閑話その1:魔女、勲章をもらう
春の長雨の季節がようやく過ぎ去って、朝から気持ちよく晴れた初夏のとある日——
魔術師範学校では、全校での朝礼をめったにやらない。ふつうの高校なら週に一度くらいは開くだろうけど、師範学校だとあっても月に一度だった。いちおう月はじめの花曜日が朝礼の日とされているものの、とくに全校生徒集めて聞かせるべきことがなかったら、やらないままのこともある。
今日は二ヶ月ぶりに全校朝礼をするらしい。なにかニュースがあるのかな。
大講堂に1000人あまりの全校生徒がそろうと、なかなか壮観だ。国民総魔術師であるアルケイナ連邦にあって、師範学校に在籍が認められるのは、該当世代のうち10000人にひとりもいない。
自分がその一員で、超のつくエリートなのだということは、いまだにイマイチ実感がなかった。
……なんて、上の空で学長の話を聞き流していたら。
「——ここで、諸君に誇らしいお知らせがあります。わが魔術師範学校の一年生、ペティカ=クルトくんに、ルミナスフィア王国より勲章が授与されるそうです」
はい?
壇上の学長も、居並ぶ教職員たちも、まわりの生徒たちも、拍手で讃えてくれる。ペティカ=クルトさんとやら、すごいですね。わたしのことだって?
……ライル王子を狙ったテロ事件に、わたしが首を突っ込んだから? なんで事件から半年以上もたった、いまさらなんだろう。
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わたしは知らなかったけど、ルミナスフィア王国の勲章授与式は、毎年初夏に行われるものだと決まっているらしい。
さいわいというかあいにくというか、授与式が開かれるのはふつうに開講日なので、ルミナスフィアへ渡航して、王宮での式典に参列するのは遠慮させてもらうことにした。学校休んで勲章もらいにいってもお咎めはないだろうけど。
堂々と学校サボれるのに授与式に出ない理由? ただ単に、偉い人が大勢いる仰々しいセレモニーに行きたくないだけですがなにか。わたしの本性は陰キャのヘタレですよ?
……もちろん、学業があるので授与式に出席できません、と伝えて、ハイそうですかと勲章だけが郵送されてくるなんてことはない。
学生の本分を優先しての式典出席辞退の旨は承知なれど、ルミナスフィア大使館で略式ながら勲章を授与するのでご足労願いたし、という招待状が送られてきた。
さすがに、市内の移動ですむご招待をお断りというわけにはいかない。
授与式当日は、朝イチからの三講義だけ受けて早退け。寮に戻って、ルミナスフィア大使館からのお迎えがくるのを待つ。
魔術師範学校の制服一式には、ふだんは使わない式典用のマントと帽子がふくまれている。入学式のときにフル装備したけど、つぎの出番は卒業式だと思っていた。
学校の制服ってフォーマルウェアとして通用するからいいですよね。なにかのまちがいで卒業してから正装が必要な事態になってたら、いったいいくらかかったことやら。
衣装箱から引っ張り出してしばらくハンガーにかけておいたマントは、ちゃんとシワが伸びていた。制服の上から羽織って、角帽を頭に乗せ……見た目だけはそれっぽくなった気がする。
部屋を出て食堂兼ホールへ行くと、ヌール夫人が待っていた。当然ながら、寮生のみんなはまだ講義に出席しているのでいない。
おかみさんは連邦陸軍の第一種礼装を着ていた。寮生が公的な儀式に招待された場合、ドラゴンハート市での保護者としてヌール夫人がつき添うというのは、これまでも通例だったらしい。
連邦軍の野戦服は黒やカーキ色だけど、上級将校だけに着用が認められる第一種礼装は目の醒めるような赤だ。青い肩帯を渡して、金糸の飾緒を肩から垂らしている。そして大量の勲章。ヌール夫人は連邦軍史上もっとも多くの勲章を授与されたといわれている人なので、身につけているのはほんの一部なのだけど、ぱっと見では数えられないほどたくさんぶら下がっている。
高位の勲章から順番につけている、というわけではなく、一番目立つところに佩用しているのは鉄盾章だ。民間人や友軍負傷兵の救助の功績に対して与えられる、功労章の中では受章者の多い勲章だが、最高勲章より目立つところに身につけることで、自分はだれのために戦うのかを、ヌール夫人はどんな雄弁よりも強く物語っていた。
「勲章なんて、そう何個も何個ももらうもんじゃないさ。重くてしょうがない」
まさに綺羅星のごとく並ぶ勲章を見ていたわたしへ苦笑いぎみにそういうと、おかみさんは腕を伸ばしてわたしのマントの前裾と襟を引っ張り、肩にかけ直してくれた。
マントって、ショールみたいに肩にかければいいってわけじゃなくて、ちゃんと正しい着かたがあるんですね。邪魔だな動きにくいなって思ってたけど、厚手のコートていどにはしっくりきました。
「いままで寮生の人って、何回くらい勲章もらったりしてるんですか?」
「感謝状贈呈とか、名誉賞授与は何年かに一度はあるけど、勲章はさすがに初だよ。まして外国からなんてね。パーピュアソウルはあたしも持ってないよ?」
ヌール夫人はアルケイナ連邦だけではなく、複数の外国から勲章を贈られている。たぶんルミナスフィアの勲章も持っているはずだけど。
「パーピュアソウルって、ルミナスフィアで最高位の勲章らしいですけど、なんでわたしがもらえるんでしょうか?」
わたしとしてはふつうに訊いてみただけなのに、ヌール夫人はあきれた顔になった。
「そりゃ、王子さまを狙った暗殺事件をひとりで阻止した恩人に最高勲章を渡さなかったら、ルミナスフィアのほうが国としての器量を疑われるよ」
「わたしひとりの手柄ってわけじゃないし、べつにわたしが首突っ込まなくても、ライル王子の身に危険がおよぶようなことにはならなかったですよ」
ルミナスフィアのシークレットサービスチームはみんな腕利きだったし、わたしが手出ししなくても、ドラゴンハート警視庁や制限魔法取締課が到着するまで、ライル王子を守り切ることができただろう。
「そいつは結果論さ。ティカ、あんたはルミナスフィアの王子さまだとわかっていて助けようとしたわけじゃないだろう。救った相手が大使の娘と親戚の坊やだったとしたら、ルミナスフィアから授与される勲章は王紫褒章じゃなくて卓越栄誉章だったかもしれないが、それであんたのしたことの価値が減ったりはしない。正しいことをしたんだ、もらえるものは堂々と受け取ればいいのさ」
ヌール夫人の言葉には力があって、迷いはない。自分がなにをやったか、やらなかったかについて、あれこれ気にする必要はないのだと思わせてくれる。
正直、勲章の受け取り自体めんどうだから辞退しようかなとか思わなくもなかったけど、それはしないでおいて正解だったみたい。たしかに、渡すほうの体面もありますよね。
そこへ、ふだんは使われない寮の正面出入口の呼び鈴が鳴る音が聞こえてきた。ヌール夫人が応対に出てしばし。
扉を開け放ってそのわきに立ったヌール夫人は、掌中から焔の剣を生じさせ、捧げ銃で構える。引火させたり熔断するような熱量はない、見た目だけの得物だけど、空気がぐっと締まった。
正装した初老の男性が、わたしのほうへ進み出てくる。たぶん、ルミナスフィア大使館の公使さんだろう。
「ペティカ=クルトどの、ルミナスフィア王ロフピュールが名代ライルより、あなたさまをお迎えつかまつるよう承っております。どうぞ、ご同道願いたく」
「お招きありがとうございます」
とくに気の利いた返事は考えてなかった。公使さんにつづいて寮の前に停めてある黒塗りリムジンへ。左右のヘッドライトのわきにアルケイナとルミナスフィアの小旗が掲げられていることをのぞけば、以前に乗ったことがあるロン・ドゥレーゼン家お抱えのクルマと似たような感じだ。
ルミナスフィア大使館は魔術師範学校からクルマだと20分くらい。実質師範学校のとなりであるヌール寮からもほぼ所要時間は同じだ。ドラゴンハート市内は渋滞と無縁なので、自動車移動での所要時間の変動はほとんどない。
大使館に到着。ヌール夫人が露払いで前をゆき、わたしはそのうしろをちょこちょこついていく。おかみさんが貫禄ありすぎて、どっちがメインのゲストなのかわかんないですね。
出迎えてくれる人たちの中に、知っている顔がいた。パーピュアソウルの星章が刺繍されているベルベットのマントをまとい、やはりベルベットの羽つき帽を被っている。
「サミュエルさんは光輝騎士団の団員でいらしたんですね」
「毎年この時期は、本国での儀式のために戻らなければいけなかったのですが、今年はクルトさまのおかげで例会に出ないですみました。叙勲式にひとりくらいは団員がいないと格好がつきませんから」
冗談めかしているけど、あんまり冗談には聞こえなかった。サミュエルさんもあんまり堅苦しい儀式には出たくないタイプのひとらしい。
パーピュアソウルは、勲章であるとともに騎士団章でもある。光輝騎士団はルミナスフィアでもっとも歴史のある騎士団であり、いまとなっては特権があったり年金が支給されたりするわけでもなく、名誉称号でしかないものの、主なメンバーは王室の面々だ。
そんな中に、どう見ても30歳にはなっていない、たぶん25、6くらいの若さで名を連ねているということは、サミュエルさんはものすごい功績で叙勲されたのかな。
サミュエルさんの先導で、授与式が行われる大使室へ。ヌール夫人は戸口をくぐったところで待機し、わたしはひとりで部屋の奥へと進む。
大使卓の前で待っているのは、ルミナスフィアの王子であるライル殿下。王室メンバーとして正装の上に儀式的なマントを羽織っているけど、光輝騎士団の特徴的な紫紺のベルベットではない。パーピュアとはパープルの古語形であり、希少な貝の染料で染められた紫の布はかつてはきわめて高価で、王や皇帝のマントにしか使われなかったことから、高貴さの象徴とされている。
パーピュアソウルは王族だからといって無条件で授けられるものではなく、まだ12歳のライル殿下は騎士に叙されていないのだ。たぶん、男子王族の義務として軍役をこなす中で功績を挙げればその時点で、とくになにもなければ退役のさいに叙任されることになるのだろう。
脱帽してかしこまる(ように見えていればいいけど)わたしに対し、ライル殿下はパーピュアソウル大綬を手に口を開かれた。
「ペティカ=クルトどの、あなたの示した献身的で勇気ある行動は、わがルミナスフィア王国が理想とする騎士道の範たるにふさわしいと認め、ここに光輝騎士団の一員として迎えます」
ふつうの勲章は首からさげたり胸につけるメダリオンだけど、大勲章であるパーピュアソウルはたすき状の大綬と、並の勲章よりふたまわりくらい大きい星章のセットだ。
ライル殿下がわたしの肩に大綬をかけ、左胸に星章を着けてくれる。
「光栄です、殿下。若輩の身に過分な栄誉、騎士団の名を汚さぬよう精進してまいります」
答礼というのは、個性を発揮する必要がない。ルミナスフィアでの本式典に行かず略式ですませてよかったとしみじみ思いながら、ライル殿下に一礼してから振り返り、パーピュアリボン(大綬の色からこう言われる)をみなさんへお披露目する。
拍手の音が響いた。
部屋に入ったときは緊張してて気がついていなかったけど、意外とたくさん人がいた。見憶えのある顔はすくない。おそらく、周囲の各国大使館の駐在員のうち、手すきの人がきているのだろう。
当然というか、エルミーラ嬢も拍手をしてくれる人たちの中に並んでいた。となりにいらっしゃるのが、ご両親のルミナスフィア大使閣下と奥さまかな? これまでお会いしたことはなかったけど、雰囲気はよく似ている。
モーンスタイン公国のサンディアル殿下と、婚約者であるアナスタシア嬢の姿もあった。アナスタシア嬢は魔術師範学校の制服ではなくドレスを着ている。サンディアル殿下が招待されたからいっしょにいらしたのか、それとも首相令嬢としての列席なのか。
マントの上からさらにパーピュアリボンをかけられて、ミノムシみたいになっているわたしのほうへ、ヌール夫人がやってきて着つけ直してくれた。
一度マントを解いて、パーピュアリボンを左肩から右のわきへ通し、その上からマントをあらためて羽織る。身動きはできるようになったけど、ありがたい大綬が見えなくなっちゃったのはいいんでしょうか。
騎士団の正装をしているサミュエルさんも、パーピュアリボンは表から見えてないからいいのかな。
正式な叙勲式では授与のあとに晩餐会があるそうだけど、略式なのでお茶会となった。いちおうは主賓であるわたしが招かれたテーブルを、ライル殿下とサミュエルさん、エルミーラ嬢に、サンディアル殿下とアナスタシア嬢が囲む。
ルミナスフィア王国は、アルカディス大陸から西へちょっと離れた海上に浮かんでいる島国だ。大陸とルミナルフィア本島のあいだが一番近い地点では、よく晴れた日ならお互いに対岸を見ることができる。
その立地からルミナスフィアでは古来より海上交易の振興に力を入れており、紅茶やコーヒーをたしなむ習慣が早くからあったという。南部ブルーアクアなんかでは、アルケイナ連邦が成立してからもしばらくのあいだ、首都のあるミッドレイよりルミナスフィアとのあいだで人や物の行き来が盛んだったとか。
「アンシスから届いたばかりの、今シーズンのセカンドフラッシュですわ。極上の香りをご堪能ください」
エルミーラ嬢がお茶の紹介をしてくれる。たしかにいい香りです。これが極上なんですね、よくわかりません!
お茶菓子のマカロンがすごく美味しいです。このさっくりとしっとりの完璧なバランスはどうすれば実現できるんですかね。たぶん、オーブンから出してテーブルに並ぶまでの時間まで計算して作ってるんでしょうけど。
ずっとだんまりで飲み食いしているだけというわけにもいかないので、
「サミュエルさんは、おいくつのときにパーピュアソウルを授与されたんですか?」
と訊いてみた。なにをしてもらったのか、という訊きかただと品がないかなと思ったので。
「四年前になりますね」
「そうなんですか」
……あ、本当に質問したことだけにしか答えが返ってこなかった。
わたしが知りたかったのは、サミュエルさんが受勲された理由なのだと察してくれたのか、アナスタシア嬢が話を接ぐ。
「あのときはかなり大きなニュースになったのよ。即位式で王が襲撃されるなんて」
「そんなことがあったんですか……」
四年前はド僻地の田舎娘だったとはいえ、わたしはルミナスフィア王が即位式でテロに遭ったなんて大事件を、いまのいままで知らなかった。
……でも、オトナたちがニュースの話をしていた記憶もないような。フロストピークの住民が外の世界に関心を持っていなかっただけなのか、わたしが単に憶えていないだけなのか。
「自分はたまたま、パレード中の王の馬車が爆発に巻き込まれた目の前にいたんです。なにも考えずに怪我した人を治療して……王がその中に混ざっていたことにも気がついていなかったのですが」
サミュエルさんは、沿道で即位式のパレードを見物していただけの一般人だったらしい。てっきり、警備や救護班の隊員だったのかと思ったけど。
王さまだから、王子さまだから助けようと思ったわけではない、というところはサミュエルさんもわたしも同じだ。
「生命術は非常に希少な系統の魔法ですけど、サミュエルさんは公機関にスカウトとかはされてなかったんですか?」
「ルミナスフィアでは、アルケイナほど個人の魔法の資質に関心が払われていませんからね。自分自身、多少の傷を治す力が己にあることはわかっていましたが、瀕死の重傷でも救命できるほどだとは思っていませんでした」
……いてもいなくても大勢に差がなかったわたしとは大違いだな。もしサミュエルさんがいなかったら、多くの犠牲者が出る大惨事になっていたのだろう。ひょっとしたらロフピュール王の生命も。
それほどの功労者でありながら、王宮の近衛隊ではなく国外の大使館で要人警護に当たっているのは、やっかみを避けるためだったりするのかな。ライル王子がアルケイナに長期滞在をなさっている理由は、サンディアル殿下のファンだから、というだけではなく、サミュエルさんがいれば王子の身の安全を確保しやすいからだろうけど。
「クルトさんは、いつも目の前のできごとより、そのさきや背後のことを考えていらっしゃるみたいですね」
だなんて、ライル王子が急にわたしの無意味な思考グセを深読みした発言をなさった。
……いや、たしかにわたしはいつも余計なことを考えてますけど、性格が面倒くさいだけで深慮遠謀はないですよ?
「ええ、この子はいつも、ものごとの裏の裏まで考えているんです。わたくしも、何度となく自分は表層しか見ていなかったのだと教えられましたわ」
「やめてくださいよアナさままで」
まるでわたしが、なんでもお見とおしの大賢人みたいじゃないですか。わたしが見当外れの大ボケをかましてるところとか、聞いてますよねアナスタシア嬢は。
過大評価に困惑するわたしをよそに、
「ペティカ嬢がいなかったら、僕たちは形式上の婚約者どうしでしかなかった。感謝していますよ、本当に」
とおっしゃったのはサンディアル殿下で、その肩へアナスタシア嬢が身を寄せる。
どうにも実態とかけ離れた、わたしの誤った印象が広まってしまっている感はあるけど、みなさんのちいさなしあわせに、ささやかな貢献ができているのならいいのかな——現実と虚像のギャップを埋めることはあきらめて、わたしは極上のアフヌンを楽しむことにした。
ルミナスフィア王国最高勲章の最年少受勲者であろうと、予言書に記された史上最強の魔女であろうと、わたしはわたし以外の存在にはなれないのだから。
閑話なんだしさくっと書くつもりが、調べなきゃいけないことが思いのほか多くてめちゃくちゃ手間取ってしまいました。本編ぜんぜん進んでない…。
CASE.4は全部書いてから(泥縄リリースだと前後矛盾出そうなので)更新するつもりです。もうしばらくお待ちください。




