1—6:襲撃
意外――でもない人物がわたしの目に留まったのは、庭園内をこそこそ進みはじめてから二分もたたないうちだった。
ルミナスフィア王国大使のご令嬢、エルミーラ・リン=デ・ローシャンテンさん。ピンクブロンドの髪が遠目からでもすぐわかる。
彼女は人工池のほとりに建つあずま屋の中で、ベンチに腰かけていた。
座ることなく立っているおつきが、男性ふたりに、女性ひとり。そして、11、2歳ほどの男の子がエルミーラさんの向かいに座っている。雰囲気は似ているから、弟さんか、甥っ子かな?
サンディアル殿下もこれからホテル・エフェレコンへやってくると考えれば、タイミングは符合するけど、密会という感じはしない。
実の弟か、親戚かはわからないが、年端のいかぬ男の子を連れて、婚約者のいる殿がたと禁断の逢瀬というのはないだろう。
そもそもにして、高級ホテルだし、サンディアル殿下とエルミーラ嬢たちはそれぞれべつの用向きがあるだけのことかもしれない。
なにより、エルミーラ嬢たちの気配は和やかなものだった。うしろ暗さとか、いけないこととわかっていながら禁忌のスリルに抗えないでいる、刹那的な感情はなかった。
おつきの人たちも周辺に注意を払ってはいるけど、過剰な緊張や警戒感はない。男の子は、あこがれと待ちわびる気持ちで心が浮き立っていた。だれかの訪れを楽しみにしているみたい。
となると、この、周囲に満ちる憎悪と殺意を発しているのは――
周囲に漂っていた負の感情の雲が、はっきりと渦を巻きはじめた。その中心には、あきらかにエルミーラ嬢たちのいるガゼボがある。
――動き出す。
わたしのすぐ横手からも、がさりと音を立てて男が茂みをかきわけ、姿を現した。
……びっくりした。お互い隠れてるのに気がついてなかったか。
わたしも植栽の陰から出て、ガゼボのほうへ進んでいこうとする男の肩をとんとんとたたく。
驚愕を爆発させるとともに振り返ってきたところへ、ひじを突き出しながら全力で体当たり。
エルボーがみぞおちへまともに入って、男がわたしの耳もとで野太い吐息を漏らした。口から吐き出される胃液を躱しがてら右側へまわって、身を折った男の後頭部へかかと落としをぶち込む。
表層意識の喪失を確認。ごめんね、だいじょうぶ生命に別状はないから。
ルミナスフィア大使ご令嬢の一行も、暴漢どもの襲来に気づいていた。
警護の人たちが鋭い声を張ってエルミーラさんと男の子をガゼボの真ん中で伏せさせ、三人で周囲を固める。
しかしガゼボっていうのは、庭園の景観を眺めるため、屋根を支えている柱以外は側面素どおしの構造だ。
襲撃側は……七、いや八人。わたしがふたりたたんだのに、まだそんなにいるのか。
警察でも公安でも、ルミナスフィアやモーンスタインのシークレットサービスでもいいから早くきてよ!
「簒奪者の余輩め!」
「天の裁きを受けるがいい!」
「ガゼイ陛下バンザイ!」
憎悪と復讐心、そして自分たちの大義を信じる情念とともに、襲撃者たちは声を高めてガゼボへ走り寄せていく。
……こりゃ完全に政治的動機にもとづいたテロ攻撃だ。
ガゼイって、たしかルミナスフィア先王の二番目の息子さんだっけ。
簒奪者呼ばわりしてくるってことは、ガゼイ王子の派閥はいまだ継承権を主張してるのかな。
でも、それだけで大使の娘を襲撃する意味があるとは思えない。標的はあの男の子ってことかも。
エルミーラ嬢と血縁だと思うんだけど、何者なのか?
ギン! と金物どうしが衝突する鈍い音が生じた。
ルミナスフィアご一行の護衛たちは延伸させた金属の警棒を手にしている。襲撃者側も似たような金属製の棒なりを持っているが、そのうちのふたりは刃渡りが70センチメトラほどもある剣を握っていた。
あんなサイズの金属塊は、刃がついていなくたって市内への持ち込みや無登録での市中運搬が規制されている。
おそらく彼らは、金属探知の検出閾値下限よりも小さな金属片を何回にもわけて持ち込み、この庭園に隠して溜め込んで、剣のかたちに成形したのだ。金属製の警棒も無届けでは携行できないから、節とバネをバラして運んだのだろう。
かなり組織だった、周到な計画が背後にあるのはまちがいなさそう。
わたしが駆けつけていった方面では、ルミナスフィア側の女性警護員がふたりの襲撃者と相対していた。襲撃者のうちひとりは長剣を持っている。
剣と警棒が打ち交わされ、鍔迫り合いになった。襲撃者のもうひとりが警護員の側面にまわり込み、金属棒を振り上げる。
どうにか間に合い、わたしは金属棒が打ち下ろされるまえに暴漢の腕をつかんだ。そのまま背負い投げで、池へと放り込む。
剣持ちが得物を弾いて、警護員と距離を取った。
確保していたはずの数的優位を失い、相手に動揺と注意の分散があるのを読んで、わたしは剣持ちの足元目がけフックスライディングをしかける。
予期していなかった足払いにバランスを崩した剣持ちのこめかみへ、警護員の打ち込みが入った。
おみごと! 即席にしては鮮やかな連携。
地面に転がった剣を、すかさず池へ蹴り入れる。最初に投げ込んだやつに拾われないよう、人工滝の落差で隔てられているほうへ。
池はけっこう深いようで、落水させたやつもしばらくは上がってこられなそうだ。
ついでに、倒れた剣持ちがちゃんとおねんねしてるか確認。表層意識の情動なし、しっかり気絶してる。
……こっちは女だな。なんか育ちのよさそうな顔してるし、傭われのごろつきではなさそう。
警護員さんはわたしに感謝と誰何の入り混じった視線を投げかけてきたけど、いまはそれどころじゃない。ガゼボへ向け、声を飛ばす。
「ふたりとも、こっちへ!」
包囲の一隅が破れたことにエルミーラ嬢が気づいて、男の子の背を押した。警護員さんが男の子の手を取る。
エルミーラ嬢もこっちへやってきて……ガゼボの外側をまわって襲撃者がひとり追ってきた。
手にしているのは錐刀だ。刃に血がついている。
ドラゴンハート市内全域には鈍磨の結界が展開されていて、登録されている厨房や工場エリア外で刃物は切れたり刺さらないようになっている。
この男は変化系統の使い手で、尖鋭術を流し込んで強引に鋭さを保たせているのだろう。集めた金属片で剣を作ったのもこいつにちがいない。
「正統なるルミナスフィア王ガゼイ陛下のために!」
喚声とともに突っ込んできた。目に宿っているのは狂信の光だ。
エルミーラ嬢にうしろ手を振って退がらせ、わたしは前へ。
こっちの心臓を狙って直線的に突き込まれてくる錐刀へ、広げた左手をかぶせる。
手のひらが破れ、甲から尖鋒が突き出した。かまうことなく左手を閉じて、錐刀の握り手をつかむ。
おどろいたってもう遅い。神経遮断で痛みを感じないようにしてあるのだ。
つかんだままで左手を引くと同時に、右の出足払いで向こうの脚を刈り、残した左を軸に身体を旋回させつつ、右手を伸ばして錐刀男のあごをつかんで、後頭部をガゼボの柱へたたきつけた。
相手の意識がきれいに吹っ飛んだのが、受動的検知の読心で感じられる。
気絶した男の指をほどいて、錐刀をもぎ取った。刺さっているのを抜くわけにはいかない。一気に出血してしまう。
……痛みこそないといっても、これでもう左手は役立たず。わたしの独力でこれ以上打開するのは無理だ。
腱や神経が切れてしまったら、いくら心理術をかけても効果はない。
配線に流れる信号を強化したり、逆に痛みや恐怖が伝わってくるのを無効にする魔法であって、配線そのものを作り変えることはできないのだ。
「エルミーラさまたちを安全なところへ――」
と警護員さんにいいかけたところで、大音声がわたしの語をかき消した。
通信妨害はまだ解除できていないようで、音声増幅による単純な拡声が響いてくる。
『封魔具の機能を停止した。クルト候補生、対人作用術の使用を許可する。制圧せよ』
……え、わたしがやるの? 公安なり市警なり、もう展開は終わってるはずでしょう?
ていうか、わたしがこの場にいることはもうわかってたんですか。
――あー、だから治安要員は近寄ってこないのか。わたしが制圧すませるまで、効果圏外で待機させるつもりだな。
エルミーラ嬢たち三人が、こいつはいったい何者なのかという顔でわたしを見ている。
説明はあとでしますね。ちょっとびっくりすると思いますけど、あしからず。
ひとつ大きく深呼吸をして――
《全員、その場で気をつけっ!》
わたしが声を張ると、ガゼボの向こう側でつづいていたチャンバラの音がぴたりと止んだ。




