第九章 崩れゆく玉座——1534年〜1536年、グリニッジ
1534年の夏は、息が詰まるほど暑かった。
アンは再び身籠っていた。二度目の子。彼女はこの子に、自分の残り全部を賭けていた。
宮廷の空気が変わっていることに、彼女は気づいていた。侍女たちの視線。廷臣たちの微妙な間合い。そして何より——ヘンリーの目が、以前とは違う方向を向いていること。
「陛下、今度こそ——」
「ああ、今度こそだ。」
彼は微笑んだ。だがその視線は、彼女の肩越しに、部屋の隅の一人の侍女——ジェーン・シーモア——を追っていた。控えめに俯く金髪の娘。アンはそれを見た。見て、そして見なかったことにした。
*私は王妃だ。この国の女王だ。誰にも、譲らない。*
その年の暮れ、腹の中の命は静かに消えた。
知らせを聞いたヘンリーは、部屋には入らなかった。ドアの向こうから、彼の声だけが聞こえた。
「……また、か。」
「陛下、この子は——」
「言い訳は結構だ。」
扉一枚を隔てた声は、驚くほど平坦だった。
「あなたは、私を——」
「おまえは王妃だ。王妃としての務めを果たせ。」
足音が遠ざかった。アンは空になった腹に手を当てたまま、しばらく動けなかった。
涙は出なかった。出せなかった。ここで泣けば、それは弱さの証明になる。彼女はそれを、誰よりもよく知っていた。
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1535年、三度目の命が宿った。
今度こそ。彼女は祈った。断食した。集められる限りの聖遺物に触れた。教皇と戦って得たこの国で、教皇の道具に縋る自分を、彼女は笑いたくなった。
その年の終わり、生まれてきたのは——男の子だった。
もう息をしていなかった。
アンはその小さな体を抱いた。冷たかった。小さな鼻、小さな唇、握られたままの小さな拳。まぎれもなく、男だった。神は、彼女が最も欲しかったものを、最も残酷な形で見せつけた。
その夜、ヘンリーが部屋に来た。彼の顔には、もう悲しみすらなかった。ただの、疲れた岩のような無表情。
「アン——」
「……何も、言わないで。」
「言わねばならん。」彼の声は、判決文を読み上げるようだった。「おまえは、俺に男児を産めない女だ。」
一言一言が、正確に急所を狙って撃ち込まれた。
「私は、あなたのために——」
「俺はおまえを愛していた。」彼は一拍置いた。「だが、王としての責務は、それより重い。」
アンは悟った。この男はもう、自分を女として見ていない。壊れた道具として見ている。
「陛下、もう一度だけ——」
「もう十分だ。」ヘンリーは扉に手をかけた。「おまえは、これからも王妃ではいる。だが——それだけだ。」
扉が閉まる音が、彼女の耳に長く残った。
一人きりになった部屋で、アンは床に膝をついた。
「……私は、キャサリンではない。」
声は震えていた。
「あの女とは違う。私は、負けない——」
立ち上がろうとした脚が、震えていた。
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1536年1月7日。キンボルトン城で、キャサリン・オブ・アラゴンが息を引き取った。五十一歳。孤独な死だった。最後の言葉は、夫の無事を神に願うものだったと伝えられている。
その知らせを聞いた時、ヘンリーは涙を流した。それは演技ではなかった。かつて誰よりも愛した女が、この世から消えた。彼はそれを、本当に悼んだ。
そしてその翌日——彼はジェーン・シーモアに求婚した。
その素早さこそが、答えだった。
「アン、おまえはもう、必要ない。」
その一言を聞いた瞬間、アンは笑った。乾いた、ひび割れた笑いだった。
「必要ない? 私はあなたのために教皇と戦い、国を割り、母国を敵に回した。あなたは私を王妃にすると誓った。あなたは——」
「時代が変わったのだ。」
ヘンリーは、まるで天候の話でもするように言った。
「おまえは、もう俺の心にいない。」
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1536年5月2日。アン・ブーリンはロンドン塔へ護送された。
罪状は姦通、近親相姦、そして王への反逆——そのすべてが、最初から結論の決まった台本だった。彼女はそれを、法廷に立つ前から理解していた。
「私は、無実です。」
彼女は宣言した。誰も、耳を貸さなかった。実兄ジョージ・ブーリンを含む五人の男が、次々と有罪の判決を受けた。彼らは、彼女より先に処刑台へ向かった。
独房の暗がりの中、アンは自分の首筋に指先を這わせた。
「……ここが、切られるのね。」
その声は、自分でも驚くほど静かだった。
彼女はヘンリーに宛てて、一通の手紙を書いた。
*陛下、私は無実です。それでも、私の死があなたに平安をもたらすのなら、喜んで死にましょう。どうか、娘のエリザベスを守ってください。あの子に罪はありません。あなたの娘です。私は、あなたを愛していました。今も——*
そこまで書いて、彼女は羽根ペンを置いた。
しばらく手紙を見つめた後、蝋燭の炎にそれをかざした。紙が黒く縮れ、灰になって落ちるのを、最後まで見届けた。
*この男に、私の弱さを見せる価値はない。*
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1536年5月19日、午前8時。タワー・グリーン。
アン・ブーリンは黒いドレスをまとい、髪を丁寧に結い上げていた。最後まで、姿勢を崩さなかった。
「王妃殿下、最後のお言葉を。」
彼女は頷き、集まった群衆を見渡した。空気は冷たく、湿っていた。
「私は、無実の罪で死にます。」
一拍の間。
「けれど——私は決して、王を呪いません。彼は、私が愛した人です。彼の幸福を、心から願います。」
彼女は跪いた。背後に、フランス人の処刑人が音もなく立った。
彼女は最後に、灰色の空を見上げた。
「神よ、私の魂をお受け取りください。」
——剣が、光った。
一振り。
アン・ブーリンの首は、その一撃で落とされた。遺体は聖ピーター・アド・ヴィンクラ礼拝堂に、墓標のないまま葬られた。
彼女が処刑人に語ったという最後の言葉だけが、後の世まで残った。
「——私の首は、細い。きっと、一太刀で済むでしょう。」




