレト・ルフォン男爵。この地の領主になった」

「りょりょりょ領主さま!? ししししし失礼しました!!」


 慌てて平伏しようとするジョナサンを笑って押しとどめる。

 取って食おうというわけじゃないから硬くならなくて良いって。


 フランクに言ってるつもりなんだろうけど、逆におびえてるじゃん。

 まるで山賊の頭みたいな言い方じゃん。

 いや、絵物語でしか山賊なんて知らないんだけどね。


「この館を修理したい。手勢を出してもらえるよう村長(むらおさ)に伝えてくれるか」

「は、はひぃっ!」


 うーん、ダメな気がする。

 おびえてるときにそんな言い方されたら、強制労働とか労役だと思われるよ。


 もしかしたら、私の旦那さまは折衝が下手なのかもしれない。

 つんつんとアナクレトの背中をつつく。


「クレト、私が交渉してみてもいい?」

「シルヴィアが? まあいいけど」


 あっさり譲ってくれた。

 あるいは交渉ごとが苦手だって自覚があるのかも。

 一歩前に出て、若者と正対する。


「ジョナサン。私は彼の妻でシルヴィアといいます。これからよしなにね」

「奥方さま……なんとお美しい……」


 おびえから一転、ぽーっとなるジョナサン。

 横で、じろじろ見るんじゃねえ殺すぞとか小さい声でぼそぼそ言ってる人がいるけど、無視しておく。


 意外と嫉妬深いのね、旦那さま。


「私たちが住む場所としてこの城館を直したいのだけれど、街に大工さんはいるかしら? もちろんみんなが手伝ってくれたら嬉しいし、お給金も弾むわよ」


 にこっと笑ってみせる。


「なんなら、私の手作りお菓子も振る舞っちゃう。手すきの人は集まってって宣伝してもらえないかしら」

「よ、喜んで! 村の若衆が全員手すきになりますよ!」


 どんと右手で胸を叩くと、すごい勢いで走り去っていった。


「交渉ってのはこうやるのよ、クレト」

「ダメだ! シルヴィアの手作りお菓子を食わせてやるなんて! そんなもったいないことできるか!」


「嫉妬の鬼なの? クレトはお菓子も料理も、私自身でさえも、いつだって好きにできるでしょ」

「あふん」


 ウインクしたら頭から蒸気を噴き出す勢いで、股間を押さえて座り込んでしまった。

 なんその反応。


「姫さま……あんまりからかったら可哀想ですぜ……」


 ケイナスがやれやれと首を振った。

 からかったわけじゃないんだけどなぁ。





 ともあれ、城館が使い物にならない以上、泊まる場所を探さないといけない。

 村にいるのに天幕を張って野営ってのは、ちょっと悲しすぎる。


「俺らはそれでも良いんですが、大将と姫さまくらいはちゃんと屋根のある部屋で休んでもらいたいですからな」


 ケイナスを含め、ルフォン男爵家の家臣団は十八人だ。

 すくないを通り越して悲しくなってしまうが、こればっかりは仕方がない。


 アナクレトは叙爵したことで生家からは離れちゃってるからね。ムーラン騎士家の家臣団をそっくり連れてくるってわけにはいかないもの。

 ケイナスみたいに、個人的にアナクレトに忠誠を誓ったって人ばっかりだ。

 あとは私の侍女のアンナマリーね。


「なにいってるの。みんなが天幕で寝るなら私だってそうするわよ」

「またそういう人たらしな発言をする」


 呆れるケイナスだけど、権威勾配なんてもっとずっと人が増えてから考えれば良い。

 私とアナクレトを入れて二十人ちょっとしかいないチームなのだ。

 一心同体の方がうまくまわる。


「領主さまー! 奥方さまー!!」


 そうこうするうちにジョナサンが戻ってきた。

 早いな。まだ一刻(約二時間)くらいしか経ってない。


 しかもなんか男衆をぞろぞろ引き連れてるし。

 崩壊しかかった城館の前で、ざざっと片膝をつく。


「ルフォン村の男衆二百八十名、いかようにもお使いください!」

「ありがとう。みんなに感謝を」

「「命に代えましても」!!」


 ジョナサンの言葉に感謝を述べると、全員で唱和した。

 ちょっと怖い。


「……俺の奥さん……一瞬で軍隊を作り上げちまったよ……」

「王家は姫さまを表に出さなかったんではなくて、出せなかったんじゃねえですかい? 大将」

「ありえる。この人心掌握能力やばいだろ」


 私の後ろでアナクレトとケイナスがなんかぼそぼそ言ってるけど、男衆の喊声かき消されて聞こえない。

 ていうか、いちばんえらいのはアナクレトなんだから、ぼーっと突っ立ってないで号令をかけないと。


「クレト」

「そうだった。作業は明日からとして、まずは腰を落ち着けたい。この町に宿はあるだろうか」


「それならはぜひ当家へ!」

「いやいや! うちに泊まってください!


 アナクレトの言葉に、一斉に立候補する男たち。


 うんうん。

 良い感じに歓迎されてるね。



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