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恋愛禁止魔女による、よろず恋愛事件簿  作者: 仁司方
【CASE.1 モーンスタイン公子浮気疑惑調査】
2/4

1—2:魔女、スイーツにつられて探偵ごっこを引き受ける


 肉厚で果汁たっぷり、口の中で優しい甘みを残して溶けるように消えていくカーネリアン・メロンと、大粒でぷりぷり、ジューシーな甘味に絶妙な酸味がアクセントとして利いているペリドット・グレープ。フルーツパフェは絶品だった。

 メインの引き立て役に徹している、果汁ゼリーとホイップクリームがこれまたいい仕事をしてる。


 素材が最高なら、そのままカットして盛り合わせにするのが一番だよね? パフェにするって逃げなんじゃないの? ってかねて思ってたけど、いや、そのままいただくよりパフェのほうが美味しいってのははじめてかも。


 お上品にロールケーキをナイフとフォークで切りわけて口へ運んでいたアナスタシア嬢は、わたしの食いっぷりに、あきれたとも感心したともつかない表情だ。


「あなた、おごりがいあるわね」

「ごちそうさまでした。自分は都にいるんだなって、実感できたの初かもしれません」

「ご実家はどちらなの、ペティ」

「ホワイトエアです。それも田舎のほう。フロストピークってとこですけど」

「最後の予言者、ラ・ヴィヨンの出身地ね」

「ご存じでしたか。ヴィヨン記念館以外、ほんとなにもない村ですよ」


 アルケイナ連邦の構成国は全部で五ヶ国。

 北にホワイトエア、東にイエローアース、南にブルーアクア、西にレッドフレイム、そして中央にミッドレイ。

 首都である、ここドラゴンハート市は連邦のほぼど真ん中にあたる。


 空になった器がさげられ、お茶のカップだけがテーブルに残ったところで、アナスタシア嬢はいよいよ本題に入った。


 彼女が取り出して卓上においたのは、二枚の似姿。

 写影(フォトスナップ)の魔術で撮られたポートレートだ。正面だけでなく、横からも、うしろからも見ることができる。

 アナスタシア嬢自身が演算術(ディデュース)をほどこして、正面画を回転できるようにしたのだろう。


 礼装姿の、20歳(はたち)か、ギリギリすこし前くらいの若い男性のほうを示して、アナスタシア嬢が口を開いた。


「こちら、サンディアル・ディ・イザイエル=モーンスタイン・ハヴィアレンス殿下。モーンスタイン大公のご長男よ」

「お名前だけは聞いたことあります。たしか、留学で連邦にいらしてるんでしたっけ」


 モーンスタイン公国は島ひとつだけの豆国家だ。位置的には連邦に組み込まれてもおかしくなかったけど、独立独歩を保っている。


 サンディアル殿下は黒髪で青い眼、力強いが優美なラインを描いている眉と整った鼻すじの、王子さまって感じを裏切らない美男子だった。


「殿下は、わたくしの婚約者でもあるの」

「ほへえ、そうなんですか」


 やる気ない返事のようですけど話はちゃんと聞いてますよ。ロン・ドゥレーゼン家は名門で、連邦制移行にあたって、各国の位階のちがいをなくすために貴族称号が廃されるまでは侯爵だった。そのご令嬢であるアナスタシア嬢は、モーンスタインの公子の結婚相手として申しぶんない。


 もう一枚の、ドレスをまとった若い女性のポートレートを見るアナスタシア嬢の目には、明確な敵意があった。


「こちらはエルミーラ・リン=デ・ローシャンテン嬢。ルミナスフィア王国大使のご息女よ」

「アナさまや殿下よりは年少で、わたしよりは上、くらいですかね?」


 魔術師範学校は入学年齢が決まっているわけではない。アルケイナ連邦の国民はもれなく魔法の資質を宿して生まれるものの、開花するまで何年かかるかはまちまちだ。

 早熟の子は五歳くらいでちょっとした魔術を使えるようになるけど、とくに遅い人は20歳すぎまで目醒めない。


 魔術以外の一般教養(リベラルアーツ)のカリキュラムはだいたいハイスクールレベルなので、幼くして師範学校入りが確定の資質を示した場合でも、一年生になるのは早くて12、3歳になってから。

 わたしは平均よりかなり遅く、15の誕生日をすぎてから魔力が発現したが、秋からの新学期にギリギリ間に合うということで、即推薦状を持った魔法省の官僚が飛んできた。実質は選択の余地なき強制収容である。


 アナスタシア嬢の年齢を面と向かって訊ねてはいないけど、たぶん17、8だろう。


 フレーム内で微笑むポートレートのエルミーラ嬢は、ふわふわのピンクブロンドの髪に淡いオレンジ色の眼をした、かなりの美少女だ。

 涼しげな雰囲気の美女であるアナスタシア嬢とは、タイプがちがうから単純に比べられない。それでも、灰色の髪と鉛みたいな眼をしたわたしより見栄えはずっといい。


 アナスタシア嬢は、かわいらしくたたずむエルミーラ嬢の画像をほとんど睨みつけている。


「エルミーラ嬢は、サンディアル殿下に魅了術(チャーム)をかけている疑いがある。あなたに調べてもらいたいことというのは、それよ」

「彼女が心理術者(エンチャンター)だとおっしゃるんですか?」

「術者は別人かもしれない。サンディアル殿下は魔力を持っていない、それはたしかなことよ。彼は魔術に対して無防備なの。守ってさしあげないと」

「エルミーラ嬢もよそのお国の人ですから、魔法を使えない可能性のほうが高いと思いますけど」

「それもふくめて調べてちょうだい。相手は治外法権の外国大使の家族、警察や魔取(マトリ)に通報すればすむ話ではない、ということは理解できたでしょう?」

「連邦首都で、駐留大使の家族が第三国の次期国家元首に魅了の術(チャーム)をかけてたなんて、事実だったとしたら大騒動になりますよ」


 国際問題になるのみならず、魔法立国たるアルケイナ連邦のメンツが丸潰れになる。

 連邦の工作員(エージェント)が、魔力を持たない他国の要人に心理術(エンチャント)をかけて政治的に操ったというほうが、道義に反しているがまだマシなくらいだ。悪辣な有能は、善良な無能にまさる。


 わずかに声を低くして、アナスタシア嬢が話をつづけた。


「だからわたくしも、殿下の様子がおかしいと思ったけれど、だれに相談すればいいのかわからなかったのよ」

魅了術(チャーム)をかけられた結果、サンディアル殿下の言動が不自然になられた、と?」

「三週間ほど前になるかしら、殿下とわたくしは招待されて、ルミナスフィア大使館で開かれたパーティに出向いた。あの女は主催側だったわ。それ以来、殿下が外出される頻度が増えた。大学からモーンスタイン公の邸宅へ帰る時間も遅くなった。殿下が市中に滞在している時間は、エルミーラ嬢が大使公邸を空けている時間帯と符合している」


 サンディアル殿下の動静をどうやって調べたのかは棚にあげて、わたしはひとまずうなずいた。


 連邦の公安当局は、警護もかねて外国要人に張りついているだろう。執政院首班の娘であるアナスタシア嬢が、婚約者の立ちまわりを知りえるのはそこまでおかしくもない。


「なるほど。大使館でのパーティをきっかけに、おふたりになんらかの関係が生じた、と疑うには足る状況証拠ですけど、魅了の術(チャーム)が行使されたというには弱いですね」


 アルケイナ連邦の国民は全員魔法を使えるのだ。もちろん個人個人で資質も才能も大きく異なるが、術の発動を野放しにしていたら社会秩序もなにもあったものじゃない。

 ゆえに、一定以上の出力を発揮できないよう、全土に結界が張られている。都市部はより厳重だし、魔術行使そのものを検知する監視網もある。


 たとえば、火の魔術(パイロテクニクス)なら料理以上のことはできない。火の玉や熱線を飛ばすのは結界内では不可能だし、爆発なんてもってのほかだ。


 転送術(テレポート)は便利だけど、不法侵入防止のために市中は規制エリアになっている。荷物や手紙は市外の集配センター間は一瞬で届くけど、そのさきは配達待ちか、自分で取りに行かないとだめだ。不便だけど仕方ない。

 横着な転送術者(トランスポーター)がゴミが出るたびに他家の敷地へ瞬間転移させたもんだから、連邦が成立するよりもずっと大むかしに、まっさきに禁止術指定されたのである。気軽に爆弾投げ込まれても困るしね。


 収納術(ストレージ)も事前の届けと承認が必要で、無許可で使おうとしても結界に発動を阻止される。万引きはやり放題だし、有毒ガスや、場所によっては水を大量に持ち込むだけでお手軽にテロができてしまうから。


 ――ようするに、この連邦は魔法の国だけど、思うように利用はできないのである。


 住民の大半は、自分の魔法を日常的に使ってはいない、というか使わせてもらえない。都市部に住んでいる飛行術者(エアリアリスト)は、休日に()を伸ばすため、郊外の規制エリア外へレジャーに出かけるほどだ。


心理術(エンチャント)の発動を一律に抑止する禁呪結界(スペルジャマー)は張られていないわ」


 そう指摘するアナスタシア嬢へ、


「そもそも心理術者(エンチャンター)の絶対数がすくないですからね。封印結界担当の棄却術(アブジュレーション)の使い手にもかぎりがありますし。心理術者には個別に封魔具(インヒビター)が渡されています。勝手にはずすことはできません」


 とわたしは応じ、あごを上げてのどもとをしめす。

 青い宝石がヘッドにあしらわれている銀の鎖――ぱっと見ではおしゃれな首飾り(チョーカー)だけど、禁呪の発動を妨げる枷だ。


 まあ、このくらいアナスタシア嬢も知っているだろう。


「連邦の規制当局が把握している術者は、全員封魔具(インヒビター)を身につけているでしょう。でも外国籍だったら?」

「エルミーラ嬢、またはそれに近いルミナスフィアの人間に、心理術者(エンチャンター)がいるのではないか、というのがアナさまのお見立てですか」

「アルケイナ首相の娘として、友好国であるルミナスフィアそのものを疑うような言動は慎まなければならないわ。でも、このままなにもせずに成り行きを見ているだけなんて、耐えられない」


 そういうアナスタシア嬢の表情には、不安と婚約者を案じる思いやりがあった。簡易的とはいえ感情検知ディテクト・エモーションを使っているわたしには、それがうそでないとわかる。


「お話しは理解できたと思います。お役に立てるかはあやしいですけど、わたしにできる範囲でちょっと調べてみますね」

「ありがとう、ペティ」


 といって、アナスタシア嬢はやわらかい顔を浮かべた。こうして見ると、最初に受けた冷たい印象はだいぶん薄らぐ。


 ……さて、調べてみるとはいっても、わたしに制限魔法取締官(マトリ)や公安以上の情報収集力や、違法術(イリーガル)検知技能があるわけない。


 とりあえず、フルーツパフェぶんくらいは働くとしますか。



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