1—1:魔女ペティカ
新連載開始です。とりあえず今月中は毎日更新できるかな?
魔法があたりまえの国であっても、人間の精神を自在に操る者は恐れ忌まれる。
指先ひとつで、あるいは触れもせずに巨岩を動かし、火を生み水を生み、空を飛んで地に潜り、影に溶け込んで姿を隠し、千里の道を一瞬で移動して、神話の貴獣を喚び出す――そんな各種の魔技と、ささやきひとつで他人の意見を変えさせたり、脳裏から思考を読み出す術は、古来よりべつものとされてきた。
精神に作用する心理術の使い手は「魔女」と呼ばれ、むかしもいまも白眼視されている。心理術の資質を持つ者は9割9分が女性であり、そのため「魔女」というようになったらしい。
あくまで白眼視であって、迫害や排除ばかりじゃないのがミソである。心を読めたり操ったりできるなら、犯罪捜査にはうってつけだし、弱気な性格を前向きに変えたりと、節度を守れば有効に使えるものなので。
そういうわけで、いつまでたっても魔力が開花しない、だめな子と思われていたわたしは、発現するなり心理術の資質があると判明し、落ちこぼれから一転、魔女として進路に悩む必要がなくなった。
裏を返せば、もう人生に自由はない。
恋をする自由すら。
【CASE.1 モーンスタイン公子浮気疑惑調査】
「あなた、魔女なのよね?」
今日の講義を受け終えてから、図書館に寄って小一時間、ようやく下宿へ帰る途中だったわたしは、かけられた声に振り向いた。
声の主は、優れた理論系魔力の持ち主であることを現す翆色の髪を誇示するかのごとく長く伸ばし、精彩あふれる双眸をエメラルドのように輝かせている美人さんだった。
わたしと同じく、魔術師範学校の制服を着ている。
襟元にルビーが光っているということは、わたしよりふたつ上、三年生か。ルビー、トパーズ、サファイアのローテーションなので、わたしの襟章は去年の三年生がつけていたサファイア。
「なにかご用でしょうか、先輩?」
「魔女なんでしょう? わたくしがなぜ声をかけてきたか、わからないの?」
といって、美人さんは疑わしげな目でわたしを見る。
よくある誤解だ。心理術者はめずらしいそうで、魔術師範学校に入ってくるのは10年ぶりだというから、知られていなくてもしかたないか。
「読心の常時発動は禁じられています」
「他人の頭の中をのぞかないようにしているというわけ?」
「まわりの人たちの思考がのべつまくなしに流れ込んできたら、さきにこっちの頭がおかしくなってしまいますよ」
「――まあ、それはそうかもしれないわね。わたくしはアナスタシア・ローゼリエ=ロン・ドゥレーゼンよ。よろしくね、魔女のペティカ=クルトさん」
「ロン・ドゥレーゼン――首相閣下のご令嬢ですか。なぜわたしみたいな無位無官の庶民の娘にお声かけを?」
自分の名前が知られていたこと自体は、そう意外でもなかった。魔女が入学してきたというのは、上級生のあいだでもそれなりの話題になっているだろう。
しかし、連邦政府執政院首班のお嬢さまが近寄ってくるとは思わなかった。
「あなたが魔女――心理術の使い手であると見込んで、折り入っておねがいがあるの」
「さきほどお話ししたとおり、心理術はほとんどが行使制限魔法です。お力にはなれません」
「使ってもらいたいわけではないわ。心理術が悪用されていないかどうか調べてほしいの」
「行使制限魔法の無許可使用は犯罪です。捜査機関へ届けを出されたほうが」
「だから、その証拠をつかむのに協力してちょうだいといっているのよ」
アナスタシア嬢の語気がわずかに強くなった。
わたしが視線を上げて目を合わせると、落ち着きを取り戻した声でつづける。
「市警や魔取が動けば、相手は術の行使を停止するだけ。確たる証拠が必要なの」
「警察にしろ制限魔法取締官にしろ、そんなにザルじゃありませんよ。残留魔力や作用痕から、違法術の発動者を割り出します」
「魔力検知や作用痕跡検査には、正式な令状が必要になるわ。チャンスは一度しかないの。詳しい説明をする時間をもらえないかしら?」
そういって、アナスタシア嬢はきびすを返した。
こっちを振り向くことなく歩いていくそのあとに、わたしは素直についていく。
ちょっと興味が出てきたのは、否定しがたい。
+++++
わたしは下宿へ帰る途中で、ショートカットのために裏道を歩いていた。アナスタシア嬢は表通りへ向かっていく。
侍女のように左ななめうしろにつき従いながら、訊いてみる。
「わたしがあの道をとおるって、どうやってお調べになったんですか?」
「しばらく正門の前で待ったわ。でも何日たってもあなたは見あたらない。あなたの下宿はヌール夫人のところだと聞いたから、西門からヌール寮までの経路になる道をひとつずつ探した。今日で三日め」
わりと地道だった。調査の魔術を使ったわけではないようだ。
今度はアナスタシア嬢のほうが質問してくる。
「あなた、どうしてすんなりわたくしについてくるの? 首相の娘というのは、そんなに信用できる?」
「心理術のほとんどは禁呪ですが、受動で悪意や害意を検知することは認められています。むしろ義務として、常時周囲の人間を警戒していなければならない。わたしは現時点ですでに、連邦政府の所有物のようなものですから」
「そこまでだったの……。知らなかったわ。ひとまず、わたくしに悪意がないことは認めてもらえているようね」
「ええ。そして、実際にお困りのようですから」
「さすが魔女。あなたに相談すると決めて正解だったわ」
心理術者とひとくちでいっても、読心術が得意になるか、感情誘導が得意になるか、はたまた洗脳や精神支配までできるようになるか、そのへんは個人差が大きい。
わたしの進路先が官公庁で固定といっても、捜査官になるか心霊治療師になるか、はたまた特務機関で裏世界の住民になるかは、師範学校での三年間でどのていど上達するかしだいだ。
表通りに出た。
首都の一等地だから、魔術師範学校の生徒だけにかぎられるわけもなく、道行く人は多い。
アナスタシア嬢は迷いなく、通りに軒を連ねているお店のひとつに入っていく。なんかすごい行列してるけど、並ばなくていいんですか?
列を整理してる店員さんが呼び止めてこないから、いいのかしら。
看板の店名だけは、わたしも知っていた。おいしいと評判のカフェだけど、前をとおったことすらなかったな。
学校のすぐそばだったんだ。
中も満席だった。学校帰りの制服姿は二割ほど。あとはカップルや、若い娘さんどうしのグループに、有閑マダムだ。
忙しく動きまわっている店員さんのひとりにアナスタシア嬢がなにかを示すと、奥からスーツを着込んだ人が出てきた。
カフェのウェイターというより、高級ホテルのコンシェルジュみたい。
アナスタシア嬢に手招きされるままついて行くと、ホールの喧噪がうそのように静かな個室があった。案内してくれたスーツの店員さんが、うやうやしくドアを中へとおしてくれる。
椅子まで引いてくれる至れり尽くせり。
わたしは遠慮せず、カーネリアン・メロンとペリドット・グレープのフルーツパフェを頼んだ。
わたしのランチ代一週間ぶんよりお高いにちがいない。個室のチャージ料によっては二週間ぶんいくかも。
注文を受けて店員さんが一度引っ込んだところで、アナスタシア嬢へ確認をとる。
「アナスタシアさま、あなたのお話しがどのような内容かはまだまったくわかっていませんが、場合によってはわたしが当局へ通告する可能性もある、ということをご留意ください」
「あなたの良心に賭けるわ、魔女ペティカ。あと、わたくしのことはアナと呼んでちょうだい」
「承知しました、アナさま。わたしのことは、ペティ、それかティカでおねがいします」
「どちらもかわいいわね、どうしようかしら。……ペティ、ティカ……。決めた、ペティにするわ」
「ご随意に」
拾った子猫の名前をどっちにしようか、という感じではあったけど、しばらく考え込んでいたアナスタシア嬢の顔は、とりすました名家のお嬢さまではなく、実年齢より幼い少女のようだった。




