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第2話 領地についたよ


「見事なまでになにもないねー」


 どこまでも広がる草原を見晴るかし、ほえほえと私は感心した。

 じつは皇宮の敷地から出たことがないので、外の世界とのはじめての邂逅である。


 男爵家の領地なんてたいして広いものではないし、豊かでもない。


 実際、ルフォン男爵領だって男爵家の名前を冠した郡都ルフォンしか街はない。あとは集落がいくつか。


「いや、街?」


 並足で進んでいく馬車の先、超絶みすぼらしい木壁に囲まれた郡都ルフォンが見える。


 なんというか、同行の兵士から説明されなかったら、宿場かなんかだと思ったと思うよ。普通に。


「村レベルだな。しかもかなり限界集落に近い感じだ」

「仕方ありませんな。直系が絶えて断絶してから六十年ですぜ」


 窓から顔を出して呟いたアナクレトに、鞍上から従士のケイナスが応える。

 アナクレトが初陣したときからの付き合いで、右腕といって良いくらいの関係らしい。


 左頬に走る一条の傷痕が歴戦の古強者って感じだけど、まだ二十代の前半だそうだ。


「俺にとっては兄貴みたいな存在かな」


 とは、我が夫の言葉である。


 なんというか、妻の私から見ても仲が良くて、昨夜の野営のときも肩を組んで歌ったりしていた。

 男の友情! って雰囲気が、ちょっとうらやましくはある。


 たき火を囲んで酒を酌み交わし、肩を組んで歌うなんて、女には縁のない世界だもの。


「元々は一万規模の都市(まち)があったらしいですがね」

「管理を任されていたのはルーミナス侯爵だったか」


「ここの税収はすべて国に入れないといけませんからね。まじめに管理なんてしませんよ」

「そういうのものなの?」


 ケイナスの言葉に私は首をかしげた。

 そんな条件だったら、誰も真面目に管理なんかしないだろう。


 銅貨の一枚も自分のものにならないのに、なんで真剣に仕事すると思うのか。

 もしかして、父上さまってバカなの?


「そこが難しいところなんでさあ、姫さま。侯爵への報酬は別口に出てるんですよ」


 管理費はちゃんと支払われているから、べつにルーミナス侯爵は損をしないのだという。


 それはそれでダメじゃないかな?

 お金をもらっているなら、ちゃんと仕事として管理しないと。


「ところがですよ。栄えても栄えなくても報酬額は変わらないのに頑張って栄えさせたら、王国政府の疑惑を招くわけです」


 反乱でも企んでいるんじゃないかって。

 勘ぐりすぎだと思うけどなぁ。


「貴族が国のコントロールを受け付けないほどの力を持つ、なんてのは権力者にとっての永遠の悪夢ですからね」


 痛くもない腹を探られるのは、控えめにいっても馬鹿馬鹿しい。

 なのでルーミナス侯爵家は、最低限必要と考えられる管理しかしてこなかった。一年や二年ならまだしも、六十年である。


 ルフォンはどんどん廃れていき、郡都とは名ばかりの寒村レベルになってしまった。


「まあ、目端の利く者はとっくに見限って移住しているだろうしな」


 アナクレトが肩をすくめる。

 こんな土地だから継ぐことができた、なんて。


「いっぱい無理したんでしょ?」

「そりゃあシルヴィア、騎士たるものが姫と交わした誓いを破るわけにはいかないだろ?」


 ぱちんとウインク。

 かっこいい……。

 けど、だまされないぞ。


「無理したかって質問に答えてないじゃない」

「非道なことはしてません。頑張って武勲を立てただけです」


 ずずいって詰め寄ったら、たじたじとなる。

 それでいいのか旦那様。


 不意におかしくなり、ふたりして笑い転げちゃった。




 すごく想像していたことだけど、男爵家の城館はぼろかった。

 この六十年間、たぶん一回も補修してないんじゃないかな。


 屋根は何ヶ所も抜けてるし、壁も崩れてるところが散見する。

 ここに住むのはちょっと無理なんじゃないかなぁ。


「代官が住んでいて、引き継ぎがあるはずなんだけどな」


 ぽりぽりと頭をかくアナクレト。


 でも、誰の出迎えもなかったよ?

 貴族である男爵が領地にきたのに、街の住民たちも遠巻きに見ているだけ。領主を迎える態度ではまったくなかったよね。


 躾がなってない、と思ったけど、アナクレトもケイナスも肩をすくめただけだった。

 領主も代官もいない村とかだと、こういう反応は珍しくもないらしい。


 お上が送り込んできたなんかえらい人、難癖つけられて殺されたら嫌だから隠れてる、みたいなノリなんだって。

 素朴というのを、ちょっと通り越しちゃってる気がするよね。


「あの……」


 城館を見上げて、どうしたものかと考え込んでいる私たちに、話しかけてくる若者がいた。


 さりげなくアナクレトが私を庇う位置に立つ。

 一瞬の遅滞も、一分の隙もない動き。

 正直、格好良くて惚れ惚れする。


「君は?」


 ケイナスが訊ねた。


「村長の倅で、ジョナサンと言います。ええと……この館はもう何十年も空き家ですが、なにがご用なのでしょうか?」


「代官は住んでいなかったのか?」

「お代官さま……ですか?」


 きょとんとする。

 うん。この反応で判るね。

 ルーミナス侯爵家は、代官すら派遣していなかったんだね。


「こいつはけっこう骨の折れる仕事になりそうだな」


 ぼそりと呟くアナクレトだったけど、精悍な顔には笑みが張り付いている。


 なんだろう。

 子供の頃から、この笑みを知ってる気がするよ。



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