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涙の流星群  作者: 最上優矢
第七章 最後の夏、キセキを起こせ、涙の流星群

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宝物

 車が出発してからも、車内では沈黙が当たり前だった。

 そんな空気に嫌気が差したのか、不意に姉が小暮先生にお礼を言った。

 小暮先生は片手で運転しながら、髪を横に払った。


「お礼を言うのはわたしのほうですよ、大浦天音さん。

 わたしはあなたたちに感謝をしているのです。

 だって、そうではありません? 担任教師であるこのわたしが教え子たちのピンチに気付かず、普通の暮らしをしていたのですよ。彼らを守ることをせず、です。

 危うく、わたしは担任教師の責務を放棄するところでした。

 なので、本当に感謝をしています。ありがとう」

「いえ、あたしは何も……全部、詩織ちゃんがしてくれたことですから。

 彼女、立派ですよ。

 子どものプライドを捨ててまで大人を頼るなんて……あたしみたいな人間には、とても真似できません」


 小暮先生のお礼を聞いて、姉は謙遜し、詩織さんを褒めた。


 実を言うと、最初のぼくは小暮先生の登場をあまり快く思わなかった。

 姉が言ったように、それはやはり子どものつまらぬプライドだった。


 大人が干渉すること、大人を巻き込むこと、それをぼくは嫌った。

 けれど、今はまるで違った。

 大人である小暮先生は、まずぼくらの担任教師だったからだ。


 担任教師の責務は、教え子を守ること。

 それをすっかりぼくは失念していた。


 今のぼくは小暮先生を快く受け入れ、さらには彼女を仲間だとさえ思っていた。

 少なくとも、今この場では仲間だ。


 そこまで考えたとき、「彼女」がぼくの腕を何度か叩いた。

 ぼくは誰が見たって優しい笑みを浮かべ、「どうしたんですか?」と「彼女」に訊いた。

 しかし、「彼女」の表情は険しい。


「翔くんはさ、『美楽の森』でのこと、もう覚えていない?」

「『美楽の森』、ですか」


「美楽の森」なら、美楽湖での旅行のとき、梓さんが教えてくれたはずだ。


 しかし――。


「ぼくはその森には入っていませんよ」

 見るからに「彼女」は落胆した――かと思えば、「彼女」は希望を持ったようにぼくを見すえ、「じゃあさじゃあさ、あの森で星空を見上げたことは? ね、それは覚えているよね、ね?」とまくし立てた。


 なぜだろうか、無性に胸がうずく。

 けれど、「彼女」の言うことが本当にあったことなのかどうか、ぼくには分からない。

 覚えていない。


 だからぼくは何も言葉を返せず、ただ「彼女」をじっと見つめることだけしかできなかった。

 いやに優しげなぼくのまなざしに対し、「彼女」はあっけにとられていたが、やがてぼくのまなざしの意味に気付いたのか、「彼女」は息を呑む。


「覚えて……いないんだ」

「ごめんなさい」


 ぼくは謝ることしかできなかった。


 お互い、無言になる。


 やがて、「彼女」は小さい声で言った。


「あのとき、わたしが言おうとした言葉はさ、『もしもね、わたしがさ、消えてしまったとしたら、翔くんたちはわたしのこと、忘れちゃうかな?』なんだ。

 でも、もうダメだね。

 みんな、わたしのことなんて忘れちゃうんだね。……正直に言ってもいい? わたしさ、きみたちとの思い出旅行、楽しかったよ。ずっとずっと忘れないよ。

 みんなが忘れても、わたしはいつまでも忘れないよ。

 ずっとずっと、わたしの宝物だよ。それ、分かっている?」

「……はい、分かっています」


 直後、「彼女」は胸を押さえ、泣き出してしまった。

「彼女」が泣き出した途端、なんと遙香さんも泣き出した。


「おいおい、きみまで泣かなくたっていいじゃないか」


 ぼくはあきれた。

 そのとき、ぼくの目がかすんだ。

 なんだろう、とぼくは目をこすってみる。


 それは――。

「涙……」

 涙だった。


 それが涙だと認識したとき、ぼくは泣いた。

 いや、すでに泣いていた。

 大泣きだ。


 悲しいとき、人は涙を流す。

 その一方で、悲しくないと分かっているのに、人は涙を流すことがある。

 それはたぶん、いつも以上に悲しいからなのだろう。

 自分が気付いていないだけで、心が傷ついているからなのだろう。

 涙を流したいからなのだろう。

 泣きたいからなのだろう。


「ちくしょう、ちくしょう……!」


 そんなぼくらだが、奈蔵川河川敷のほうに刻一刻と向かっていた。


 心が傷つきながら、ぼくらは向かう。

 奈蔵川河川敷へ。

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