2—14:ひとつの恋物語の完結と…はじまりの予感?
五位以降の選手たちがゴールゲートを通過する中、もうデッキ上に降り立っている四人のレーサーとそのチームスタッフが、大会実行委員会に呼び出された。
表彰式は全順位確定後になるけど、ひとまず上位入賞者へインタビューが行われるという。
取材陣がたむろしている、ミックスエリアへ。
四チームが一堂に会したところで、予選のときはすれ違っただけのマーズさんのほうへ、なぜかリリベルが近寄っていった。
「マーズはん、うちの魔具が吹っ飛んだときに、すぐレースを中止するように言いはったんは、なんでです? ホンマに中止になってたら、マーズはんの優勝ものうなってまうのに」
「自分は軍こそ辞めたはしたが、アルケイナの空の騎士であることまで辞めたつもりはないので。人命を最優先にするのは当然のことですよ」
「ほあ〜……男前やな」
これはリリベル……六割がたマーズさんに惚れたな。自分より速い上に精神的にもイケメンときたら、リリベルの基準では大合格か、たしかに。
クロエさんの眼が、心なしかキラキラしている。それでこそ私のテディよ、やっぱり前から良いトコは変わってない! って感じだろうか。
ゼファー先輩のほうは、リリベルがマーズさんに好感を向けているのを見て、複雑な心境だろう。あきらかに実力ではマーズさんが上だし、大事にこそならなかったとはいえ、事故に遭ったリリベルを救助するためなら、自分の優勝なんか取り消されても構わない、という器の大きさまで見せつけられて、忸怩たる思いがあるか。
「それでは、優勝インタビューです。第73回エアリアルレース・ドラゴンハーツ・グランプリを制しました、テオドール=マーズ選手!」
代表中継のインタビュアーがマーズさんの名前をコールし、メディア各社が写影を連射して激撮する。
「いやあ、今年のグランプリはなにもかも異例尽くしとなりましたが、マーズ選手の優勝は疑いのないところですね」
「……いえ、ウィンクス選手が市販品ではない、フルチューンの魔具で出場していたら、自分ではとてもおよびませんでした」
「あー……たしかに、潜在能力ではウィンクスさん、とてつもないものを感じましたね。市販魔具とはいえ、中間ポイントで交換までしていたエア・グリーヴがオーバーロードして吹き飛ぶ光景なんて、これまで想像したこともありませんでした」
「正直に言って、今回は自分の運が良かっただけだと思っています。……ですが、ひとつのけじめにはなりました」
「……けじめ、とは?」
マーズさんがしょっぱなからフリに乗ってくれないので、インタビュアーの人はちょっと困惑ぎみだった。
「これまで自分は、自分に期待してくれていた人たちに、正しく恩を返せていませんでした。それでも、自分の子供のころからの一番の夢には、挑戦せずにいられなかった。それを果たしたいま、もう遅いかもしれませんが、自分の正直な気持ちを伝えたい相手がいます。……クロエ」
マーズさんの言葉に、各社のカメラが一斉に旋回する。第四位であるクロエさんも、当然近くにいるのだ。
まだ順番はきていないのにいきなり囲み取材状態となり、さらにマーズさんから見つめられて、クロエさんはただ立ち尽くす。
マーズさんは真剣な表情で、クロエさんへ語りかけた。
「俺は、軍に所属している状態の自分がきみにふさわしい男だとは、どうしても思えなかった。きみのお父上も、周囲のみなも、お似合いだと言ってくれたが、空軍の威光に照らされている俺は、ただ薄っぺらく伸びた影にすぎなかったんだ。軍を辞めて、一年間自分本来の道を見つめ直して、このグランプリに参加して……ようやく、すこしは自分を誇ってもいいと思えるようになった。……もし、きみの気持ちがまだ変わっていないのなら……クロエ、俺と結婚してほしい」
まさかのプロポーズに、各社メディアはマーズさんとクロエさんを交互に激写することになった。ちょっと離れているので、同じフレームには収まらない。
クロエさんは……両手で口もとを抑えながら、大粒の涙を流していた。もちろん、その涙の意味は拒絶ではない。
「テディ……」
走り出すクロエさんの行く手にいた数人のクルーは、どうにか躱して道を開けた。
劇的シーンを撮影するために、全社アングルを確保する。
マーズさんの胸に飛び込み、クロエさんはしゃくりあげながら叫んだ。
「ばか、ばかばかばかばか! 私は、あなたを軍に縛りつけるための鎖になんかなるつもりなかったのに! もし父がそういう算段であなたと私を引き合わせていたなら、家なんか捨てていたわ!」
「ロン・エウロス家にそんな不義理をしては、俺が自分を許せなくなる。きみやきみの家族を不幸にするような結婚にだけはしたくなかったんだ、わかってくれ」
「……もう、どこにもいかない?」
「ああ、もうきみを離さない」
潤んだ瞳のクロエさんに、マーズさんは力強い眼で約束した。
ふたりのくちびるが重ねられる。祝福の拍手と口笛代わりに、激しいフラッシュが焚かれまくった。
「ドラマみたいやなあ」
リリベルが月並みな感想を漏らした。ちょっとクロエさんのことを羨ましそうに見ているような感じがするのは、気のせいだろうか?
アナスタシア嬢はハンカチを取り出して目もとを拭っていた。勘違いだったとはいえ、婚約者とのあいだに危機を迎えたことのある彼女にとって、クロエさんの心情は他人ごとではなかっただろう。
しあわせなふたりのシーンをこのまま見ているのもいいと思っていたけど、リリベルがひょいと動いてわたしとアナスタシア嬢を手招きする。
リリベルについていくと、完全に手持ちぶさたとなっている代表インタビュアーさんがいた。いちおう、中継カメラも一台は空いている。
「はいはい、お熱いおふたりさんのシーンはもうしばらく冷めやまないやろから、いまのうちに、準優勝インタビューしとくで」
「……あ、リリベル=ウィンクス選手。準優勝おめでとうございます」
不意打ちに戸惑うインタビュアーさんからマイクをもぎ取って、リリベルは中継カメラへ横ピースからのお眼々きゅぴ〜ん! を飛ばす。
「みんなー、見てるー? うちは都でも元気やでー! グランプリで優勝はしそこなってもうたけど、いまめっちゃ楽しいねん! うちが戻るまで、ちゃんと善い子にしときや〜?」
一方的にまくし立て、意味がわからないままでいるインタビュアーさんにマイクを押しつけながら返すと、リリベルはさっさとミックスエリアから退出するコースで歩きはじめた。
「……へ? え? あの、ウィンクス選手?」
リリベルの地元の事情を知るよしもないインタビュアーさんは、頭上に無数の「?」を浮かべるばかりだ。
まだほとんどすべてのカメラはクロエさんとマーズさんに貼りついているので、インタビュアーさんと代表中継の予備カメラだけが、どうにかリリベルのまともなコメントを撮ろうと追いかけてくる。
……が、リリベルは退出ルートと見せかけながら、三位であるゼファー先輩のところに立ち寄っていた。
「ほなら、おつぎは第三位、アルドヴェイン=ゼファー!」
勝手に司会進行までして、ゼファー先輩をカメラの前に立たせる。
まごつきながらもインタビューに応じようとするゼファー先輩にブロックされて、代表中継クルーはわたしたちの追跡に失敗した。そそくさと、わたしたち三人はミックスゾーンから脱出する。
リリベルはゼファー先輩の肩をたたいて壁に仕立てながら、
「チャンピオン・マーズに勝てる男になりや。そしたら、話し聞くで」
と、その耳元にささやいていた。
最速の男マーズさんは売約ずみとなってしまったけど、リリベルはあくまでも、彼氏は自分よりも速くあれ、という信念を曲げるつもりがないみたいだ。
CASE.2 了
これにてCASE.2完結です。おつきあいいただきありがとうございました。
次回の季節は春。主人公ペティカのアイデンティティ、そして作中世界の根幹に関わるハードなパートになりますが…読めばもう目を離せなくなるはず。
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