3—5:最後の予言者ラ・ヴィヨン
「すこし、話を変えようか。……きみの郷里であるフロストピーク出身の予言者、ラ・ヴィヨンは、いまから260年ほど前に生まれ、172年前に没した。ヴィヨンは、世界の激動を予告して『三大予言』と呼ばれるようになった書と、主にアルケイナ内で起こるであろう未来のできごとを記した、『七小予言』と言われる書を遺している」
シオンと名乗る、妖美だが胡散くさすぎる男の言葉が、わたしの心を追想から現実へ引き戻した。
わたしはシオンが挙げた書を、全部ではないけど読んでいる。ラ・ヴィヨン記念館に保管されていた古書の中には、ヴィヨン自身の手による予言書もふくまれていた。
「地元ただひとりの著名人ですから、もちろんそのくらいは知ってますけど」
「小予言の第五巻に記されている、『わが郷里よりいでし史上最強の心理術者』というのが、きみ自身を指していることは知っていたかい?」
「知りません。ラ・ヴィヨン記念館に保管されていた本の六割くらいは読んだはずなんですけど、小予言の第五巻は記憶にない」
首を左右に振りつつ、わたしはシオンの言葉が謎をひとつ解いてくれたことを、不愉快ながら内心で認めざるをえなかった。
ラ・ヴィヨンは、自宅が記念館として保存され、そこへわたしが立ち寄ることを予知していた。だから、手に入るかぎりの心理術の呪文書を集めたのだ。
あの本の束は、最初からわたしに読ませるため、ラ・ヴィヨン自身が準備していたのか。
「なにか、思い当たることがあるんだね」
「小予言五巻は読んでませんが、ラ・ヴィヨンが自分の出身地に将来現れるだろう心理術者へ残していたメッセージはたしかにありました。直接わたし宛てだったとは、思ってませんでしたけど」
「ラ・ヴィヨンからきみ個人へ向けたものだよ、まちがいなく。きみは予言の当事者だ」
「そうだとして、わたしの行動を指定する権限は、すくなくともあなたにはありませんよね?」
だいたい、ほかの予言書に「史上最強の心理術者」がなにかをもたらす、あるいはしでかすという記述はなかった。予言書は個別の事象について、抽象的・詩的な表現でほのめかしをしているだけで、基本的に横のつながりはない。
「ラ・ヴィヨンの生家に、大予言書の二巻はあったはずだ。読んでいるかな、クルトさん?」
「全部じゃないかもしれないけど、大予言書二巻の内容は憶えてます。30年前に、アルケイナが連邦史上でただ一度の海外遠征軍を送り出すきっかけになった予言です」
そして、その戦争でヌール夫人は「焔の女帝」の異名を奉られることになった。いきなりおかみさんのことが出てきておどろいたから、大予言書二巻についてはほかより印象深い。
もちろん、ラ・ヴィヨン記念館でかたっぱしから本を頭に詰め込んでいたときのわたしは、三日後に予言書の登場人物と直接会うことになるなんて想像だにしていなかったが。
ヌール夫人をディアスポラ参事官に紹介されてから、あらためて大予言書二巻を通読したのだ。脳内に一字一句全部記憶されているから、読み返すのはいつでもできる。
シオンが口の端で笑った。わたしにその表情の意味はわからない。最近感情検知に頼りすぎだったかな? でもこいつ、絶対演技してるしなあ。
「大予言書二巻を読んでいるなら、話は早い。予言の当事者どうしのよしみ、もうすこしざっくばらんな関係になりたいな」
「あなた、何歳なんですか……?」
年齢不詳だから、美青年ではなく美中年だと言われても、ああそうだったんですね、くらいでおさまる範囲ではあるけど。
わたしの疑問には答えず、シオンは歴史的陳述から入った。
「いまから30年前、アルケイナ連邦政府は、イスハルド共和国が進めていた『国内治安活動』に対し強硬な干渉を行った。いちおうは国際法に則った、勧告と黙殺、最後通牒と拒絶をへての直接派兵だったが、ラ・ヴィヨン大予言書二巻の記述がアルケイナ政府の動機であることは、当時から有識者のあいだでは共通認識になっていたんだ」
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イスハルド共和国は、わがアルケイナ連邦があるアルカディス大陸から6000キロメトラほど西に離れているとなりの大陸、ユグドラシアでもっとも広い版図を持つ強国である。
アルケイナとの戦争に敗れ、周辺各国と結んでいた優位な協定のすべてを破棄させられたが、国力だけならいまでもユグドラシアで頭ひとつ抜け出ている。
当時、イスハルドが「国内問題」として押し進めていた辺境地域でのゲリラ掃討は「著しい人道危機」であるとして、アルケイナ連邦は軍事作戦の停止と少数民族の権利保証を要求した。
最初の勧告に対し拒否の声明すら出すことなく黙殺したイスハルドに対し、アルケイナは国際仲裁機構を通じて正式な最後通牒を突きつける。
回答期限は二週間以内。拒否、あるいは無回答の場合は宣戦布告し直接介入する――それがアルケイナの声明だった。
当然、内政干渉であるとしてイスハルドは全面的にアルケイナの要求を拒否し、集団安全保障条約の発動を宣言。ユグドラシアの全国家に総動員を命じた。
それに対しアルケイナ連邦は、イスハルドのみを名指しして宣戦布告し、周辺各国へは外交を介して切り崩し工作をしかけるとともに、大規模瞬間遷移で紛争地域へ直接精鋭部隊を投入した。
アルケイナ特務機関の工作員は、すでに現地勢力と接触して大型恒常ゲートの稼働体制を整えさせていたのだ。
アルケイナの先制攻撃は奏功し、イスハルドによって圧迫されていた少数民族〈アルコーン〉の居住地域を一時は解放する成果を挙げる。
……だが、イスハルドは禁止兵器である連鎖反応弾でアルケイナがわが設置していた遷移ゲートを破壊し補給と増援を絶った上で、100万人以上の大軍を動員してアルコーン地域を包囲し、殲滅を図った。
アルケイナも軍備制限条約の履行義務一時停止を宣言し、ユグドラシアへ向け、空と海から直接連邦軍を進攻させる。
ユグドラシア大陸東岸に位置するエスタヴィルとスファルディアの二ヶ国は、10日間に満たぬアルケイナ軍の攻勢で全戦力を喪失し降伏。
アルケイナの圧倒的軍事力を見せつけられ、イスハルドに従属する各国は、自分たちだけでは戦えないとして盟主イスハルドへ全面的な支援を要請したが、イスハルドは自らに有利な安保条約を盾に、個別諸国へアルケイナ軍の足止めを命じた。
ここにいたってユグドラシアの中小各国はイスハルドを見限り、中立化、ないしアルケイナとの単独講和を選んで、同盟から脱落していった。
追い詰められたイスハルドは連鎖反応兵器の大陸間跳躍攻撃を決行し、アルケイナ本国を直接狙ったが、アルケイナが擁する真竜で編成されている防空部隊が成層圏上層ですべての連鎖反応弾を迎撃・破壊し、その企図をくじいた。
開戦から二ヶ月で、イスハルドは屈服、降伏文書に署名する。
しかし、そのあいだにアルコーン地域の98%はイスハルド軍によって蹂躙されており、戦争前に30000人ほどいたと推定されるアルコーンの人口は、わずか150を数えるのみとなっていたという。
転送術で直接アルコーン地域へ送り込まれていたアルケイナの精鋭部隊8000は、1200人に減っていた。いっぽうで100万人以上動員されたイスハルドのアルコーン追討軍は、40万前後の損失を被ったと言われている。
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「……ラ・ヴィヨンの三大予言二巻には、イスハルドによるアルコーンへの圧迫と、アルケイナが介入し勝利することを示唆する記述はある。しかし、数十万の人命が喪われるとは書かれていない。なにが予言と現実をここまで乖離させたのか、僕はそれを知りたいと思っているんだ」
シオンの口調が、これまでの、なにもかも他人ごとであるかのように突き放した抑揚のない響きから、なにかを押さえきれていない波打ったものに変わっている。
「あなたは……生き残りのアルコーンのひとり?」
わたしがつぶやくと、シオンは懐かしいものを見つけたような微笑みを浮かべた。
「きみはわかってくれる……そう思っていたよ」
いきなり、深い感情の脈動が流れ込んできた。シオンが自分にかけていた魔術干渉無効化を解除したのだ。
哀しみと、後悔、自分の無力への憤り。そして、だれにぶつければいいのかわからない怒り。
……精神固定を使っていなかったら、涙が流れて止まらなくなっていただろう。共感に流されないようにしていてもなお、シオンに同情したくなる気持ちを抑えるのはなかなか難しい。
いっぽうで、封魔具をつけているこの状態でも、シオンを拘束するか、ここから脱出することはできるようになった。
心理術の中で一番弱い対人作用術である示唆は、封魔具を外したり停止させなくても発動できるようになっているのだ。正当防衛時にかぎり、使用が許可されている。
さっき旧市街地で身体強化術者の大男と対峙したとき、シオンがいなかったら、わたしは示唆でチンピラふたりを止めていた。
《帰らせて》と示唆で伝えれば、魔術干渉無効化を停止させているいまのシオンは、わたしを解放せざるをえない。
しかし……。
「アルケイナ連邦は、イスハルドの絶滅政策からアルコーンを救うために、可能なかぎりの手を尽くしたはずです。あなたはなぜアルケイナ内で破壊活動をくわだてる組織に協力しているんですか? 聞かせてください」
「ありがとう、ペティカ。僕を信じてくれるんだね」
「まだ早いですよ。アルケイナを攻撃する動機が逆恨みや身勝手なものであれば、わたしはあなたを見逃そうとは思わない」
いきなり名前で呼んできたぶしつけさは、魔術干渉無効化を再展開せずにいることに免じて赦してあげよう。
心を隠すことができないいまの状態で、シオンはわたしを納得させるだけの自分の行動原理を提示できると思っている。
いいでしょう、おうかがいしますよ。




