3—2:静寂のシオン
不意に現れたのは、カラスの濡羽色をした髪と、金色の眼の組み合わせが幻想的な男性だった。仮面を被っているのかといぶかるほどに整った、妖しいまでの美貌だが、年齢はつかみ難い。
どうやら、チンピラふたりにわたしを狙わせたのは、こいつのようだが。
「てめえはこのガキの身柄さえ確保できればいいんだろう? これだけ手間かけさせられて、ハイどうぞ、ですむかよ」
大男は妖しい青年(?)へすごみを利かせると、わたしのほうへ腕を伸ばしてきた。
粘着性のある、いやな精神波がこちらに放射されてくる。
……が、大男の腕がわたしに届くよりも、わたしが避けようとするよりもさきに、金色の眼が光った。
大男が縮んでいく。丸太のような腕も、はち切れんばかりの胸筋と魁偉な胴も、太い頸も、盛りあがった肩も、雄牛のような足腰も。
「術式解体……」
わたしがつぶやいているうちに、わが身の変化に驚愕する男(もう「大」はつかない)へ、妖しげな青年が手刀をたたき込み、ひざを入れる。
あっさりとくずおれ、男は地べたに倒れた。身体強化に頼りきりで、武術の研鑽はまったく積んでいなかったみたい。
「あ……アニキ!?」
ようやく現場にたどり着いたチンピラの片割れへ、青年は涼し気な一瞥をくれる。
「どうする? おとなしく帰るなら、前金を返せとまでは言わないが」
「あぁ? たまたま術が切れたアニキに勝てたていどで、イキってんじゃねえ!!」
……三下は三下。アニキがなぜやられたのかまったく理解できていなかったチンピラBは、強化術を剥奪されて、石畳を枕にアニキと並んでおねんねすることになった。
妖しげな青年は、公約どおりに、延びたふたりの懐から財布をあさると紙幣を抜き取った。根こそぎ奪ったわけではなく、本当に自分が支払った「前金」ぶんだけ回収したようだ。
それから、ようやくわたしのほうを見る。
「ペティカ=クルトさんですね。あなたに危害を加えるつもりはない、ご同行いただけませんか」
警察がいまだにやってこない理由はわかった。リリベルのところにはたどり着いているだろうけど、運河にかかる古い石橋から、わたしがどっちのほうへ逃げているのか把握できていないのだ。
いまわたしの目の前にいるのはかなり上級の棄却術者で、市警の通信網を妨害している。
わたしのすぐ横に、瞬間移動してきたかのように湧いてきたのも理の当然。感情検知に引っかからないのだ。わたしはこの青年から、なにひとつ感じ取ることができない。
半年とすこし前に、摩天楼街最上層で起きた、ルミナスフィア王子ライル殿下の暗殺未遂事件。そのときに実行犯を手引きしていた後方支援者こそが、たぶんこいつだろう。
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……そしていま、わたしは古びたテーブルをはさんで謎の男と向かい合っている。
この部屋に入るまで目隠しをつけさせられていたので、どこをどう移動してきたのかはよくわからない。途中で急かされたり、腕を強く引かれることはなかったから、道のりとしては10000歩とすこし、おそらく六キロメトラかそこらだと思うのだが。
ただ、平行方面へ歩くよりも、階段を降りたり昇降機に乗ったりが多かった。旧市街の運河沿いから、そんなに離れてはいない気がする。
「僕のことは、シオンとでも呼んでくれ。クルトさん、これからしばらく、あなたについて質問させてもらうことと、確認させてもらうことがある。それから、われわれの目的についてお話する。協力するかどうかは任意だ、強制はしない」
「ルミナスフィア人には見えませんけど、あなた、何者ですか」
疑問形は使わず、こちらからさきに問うと、シオンと名乗った妖しい青年は楽しげに笑った。
「どうしてそんなにかしこまった話しかたをするんだい、クルトさん」
「わたしは特別親しい人間以外とは、いつもこういうふうに話すだけですから」
「なるほど。隔意があるというわけだ。まあ、当然だね。とりあえず、僕はたしかにルミナスフィア人ではない、とだけ答えておくよ」
……こいつはいったい、なにが目的でわたしを拉致したのだろう。心理術者は数がすくなく、現在魔術師範学校にはわたししかいない。だが、棄却術者も絶対数としてはともかく、人口に対する割合では極めてレアだ。棄却術者を擁している組織が、心理術者をひとりも見つけられない、なんてことはないはず。
わたしが「あなたルミナスフィア人ではないでしょ」と質したときに、こいつは話をはぐらかした。実質、ライル王子暗殺未遂事件に関与していると認めたようなものだ。ふつうなら、なんでいきなり意味のわからないことを言い出すんだ、と、こちらの質問の意図を確認するだろう。
「あなたたちがわたしになにを期待しているのか知りませんが、仮にわたしがあなたがたの理念や目的に賛同したとしても、協力することは不可能です。この封魔具は解除できない」
わたしはあごを上げ、自分ののどもとをしめす。アルケイナ国内に存在している心理術者は全員封魔具を身に着けていると、知らないとは思えないが。
「僕は棄却術者だよ。あなたがうなずいてくれたら、その封魔具を破壊する」
「これの機能を強制停止させる、あるいは破壊すると、なにが起きるか知ってますか?」
余裕の笑みのシオンへ認識を質すと、表情を崩すことなくうなずいた。
「現行の魔道技術では絶対に抑え込めないとされる、超高強度の現在位置報知が作動する。同時に当該地域の瞬間移動抑止結界がマイクロ秒単位で停止し、24時間シフト制で待機している魔法省制限魔法取締課の即応部隊が強襲してくる。マイクロ秒の瞬間移動制限解除に乗じて、こちらが逃げるのは極めて難しい」
わたしが以前にディアスポラ参事官から聞いた説明と、まったく同じ答えが返ってきた。すべて知っているなら、わたしを利用するのは不可能に等しいということも理解しているはずだけど。
「いま現在も、わたしの行方を捜して魔取はフル稼働しているはずです。五秒後に踏み込んできてもおかしくないですよ」
これは脅しやハッタリじゃない。魔法という、個人が一国の武力と拮抗しうるほどの異常な力を抑え込んで統制している、連邦政府の強制力は伊達ではないのだ。
シオンの表情が変わった。いつやってくるかわからない魔取官への怯えや警戒ではなさそうだが、心理がまったく感じ取れないので、どういう意味なのかはわからない。
「クルトさん、あなたはご自分がおかれている、理不尽な状況をこのまま受け入れるつもりでいるのかい?」
「心理術者になりたいなんて、一度も望んだりしていなかったのは事実ですけど。連邦政府による強制収容とその対価が、あまりにも見合っていない不当な待遇だとは思っていません」
「それはあなた本来の意志ではないんだ」
わたしはシオンの金色の眼を正面から見返す。美しいその瞳から読み取れるものはなにもない。
「わたし自身が心理術者なんです、自分に洗脳や義憶操作が使われていないことはわかっている」
「そうだね、たしかにあなたは、他者からは一切の心理的操作を受けていない。あなたを欺いているのは、あなた自身だ」
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わたしはわたし自身を欺いている——
シオンの指摘は、わたしにとって青天の霹靂、というほどではなかった。
「わたしはたしかに、いま現在も自己暗示を使ってます。ふつうに考えてくださいよ、15歳の女子が、身体強化を使った大男ふたりに追いまわされて、さらにそいつらを軽くたたきのめした胡散くさいやからに、こうして監禁されてるんですよ? こんなに平然としていられるわけないじゃないですか」
心理術を解除したら、たぶん歯の根が合わなくなってひと言もしゃべれなくなってしまうだろう。わたしをビビらせたいのなら、シオンは術式解体を使って自己暗示を剥ぎ取ればいい。
もちろん、そうなったらわたしは椅子の上で震えるばかりになって、会話は成立しなくなるが。
シオンは髪をかきあげながら天井をあおぐ。笑っているが、わたしのこの態度に対してあきれているのか、感心しているのかはわからない。
「いや、すごい。きみは自分の価値を完璧に把握してる。たしかに、きみに手荒なことをするのは不可能なんだ。きみにわずかでもヒビが入ったら、その価値は失われてしまうのだから」
「わたしはこの世代では唯一の心理術者かもしれませんけど、世界でたったひとり、というほどじゃないですよ」
こいつはいったい、わたしをアイデンティティ危機に追い込みたいのか、おだてて仲間に引き入れたいのか、どっちが目的なのか。
「クルトさん、きみが自分自身を欺いているというのは、心理術を自分にかけて、この異常な状況下で精神的安定を保っている、というだけのことではないんだ」
「ほかになにかありますかね」
シオンの舌先三寸にこれ以上つき合う必要があるのか……わたしの心中に疑問が浮かんできたのを見計らったかのように、金色の眼の青年は言の刃を紡いだ。
「きみが15歳の少女として規格外なのは、その落ち着きや度胸だけじゃない。きみの知識量、分析力、そして政治的選択をふくむ判断基準の冷徹なまでの的確さ……いずれも生まれて15年しかたっていない、しかも非常に牧歌的な村で育った女の子のものではありえない」
「それで、あなたはわたしのなにを知ってるというんです? 生まれてこのかた、ずっとわたしをすぐそばから見守ってきた人に言われたら、自分のことを疑いたくなってくるかもしれませんけど」
わずかないらだちを自覚しながら、わたしはシオンの指摘を受け流した。こいつはあのド田舎に行ったことはあるまい。知ったふうな口をきかれるのはちょっと腹が立つ。
だが、シオンが一面の真理を突いたことは、内心で認めざるをえない。ただの子供だったわたしと、望まぬ力を得て以降のわたしの断絶。
あれはたしか、15歳の誕生日から、一週間くらいたった日のことだったか——
※「義憶操作」はタイポではなく、この表記が作者の意図通りです。義足や義手のように、精神の欠落を補うための真記憶の消去や義記憶の挿入というわけです。




