3—7:地上最強
わたしの、質問ではなく確認する口調に対し、シオンは心の底から楽しそうに笑った。
「きみは本当に賢くて、勘も鋭い。どんどん好きになっちゃうな」
「イスハルドはあなたたちアルコーンを消そうとした仇ですよ。どうしてそんな連中に協力するんですか」
こっちとしては、冗談につき合う気分になれない。シオンはいくぶん真面目な顔に戻った。
「イスハルドは、たしかに僕にとって直接の仇敵だ。もちろん最終的には袂別することになるだろう。しかし、ラ・ヴィヨン予言の真相をたしかめるまでは、アルケイナへの対抗勢力としてイスハルドには利用価値があるし、あるていどは拮抗していてもらわないと困る」
「納得できない」
「ラ・ヴィヨン三大予言の第三巻、もっとも重大だとされる最終予言、きみはどのくらい知っている?」
もう示唆使って拘束しようか……と思ったところで、シオンは唐突に視線を険しいものに変えて語を紡いだ。
そういえば、ラ・ヴィヨン予言がアルケイナ政府によって改竄されているかもしれない、というのがシオンが現在裏社会に身をおいている動機だとは聞いたけど、予言のなにが改竄されていると疑っているのかはまだ聞いていない。
「最終予言はラ・ヴィヨンの全著作の中でもっとも晦渋な表現が多く、専門家のあいだでも解釈の一致にはいたっていません。およそまちがいないだろうと言われているのは、創世術なる未知の魔法を使う人間が、アルケイナのどこかに現れるということ。わたしも最終予言は読んでますけど、創世術者の降臨で世界が変わる、としか読み取れませんでした。世界が変わるという表現も、社会に変革がもたらされるとか、常識が変わるていどなのか、文字どおり宇宙の法則そのものが書き換わってしまうのか、はっきりしない」
わたしが一般的理解から外れない範囲でラ・ヴィヨン最終予言について回答すると、シオンは深くうなずく。
「そうだね。創世術がどういう魔法なのか、肝心なところがわからない。でも、言葉面だけを見れば、まさしくあらたな世界を創出する魔法だ。アルケイナ政府にとっては、現在世界の覇権を握っているに等しい自分たちの立場を脅かす可能性を秘めた、危険な要素だと思わないかい?」
「アルコーンの数すくない生き残りであるあなたが、イスハルドと協力してまでアルケイナに対するテロをくわだてる理由になるとは思えません」
金色の眼をまっすぐ見すえてわたしが質すと、シオンは軽く吐息をついてから、話題を変えた。言いにくそうに。
「アルカディス大陸西部、つまりアルケイナ連邦が位置している地域の人間は、開花する年齢にバラつきこそあるが100%魔法の力を持って生まれてくる。アルカディス大陸のその他の地域では、魔法が使える人間の割合はだいたい70%くらいだ。一方で、ユグドラシア大陸において、魔法の才能を持つ人間は人口の五割に満たない」
「統計では、たしかそのとおりですね。それが、なんでしょう」
「……アルカディス大陸に、アルコーンがいない理由は? ユグドラシア大陸には、人間の数の0.01%以下とはいえ、アルコーンがまとまって住んでいたのに」
耳から入ってきたシオンの言葉は、冷たい手で心臓を直接つかまれたような感覚に変じた。
「アルカディス大陸の人間は、民族浄化でアルコーンを消し去り、魔法の力を奪ったっていうんですか」
「僕が創世術の真実を探している理由は、あなたたちアルケイナの人間を弁護する材料にするためだ、そこは誤解しないでほしい」
「アルコーンの伝承では、創世術が語られているんですか?」
「……勘の鋭さというか、霊感だよねほとんど。どうしてわかるの?」
「あなたが魔法干渉無効化を解除してるからですよ。思考盗聴は使ってませんから、直接心を読んでるわけじゃないですけど」
わたしに言われて、はじめてシオンは防御を外したままだったことを思い出したようだ。演技ではなく、うっかりしてた、と頭をかく。魔法干渉無効化の再展開はせず、話をつづけた。
「アルコーンのあいだで語り継がれている伝承でも、創世術とはなんなのか、というはっきりした表現は失われているんだ」
「創世術について具体的なことがわかると、アルカディス大陸の人間の弁護になるというのは?」
わたしが訊ねると、シオンはこれまでよりすこしゆっくりした口調で、長広舌の語りをはじめた。
「魔法の力がアルコーンから人間に伝わっていったのであって、その逆ではないというのはおおよそ明確なことだ。それは、きみも同意してくれると思う。ユグドラシア大陸では、アルカディス大陸ほどアルコーンと人間の交流が急速に進まなかった。だから魔法を扱う因子を持つ人間の割合が低いのだと推測できる。アルカディス大陸、とくにアルケイナの位置する西部では、アルコーンと人間は完全に一体化してしまうほど混じり合ったが、それは一方的な蹂躙だったわけではなく、双方の合意に基づいていたのかもしれない。平和的な融合だった可能性を僕は否定しないし、期待もしてる。もしアルコーンが進んで人間と交わり魔法の力を伝えたのだとしたら、その末裔であるラ・ヴィヨンは、予知で創世術について具体的なビジョンを視ていたのかもしれないんだ」
シオンの話は、いちおうわかった。筋はとおっている気もする。ただ、ラ・ヴィヨンが創世術の実相について予言に書き残していたなら、アルケイナ政府がそれを隠す意味はあんまりないようにも思える。
「もしアルカディス大陸の人間が、魔法の力をえるために民族浄化でアルコーンを滅亡させていたというのが歴史の真実だったら、あなたはどうするんですか?」
「……正直言うと、なにかできるわけじゃないんだよね。実際に30年前アルコーンを虐殺したイスハルドよりも、きみたち現代人はまったく自覚しようのない、数千年前のアルカディス人による民族浄化のほうが重罪だ、なんていうのは暴論だし」
「創世術を使おうと思ったんじゃないんですか。文字どおりの、世界そのものを変成させる力が創世術の正体だったとしたら、ですけど」
わたしがそういうと、シオンは口をぽかんと開けた。どうやら、想定していなかったみたいだ。アルケイナ政府がラ・ヴィヨン最終予言から創世術の具体的記述を消していたのだとしたら、ありそうなパターンはそのくらいだと思うんだけど。
「ペティカ……きみはホント、発想の次元が違うね。賢さとか知識量とは、また別ベクトルだ。まさに、頭が柔らかい」
「そうですか?」
自分のことを、飛び抜けてひらめきがすぐれている、と思ったことはないんですが。
……と、タブレットが光った。八分割されている画面のひとつが、急に明るくなったのだ。
シオンが指をおいて、変化が生じたカメラ画像を拡大表示する。
壁が崩れて、人が入ってくるところだった。どうやら、このカメラは地上から一番近い階層にしかけてあるらしい。
外の光に照らされている人影はふたりぶん。暗視モードだったカメラをシオンが調整すると、逆光に浮かぶシルエットが色彩をえる。
「おかみさん……?」
ものすごい厳しい表情で、アルケイナ連邦軍の野戦服を着ているけど、たしかにヌール夫人だった。それと、魔法省制限魔法取締課のディアスポラ参事官。
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ディアスポラ参事官が手にしていたメガホンを口に当てた。拡声がかかっている魔具だ。
『聞こえるか。ペティカ=クルトを解放し、投降しろ。三分待つ』
音声は拡大されている主画面からしか拾われなかったが、サムネイル表示になっているほかの七つのカメラ映像の音声インジケータも、順ぐりに跳ね上がった。
そして、
「聞こえるか。ペティカ=クルトを解放し、投降しろ。三分待つ」
おそらく一番地下深いだろう、いまわたしがいる部屋にもディアスポラ参事官の声が響いた。ただの拡声魔法ではなく、構造体のすみずみまで伝わる音声浸透の効果も付随している。
当然、反応はない。シオンは魔法干渉無効化を自分にかけ直してから、目を閉じてなにやら集中をはじめた。この地区に張られている魔術抑制結界を解除しようというのだろう。
だがしかし。
『……時間だな。制圧を開始する。瞬間移動禁止以外のすべての魔術抑制結界を解除した。逃げられはせんが、せいぜい抵抗してみることだ』
ディアスポラ参事官の宣言は予想外にもほどがあった。シオンが閉じていた瞼を開くのみならず、眼を剥く。もう感情は読めないが、信じられない、とおどろいているのは明白だ。
タブレットの映像では、ヌール夫人がひとりでカメラのほうへと向かってくる。
と。
映像がホワイトアウトした。数瞬で復帰したが、白いラインが残像として残っている。
空中放電の痕だ。先鋒を主張していたリヒトが、公約どおりに一番手としてしかけたのだろう。
シオンがタブレットを指でなぞると、断続的に白く飛んでいた画面が落ち着いた。カメラの感度を調整したらしい。
ヌール夫人へ矢継ぎ早に電閃が襲いかかっているが、彼女の足取りはまったく変わっていない。魔術によって生み出された雷火は、ヌール夫人の直前でゆがめられ、地面と天井の中へ消えていく。
「これが……焔の女帝の力か」
シオンが感歎の吐息をついた。火魔法で雷を防ぐ方法……もしかして、自分の周囲の空気を超高温にしてプラズマ化させ、電気の通り路を作ってる?
電束投射がまったく通用しないことに業を煮やしたか、リヒト自身が飛び出してきた。もっとも、カメラはその動きをまったく追えておらず、またしても数瞬後の残像だったが。
リヒトは生体電流を操って反応速度を極限まで高め、身体強化術者以上のスピードでヌール夫人へ躍りかかる。
画面内で爆発が起き、十数度めの露光過多から画面が蘇ったときには……リヒトは潰れたカエルのように地べたに倒れ伏していた。
ヌール夫人がリヒトの身を引き起こし、うしろ手に手錠をかけてからポイと投げ捨てた。あの手錠は封魔具の機能を有する特殊部隊用のものだろう。
足取りを変えずにヌール夫人は第一カメラの画角の外へ消える。残されたリヒトはぴくぴくと動いているので、息はあるようだ。
シオンがタブレットを一度ライブから録画再生モードに変え、画質を調整しながら激突の瞬間をコマ送りする。
電閃を束ねた雷の刃を掲げて飛びかかってきたリヒトを、ヌール夫人は小うるさげに左腕のひと振りでノックアウトしていた。
さらに細かく刻むと。
生体電流操作で人間以上のスピードになっているリヒトに対し、ヌール夫人は自分の手のひらの表面で爆発を起こして加速し、裏拳で金髪少年のあごを打ち抜いている。
「手、痛くないのかな……」
「推進力を生む大きな爆発と同時に、その衝撃を相殺する小さな爆発をより手に近いところで複数発生させている。手のひらに爆竹を乗せて火をつけたていどのものだろうね。アルケイナ軍の戦闘服は防護魔法がかかっているから、ほとんどなにも感じないだろう」
シオンがヌール夫人の業の妙を解説してくれた。爆発一回にしか見えなかったけど、半瞬未満のあいだに大小組み合わせた轟爆を何回も発動させてたのか。
焔の女帝の名は伊達ではない。
100万を超えるイスハルド軍とわずか8000人で対峙し、八割を超える味方を喪いながらも、敵には40万にもおよぶ損害を強いた、アルケイナの最精鋭部隊、その中でも最強とされるひとだったのだ。
すなわち、地上最強の戦術魔道士。その力はいまも衰えていないのか。




