第1話 愛されてました!
なんか、みんなすっごく泣いてる。
父も母も、兄も姉も弟たちも、おいおい泣きながら幸せになってねとか言ってるんですけど。
私の結婚式だ。
セムリナ皇国の皇女である私が、叙爵したばかりの男爵家に嫁がされるというのに、なんみんな感涙にむせんでいるのだろう。
厄介払いができたって笑うならまだ判るんだけどさ。
「……ねえアンナマリー、これってどういう状況?」
侍女のアンナマリーに訊ねてみる。
「見たままですね」
「見たままの意味がわからないから聞いているんだけど?」
「見て判らないものは聞いても判りませんよ」
メガネの下の青い瞳が、きらんと怜悧な光を放つ。
また意地悪された。
この人、いっつもそうなんだよ。ときがくれば判りますとかいって、ちゃんと説明してくれないの。
そもそもですよ。
ルフォンなんて聞いたこともないような男爵家に嫁がされるのに、おめでたいことなんてひとつもない。
武勲を立てたとか、功績があったとかいう話だけどさ、皇女が下賜されるなんてきいたこともない。
私、どんだけいらない子だって話だよね。
昔から舞踏会にも連れて行ってもらえず、社交界デビューもさせてもらえず、十六になったこの歳まで、広大な皇宮の敷地から一歩も出たことがない。
普通だったら婚約者くらいいてもおかしくないのに、それすらつけてもらえなかった。
「陛下。式の前に花婿がシルヴィアさまに面会したとのこと」
ノックの音の後、控えめな声が告げる。
いやいや。
そんなん許されるわけないでしょうか。
「……そうだな。それが良かろう、許す」
厳かに答える父王メルレイン。
うぉい。なんで許可するのさ。
意味が判らないよ。
やがて、礼装の控え室に男性が入ってくる。
綺麗になでつけた黒髪。深い森で眠りにつく宝石のような緑の瞳。すらりと高い背丈と、鍛え上げられたサーベルみたいに引き締まった身体。
私、知ってる気がする。この瞳を。
「久しぶりだね、シルヴィア」
心をくすぐるバリトン。
「あああああ……アナクレト!? アナクレトなの!?」
「きみに相応しい男になるのに十年もかかってしまったよ。待たせてごめんね」
「うわぁぁぁぁぁん! 会いたかったぁ!!」
矢も楯もたまらず、私はアナクレトに抱きついていた。
私より二つ年上のアナクレトは幼なじみである。
四歳の時から二年くらいずっと一緒に過ごした。身分の違う者とふれあうことが大切だというのが、父の教育方針だったらしい。
後から聞いた話なんだけどね。
とにかく、私とアナクレトはすごく仲良しだった。
子供の時分とはいえ結婚の約束までしちゃうくらいにね。
で!
その約束を、アナクレトは守ったんだよ。
ただの騎士の息子が皇女を娶ることなんてできない。最低でも爵位持ちの貴族にならないと鼻で笑われておしまいだろう。
「いやぁ、きつかったぁ」
結婚式の後、領地へと赴く馬車の中でアナクレトは頭をかいて照れ笑いしてる。
私の元を離れてから文武に力を尽くし、十八の若さで幾多の武勲をあげ、何十年か前に廃絶したルフォン男爵の地位を継ぐことになった。
「笑ってるけど、並大抵の苦労じゃないことくらいはわかるよ」
「親友とかわした約束だもの。どんな苦労したって果たさないわけにはいかないでしょ」
「バカ……」
隣に座っているアナクレトの肩に顔を乗せる。
当時は愛の恋だのは判らなかった。けど、この人とずっと一緒にいたいと思ったのは事実。
だからお別れのときは、そりゃもう大泣きしましたとも。
でもその別れって、彼が戻ってくるための別れだったんだよね。
私の両親と兄上、姉上に頼み込んだらしい。
いつかシルヴィアをもらい受けたい。どれほどの武勲を立てればそれが可能かって。
無茶すぎる。
身分違いだし、ばっさりやられたっておかしくなかった。
だけど父と兄は、アナクレトの瞳に漢を見たんだってさ。
こいつはシルヴィアを託すに足りる男だって。
叙爵されるくらいの武勲を立ててみなさいって言われ、アナクレトは出世街道を邁進した。それこそ脇目も振らずにね。
そして父と兄は、彼を待つための準備を調えた。
具体的には、私を人の目に触れさせない。社交界にデビューしてしまうと、悪い虫が寄ってくる。
政略結婚を申し込んでくる国だってあるだろう。
だから、不出来な娘ゆえに表に出せないって噂を流し、姉のセリカと比較してみせることで間接的に私を守った。
「ひどい計画。アナクレトが貴族になれなかったら、私そのまま行き遅れたじゃない」
外に出せないくらい出来が悪く、舞踏会に行ったこともなく、セリカ姫の出涸らしなんて呼ばれる私をもらってくれる貴族なんかいない。
次女だしね。
外交のカードとして弱いだろう。
もらい手もなく、皇宮で枯れていくだけ。
それはさすがにわびしすぎる人生ではないだろうか。
「シルヴィアを行かず後家にしないためにも、必死で頑張ったさ」
「……バカ。大怪我なんてしてないでしょうね?」
「回復魔法がなければ死んでいたのは、たぶん両手の指の数では足りると思う」
「ほんっと、いい加減にしてよね」
笑い合う。
そうしないと泣いちゃって、アナクレトを困らせそうだったから。
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