涙の流星群
「何よ……何よ何よ、何よ!」
遙香さんは吠え、それからまた吠える。
「そうよ、わたしはウソをついていたわよ。我が身かわいさに些細なウソをついたわよ。
でも、それがなんだと言うの? そっちこそ、昔わたしをいじめていたくせに!」
今や、遙香さんは“殺人鬼”にふさわしいような怖い顔付きになっていた。
「はぁ? 昔の話を持ち出してきて、一体何が言いたいのよ。そんなの――」
「関係は大ありだ!」
ぼくは大きな声で叫んだ。
それでぼくはみんなの視線を浴びるが……ええい、構うものか。
「昔、夏奈さんは遙香さんのことをいじめていた。そうだよ、それは事実だ。
だったら、遙香さんの仕返しは当然のことなんだよ、夏奈さん。
きみったら、往生際が悪いぞ。だからね、ぼくはきみのことが大嫌いなんだ」
「それは違うわ、これは暴論よ。あなたは何も分かっていないわ。現実を見てみなさいよ、翔」
ぼくの意見を暴論と非難する環奈。
そんな環奈のあとに正義面をするのは、涙で頬をぬらした茜だった。
「そうだよ、それはおかしいよ。あまりにも、それは遙香ちゃんをフォローしすぎだよ、翔くん。
夏奈ちゃん、かわいそうだってば」
そのとき、雷鳴を思わせる小暮先生の「あなたたち!」という怒声が、ぼくの胸をヒヤリとさせた。
「ウソやら、友達をいじめるやら……あなたたちは人として情けない行為ばかりしているようですね。
わたしは嘆かわしいです。
そのような不良がいるから、この日本はダメになるのですよ。それを分かっているのですか?」
「……先に申し訳ないと謝っておきます、小暮先生。
――そんなこと、おれたちの知ったこっちゃない。
いつも思っていることですが、おれはですね、あなたが疎ましい。
二度とおれたちに干渉するな、この邪魔教師め」
小暮先生に謝り、暴言を吐く徹。
それに刺激を受けたのか、そのとき詩織さんが叫んだ。
「だから言ったのです、だから言ったのです……夏奈さんにウソをつこうとするあなた方は詐欺師だと、だからわたくしは言ったのです、だからわたくしは止めたのです!」
「そんなこと……分かるはずがないじゃないですか。
未来を見通せないおれたちには、そんなこと分かるはずもない!」
詩織さんの甲高い叫び声に勇人は耳を押さえ、そして自分もまた叫んだ。
そんなときだ。
突如、海堂さんは地団駄を踏んだかと思えば、はっきりとした声でぼくらを怒鳴った。
「そんなこと、分かるんだよ……分かるんだよ。バカでも分かるはずだぞ。
いいか、きみたち……いいか、きみたち。
ウソをついたまま、思い出作りをするなんてバカだよ。
きみたちに解決策を教えたぼくもバカだよ。そうだ、みんな大馬鹿者だ!」
するとそのとき、姉が狂ったように悲鳴を上げた。
「海堂くんの言うとおりにしないから、みんなこうなったのよ。
天罰……そうよ、これは天罰に違いないわ。
みんな、海堂くんに謝って。土下座をして。
これ以上、海堂くんを悲しませないで、苦しませないで!」
いよいよ、収拾がつかなくなった。
そう思ったときだ。
「夏奈、ごめん」
彼女が……遙香さんが夏奈さんに謝ったのだ。
「ずっとウソをついて、ごめん。わたしが悪かった。
わたしがずっとウソをついているあいだ、夏奈はずっと苦しかったよね。
ごめん。本当にごめんなさい、ごめんなさい……!」
遙香さんは涙を流し、夏奈さんに何度も頭を下げた。
夏奈さんはというと、唇を噛み締めたまま、遙香さんをにらみつけ、やがて――。
「いいよ。全部……全部全部、わたしは遙香のことを許した」
と彼女は頬を緩め、遙香さんに抱きついた。
おや。
今夏奈さん、何か落としたような気がする。
一体、何を落としたのだろうか。
ぼくが夏奈さんの足下に目を向けようとしたそのとき、誰かが悲鳴を上げた。
タイミングが遅れたが、ぼくも悲鳴を上げた。
だって、だって。
そんなこと、あるはずがない。
せっかく蘇った記憶を忘れ始めるなんて、そんなバカなこと、あるはずがない。
あるはずがない!
そのとき、またもや誰かの悲鳴が聞こえた。
今度はなんだ?
…………。
あぁ、そんな。
そんな残酷なこと、あるはずが……。
ないのに!
夏奈さんは徐々に自分の体が透けていく様を見て、「あはは、やっぱりそうか」と声を上げて笑った。
「やっぱりわたしは消えるみたい。
てか、わたしの人生、長かったかな、それとも短かったかな。
まっ、どっちでもいいや。これでハッピーエンドみたいだしさ、もう思い残すことはないよ」
夏奈さんの笑い声とは対照的に、遙香さんはしゃくり上げ、消えつつある夏奈さんの体を強く抱きしめる。
この時空に夏奈さんを引きとどめるように、愛のある抱きしめ方で強く、けれどそれはとても優しく、遙香さんは夏奈さんを抱きしめた。
「嫌だよ、夏奈……消えないで!」
ぼくらの耳を壊すといわんばかり、遙香さんは絶叫した。
しかし、それはかえって「彼女」の消失を早めただけで、急速に「彼女」の体は薄れつつあった。
「か――!」
「さよなら、遙香」
遙香さんの奮闘もむなしく、「彼女」は下半身から消えていき、やがては上半身も――。
「消えるな、○×△□さん!」
声のある限り、ぼくは叫んだ。
そのとき、ぼくは○×△さんと目が合った。
○×さんは消える直前、ぼくにこのようなことを言った。
「わたし、とっても楽しかったよ……!」
そのときの○さんの笑顔はきれいで、とてもまばゆく見えた。
直後、ぼくはあの子の名前を、あの子の顔を、あの子の声を忘れていた。
確かに覚えているのは、あの子が精一杯この世界で生きていたこと……あの子に酷いウソをついていたこと。
それだけだった。
みんなを見ると、みんな泣いていて、みんな悲しんでいた。
ぼく? ――もちろん、その中にはぼくも含まれていた。
涙を流し、鼻水を垂らしたままのぼくは、そのとき遙香さんの近くに封筒が落ちているのを見つけた。
なんだろう、とぼくはいやにぼうっとした頭で封筒を拾い、中に入っていた便箋を広げた。
そこには――。
「みんなへ。
わたしを仲間はずれにしないで。わたしを一人にしないで。
一人は嫌だよ、寂しいよ。……より」
と手書きで書かれていた。
なぜだろう、ぼくは無性に悲しくなった。
そんなとき、ぼくは夜空を見上げる。
そこには涙でぬれた流星群が――涙の流星群が力強く存在しているのだった。




