2—8:チーム・リリベル結成!
とりあえず、決勝レースへ向けた強化プログラムの協力者として、アナスタシア嬢をリリベルと引き合わせたい。でも、どうせリリベルは魔術師範学校から寮にまっすぐ帰ったりはしていないだろう。
……と思ったら、アナスタシア嬢はあの弾丸娘の行きさきに心あたりがあるという。
エレベータホールでクロエさんと上下行きにわかれて、わたしたちは一階へ。黒塗りリムジンにふたたび乗り込み、今度は五分もかからず目的地についた。
待機中選手のためのウォーミングアップエリアだ。予選会場からもほど近い。ふだんは船が着岸しているのだろう埠頭から飛び立って、海上を旋回しているレーサーたちの姿が見える。
郊外まで出かけるよりアクセスしやすいし、たしかにリリベルもいそうだ。今日は予選レースに出番はないが。
「関係者以外立ち入り禁止だから、わたくしは入れないけれどね」
というアナスタシア嬢へ、わたしは予備のIDカードを渡した。
「だいじょうぶです、わたしいちおう、チームマネジャーですから。アナさまにはお手伝いしていただくわけですし、うちのチームに登録させてください」
取材目的とか、プロレーサーの追っかけやら、あるいは単なるミーハーが入りこまないようにチェックはされているけど、選手当人と権限を付与されているマネジャーは追加スタッフ登録ができる。チーム・リリベルにスタッフはわたししかいなかったので、必然的にマネジャーだ。
アナスタシア嬢は現役魔術師範学校生なので、身分照会はすぐにすみ、申請が受理されてIDが有効になった。
顔の写影も、師範学校の学生証と同じものが券面に表示される。魔法の国であるアルケイナならではの便利機能だ。
できたてのIDカードを手に、アナスタシア嬢はリムジンの運転手さんへ声をかけた。
「あなたはさきに屋敷へ戻って。わたくしはペティカさんたちと今後の予定を詰めてから、エアゴンドラで帰るわ」
「御意」
クルマから降りて、アナスタシア嬢といっしょにウォーミングアップエリアのほうへと向かう。IDカードをだれかに見せたり、読取装置にかざしたりする必要はない。IDカード不所持、あるいは登録情報が本人と一致していないカードを持って入場ゲートにさしかかったら、遮断器が降りてきて、ガードボットが、つづいて警備員さんがすっ飛んでくるだけだ。
魔術師範学校生がお抱え運転手つき高級車で送迎されるのはさほどめずらしくないようで、わたしたちはべつに周囲の注目を集めることもなかった。……うーん、入学してから三ヶ月ちょっとたつけど、まだ慣れないなあ。
ゲートを通過して、出場選手およびサポートスタッフ以外立ち入り禁止ゾーンに入った。
予選コースのスタート地点にある待機ブースほど大規模ではないものの、ここにも休憩したりミーティングしたりできる屋根つきスペースが設営されていた。
かなりの数の選手とチームスタッフが、レース前のコンディションチェックをしていたり、あるいは敗退後の反省会をしている。
リリベルのことだから、時間があるかぎり空を飛びまわっているだろうと、わたしは待機スペースをさっさと通り抜けようとしていたけど、アナスタシア嬢に袖を引っ張られた。
「……はい?」
「リリベルさん、いるわよ」
言われてアナスタシア嬢の指すほうを見ると、たしかにフライスーツ姿のリリベルがベンチに座っている。
リリベルは飲料メーカー(グランプリ・レースのスポンサーの一社である)のロゴがでかでかと描かれたボトルを片手に、ストローを吸っていた。スポンサー提供の飲食物は無料だから、いただかない手はない。
彼女の前で、大振りなジェスチャーをしながらなにやら熱心に話をしている人がいる。格好からして、よそのチームのレーサーだろう。しきりに語りかけられているが、リリベルのほうは興味なさげだ。
こんなところでまでナンパ? と思ったところで、リリベルに塩対応されている殿がたに見憶えがあることに気づいた。
「アルドヴェイン=ゼファー先輩ですよね、あれ?」
「そのようね」
わたしは人の顔と名前を一致させるのがわりと苦手だけど、アナスタシア嬢も言うならまちがいない。
ドラゴンハート市内で自由飛行できるのはここだけだから、予選免除者でもウォーミングアップのために訪れるのは、そんなに不自然なことじゃないけど。
ゼファー先輩のほうは、本番前の慣らしで飛ぼうと練習スペースにきてみたら、以前自分を手ひどく袖にした女を見かけたので、めげずにアプローチを再開するも、リリベルには自分より遅い男の話を聞く耳がない、というところか。
「ベル」
近寄って声をかけると、リリベルはひょいと立ち上がって(案の定ゼファー先輩は存在していないかのように黙殺し)こっちへきた。
「ティカ、こんなとこまできてどないしたんや? ……そちらは、どちらさんで?」
「決勝コースでのペース配分を計算してもらうために、優秀な理論術者のご協力をいただけることになりました」
アナスタシア嬢のほうを見て首をかしげたリリベルへ、わたしはあらたなチームスタッフを引き合わせる。
「アナスタシア・ローゼリエ=ロン・ドゥレーゼンです。よろしくね、リリベル=ウィンクスさん。ペティには以前、とてもお世話になったの。そのご恩返しに、よろこんで協力させていただくわ」
「……へえ。ほな、よろしゅう、ドゥレーゼン先輩」
制服の襟章(学年ごとにあしらわれている宝石がちがう)を見て三年生だということは察し、リリベルは気持ち背筋を伸ばして右手をさしだした。左手はボトル持ちっぱなしだけど。
アナスタシア嬢が連邦首相の娘だとは気づいていないようだ。
「昨日のレース、観てたわよ。今年のヌール寮は大型新人ぞろいね」
リリベルと握手しながら、アナスタシア嬢は自らの身分には触れない。
「そりゃどうも」
気の抜けた返事をするリリベルだったが、横から緊張した声が聞こえてきた。
「ろ……ロン・ドゥレーゼン嬢……あなたのようなかたが、なぜこのようなところへ?」
「ごきげんようゼファーさん。グランプリ開会式の夜のパーティ以来かしら? 見てのとおり、わたくしはリリベルさんのチームスタッフになったの。魔術師範学校生として、時短講義期間の単位の穴埋めにもなるし」
「さ、左様ですか。決勝レースでも、またお会いすることになりそうですね。……では、本日はこのあたりで、失礼します」
ゼファー先輩は塩を振られた菜っ葉みたいな顔になって待機スペースの外へと歩き去り、サポートスタッフとおぼしき数人が、アナスタシア嬢へ一礼してからそのあとを追う。
リリベルはきょとんとしている。
「めんどくさいの追っ払ってもろて助かりましたけど、ドゥレーゼン先輩って何者なんです?」
「知らないなら、気にしなくていいわよ」
アナスタシア嬢は意味深に微笑んだが、リリベルは「ほなええか」といった感じで重ねて問いただしはしなかった。
自分が興味を持っていないことはぜんぜん気にしない、リリベルのこの態度は大物の器だよなあ、とわたしは思う。
リリベルはもうひとっ飛びするというので、待機スペースを海側へと抜けてウォーミングアップエリアへ向かった。
仮説ブースの建物を出ると、心地よい潮風がほおをなでる。
海上と空中に全部で八機、飛行可能範囲の外枠をしめすビーコンボットが浮遊していて、ボットどうしを赤いガイドレーザーがつないでいた。物理的壁はないので勢い余って外に出てしまわないよう、注意が必要だ。
まあ、エリア外にはみ出て飛行魔術が機能停止しても、落下事故防止のために都市全域に働いている軟降下は人体にも作用する。ふんわりと海面に着水するだけなので、大怪我の心配はない。陸側にはいちおうオーバーラン対策のネットも張ってある。
ウォーミングアップエリアは、縦800メトラ、横2000メトラ、高さ500メトラほどの空間だった。師範学校で飛行術の実技をやるときよりは広いが、リリベルにとっては物足りないだろう。
埠頭の先端からリリベルが飛び立ち、ウォーミングアップエリア狭しと旋回をはじめると、よそのチームの人たちが敵情視察に集まってきた。メモ帳やロジカル板になにやら書き込んでいる人もいる。動画は撮影できないから、目視で観察できるかぎりの情報を記録しているのだろう。ひょっとすると、プロレーシングチームのスカウトも混ざっているかもしれない。
「生で見るのははじめてだけれど、彼女、本当にすごいわね。クロエとのつき合い上、わたくしはわりとエアリアル・レースを観る機会があるの。リリベルさんより速い人、いないわ。マーズ曹長の現役時代の飛びっぷりは、さすがに見たことないけれどね」
空中を軽やかに舞うリリベルを目で追いながら、アナスタシア嬢がなかばひとりごとのようにそう言った。
「アナさまがそうおっしゃるなら、仮想敵はマーズさんだけですね。どういうプランがよさそうですか?」
「予選レースでのリリベルさんとマーズもと曹長の飛行を前提とするなら、余力は終盤に取っておくほうがいいわ。巡航に関しては、クロエがあるていど手伝ってくれるはず。マーズもと曹長のほうは……軍関係のレーサーが、彼に突っかかって押さえてくれることを期待するしかないわね」
「こっちはスタミナを温存して、向こうの消耗待ちですか」
「いえ、空兵は長距離飛行の訓練をずっと積んでいるから、180キロメトラくらいで息切れすることはないわ。肝心なのは、最終盤に向けてすこしずつリードを稼いで、確実にマーズもと曹長のほうが速く回れる摩天楼街で逆転されないだけの貯金を作ること」
……ふむふむ。理屈はわかりますが、微分積分しないと答えが出ないやつですよねこれ。わたし数学苦手です。それに加えて、リリベルとマーズさんの最高速度の差が実際にはどのくらいなのかって、はっきりしてないんですよね。
「リリベルは、予選のときのマーズさんは全力じゃなかったって言ってました」
「マーズもと曹長に関しては、ありうる上限値で計算するしかないでしょうね。リリベルさんの限界速度は、明日市外へ出かけて実測させてもらいましょう」
正しいプランに必要なものは正確なデータ。おっしゃるとおりですね。リリベルは感覚派だから、自分の速度について具体的数値でなんか把握してないだろうしなあ。マーズさんの軍時代の最速記録なら、アナスタシア嬢やクロエさんのコネを使えば手に入るような気もするけど。
軍を退役してからのここ一年ほどで、マーズさんがさらなるスピードアップをはたしていない、と考えるのは楽観的すぎるし、グレーゾーンの手段を使う意味はあんまりないかもしれないか。
……10分ほど飛びまわって、リリベルが降りてきた。ウォーミングアップエリアのほぼ外縁をぐるぐると35周。大ざっぱな目算だけど、180キロメトラ以上飛んだ勘定になる。わたしたちのいるほうへ戻ってくるリリベルの顔色にまったく変化はなく、息もあがっていない。決勝レースへ臨むにあたって、スタミナ面の不安はなさそうだ。
こっちへやってきたリリベルへ、アナスタシア嬢が今後のスケジュールを伝える。
「リリベルさん、明日は飛行禁止エリア外で飛んでもらいます。クルマの手配はしておきますから、午前の講義終了後に、正門前で待ち合わせでよろしい?」
「無料で送り迎えしてくれるんやったら、それでええですけど」
「もちろん、ランチもつくわ」
微苦笑しながらアナスタシア嬢が追加すると、リリベルはぽん、と手を敲った。
「アゴアシつきならよろこんで。ティカ、いつの間にやら良いお友だちができてたんやな」
……ちょろい子でよかった。
ロッカールームでリリベルがフライスーツから制服に着替えるのを待って、ウォーミングアップ会場をあとにする。
第三埠頭前停泊所からエアゴンドラに乗って、ターミナルであるドラゴンハート中央で乗り換え。アナスタシア嬢は官庁街や高級住宅地を通過する摩天楼街行きに、リリベルとわたしは魔術師範学校やヌール寮のある西方面、ドラゴンホーン行きに。
「今日はありがとうございました、アナさま」
「また明日ね、ペティ。リリベルさんも」
「先輩、おつかれっしたー」
アナスタシア嬢とわかれ、ふたりで船内の座席に並んで腰かけたところで、リリベルがいまさらなことを訊いてきた。
「ところでティカ、あんなドセレブとどこで知り合おうたん?」
「ただのセレブじゃないよ。首相令嬢だからねアナスタシアさまは」
「しゅしょう……?」
「連邦政府執政院首席宰相」
正式名称で繰り返すと、リリベルはしばし固まった。
「……なんでそんなヤバいのと知り合いなん?」
「いやべつに、首相やその娘だからってアルケイナ国民であることに変わりはないし」
「そっか、うちはとくに意識してへんかったけど、ティカは魔女やもんな。もう政府のお偉いさんから、極秘任務を持ちかけられてるんやね。……話さんでええよ、守秘義務とかあるやろし。うちもいらんこと聞いて泥沼に浸かりとうないし」
「ないからそういうのは!」
あらぬ誤解が生じてしまった。
……まあ、ディアスポラ参事官あたりに、学生が関わるべきじゃない秘匿任務やらされる可能性はあるんだけどさ。
むしろそういうことにならないように、話聞いておいてくれないかな。ヌール寮入居のほかの生徒まで巻き込まれるってなったら、さすがにあの才媛魔取官も遠慮するだろうし。




