2—3:波乱の予感の予選会
エアリアルレース・ドラゴンハーツ・グランプリの予選コースは全長22400メトラ。本戦出場のためには90秒以内でゴールしなければならない。
その上、規定タイム突破者が多数だった場合、グランプリ・レースへ進出できるのは速い順に16人のみ。A〜Fグループの各18レースに12人ずつ、総勢1296名もの選手が挑むのだから、かなりの狭き門だ。
したがって、予選はひたすらにタイムアタック。順位争いの駆け引きをしている余裕はない。
スタート・シグナルと同時に発走地点である旧海浜離宮前大橋から飛び出し、先行のかまえを取ったのはふたり。
トップはわが友、リリベル=ウィンクスだ。彼女のエア・グリーヴは瞬発力と小まわりに優れる。反面、最大出力に難がある……とされているのだが、リリベルは音速を超えることができる既存概念の破壊者だった。
ドラゴンハーツ・グランプリの存在を知ってから、わたしがにわかで調べたエアリアル・レースの公式記録によると、エア・グリーヴ装備で超音速を達成した選手は史上ひとりしかいないらしい。
これまで草レースしかやっていないリリベルは、もちろん公式記録の範囲外。
「予選段階であんまり目立たないようにしときたいトコやけど」
だなんて本人は言っていたが、手を抜いて規定タイムギリギリ、なんて舐めプをかましたら、上位16名に残れない可能性が高い。出し惜しみはできないわけで、音速を突破したらその時点で注目株として脚光を浴びることになるだろう。
先頭を行くリリベルに食らいついてきたのは、ライド・ランスを駆る青髪の青年だった。選手カタログによるとテオドール=マーズ、去年まで連邦軍に所属していた、もと空兵さん。
学生のころからプロレーサー志望で、飛行技術を磨きながら活動資金や遠征費用を貯めるため、空軍に勤務していたそうです。
空飛ぶ槍を使うとか、いかにも軍人らしい感じがするけど、ライド・ランスの発想というのは、魔法の箒を槍に取り替えただけのことであり、飛行手段としてはけっこう古典的だ。
三位争いの集団は、有翼馬に騎った美人のお姉さん(現役の騎馬警官だそうで)と、クラウドボードに乗ったブーメランパンツのお兄さん(ノリが海のサーファーと変わらない)と、バックパックから伸びる白銀の翼で飛ぶわたしと同年代くらいの女の子(この人は魔術師範学校の二年生らしい)だった。
ひとりというか、一台、轟音を上げて飛び立ったけど、空中で爆発し、黒煙を引きながら河へ墜落してしまった飛行機械があった。救助班は迅速で、無事に飛び立ったレーサーたちが見えなくなるころには搭乗者が水面まで引き揚げられていた。
「非魔術文明使徒会」なる、純粋な機械技術で魔法を超えようという人たちのチームらしい。
……まあ、思想は自由だと思います。
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スタート直後にアクシデントで脱落した一名をのぞく、11人で予選Cグループ4組のレースは展開していく。
もう、スタート地点からレーサーたちは見えない。コース各所を飛ぶ中継ボットからの映像で観戦することになる。
手もとの携帯端末でも、空中に展開されている幻術投影の大型モニタでも観ることができる。
幻術で展開されている空中モニタは、見ている人の角度に合わせて正面からの画を映してくれるので、良い位置を確保しようと移動する必要がないから便利だ。
タブレットでの観戦は自分で好きなポイントの映像を選べるので、代表中継されている先頭集団以外に推しレーサーがいる場合は、そちらがオススメとなります。
メインの大型モニタ上では、先頭を行くリリベルと、もと連邦空軍のランス乗りマーズさんが、激しいチェイスを展開していた。
河口近くのドラゴンテール川は、川幅が広く流れはゆるやか、ゆったりと蛇行しながら海へと近寄っていく。
急なカーブはないが、一直線でもない。リリベルはコーナーに対してイントゥインで最短距離を飛び、マーズさんはアウトトゥミドルと形容すべきだろうか、コース取りを攻めるより高速を保つ飛びかたを選んでいるようだ。
ときおりマーズさんの周囲に、強烈な水柱が上がっている。あるていど直線飛行できているときに、瞬発的に超音速に達しているみたいだ。
……狙っているわけではないだろうけど、マーズさんが飛ばす水しぶきは、リリベルにとってかなりの障害になっている。
マーズさんのライド・ランスの穂先は、超音速に達したさいにソニック・コーンを形成し、乗り手を守っている。いっぽう、足に履いたエア・グリーヴで飛んでいるリリベルは、推進方向に対して身体がむき出しだ。
魔法の保護なしで音の壁を超えるのは、繰り返しになるけど、いうまでもなく人体にとって致命的。飛行術者は、前方の空気に対し位相操作を行って超音速の刃を防いでいる。
……もちろん、頭で考えながら空気中の数兆の分子をコントロールできるわけはない。無意識のうちであり、飛行術者のセンスはそこに現れる。
空気の分子より大きく重たく、高速飛行中に衝突すればより危険な水の粒を逸らすために、リリベルは無意識下で消耗している。
コースが川の上でなかったら、もうリリベルはマーズさんよりかなり先行しているはずだ。
あえてマーズさんに前を行かせて、すこし距離を取ってから高度も上げて、一気にトップスピードを出して抜き去ればいいんだけど……。
一時的にでも先頭を譲りたくないというリリベルの意地が、判断を鈍らせているのか。
反面、一位を争うふたりがほぼ音速出しっぱなしで競っているため、タイム的にはかなりの記録が出そうだ。
すでに終わっている、予選Cグループ3組までのベストレコードは85.221秒。いまのペースだと、リリベルとマーズさんは80秒を切る。予選の各レースでトップになれなくても、全体でのタイムで16位以内に入ればいいのだから、どっちが一着でもふたりともに本戦進出できる公算は大きい。
リリベルはそれだと納得できないのか……あれ? 目立ちすぎたくないとか言ってたような。もしかして、予選レースを二位で通過しようと、わざとやってるのかな。どうなんだろ。
ドラゴンテール川の河口が見えてきた。
河口のさき、海上に、四色に塗りわけられているポールが二本立っている。高さ240メトラあって、60メトラから下が青で、60から120メトラが緑、120から180メトラが黄色、一番上が赤。
二本のポールをまわりながら、8の字のコースを二周したらゴールだ。色わけは、下からじょじょに昇っていきなさい、というサインであり、衝突防止である。
河口から一本めのポールまでは1400メトラあり、8の字コースは一周6500メトラ。
つまりレース後半、海上セクションのほうが距離としては長い。
わずかにリリベルリード、ほぼ並んで河口から飛び出す。
リリベルは広い海の上に出たところで、マーズさんが噴き上げる水しぶきがかからないよう距離を取った。……あー、水滴を受けなければ突き放せるってのは、やっぱりわかってたか。
さきにポールへ到達さえできれば、リリベルの勝ちは揺らがないだろう。
予選の時点で「突如現れた超新星、優勝候補」としてがぜん注目されるようになることをのぞけば、リリベルの計画どおりか。
あの子、目の前の勝負に熱くなりがちなところあるからね。
一本めのポールを左旋回しながらパスし、3200メトラほど離れた二本めへ。リリベルは9.341秒でポール間を通過する。つまり音速突破。できるだけ狭い旋回半径でターンするために抑えながらなので、これでも最高速ではない。
マーズさんはポール間でリリベル以上の速度に達し、一時的に抜き去ったが、旋回半径が長い。ポールをまわるたびにリリベルより余計に300メトラほど飛ぶことになって、逆転とまではいかなかった。
78.252秒。これまでの予選レコードを大幅に更新してリリベルがフィニッシュ。
マーズさんは79.880秒でゴール。こちらも予選通過はほぼ確実視されるタイムだ。
『こ、これは……両選手なんというタイムでしょうか! なぜこれほどのレーサーが予選免除を受けることなく出走してきて、その上同じ組で飛ぶことになったのか!?』
予選の一レースでいきなりふたりも優勝争いに食い込みそうな選手が現れたことで、実況の人は興奮気味にまくしたて、会場の観客たちもどよめいている。
わたしにとっても意外だった。リリベルではなく、マーズさんのほうが。
去年まで連邦軍に所属していたのだから、公式記録を申請してグランプリ・レース本戦に直接参加できたはずだ。どうして予選会に出ることにしたのだろう。
もしかして……リリベル同様、無名選手がグランプリで鮮烈優勝デビュー、っていうインパクトを狙ってた?
さらにいえば……リリベルはマーズさんにグランプリ・レース本番で勝てない。
このさきの予選レースでさらに速い選手が出てこなかったとしても、予選を免除されて本戦に直接出てくるレーサーが全員マーズさんより遅いと仮定しても、このままではリリベルに優勝の目はなかった。
このパートはじめとする高速レースのタイム差計算と、後ほど出てくる加速度込みの微分積分は、最初例の“アレ”でやるつもりでした。…ですが、なろうの規約が変更されると聞いたので、気合と根性とRedditで拾ったプログラム使って算出してます。電卓としてしか使ってないのに「補助輪に頼りました」みたいな申告しなきゃいけないのは癪なので。




