2—9:リリベルの裏(?)の顔
グランプリ期間六日めの午後——
午前中の四講義を受け終えたわたしとリリベルは、魔術師範学校の正門前でアナスタシア嬢と落ち合い、ドゥレーゼン家お抱えの高級車で郊外へと向かっていた。
……ていうか、昨日のクルマとナンバーがちがうし、運転手さんもべつの人なんですけど。これは、連邦政府首相の権勢ではなく、ロン・ドゥレーゼン家の財力がすごいのだろう。
資産のない庶民が政治活動からはじき出されないように、充分な額の議員歳費を支給するのは議会制の基本。ただし、閣僚は名誉職であり、平議員より俸給が飛び抜けて増えるわけではない。
——と、地元の初等学校に通っていたころに社会科の授業で聞いた憶えがある。
車内の投影受像モニタでは、予選Eグループのレースが中継されていた。これまで行われた予選各レースで、全体暫定三位の選手のタイムが81.684秒だから、リリベルとマーズさんが頭ひとつ抜けている状況は変わっていない。
乗り込んでからしばらくは「おーすっご、こんなVIPカー初体験やわ」とテンション高かったリリベルは、静かな車内とほどよく不規則な揺れに眠気を誘われたか、わたしのひざを枕に寝息を立てていた。
クルマは幹線道路を北へと走っている。リリベルが休講日に彼氏候補たちと草レースをしている(用事がないときはわたしもつき合う)のは西の郊外だから、ふだんとは別方角。
リリベルにかぎらず、市内在住の飛行術者が羽を伸ばしたいと思ったときは、みんな西へ出かける。首都の北にも広い自由飛行エリアがあるという話を、わたしは聞いたことがなかった。いまのリリベルの全開全速を計測するにあたって、人目のないところをアナスタシア嬢が確保してくれているのかも。
「リリベルさんのこと、すこし調べさせてもらったのだけれど、彼女、地元ではかなりの有名人だったみたいね」
「なんかそうらしいですね」
太平楽に寝ているリリベルを見やってそういうアナスタシア嬢へ、わたしはてきとうにあいづちを打った。地元の範囲はよくわからないが、予選レースでマーズさんと競り合うまで、リリベルは「影を踏まれた」ことすらないぶっちぎり最速で通ってきたということは知っている。
ゼファー先輩とのレースは、わたしがべつの用事で同行できなかったときに行われていたので見ていないけど、基本的にリリベルは、スタートからゴールまで一度たりとて横に並ばれることすらない完勝ばかりだった。
「原則として、公共交通機関が集約されている都市圏以外では飛行術の制限結界って張られていないの。使えないと不便すぎるから」
アナスタシア嬢がどういう話をしようとしているのかわからないまま、ひとまずうなずく。
「わたしの地元もド田舎だったんで、転送術と飛行術だよりでした」
「だから、地方って族が多いのよ」
「……ゾク?」
「集団で空中を暴走して、騒音をまき散らしたり、危険なあおり飛行をしたりする連中」
「あー、そういう」
へえ。わたしは地元で迷惑飛行するやからとか見たことなかったけど、わが郷里が極まったド僻地なせいなんだろうなあ。
……つまり、リリベルは、族上がりの不良ちゃんだったの?
どう見ても後者のかわいさの寝顔をしている友人へ目を落としたわたしへ、アナスタシア嬢は説明を追加してくれた。
「リリベルさんは、暴走集団にスピード勝負やアクロバット勝負を申し入れては彼らを破って、どんどん手下を増やしていった。飛行の技量で負けた相手に暴力で報復するというのは、飛行術者の矜持に触れることらしいの。リリベルさんは彼女への恨みや嫉みが族徒の建前を越えるほど膨らんでしまう前に充分な勢力を築いて、地元界隈の頭になった」
「……なるほど」
リリベルさん? ヤンチャすぎませんかあなたの過去?
ひざの上で寝ているのは、かわいい子猫ではなく獰猛な女豹だったのか、と、わたしはなごめなくなりかかったが、さいわいというべきか、アナスタシア嬢の話にはまだつづきがあった。
「地元の族を束ねたリリベルさんは、一般航路から離れたところを飛んで、カタギに迷惑をかけるなという掟を作った。速さだけで一地域の族を全部おとなしくさせた彼女は、連邦政府の規制当局にも知られる存在になったそうよ。魔術師範学校の推薦状を受け取ったリリベルさんは、自分こそがアルケイナで一番、つまりは世界一の飛行術者であることを証明してくると宣言して地元を離れた。リリベルさんがいなくなったいまでも、現地の族は抗争や暴走をするときは一般航路を避けていて、いずれ最速を証明した頭によって全国がリリベル・ルールで統一されると信じているそうよ」
「ほへえ、そうだったんですか」
すごいじゃんベル。ゆるキャラの皮被ったとんでもない悪党だったのかと、一瞬勘違いしかかったけど。
ドラゴンハーツ・グランプリは、全飛行術者のあこがれであり、チャンピオンはその頂点だ。
リリベルにとっては、都でも自分は健在だぞと故郷にアピールする最適な舞台であり、地元の族のみなさんにとっても、自分らは女に牙を抜かれた腑抜けではなく、最速の頭に束ねられた正当なグループなんだと主張する機会になるというわけね。
正直にいうと、いままでは今年のグランプリでの優勝にこだわる必要って、べつにないんじゃない?と思っていた。リリベルには来年以降もあるわけだし。クロエさんとマーズさんの問題に関しては、レースを介して解決できる範囲は限定的すぎて、わたしにどうこうできる気がしてなかったし。
でも、リリベルが背負っているもの、グランプリに懸けている気概を聞いて、優勝は狙うに値するし、その資格もあると感じられてきた。
……まあ、わたしがいまさらモチベーション上げたところで、レースの帰趨に影響をおよぼせるようになるわけじゃないんですけど。
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クルマが停まったのは、丘の上にそびえるお城の前だった。
……うん、わたしの目には城にしか見えない。
「こりゃホンモノやな。いかがわしいご休憩所と見まちがう余地もないわ」
リリベルも目を丸くしているけど、なにを言ってるのかはよくわからない。
「当家の別宅よ。むかしはこんな感じの領主館を10軒ほど持っていたそうだけれど、いまドゥレーゼン家が所有しているのはここだけ」
とアナスタシア嬢が説明してくれているうちに、クルマのドアが外から開かれた。開けてくれたのは運転手さんではなく、お城のほうからやってきた執事さんだった。本物の執事さん生で見るのは初だわ。
……貴族の使用人で来客迎えるためにドアの開け閉めをするのは執事じゃなくてフットマンだったっけ? わたしの目に区別はつきません。
「お帰りなさいませお嬢さま」
「話しておいたとおり、こちら、ペティカさんとリリベルさん。おふたりともヌール寮預かりの優秀な人材よ」
「ペティカさま、リリベルさま、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
クルマを降りて石畳の上をお城へ向かう。さすがに大きな正門ではなく、そのわきの通用口らしい扉が開かれた。
『お帰りなさいませお嬢さま』
出迎えてくれたのは、メイドさんが三人と、三つ揃いを着込んだ紳士。……あ、やっぱり執事さんはこっちね。
「おおー、コンカフェじゃないマジモンのメイドさんと執事さんの『お帰りなさいませお嬢さま』とか、はじめて聞いたわ」
と、リリベルが変な感動で歎息した。……わたしもちょっと思ったけど、口にしないのそういうことは。
「ベル、世が世なら不敬罪で鞭打ちの刑だよ」
「ミッドレイが王国だったころでも、不敬罪は王族に対する度を越した非礼にしか適応されなかったわよ。うちはもと侯爵家、堅苦しくならなくてもだいじょうぶ」
そう鷹揚におっしゃるアナスタシア嬢には、やっぱり大貴族のご令嬢の風格があった。爵位の有無で人のカリスマは変わるものじゃないな、と感じる。
ホンモノのメイドさんと、執事さんと従僕さん、いまはたまにしか利用しない別宅だから人員が減らされているにせよ、大きなお城に従者が五人だけ(裏方さんもいるにしろ)というのはすくなく感じるけど、ドゥレーゼン侯爵の領主館のひとつだったころでも、20人は働いていなかったはずだ。
ここは魔道立国アルケイナ。魔法を使えば、全館のお掃除とかひとりでできますからね。
東部イエローアースなんかは、魔法ですむところを人力でまかなうのが貴族の贅沢だという主義だったそうだけど、たいていの地域では、人力の10倍20倍の仕事ができる技量の高い術者を傭うことこそが上流階級のステータスだった。ミッドレイはそうした合理主義の代表格で、だからこそ統一後の連邦の中心ともなっている。
執事さんの先導で案内してもらったのは、眺めのよいバルコニー。椅子とテーブルが設えられている。今日はいい天気だし、ここでランチをいただくという趣向みたい。
オープンバルコニーだけど肌寒さはまったくなかった。透過障壁で冬の大気は遮断されているのだろう。
わたしたちが席についたところで、メイドさんが押すワゴンに載って出てきたのは、スモークサーモン、ローストビーフ、ターキーブレスト、カリカリベーコン、レタス、トマト、オニオン、アボカドフィリング、ゆで卵のスライスとフィリング……が並んだ銀盆。そしてベーグルとバゲットが載ったお盆もある。ドレッシングもいろいろあって、なるほど、お好きな具をチョイスしてサンドイッチを作るってことですか。
「食べたいものを選んでちょうだい」
アナスタシア嬢がそう言ってくれたので、
「ええと、とりあえずオススメでバゲットサンドひとつお願いします」
わたしは、どれもこれも食べたいので、ひとまず丸投げ。
「セルフで勝手に作ってええですか?」
「もちろん」
リリベルは、自分でベーグルを選ぶと、オニオン、レタス、ターキーブレストを乗せてバジルソースを振った。いかにもアスリートって感じの選択だ。いつもリリベルはわたしと同じくらいよく食べるところしか見てなかったけど、これから飛ぶからあんまりがっつりとお腹いっぱいにしないほうがいいという判断かな。
わたしの前には、ローストビーフがたっぷり挟まったバゲットが出てきた。リリベルのほうに気を取られていたから、メイドさんがローストビーフ以外になにを入れてくれたのか見ていない。
そこも楽しみにしますか。
「いただきまーす」
ぱくっ……ああ、お肉の旨味が濃厚。薄く切ってあるのは、しっかりした赤身だからですね。硬いお肉=ダメ、だとはかぎらない、とわたしもつねづね思ってました。
じっくりローストした上に薄くスライスすれば、噛み切るのに問題はないわけで、柔らかお肉からは味わえない野趣というか、先史時代のころの本能を思い出させるような、脳に直接届く「これが明日のお前の筋肉に変わるタンパク質だ」ってパルスは、がっしりした赤身肉からしか得られないんですよ。
香ばしくも甘いこのソースは、グレイビーじゃなくてチャコールですか。肉汁をベースにしているグレイビーソースとちがって、お醤油とミリンにお野菜を溶け込ませながら、あえてちょっとだけ焦がすソースですね。お醤油って最近アルケイナでも一般的になってきた、外国の調味料ですけど、お肉、とくに牛肉との相性がバツグンにいいんですよこれが。
ちょっぴりワサビも利いてます。お肉の旨味を引き立ててくれてますね。葉物がローストビーフとよく合わせるエンダイブじゃなくて、ふつうにレタスなのは、ワサビの邪魔をしないようにかな。
……などと、ローストビーフサンドひとつに無駄な脳内実況を垂れ流していたら、アナスタシア嬢がお召しになっているベーグルサンドが目に留まった。メインの具はスモークサーモンですか。
「それも美味しそうですね。わたしも同じのください」
「ペティはいつもよく食べるわね。あなたとテーブルを囲むと飽きないわ」
アナスタシア嬢はそういって笑う。メイドさんが手ぎわよくスモークサーモンのベーグルサンドを作ってくれた。オニオンをたっぷり敷き詰めてからアボカドフィリングを乗せ、そこへたっぷりのスモークサーモンを。その上にレタスを被せてスライスオリーブを添え……ソースはビネガーですね。
こちらもいただきましょう。
はむっ……あ、ベースのオニオンもビネガーでマリネされてますね。チーズを挟むのもスモークサーモンサンドの定番ですけど、あえてシンプルにすることでサーモンのお味が引き立ってます。
これもいける。もしスモークサーモンサンドしかなかったら、四個は食べてたでしょう。
わたしはさらにBLTをオーダー。いっぽう、リリベルは自分でバゲットを手に取ると、野菜マシマシのベジサンドを作っていた。ゆで卵スライスの白身部分を加えて完成。
リリベルってしっかり自己管理できる子だったのね。知らなかった。これまではチーム独りでずっと飛んでいながら負け知らずだったのだから、当然といえば当然か。
「うちもホンマはティカと同じくらい食べるんですよ。これから飛ばなきゃいけないから、腹半分に収めとかなあきまへんけど」
べつに食いっぷりでわたしに張り合う必要はないだろうに、リリベルはそんなことを言う。
「今度、遠慮なく食べられるときにあらためてご招待するわ」
珍獣を見る目になっているアナスタシア嬢へ、
「どうせなら、市内の高級レストランがええですね」
と、気がついていないのか、小動物あつかいは慣れているのか、リリベルは図々しいリクエストまでしていた。
デザートは季節のフルーツ盛り合わせでした。イチゴにオレンジ、リンゴそして洋ナシ。うーん、どれもみずみずしくて、甘すぎず酸っぱすぎず、美味しい!
リリベルは手でひょいひょいと食べているけど、アナスタシア嬢はナイフとフォークで器用に召し上がっていた。わたしはサク切りオレンジにかぶりつきそうになるのをどうにか抑えて、フォークでいただくのが精一杯。
……これは、本当に首都中心街の高級レストランに連れて行ってもらったとしても、テーブルマナーが壁になりそう。




