1—8:青春の汗と秋の空
翌日の放課後、わたしはふたたびカフェ・フォーシーズンズで、アナスタシア嬢からごちそうになっていた。
新栗のモンブラン美味しい!
栗ってこんなに香り強かったっけって衝撃が鼻腔を襲うわ。初物だからこそなのかしら。
そういえば、実家にいたころは秋口に栗を食べた記憶がないなあ。ホワイトエアで栗の木自体はめずらしくないけど、うちは山奥すぎるし。
たっぷりと旬の味覚を楽しんだ舌で、頼まれていた用件についての調査報告をする。
――といっても、ディアスポラ参事官に教えてもらっただけなんだけど。
「サンディアル殿下って、ラディケットのモーンスタイン公国のユース代表チームで、キャプテンをされていたそうですね」
「ええ、それがなにか?」
「ワールドユース選手権で、人口10万以下の国としてはじめてベスト4に勝ち進んだ立役者でいらして、知っている人にとっては大スターだとか」
モーンスタインの人口は1万5000ほど。小島としては多いけど、国と考えるとほんとうにすくない。
アナスタシア嬢は、話のすじ道がわからない、という顔になった。
「それと、エルミーラ嬢が殿下とひんぱんに会っていたことに、なにか関係があるの?」
「エルミーラ嬢のお姉さまは、ルミナスフィア王ロフピュール陛下のお妃で、エルミーラ嬢は王子であるライル殿下の叔母上にあたります。ライル殿下はラディケットのジュニア選手で、サンディアル殿下の大ファンなんです」
わたしがそういうと、アナスタシア嬢はおどろいた顔になったが、意味合いはちょっとちがった。
「……ライル殿下が、連邦国内に滞在なされている?」
「アナさまでもご存じないことって、あるんですね」
「まさか……昨日の摩天楼街最上層での事件って……」
行使制限魔法である上級棄却術が違法発動され、通信支障が発生したため、摩天楼街の上層ブロックが警察と制限魔法取締課によって一時封鎖された、としか報道はされていない。
サンディアル殿下の動向と関係あるとは思わなかったから、アナスタシア嬢は詳しく調べなかったのだろう。
「はい、ライル殿下の御身を狙った襲撃でした」
「あなた、エルミーラ嬢を調べようとして、巻き込まれたの……?」
「いえ、こっちから飛び込んだだけです。強烈な殺意だったんで、放っておくわけにもいかなくて」
わたしが首を左右に振ると、アナスタシア嬢は絶句した。
昨日ディアスポラ参事官にしたのと同様に、サンディアル殿下の様子を見に、オーギュスティン大の中央キャンパスへ行ってみたらシークレットサービスの通信が聞こえたので、ホテル・エフェレコンに向かったところ、襲撃グループとちょうど鉢合わせした、と説明する。
「……どうしてそんな無茶なことを」
「わたしは現時点でも連邦の予備職員あつかいですから。アナさまのように、卒業後に大学へ行くか、民間で就職するか、公務員になるかを選択できるわけじゃないんです」
魔術師範学校を出てから、オーギュスティン大のような一流大学へ進むのがエリートコースの本道だ。
いっぽう魔法省や連邦軍の現場組トップは、ほとんどが師範学校卒業と同時に任官して、管理サイドまで昇進するさいに大学なり士官学校なりの短期コースで学ぶ、というキャリアルートをたどる。
アナスタシア嬢は大学卒業後に官僚となり、おりを見てサンディアル殿下と結婚して、おそらくはそこで退官、ということになるのだろう。
わたしは勉強そんなに得意じゃないし、学費生活費無償なのは師範学校へ通ってるあいだだけだし、三年後に指定された政府機関へ入るだけだ。
下級の捜査官や心霊治療師でも、実家に充分仕送りできるだけのお給料はもらえる。
当人たちの努力が前提になるが、弟や妹をミッドレイの大学に入れることもできるだろう。まさか、わたし同様に、レア魔法の資質が見つかって師範学校送りとはなるまい。
うちの一族に、これまで魔術師範学校に強制収容されるような稀少術者が生まれたことはないのだ。
わたしは突然変異か、じつは橋の下で両親に拾われた捨て子なのか、どっちかである。
「……あなたに探偵のまねごとをさせようとした、わたくしが軽率だったわ。ごめんなさいペティ、あなたを危険な目に遭わせることになるとは思わなかった」
そういって目を伏せるアナスタシア嬢へ、わたしはぱたぱたと手を振った。
「べつにアナさまが気に病まれる必要はないですよ。予測できることじゃないですから」
「いえ……ロフピュール王の継承に異を唱えている勢力が、ルミナスフィアの一部に存在することはわたくしも知っていたわ。ライル王子が連邦内に滞在されているなら、その周辺に危険がおよぶ可能性はわかっていた。まさか極秘で入国されていたなんて」
「なら、なおさらじゃないですか。タイミングが悪かったらサンディアル殿下も巻き込まれていたかもしれない。事前に防げたってことですよ」
「ペティ、あなたはたしかに魔女、心理術者として、連邦政府の管理下にある立場なのかもしれない。でも、まだ学生なのよ。危険に身をさらす必要はないわ」
「お気遣いありがとうございます。アナさまはよき指導者たる資質をお持ちですね」
アナスタシア嬢は、言葉は通じるのに会話が成立しない、と、じゃっかん不気味がっている目でわたしを見た。
地金のわたしはふつうにヘタレなんで、ビビったり気おくれしないよう、軽く自己暗示はかけている。
感情の影響を切り離して、理詰めで考えると昨日のような行動をしがちなのは、わたしの根が、これでけっこう真面目だからであろう。……たぶん。
口を開かずにこちらの様子をうかがっているアナスタシア嬢に対し、わたしは話題を変えた。
「サンディアル殿下、いまはラディケットをなさっていないんですよね」
「そうみたいだけれど、それが、なにか?」
「大学でもラディケットをつづけるよう、おすすめしてみたらいかがですか? オーギュスティン大にも、ラディケット部はあるはずです」
ラディケットは、世界的には人気だけどアルケイナ連邦内だとマイナー競技の部類だ。魔法が介在すると、ゲームとして壊れちゃうからね。
スカイケットにすると飛行術者しか楽しめないし、かといってアクアケットにすると、今度は水術者が有利すぎて出禁になる。
けっきょく、都心のような全魔法禁止空間でふつうのラディケットとしてプレイするのがフェアなわけだけど、そうなると魔法立国としてのアルケイナ連邦のアイデンティティが宙に浮く。
連邦内では、それぞれの専門術者による、レースやら陣取り合戦やら計算大会といった競技がさかんで、いずれも一定の人気がありプロ選手も多くいる。
反面、ふつうのスポーツは、学生リーグ以上の規模ではないのだ。
アナスタシア嬢が、わずかながら物憂げそうに目を細めた。
「殿下はたぶん、ラディケットにもう未練がないのよ。モーンスタインにはクラブチームがないし」
「ライル王子は、きっとサンディアル殿下の勇姿をもう一度見たいとご希望されていると思うんですよね。それに、応援だって理由をつければ、アナさまも気軽にサンディアル殿下のところに行けるじゃないですか。めったに顔を合わせることができないから、婚約者がよそのお嬢さまに呼び出されていたのが気になってしまうんです。いつも近くから見張っていればいいんですよ」
わたしがそういってにぃと笑うと、アナスタシア嬢はすこし抑えた声で訊いてきた。
「それって、わたくしの心を読んだ結果としてのアドバイスなのかしら?」
「いいえ。ただの一般論です」
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ラディケットは12人でひとチーム、バスケットのついたスティックで楕円型のパックをリレーしながら、相手方の最終ラインを目指す競技だ。
パックを持ってひとりの選手が前進できる距離には制限があって、前方にパスを出せるのは「シューター」というチームにひとりしかいないポジションの選手だけ。ほかの選手は自分の真横よりもうしろ目がけてしか、パスを出すことができない。
攻撃権の概念があって、パックがグラウンドに落下したら一度ゲームを止め、攻守交代。相手チームのパスを、空中でダイレクトインターセプトできたら、セットプレイなしでの即時攻守交代になる。
ボディコンタクトありの、かなり激しいスポーツだ。
――サンディアル殿下が、ハーフラインを越えて攻め込んできていた相手チームのパスを空中でカットし、シューターにパックをまわした。
上がっていた味方フォワードへロングパスが飛び、相手チームのディフェンダーが殺到してくる。
ファーサイドがわへ敵をうまく引きつけながら、横へ横へとパスがまわる。ニアサイドのライン際でラストパスを受けたのは、シューターにパックを託すなり全力で走り込んでいたサンディアル殿下だった。
最後のバックとの一対一を冷静に躱し、サンディアル殿下は見事に相手チームのエンドラインを突破、得点を挙げた。
さすがもと一国のユースチームキャプテンにしてエース。数ヶ月のブランクを感じさせない。
ライル殿下が、歓声をあげながら飛び上がってよろこんでいる。ほんとうにお好きなんですねえ。
ルミナスフィアの警護陣お三方はすこし離れたところから見守っていた。
モーンスタインのシークレットサービスの人たちも観客に混ざってるけど、なんか、職務そっちのけですごい盛り上がってる……。
エルミーラ嬢は、アナスタシア嬢と並んで座っていた。おふたりはお上品に拍手。
スティックを掲げて味方ベンチと観客の歓声に応え、チームメイトとハイタッチするためフィールド内へ戻る直前、サンディアル殿下は、はっきりとアナスタシア嬢へ向け、さわやかなスマイルを飛ばした。
これで、おふたりの仲にもう懸念はない。アナスタシア嬢とエルミーラ嬢も、きっとお友だちになれるだろう。
秋の空は、今日も高く、澄んでいた。
CASE.1 了
第一の事件解決までおつきあいいただき、ありがとうございます。
こんな感じで中短編規模のストーリーを連ねながら、ペティカの魔術師範学校ライフ三年間を追っていくお話になる予定です。
次回のストーリーの舞台は冬。季節ごとに一話の三年間ぶん、全12章お届けするつもりですが…中途でおれたたエンドにならないようご声援よろしくお願いします!




