1—7:魔取官ディアスポラ
エルミーラ嬢と男の子、警護員さんが直立不動で固まっている。
目だけをしぱしぱとまばたきさせて、自分の身になにが起きたのかわからず、戸惑っていることを示していた。
池の中では、わたしが投げ込んだ襲撃者のひとりが棒立ちになっている。そのほとりで、気絶していた剣持ち女と錐刀男も。
もし声が届いていたら、さっき茂みの前でノックアウトしたやつも立ち上がっているだろう。
死人以外はわたしの命令に逆らえない。
操声は心理術としては基本に類するが、それでも禁呪にされてしかるべき危険な魔法だ。
わたしはエルミーラ嬢、男の子、警護員さんの順に、肩をたたいて「すみません、動いてだいじょうぶです」と声をかけた。
つづいて、ガセボの向こうでがんばっていた男性警護員おふたりを解放する。
ひとりは錐刀男によって肩に傷を受けていたけど、そこまで深くはなさそうだ。よかった。
もうひとりは、剣を持ったやつを含めて三人の相手をしていながら無傷。
強いなこの人と思っていたら、エルミーラ嬢がそちらへ向け切迫した声をかける。
「サミュエル、早くこのかたに治療を!」
エルミーラ嬢が震える手でわたしの左手を取ったので、そういえば刺されたままだったな、と他人ごとのように思い出した。
ぽたぽたと血がしたたってはいるけど、錐刀を抜けば大量失血してしまうので、むしろこのままのほうがいい。
サミュエルと呼ばれた警護員さんが、わたしのかたわらにやってきた。
「痛みは術で止めてあるから平気です。治療師がくるまでこのままで。手当なら、あちらをさきに」
といってみたら、肩に怪我をしている警護員さんは同僚の女性に応急の止血帯を巻いてもらっていた。それなら、べつにいまやらなきゃいけないことってないような。
サミュエルさんが片ひざついて、口を開いた。
「自分は、少々生命術の心得があります。お怪我を診させていただけませんか」
「失礼しました。治療師でいらっしゃるんですね。それなら、すみませんけどお願いします」
要人警護のチームなら、たしかに治療術の使い手がいてもおかしくなかった。わたしは素直に左手を差し出す。
――うわ、自分でやったこととはいえ、あらためて見るとグロいわ。魔法治癒を施さなければ生涯痕が残る上に、指の曲げ伸ばしにも支障が出かねない。
サミュエルさんが右手をかざしながら、わたしの手のひらに突き刺さっている錐刀を引き抜く。
幻術だったかのように、傷は跡形なく消えていた。
いく条かの血が流れたあとだけが、まぼろしではなかったことの証として残っている。
「……すご腕ですね」
手のひらを閉じたり開いたりしながら、わたしはほれぼれとつぶやいた。
サミュエルさんは、つづいて同僚の警護員さんの肩の傷もすぐに癒やす。
貫通創を一瞬で完全に治すほどの生命術者がいるとは思わなかったので、わたしはすっかりルミナスフィア大使館のスタッフのみなさんに気を取られていたけど、
「危ないところを助けていただき、お礼の申し上げようもございません。……クルトさま、でよろしいでしょうか?」
とエルミーラ嬢が感謝の念のこもった声をかけてきたので、自分がなにをしにきたのかようやく思い出した。
ああ、このひと確実に善人だ。他人の婚約者に邪念持って近づいたりはしないタイプ。男のほうが勘ちがいする可能性はあるけど。
「ペティカ=クルトです。たまたま近くをとおりかかっただけですから。いちおう心理術者なんで、尋常でない殺気を感じ取って様子を見にきただけです。みなさんに大きなお怪我がなくてよかった」
相手の言葉に裏がないことを知りつつ、こっちの並べた言葉に真実は三割ほどしかない。なかなか因業なことだわ。
そこへ、複数の影が落ちかかってきた。
天馬の群れだ。ようやく機動騎馬隊のご到着か。
庭園にも、周囲の遊歩道や建物の上にも、つぎつぎと警官を乗せた有翼の馬が降りてくる。
人工池のほとりに着地した騎馬警官が、こちらの顔を順ぐりに眺め、すぐわたしに目を留めた。
知らない人だけど、あちらはわたしの面相をご承知らしい。
「ご苦労、クルト候補生。協力に感謝する」
「お疲れさまです。兇徒は全部で10人。実行部隊以外の仲間はもっといるかもしれません」
「庭園の端と、向こうの茂みのわきでのびていたやつは確保した。周辺の封鎖は完了、ひとり残らず身元をあらためる」
そういってから、下馬した警官がひざまずいたのは、エルミーラ嬢ではなく男の子に対してだった。
やっぱりやんごとないおかたでしたか。
「ご無事でなによりでありました、ライル・ガイウス・アウグスト=エゼス・ガノックヴァーン=ラ・ルミナスフィア殿下。自分はドラゴンハート警視庁のライコヴン警視正であります」
……むしろお巡りさんの階級にびっくりだわ。警視正って、機動騎馬隊の隊長じゃない。
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ライル王子暗殺未遂犯たちは連行され、ホテル・エフェレコンの周囲にいた人たちは、お勤めできていたか、買い物や観光であったかに関わらず、身分証の照会と事情聴取が完了するまで移動と外部への連絡を禁止された。
襲撃犯の中に棄却術者はいなかった。
無関係の通行人や、ホテル、商店の従業員に不審がられないよう、通信ネットワーク全般には手をつけず、緊急通報や当局への回線だけをブロックしていた、かなり技量の高い術者だ。金属操作の変成術も行使制限魔法だから、それを封じる魔術抑制結界も無効化していたことになる。
捕まえそこなうと今後も面倒なことになりかねない。
首都の中心街で外国の王子が襲撃され、しかも行使制限魔法がらみの事件という、当局にとっては頭が二重に痛い案件となった。
警察だけではなく、執政府官房の公安も、外務省の調査局も、魔法省の制限魔法取締課もチームを出して現場周辺に展開している。
魔取官の中に知った顔を見つけたので、わたしは事情聴取を一度にまとめるよう要求した。
警察と公安と魔取にそれぞれ同じ話を繰り返していたのでは、門限までに帰れなくなってしまう。
わたしの主張は認められ、ついでにホテル・エフェレコン内のカフェラウンジで、おやつをおごってもらえることになった。
昨日からタダスイーツにありつく機会がつづくな。……いや、ぜんぜんタダじゃないか。
むしろ働きからしたら安すぎる。外国要人を狙ったテロリストを10人も確保とか、連邦正規職員だったら臨時報奨金と昇進確定だよ!
わたしが選んだメニューを運んできてくれたウェイターさんが退がるのと入れ替わりに、蒼髪金眼の美女がやったきた。
魔取官シルクィア=ディアスポラは、エリートの例に漏れず魔術師範学校の卒業生で、ヌール寮の出身者でもある。
「見事な手際だった、クルト候補生。摩天楼の最上層にいるとは思わなかったが」
さっきわたしの封魔具を一時解除して暗殺未遂部隊の制圧をやらせたのは、この才媛魔取官だ。
ホワイトエアの山奥で田舎暮らしをしていたわたしのところに、魔術師範学校の推薦入学状という名の強制収容書類を持ってきた女でもある。
ディアスポラ魔取課参事官どのへ、わたしはいただいていたパンナコッタのベリーソースで、〈オフレコ〉と皿に文字を書いた。
記録器を停止させて参事官がうなずいたので、わたしはおおざっぱな経緯を説明する――
ロン・ドゥレーゼン首相のご令嬢、アナスタシアさまに相談されて、サンディアル殿下の様子を確認することになり、オーギュスティン大の中央キャンパスで、モーンスタインのシークレットサービスの人たちの通信を聞き、ホテル・エフェレコンにやってきたらこうなった、と。
「……エルミーラさんたちまでいるとは、思ってなかったんですけどね」
「サンディアル殿下と会いたがるのは、ライル王子のほうなんだ」
「あ、そうなんですか」
そういえば、あこがれの人との対面を楽しみにしている感情をにじませていたのはライル王子だったな、とわたしも思い出し、すんなりと腑に落ちた。
わたしの情報提供に対する返礼か、参事官どのは、サンフォード殿下が、ライル王子に頼まれたエルミーラ嬢により、たびたび呼び出されていた事情を教えてくれた。
アナスタシア嬢への報告はこれで全部すむわ。
「……ところで、モーンスタインのサンディアル殿下警護チームが、ほとんどオープンチャンネルで交信してるのは、放っておいていいんですか?」
「彼らが仕事熱心なぶんにはかまわんだろうと思われていたが、あの庭園にライル王子がよく訪れると、襲撃犯どもが知ったきっかけの可能性もあるな。場合によっては、通信方法を変えてもらう」
ディアスポラ参事官のこの言いかたからすると、やっぱり連邦公安は、あえてモーンスタインのシークレットサービスを放任してたみたいだな。
連邦の捜査機関に所属する取調官は、当然ながら心理術者だ。
今回のような国際関係にも響きかねない重大事件となれば、律儀に真偽判定をしながらの気長な尋問はしない。
自白術で、なぜライル王子を亡きものにしようとしたのかから、昨日の晩に歯を磨いたあとで甘いココアを飲んでしまったことまで、ありとあらゆる罪を告解させるだろう。
記録器をオンにして公式の調書を作り、わたしは休講日に、名所である摩天楼の上からの展望を楽しむために出かけ、たまたま事件に遭遇した、ということにしてもらった。
寮の夕食時間ギリギリになったわたしの帰りは、空中移動ですらなく、魔術師範学校の大ホールと空中庭園の機関室を結んでいる、非常用瞬間遷移ゲートを起動させての転送だった。
「これ極秘だからな。学長とヌール夫人以外にはしゃべっちゃだめだぞ」
瞬間移動封鎖の結界を一時無効化しながら、ディアスポラ参事官はおっかないことをいう。
……この転移ゲート、各省庁の庁舎とか、首相官邸や議事堂の地下室にもつながってますよね。




