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恋愛禁止魔女による、よろず恋愛事件簿  作者: 仁司方
【CASE.2 寒風雪華のハートチェイサー】
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2—2:予選会へ


 グランプリ・レースに出走できる選手は、当然ながら枠が限られる。


 したがって、すでに実力を認められている有力者以外は、予選レースを勝ち上がる必要があった。

 魔術師範学校からも、予選免除で本戦出場が決まっている生徒が、もう四人いるという。


 ……そのうちのひとりは、以前にリリベルと草レースで対決し、負けている人だった。飛行術者(エアリアリスト)として次世代のエースと嘱望されている大型新人で、もう学生(ジュニア)クラスではトップのエアリアル・レーサーだということだが。


「ねえベル、予選出ないですませられたんじゃないの?」


 選手カタログを見て、あらためて友人の速さのほどを知ったわたしだったけど、


「飛べる回数は多ければ多いほどええねん。せっかく出られる予選を辞退するとか、もったいないやんか」


 と、当人はそっけない。空を飛ぶこと自体が好きなのだ。


 ちなみに、現在わたしたちがいるのは、予選出場者が集められている特設ブースである。


 周囲には、コーチとかマネジャーとかを連れている(あるいは監督に連れられている)選手がけっこう多かった。中には、そのままラディケットに出場できそうな大所帯のバックアップスタッフ陣を抱えているチームも見受けられる。


 チーム・リリベルは、選手本人と、つきそいのわたしペティカのみ。ソロ参加者はちらほら目につくが、エアリアル・レースにまったく造詣がないシロウトひとりだけを同伴者にしているのは、たぶんリリベルくらいだろう。


 なにも知らない人の目には、どう見ても、思い出参加のアマチュア・レーサーとしか映るまい。


「あらウィンクスさん、あなた飛行術者(エアリアリスト)だったの?」


 引きつづき選手カタログを見ていたら、だれかがリリベルに声をかけてきた。そっちへ視線を動かすと、顔しかわからない魔術師範学校の一年生が立っている。リリベルの知り合いかな。


「じつはそうなんや」

「でも、あなたが飛行術の講義や実技に出席してるところ、見たことないわね」

「うちは理論やなくて感覚派よってな。実技も、あんなネットに囲われた狭い範囲でチマチマ飛ぶ気になれへんで」


 会話の内容からすると、話しかけてきた女子生徒はまじめに飛行術関連の講義や実技に出ているらしい。

 師範学校で飛行術の実技をやるときは、運動場の上空に400メトラ四方ほどのネットを展開してその中で行われる。ネットの内部でのみ、飛行術の発動を抑える禁呪結界が停止するわけだ。


 リリベルからすると、全速を出せない狭い檻の中で飛ぶのは窮屈なのだろう。


 女子生徒があきれのため息をついた。彼女はわたしと同様に制服を着ているので、選手として出場するわけではなさそうだけど。

 なぜ私服ではなく制服姿なのかといえば、レース期間中はあくまで時短講義なだけであり、半休ではないから。グランプリ・レースに選手、あるいはアシストスタッフとして参加すると、課外活動となる。単位の足しになるので、リリベルに誘われるまま、わたしも形式上チームスタッフとしてついてきたのだ。


「まっすぐ飛ぶのだけが好きなのね。小まわりを磨かないと、都市圏開催でのレースでは勝てないわよ」

「ご忠告あんがとさん。よその選手にかまってないで、自分トコのヒヨコちゃんをお世話してやりや」


 ぱたぱたと手を振って、リリベルは軽口を返す。肩をすくめて、けっきょく名前がわからないまま、女子生徒は向こうへ行ってしまった。


「そういえば、いつもベルがレースしてるのは、郊外のだだっ広いコースだよね。楼塔(ビル)の隙間を縫って飛ぶとか、できるの?」


 ちょっと心配になってきたので訊いてみる。


「お楽しみは本戦に進出してからやな。予選はあくびが出るような単純なコースやで」


 言われてようやく、配布されたパンフレットに今日のコースが載っていることに気づいた。なんで選手カタログのほうばっかり見てたんだろ……。コーチやマネジャーとしてついてきたわけじゃないとはいえ。


 あらためて参加者用配布パンフレットを開いてみると——


 予選コースは、市内を流れるドラゴンテール川にそって設定されていた。本戦でも川の上を飛ぶ区間はあるが、摩天楼群スカイスクレーパーエリアを螺旋状に翔け昇って頂上のゴールを目指す、レース終盤が最大の魅せ場だそうな。


 つまり予選に、都市特有の立体的・直角的なコース設定はない。ドラゴンハート市全域を存分に使っての大レースは、決勝当日だけだ。都心部の航空規制を予選のあいだもずっとやっていたのでは、グランプリ開催の経済効果と規制の弊害が潰し合ってしまうからだろうか。


「……これなら、予選はもう通過したようなものかな」

「ま、うちがフツーに飛んだら楽勝やな。シナリオ的には、予選段階であんまり目立たないようにしときたいトコやけど」


 とまあ、リリベルは余裕しゃくしゃくだったのだけど……。


    +++++


 一度に予選レースへ出走するのは12名。


 予選各組で一位になれば本戦進出かといえばそんなに甘くはなく、規定タイムをクリアできなければ予選敗退となる。

 設定されている予選通過タイムを突破するには、平均で秒速250メトラを維持しなければならない。直線ではほぼ音速に達する必要があるだろう。


 かつては暴れ川として知られ、複雑な川筋を描いていたドラゴンテールだが、治水工事が繰り返された現在、極端な屈曲はない。つまりは、最高速度よりコーナーワークで勝負するタイプの選手が予選通過するのは難しく、リリベルのような直線番長のほうが有利。


 ……というのが、予選コースを一見した時点でのわたしの大ざっぱな分析だった。いまは、出番がきたリリベルのうしろ姿を見守る、スタート地点後方位置にいる。


 エアリアル・レースのレギュレーションはかなりゆるくて、縦横それぞれ三メトラの立方体に、待機状態で収まっていればあとは原則不問だという。


 そう、べつに選手当人が飛行魔術を使えなくてもいいのである。技術者が作成した飛行機械にパイロットとして搭乗するとか、召喚術(カンジュレーション)で喚び出したドラゴンに騎乗するとかでも。サイズ制限さえ守れれば。

 ドラゴンハーツ・グランプリはソロレースなので、()は一名までだけど。出力担当者(リアクター)操縦担当者(ドライバー)がそれぞれべつの、ペア部門もあるらしい。


 ……あ、出走検査を単身でクリアして、レースがはじまってから巨大飛行獣を召喚するのはさすがに失格だそうです。畳んでいた翼を広げた結果三メトラを超過するのはいいけど、拡大魔法(エンラージ)でサイズを稼ぐのは禁止とか、細かなルールの穴を巡っての運営側と参加者側の攻防の結果とおぼしき付帯事項はいくつかある。


 ほとんどの出場者は自前の魔法で空を翔ける、リリベルと同じタイプの飛行術者(エアリアリスト)だ。背中から羽を生やす人とか、昔ながらの(ほうき)にまたがるとか、スタイルは色々ある。


 リリベル自身はといえば、トレードマークのポニーテールはそのまま、タイトでマットな質感のフライスーツで全身を包み、メタリックでゴツいブーツを履いている。足もとを固めているエア・グリーヴこそが、リリベルの飛行魔術焦点具エアリアル・マジック・デバイスであり、彼女の翼だ。


 もっとも、空飛ぶ魔法の箒と同様、エア・グリーヴが推進力として高圧の空気を吐き出すわけではない。超音速が生じさせる空気の暴刃に人体では耐えられないし、耐える強度の鎧兜を着込んだら重くて飛べない。魔法というのはそうしたものであり、大気の壁を押し、切り裂きながら加速していくのではなく、位相(ベクトル)操作に近い。


 予選Cグループ4組の出走前検査が終わり、レーサーがスタート地点となる旧海浜離宮前大橋の上で横一線に並んだ。


 かつてのミッドレイ王国が離宮を造営したころは、このあたりまで海岸線が広がっていて、ドラゴンテール川の河口から一本めの橋だったそうだ。いまとなっては海はもうちょっと南側。


 川べりの護岸の上には、見渡すかぎりみっしりと観戦客が並んでいる。予選だというのにすごい人出だ。飛行狂(エアリアルフリーク)であるリリベルのひいき目抜きでも、このグランプリがドラゴンハート市最大のイベントだというのはほんとうなのかもしれない。


「レディ——」


 シグナルガンを掲げ、出走人(スターター)が各選手へ、まもなくレースが開始されることを告げる。なおフライングは一発失格なのでご注意を。


 一瞬の静寂。


 たぁん! という乾いたよく響く音とともに、シグナルガンからGOサインとなる青い光が吐き出された。


 レース開始の合図は音ではなく光のほうであり、場合によっては1/1000秒を争うこともあるシビアな競技だけに、出走人からの10メトラ、20メトラのスタート位置の差で優劣が出ないよう、機会の平等に配慮がされている。


 リリベルはじめとする12人のレーサーが、一斉に地を蹴って宙へと飛び出した。


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