第4部 政略と欲望——アン・オブ・クリーヴズ & キャサリン・ハワード 第十一章 王の妹と若すぎた薔薇——1540年、グリニッジ
ジェーン・シーモアの死から、二年あまりが過ぎていた。
ヘンリー八世は四十八歳になっていた。かつての「美しい王子」の面影はすでにない。肥満が進み、脚の古傷は膿を持ち、歩くたびに痛みが走った。それでも——彼はまだ王だった。そして王には、王妃という駒が必要だった。
「陛下、反ハプスブルクの諸侯との結びつきを固めるには、ラインラントの有力な公国と縁を結ぶのが最善かと。」
トーマス・クロムウェルが進言した。アン・ブーリンの処刑を主導した男が、今やヘンリーの最も頼れる宰相の椅子に座っていた。
「どこの家だ。」
「クレーフェ=ユーリヒ=ベルク公国、クリーヴズ公の娘、アンです。」
小さな田舎領主の娘、という話ではなかった。クレーフェ公国は神聖ローマ帝国内でも無視できない領邦であり、その姫との縁組は、カトリック大国——フランスと皇帝カール五世のハプスブルク勢力——への牽制として、十分な政治的重みを持っていた。
「肖像画を見せろ。」
差し出されたのは、宮廷画家ハンス・ホルバインの手による一枚だった。
穏やかな顔立ち、静かな眼差し。ヘンリーはその絵に心を動かされた。
「……悪くない。」
「教養もあり、性格も温和だと聞いております。」
「よし、進めよ。」
この決断が、彼の生涯でもっとも短く終わる結婚の始まりだった。
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1539年12月。アン・オブ・クリーヴズがイングランドに上陸した。
二十四歳。彼女が受けてきた教育は、イングランド宮廷が期待するようなラテン語や音楽の素養ではなく、家政と刺繍を中心とした、ドイツ諸侯の娘らしい実務的なものだった。英語もほとんど話せなかった。だが、それは彼女の欠点であって、無知の証ではなかった。
ヘンリーは、当時の恋物語の作法に倣い、仮装した騎士のつもりで彼女のもとへ忍び込み、驚かせて口づけようとした。若い頃なら、それで相手の心を掴めたはずだった。
だが、アンの目に映ったのは、見知らぬ大柄な中年男にすぎなかった。彼女は戸惑い、彼を突き放した。当然の反応だった。ヘンリーはその一瞬で、深く傷ついた。変装を解いて正体を明かした後も、二人の間には気まずさだけが残った。
「……これが、あの絵の女か。」
彼は落胆を隠さなかった。彼女は醜くはなかった。ただ、彼が思い描いていた「金髪碧眼、華奢で従順な美姫」とは、あまりに違っていた。ホルバインが意図的に美化したという証拠はない。すれ違ったのは、絵と実物の差というより、期待と現実、そして変装対面という賭けに彼自身が失敗した結果だった。
「フランダースの雌馬だ。」
後世、そう言い放ったと伝えられている。真偽の定かでない逸話だが、宮廷内にはすぐにその種の噂が広まった。
アンはそれを耳にしても、表情を変えなかった。彼女は静かに自室へ下がった。
「王妃殿下——」
心配する侍女に、彼女は窓の外を見たまま答えた。
「気にしないで。私は——ここで生き延びるわ。」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
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1540年1月6日、二人は結婚した。
床入りは行われた。しかし、婚姻は成就しなかった——後にヘンリー自身が、そう主張することになる。それきり、彼は彼女を「妹」のように扱い、彼女もまた、それを黙って受け入れた。
半年の間、アンは静かに宮廷で過ごした。刺繍をし、音楽を聴き、たどたどしいながらも英語を学んだ。誰にも逆らわず、誰にも不満を漏らさなかった。それは従順さというより、状況を正確に読む力だった。
「あなたは、賢明な方だ。」
クロムウェルがそう言った時、彼女は静かに微笑んだ。
「私はただ——生きたいだけです。」
「この宮廷では、それが一番難しいことですよ。」
「ええ。でも私は、ここで死ぬつもりはありません。」
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1540年7月。ヘンリーは、アンとの婚姻の無効を決意した。
すでに彼の目は、別の女——アン・ブーリンの従妹、キャサリン・ハワードに注がれていた。
「アン、おまえとの婚姻を——」
「無効になさるのですね。」
彼女は静かに先回りして言った。ヘンリーは一瞬、言葉を失った。
「……驚かないのか。」
「いいえ。」彼女は微笑んだ。その笑みは悲しみではなく、諦めに近い理解だった。「最初から、わかっておりました。あなたが、私を求めておられないことは。」
「理由は、以前の婚約が有効だった——ということにする。」
「それで結構です。」
彼女は頷き、ただ一つだけ条件を出した。
「イングランドに残らせてください。ここが——私の国になりましたから。」
ヘンリーはその願いを認めた。ヒーヴァー城と潤沢な年金、そして「王の敬愛する妹」という称号が与えられた。
アンはその条件を受け取り、静かに宮廷を去った。それから約十七年、彼女はイングランドで穏やかに生きた。再婚もせず、政争にも関わらず、ヘンリーの六人の妻の中で——最も長く生き延びた。
彼女の賢さは、詩や音楽への造詣ではなかった。自分の価値がどこにあり、どこで折り合いをつければ生き残れるかを、誰よりも冷静に見抜く力だった。
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1540年7月28日。ヘンリーはキャサリン・ハワードと結婚した。四十九歳の王と、十代後半とされる少女。三十歳前後の年の差があった。
「陛下、私は釣り合いません。」
「そんなことはない。おまえは——俺の太陽だ。」
彼は彼女に豪華な衣装と宝石を惜しみなく与えた。彼が愛したのは、彼女の若さそのものだった。老いていく自分の体を、彼女の輝きで埋め合わせようとするかのように。
だが、キャサリンは十代の少女に過ぎなかった。彼女は自分がこの宮廷で、どれほど危うい立場に置かれているかを、まだ理解していなかった。若さだけが自分の通貨であり、その通貨がこの王宮では命がけの賭け金になることを、教えてくれる者は誰もいなかった。
彼女は、王の私室付きの若い廷臣トーマス・カルペパーと密会を重ねるようになった。それは奔放さというより、この閉ざされた宮廷で唯一、自分らしくいられる時間だったのかもしれない。しかし——その選択が、彼女の命取りとなった。
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1541年11月、ヘンリーはキャサリンの不貞を知った。
「……嘘だ。」
だが証拠はそろっていた。侍女たちの証言、彼女の部屋から見つかった手紙。
「陛下、お許しください……」
彼女は跪いた。
「おまえは、俺を裏切った。」ヘンリーの声は、かつてアン・ブーリンに向けたのと同じ冷たさを帯びていた。「おまえには、あの女と同じ血が流れている。」
「違います、私は——」
「連れて行け。」
彼女はロンドン塔に送られ、1542年2月13日に処刑された。
「カルペパーの妻として死にたかった」——そう語ったと後世に伝えられているが、その真偽は定かではない。ただ、それが史実であってもなくても、その言葉が語り継がれてきたこと自体が、彼女がどれほど「愛されなかった王妃」として記憶されてきたかを物語っている。
ヘンリーは、アン・ブーリンの時と同じように、彼女の首を落とさせた。
そして——また、一人になった。




