2—4:祝勝?食事会
見ていただけのわたしが抱いた危機感を、実際に飛んでいたリリベルは当然ながら肌でわかっていた。
「おつかれー」
「ま、こんなもんや」
出迎えたわたしとハイタッチするリリベルは、目が笑っていない……どころか、表情全体が硬い。
忽然と現れた有力レーサーの写影を撮ろう、コメントを録ろうと、各種メディアの取材陣が群がってきたが、警備員さんたちがブロックしてくれた。
被写体当人が同意しないと写影の魔術は機能せず、画像も動画も撮れないのだ。魔法の国のマスコミ関係者はわりと民度が高い、というかマナー違反をしても特ダネは手に入らないようになっている。
リリベルとわたしは、出場者およびその関係者以外立入禁止のエリアへ、そそくさと逃げ込む。
マーズさんのほうは取材に応じているようだ。
「インタビュー受けてきてもいいと思うけど」
「まだ早い。予選通過確定ていどで舞い上がってなんかおられへんわ。……ホンマに」
「本番のコースだとマーズさんに勝てないね」
わたしがレースの完勝に喜べていない理由をひと言で当てると、リリベルはぷぅ、とほおを膨らませてこっちを見る。
「ティカ、あんたいつのまにエアリアル・レースの一流評論家になったんや」
「グランプリ本戦のハイライトは摩天楼街を螺旋状に昇っていくコース。海上のポールをまわる予選終盤より旋回経がゆるい。ベルよりもマーズさんに有利」
「いますぐレーシングチームのマネジャーになれるで、ティカは。予選と本番のコースの差よりも、あいつはまだ全力出してへんってのが問題やな。……ま、全開やなかった、ってのはうちもやけど」
そういうリリベルの顔には、緊迫感こそあれど焦りの色は浮かんでいない。ついに自分より速いかもしれないやつを見つけた——と、スピード狂の血がたぎっている。
「なんかベル、楽しそうだね」
「ひょっとしたら、自分はもうこの世で一番速うなってしもうたんやろか……なーんて思いかけてるトコやったからな。まだうちには極めるべき高処がある——それでこそ、わざわざ都に出てきた甲斐があったというもんやで」
右のこぶしを左の手のひらへ打ちつけ、リリベルは不敵な笑みを浮かべた。
強制収容で魔術師範学校への入学を決められ、流されるまま都にやってきたわたしには、自分で進むべき道を定め、しっかりと歩いているリリベルがまぶしく見えたし、なんだか羨ましくもなったのであった。
+++++
予選Cグループの残余のレースから80秒を切る選手は現れず、リリベルの暫定一位、マーズさんの暫定二位は動かないまま大会四日めは終わった。
明日はDグループ、明後日にEグループ、明々後日Fグループの予選が行われるけど、78秒台前半よりも速いタイムをマークするレーサーがぞくぞくと登場して、リリベルが決勝進出ラインからはじき出される……だなんて事態には、そうそうならないはず。
つまりリリベルのグランプリ・レース本戦出場は、ほぼ決まりである。おそらくはマーズさんも。
——予選会場からヌール寮へと帰ってきたリリベルとわたしが、共同玄関のドアを開けたところで。
『おめでとー!!!』
いきなり複数の声とともにクラッカーの破裂音が響き、頭上からは紙吹雪が降ってきた。
【祝!リリベル=ウィンクスどのグランプリ・レース本戦出場!!】
と、紙吹雪をまき散らしたくす玉からは、手書きの垂れ幕も下がって揺れている。
予選レースを中継で観戦していた寮生のみんなが、リリベルの好記録を見てから総出で作ってくれたのだろう。
「おー、みんなありがとさんな。でも、まだ気が早いで」
確定したわけじゃないとリリベルは予祝に苦笑い気味だけど、内心ではまんざらでもないようだ。
「……そこはさあ、もうちょっとおどろこうよ?」
メルモーズ先輩が、サプライズに飛び上がることもなければ感動の涙もない、リリベルのふつうすぎる反応に苦言をていした。もちろん、本気で腹を立てているわけではないが。
「ティカがいるとねえ、ドッキリとか絶対バレるからなあ」
「いや、わたしはみなさんが待ち構えてくれてるのわかってましたけど、ベルには伝えてないですよ」
こいつが興を削ぐ女だと半眼を向けてくる(これも心底からのうとましさではないが)マリンへ、わたしは寮生のみんなの心意気を事前に台なしにするようなリークはしてないよ、と首を左右に振った。
なおマリンはわたしやリリベルと同じく初年生だけど、歳はふたつ上の17だ。だからちょっとタメ口では話しにくい。南部ブルーアクアの出身で、水術者として10年にひとりの天才と言われているそうだ。
もっと早くに魔術師範学校に入るはずで、本人もその気だったのだが、お父さまが過保護で、可愛い娘を都へ単身送り出すのになかなか同意せず、説得するのに三年もかかったとか。ヌール寮で預かってもらうのが絶対条件のひとつだったそうで。
わたしはバラさないようにしていたというのに、
「まあ、ティカの反応見てると、あーだれか待ち伏せしとるな、っていうのはわかるんやけどな」
と、リリベルはサプライズを事前に察していたとぶっちゃけた。わたしを観察することで、寮生のみんながお祝いの準備をしていると予想できていたらしい。
「……え、どこ見てるの?」
「ヒミツや」
「へ? そういうのはわかんないの?」
リリベルへ問い返したわたしへ、マリンが意外そうな声で質問してきた。
「大まかな感情を読み取る以上の検知術は使ってません。よほど強く頭の中で念じている場合はべつとして、具体的思考や想像を本人の同意なく読み出すのは規制対象ですから」
「ふぅん」
心理術者、つまり魔女に対する一般的な認識というのはこんなものだ。好き勝手に他人の頭の中をのぞいていると思われている。人民総魔法使い国家であるアルケイナですらこうなのだから、それ以外の国での偏見は推して知るべし。
……あ、完全にいまの話とは関係ない蛇足ですが、以前にアナスタシア嬢から調査依頼を受けたとき、モーンスタインのシークレットサービスの皆さんからどうして言語化された具体的思考が読み取れていたのかといえば、彼らが心理術を応用した魔具で通信していたからです。
ライル王子襲撃一味の心の声が聞こえたのは、あいつがむやみやたらに脳内で叫んだからであって、思考盗聴は使っていません。念のため。
盛り上がりきらない予祝会場になっている寮のメインホール兼食堂だったが、キッチンのほうから寮母であるヌール夫人が顔を出した。
「さあさ、紙吹雪かたづけてテーブルを並べとくれ。夕飯だよ」
『はーい』
みんな手ぎわよく動いて、くす玉とクラッカーから飛び出した紙吹雪は集塵魔法で集められ、くす玉本体は垂れ幕ごと寮の正面バルコニーから吊るされ、寮生がグランプリ・レースの本戦出場を事実上決めたことをアピールする。
わたしとリリベルは、そのあいだに部屋へ戻って着替えさせてもらった。
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もちろん、ヌール夫人もリリベルが決勝進出ほぼ確定のレコードタイムをたたき出したと知っている。
メインの一品は、リリベルの地元であるレッドフレイムの名物料理だった。彼女の飛びっぷりを讃えるために作ってくれたのだろう。
「あー、うちこれ好きなんよ。愛しとるでおかみさん!」
食堂に戻ってきたら、ふるさとの味がテーブルの中央で存在感を放っているのを見て、リリベルはヌール夫人に抱きついた。
お母ちゃんって感じの見た目に反して規律に厳しく、けじめのないじゃれ合いは許してくれないヌール夫人だけど、今日はリリベルをしっかり抱きとめて髪をくしゃくしゃにしながら撫でてくれる。
「あんたは大したもんだよベル。あのマーズと同じ組で飛んで、競り勝つなんてね」
「あいつ有名なん?」
ヌール夫人の豊かな胸から顔を上げてリリベルが訊ねると、おかみさんはベルの髪をかきまわしていた手を止めて答えた。
「魔術師範学校も士官学校も出てない一般志願者が飛行隊長まで昇進したのは、史上ふたりめでね。軍関係者の中では話題になってたんだよ」
「ひとりめは?」
「あたしのダンナさ」
「へー。だとしたら、大したやつやね」
「将校になるために士官学校へ進むのを断って退役したって話だけど、軍に残ってたら佐官まで出世してただろうね」
おかみさんの旦那さまであるヌール大佐は、軍の伝説的存在だと聞いたことがある。マーズさんは伝説の再来と期待されていながら、出世街道から降りて自分の夢を追っているわけか。
……べつに軍に所属しながらでも、エアリアル・レースには出られるのになんでだろう? 実際、予選にも現役兵の人は出場してるし、グランプリ・レース本戦に直接出場が決まってる軍人さんもいるのに。
そんなことを考えはじめたわたしをよそに、リリベルを特等席に座らせて、ヌール夫人は食前お決まりのお祈りタイムに入っていた。今日はいつもとちょっと口上がちがう。
「神々の加護によりグランプリ・レース本戦出場ほぼ確定の快記録をたたき出した、リリベルの好レースを祝して」
『おめでとう!』
「いただきます」
『いただきまーす!』
リリベルの優勝を阻みかねない難敵マーズさんのことは、あとで検討し直そう。まずはご飯だ。
今夜のメインディッシュは西部レッドフレイムの名物料理である、フランゴ・ピリピリ。激辛唐辛子ソースに丸鶏を漬け込んで、外はカリカリ中はジューシーに焼き上げた、豪快な一品である。
焔の女帝の異名を取るヌール夫人は、グリル料理に関してはこの国一番、全世界でも三本の指に入るシェフだと言って間違いない。どこのお郷の料理でも、美味しくしか仕上がらないのである。
リリベルはとくに手羽が好きだということで、ヌール夫人手ずからウイングをまるまる一羽ぶん、二枚もらっていた。いいなあ……まあ、今日の主役だからね。
わたしのところには胸肉がまわってきた。充分ご馳走ですね、いただきまーす!
——ん〜、旨辛美味しい!
辛味一辺倒ではなく、ソースにココナッツミルクやライムが利いていて、まろやかさや清涼感も両立されている。激辛料理にありがちな「辛さ成分によるトリップ感だけで、じつは味としてはよくわかってない」現象から一線を画していた。
丸鶏のまま焼き上げられたからこその、お肉の旨味が舌で感じられる!
例によって白いご飯が恋しくなってくるお味だけど、ヌール夫人はライスの準備もしていると信頼するとして、まずは今夜の主食からいただきましょう。
ぱっと見はパンケーキだけど、そんじょそこらのモノとはちがう。その名は、ボーロ・ド・カコ。
もともとは「カコ」と呼ばれる石のプレートで焼く平パンだとか。おかみさんはおそらく鉄板で焼いたでしょう。焼き物であれば、ルーツがどこのものでも関係なく絶品にしか仕上がらないのは、前述のとおり。
このパンの特徴は、生地に甘藷が練り込まれていてほんのり甘いこと。たっぷりのガーリックバターを塗っていただくのが基本の食べかただけど、もちろんピリピリのソースにつけてもいけるし、チキン本体をはさんでも美味しい。
むふぅ……食べ応えバツグンだけど重くない。これは、メインが魚料理やシチューでも合うし、パテやジャムを塗りながらこっちをメインにしてもいけるでしょう。
……おかわりしたいけどひとり一枚かな。白飯が出てくると期待して、ひとまず全部食べちゃおう。
おつぎは、フランゴ・ピリピリのお皿のすみっこに、つけ合わせとして乗っている、ミルホ・フリトである。
見た目は……巨大クルトン?なんでスープやサラダに入ってないのかねきみは? って感じだけど、正体はコーンの粉を練った生地をおおきめのダイス状にして揚げたものだ。
サクッとした食感だけど、中はもちもちでハーブの利いた爽やかさがお口に広がる。ボーロ・ド・カコやミルホ・フリトをあいまあいまに食べることで、舌が辛さで麻痺することなくフランゴ・ピリピリの奥の深いお味をいつまでも堪能できるというわけ。
そのほかにも、野菜たっぷりのサラダとブロッコリーのポタージュが添えられて、ヌール夫人は栄養バランスへの配慮にも抜かりがない。
いやぁ……どれもこれも美味しいわ。
リリベルもふくめ、みんな口にしゃべる機能があることなど忘れて黙々と食べつづけ、けっきょくお料理がなくなるまでレースの話題が出ることはなかった。
例外は、おかみさんが白飯のリクエストを受けつけたときくらい。もちろんわたしも、大声で「ください!」と叫んだことはいうまでもありません。




