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恋愛禁止魔女による、よろず恋愛事件簿  作者: 仁司方
【CASE.2 寒風雪華のハートチェイサー】
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19/35

2—11:グランプリ・レース開幕!


 エアリアルレース・ドラゴンハーツ・グランプリは、各地を転戦してきた今期レギュラー・シーズンの成績上位者17名(内わけは、シニア・クラスから14、ジュニア・クラスから3)と大会運営特別推薦枠の3名、さらに大会初日から開催されていたオープン予選を突破した16名を加え、総勢36人のレーサーによって争われる。


 やはりというべきか、一昨日まで行われていた予選を通過した選手の中には、レギュラー・シーズンで惜しくも総合ポイント15位以下に終わったシニアのプロレーサーが多い。

 リリベルとマーズさんをのぞくと、レギュラー・シーズンのレースに参加していなかったのは、イスハルドなる国からきたという海外選手だけだった。


 学生でありながら優勝候補に上がっているアルドヴェイン=ゼファー先輩は、ジュニアであまりにぶっちぎりだったため、シーズン終盤はシニア・クラスに特別参戦していたそうだ。そこでも三戦で全勝、来期は最初からシニアでシーズンを送ると決まっているという。


 ……そんな選手が相手にならないって、あらためてリリベルどうなってんの? ていうか、実質今シーズンの総合ランキング一位が草レースでボロ負けして、よくウワサにならずにすんだものね。


 わたしはとくにアンテナ張ってないけど、リリベルがゼファー先輩に勝ったことを知っていたソールズモック先輩が特別事情通で、びっくりしていたハレヴィ先輩のほうが一般的な反応なのかもしれない。

 すくなくとも、アルケイナの空の誇りを守るために暗黙の連携をしている一大勢力があるっていうのはアナスタシア嬢から聞いたし、ゼファー先輩の敗北が広まらないよう、ひそかに隠蔽工作が行われていたのかも。


 世間にうとすぎて、いまさら友人がとんでもないスターの卵なのだと気づかされていたわたしをよそに、ドラゴンアイ空港のメイン滑走路上、スタートゲート周辺では、グランプリ・レース発走直前の選手紹介が行われている。


『レギュラー・シーズン総合ポイント八位——天空のスーパービューティ、クロエ・エレクトラ=ロン・エウロス! 知る人がみな呼ぶ「雷閃の《ライトニング》ココ」とは、彼女のことだ!』


 プレゼンターさんのあおりのキャッチコピーとともに、晴れやかな表情を浮かべたクロエさんが待機ブース内から会場へ飛び出してきた。優美な挙措で、仮設スタンドを埋め尽くしている満場の観衆へスターのオーラを振りまく。

 ひときわ大きな歓声が、広大な空港敷地全域を越えて響いた。


 クロエさんは地方大会でも一勝挙げているそうで、その実力はホンモノだ。空将の娘というコネで、推薦枠に収まったりはしていない。


 レギュラー・シーズン四位までの選手が読み上げられて、いったん予選免除者の紹介はお休み。

 さらに予選通過者をてきぱきと並べてから、優勝候補となるトップ3の登場を盛り上げていく……というのが本来の進行演出の目的だったのだろうけど。


 しかし今回は、予選から思わぬ超新星が飛び出してきたのである。


 通過タイム下位から予選突破選手が読み上げられていき……80秒切りのふたりを残すのみとなった。


 プレゼンターさんが一度間を取る。観客たちも、このさきのふたりはタダの予選通過者ではないと知っており、期待の沈黙。


『予選通過タイム79.880——新時代の空の勇者か、はたまた謎の黒騎士か……もとアルケイナ空軍第四管区防空群所属、第二師団663飛行隊隊長、テオドール=マーズ!』


 だれかが考えたのか、それともプレゼンターさんのアドリブなのか、プロ選手並みのあおりとともに、マーズさんが空の下へと歩み出てきた。


 周囲へのアピールなし、無表情のまま、真っ直ぐ視線をすえたままスタートゲートへ向かう姿は、もと空兵さんと紹介されれば、なるほどどうりで、と納得できるストイックさだ。


 有名選手に向けられるものと遜色ない、黄色い歓声が巻き起こった。

 予選レースで記録的なタイムをたたき出してからの短期間で、マーズさんにはかなりの女性ファンがついている。


 一般観客より選手に近いスタッフ席にいるわたしには、クロエさんがマーズさんへ視線を投げかけたのがわかった。スタートゲートに居並ぶ空軍関係のレーサーたちからマーズさんに向けられているのは、裏切り者への敵意なのか。10万人以上の感情が渦巻くこの場では、わたしに個別の心理の動きを検知することはできない。


 マーズさんのほうはだれにも目を向けることなく、自身のスタート位置につく。


 グランプリ・レースは全選手が横一線になってのスタートではない。レギュラー・シーズン上位者が前方、特別推薦選手と予選通過者は後方からだ。予選全体二位のマーズさんは、22番めから飛び立つことになる。


 そして、21番めのスタートポジションとなる予選全体一位の。


『予選通過タイム78.252——地元最速、ハードウェイヴのイナズマはグランプリをも征するのか? 魔術師範学校初年生、リリベル=ウィンクス!』


 ……なんか変なコピーついたし。それともリリベルは、実際に「イナズマガール」って呼ばれてたのかな? ハードウェイヴはリリベルの地元のことだから、あるていどは調べた上での紹介だろう。

 (ゾク)(ヘッド)だって暴露されなかっただけ、まだいいのかしら。


 横ピースで、きゅぴ〜んっと眼からお星さまを飛ばしながらリリベルが登場。うん、見た目はめっちゃ美少女だからね。クロエさんとは別方向のファン層がぶ厚くなりそう。


 観衆の反応はかなりのものだった。野太い「リリベルちゃーん!」コールのみではなく、女性やちびっ子からの声援も多い。ひとまずよかった。


 つづいて、保留されていたレギュラー・シーズン最上位のトッププロたちが紹介される。いずれも前歴はアルケイナ空軍所属。

 そして、今回の特例として、学生ながら優勝候補筆頭とされているアルドヴェイン=ゼファー選手の名が読み上げられた。


 観客のボルテージも最高潮……だけど、ここでアルケイナ国歌演奏のお時間です。首都で行われる一大イベントですからね。


『ご起立ください』


 トーンを変えた重々しい響きのプレゼンターさんの声にしたがって、満場の観客が一度立ち上がった。スタッフ席のわたしたちも、滑走路上のレーサーたちも、背筋を伸ばして右手を胸に、空港主棟の掲揚ポール上にひるがえるアルケイナ国旗へ目を向ける。


 代表歌手は、裾はフリフリだけど肩のスリーブがふんわりしてなくていかつく、革ベルトでタイトに胴を締めている、ゴシックパンク調のドレスを着た女の子三人組だった。

 実家の弟妹(きょうだい)が好きなグループだから顔は知ってる。曲をまともに聴いたことないけど。


 まさかこんなところで生演奏を聴くことになるとは。


 背が頭ひとつ高いセンターの娘がギターを掻き鳴らすと、音量増幅術(アンプリファイ)で拡大された重低音(ドロップチューニングというらしい)が地響きのように身体を震わせた。


 伴奏は極低音だけど、三人の少女が吟じる歌声はハイソプラノだ。



   規律の女神の賜物アルケイナよ(Arcaine, gift of Order's Goddess,)

   天与の魔法に浴せし(われ)(ことわり)の民(We, the people of reason, blessed by Heaven's Art.)


   光よ風よ吾らとともにあれ(May the light, may the wind be forever with us,)

   水よ大地よ吾らを潤したまえ(May the waves, may the earth nourish our hearts.)


   現世(うつしよ)の奇蹟吾らがアルケイナ(Arcaine, our land, the miracle of this world,)

   女神に久遠(くおん)の栄光あれ(To Goddess, eternal glory be.)



 曲が進むにつれバックバンドのドラムがじょじょに激しくなっていき、音というよりは衝撃として空港じゅうをゆさぶる。


 国歌の末尾「グローリー・ビー」が「ぐろーーーーりぃぃぃぃぃぃ・びぃぃぃぃぃぃぃーーーーー」とウルトラソプラノのロングトーンで引き伸ばされ、もはやレース会場ではなく野外コンサートホールの熱狂となっている中、すさまじい音圧が上空がわから轟いた。


 巨大な影と爆音を地上に落としながら低空をフライパスしていったのは、精鋭空兵三個小隊をしたがえた早期警戒管制竜(A W A C S)だ。

 齢3800歳を閲する聖銀竜プラティナム・ドラゴンオルシールアイクスは、1000年前のミッドレイ王テウデリク三世と結んだ契約にもとづき、今日(こんにち)もアルケイナの空を守護してくれている。


 ……厳粛なる国歌演奏に、なんで流行歌手のグループ呼んだのかなと思ったけど、これは演出として圧巻だわ。

 まさかメタルアレンジがアルケイナ国歌に合うとは思わなかった。……ところでいまのってメタルでいいのかな? ハードロック?


 この三人グループ目当てでスターティングスタジアムに入場したお客も多かったのだろう、しばらくは彼女たちへの声援がつづいた。まあ、コンサートじゃないんでアンコールはありませんが。


 離陸方向となる東以外の三面に組まれている仮設スタンドへ、順に手を振りながらあいさつしていた三人組も貴賓席へ収まり、とうとうグランプリ・レース本番の発走時刻となる午後二時まで一分を切った。


『レディース・エンド・ジェントルメン、長らくお待たせしました、まもなくエアリアルレース・ドラゴンハーツ・グランプリのメイン競争開始です。全長180キロメトラの大レース、はたして勝利の栄冠はどの選手の頭上に輝くのか……』


 プレゼンターさんは、あえて大げさな口調を抑えることで、逆に緊張感をあおる。


 残り10秒。毎度の恒例なのだろう、だれが音頭を取るでもなく、観客たちがカウントダウンをはじめた。


『じゅう、きゅう、はち、なな……』


 滑走路わきに建てられている仮設の(やぐら)台の上で、出走人(スターター)がシグナルガンを天へ掲げた。


『よん、さん、にぃ……』


 わたしは滑走路上のリリベルを見る。その横顔に緊張の色はなく、ついに首都の空を思う存分飛びまわれるぞ、と楽しむ気しかないようだ。心配はまったく無用みたい。


『——ぜろぉ!!!』


 満場の観衆の声に()し潰され、シグナルガンの発射音はまったく聞こえなかった。ただ、青い光がレースの開始を告げる。


 36人のレーサーがいっせいに地を蹴り、空中へと飛び出した。


    +++++


 選手たちのスタートポイントは、30メトラほどの間隔を空けながら設置されていた。グランプリ・レースの全長180キロメトラからすれば誤差だけど、それでも先頭から最後尾までは1000メトラ以上離れていることになる。予選一位のリリベルからでも、トップまでは600メトラ。


 ……が、空港の敷地から完全に出てもいない時点で、リリベルは八位までポジションを上げていた。


 高度をまったく上げず、滑走路にほとんど貼りついたまま、すさまじいスタートダッシュで先行レーサーをつぎつぎと下方から抜き去っていく。


 マーズさんもリリベルの右ななめ後方、やはり高度はさほど取らず、初速重視の飛行で順位を上げていた。


 まさかスタートそうそう、肉眼で見える範囲でいきなりレースが動くとは期待していなかったのだろう、スタンドから大歓声が巻き起こった。


『こ、これは……! 開幕直後からなんという展開だ!? やはり今年の台風の目はC—4のふたりなのかっ?』


 実況の人も興奮気味にまくしたてている。


 予選の同一レースからグランプリ本戦出場者が複数出るなんてことはめったにないだろうというのは、エアリアル・レースにうとい、わたしでもなんとなくわかる。


 リリベルとマーズさんが飛んだのは予選Cグループの第4組。ふたりはまとめて、C—4の恐るべき新人(アンファン・テリブル)というわけだ。


 スタートからの一分間、まずエア・グリーヴの限界まで全速力を出すというのは、アナスタシア嬢が立案した作戦どおりである。リリベルは魔具(デバイス)さえついてこられるなら、超音速を維持したまま10分飛びつづけられるのだ。ならば最初から飛ばせるだけ飛ばすにかぎる。


 ……ただし、短時間にオーバーヒートを三回繰り返すと、エア・グリーヴのほうが壊れてしまうのだという。


「魔具が術者の出力に耐えられないって、聞いたことがないわ……」


 と、アナスタシア嬢はやや引いていた。


 そしてリリベルは一度壊してしまって、たいそう困ったことがあるそうな。飛行魔具(エアリアル・デバイス)はかなり高額で、子供のお小遣いではそうそう買えないのである。


 いずれにしても、一足のエア・グリーヴでは、リリベルは10分間のうちに三度しか全速力を出せない。それでもトップ争いはできるだろうけど、マーズさんに勝つのは無理だ。


 ……というわけで、ロン・ドゥレーゼン家の財力にモノを言わせ、予備のエア・グリーヴを買ってある。


 グランプリ・レースは180キロメトラの長丁場、折り返し地点に休息ポイントがあるのだ。地上車でのレースならピットインに相当する。


 そこでは魔具(デバイス)を調整したり交換したり、術者のほうが魔力を補充するためにサプリを飲んだりすることもある。もちろん、コンディションに問題がなければ、休息ポイントに降りずそのまま飛びつづけてもいい。

 休息ポイントは一ヶ所しかなく、無補給を決めて飛び越したさきで魔具に不調が起きた場合、戻らないかぎり着陸禁止だ。規定箇所以外で地面に降りたり建物に接触したら、失格となる。


 リリベルの場合、履き替えのタイムロスを勘定しても、全速力を発揮する回数を六回に増やしたほうが有利だというのがアナスタシア嬢の計算だった。30秒以内にリスタートできれば充分な貯金、20秒で換装をすませられればかなりのアドバンテージになるとのこと。


 つまりわたしたちは、これから補給地点へ移動することになる。もちろん、ふつうにクルマやエアゴンドラに乗っていたのでは間に合わない。五分もしないで、レーサーたちはコースのなかばまでやってきてしまうのだから。


 そこで使うのが、ふだんは封印されている非常用瞬間遷移エマージェンシー・テレポーテーションゲートである。ドラゴンアイ空港は重要施設だから、恒常ゲートが設置されているのだ。


 グランプリ・レースの折り返し地点になるのは、ドラゴンハート市中央消防署の庁舎屋上。厳密にはぴったり90キロメトラじゃないけど、ほどよい高度にあるプラットフォームであり、庁舎内に瞬間移動のゲートがあるのでおあつらえ向きだ。


 チーム・リリベルのスタッフであることをIDカードで確認してもらい、厳重に警備されている地下通路をとおって、ゲート(チャンバー)へ。


「テレポート自体はよく利用するけれど、市内を転移するのはさすがにはじめてね」


 と、アナスタシア嬢がめずらしく初体験にそわそわしている。へえ、首相ご令嬢でも市内の瞬間移動は使ったことないんだ。


 ……わたしはこの前、不要届出してなかった寮の夕食に遅れないように、っていう理由で使ったんですけどね。魔術師範学校の学長とヌール夫人以外にはしゃべっちゃだめだって、ディアスポラ参事官に言われてるから話せませんが。


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