美楽湖遊覧船
翌日――七月十八日の日曜日。
午前八時に朝食バイキングを食べ終えたぼくらは、売店でお土産を買ったあと、午前九時にホテルのチェックアウトを済ませ、美楽湖ホテルをあとにした。
ぼくは車の窓から、空の様子を何度も確かめた。
が、何度確認してみても天気は曇りで、それだけはどうしても変えようがなかった。
どうやら曇り空の中、ぼくらは観光地を回ることになりそうだ。
天気予報では晴れだったのに、どうしてこうも現実は残酷なのだろう。
見るからにぼくが不満そうにしていると、助手席に座る徹が「まあ、そんなに気にすることはないさ。なぜって、おれたちにはおれたちなりの楽しみ方があるのだからな」とこちらの無念の分だけ、快活に笑ってくれた。
「そっか……それもそうだな」
単純にも、それでぼくは立ち直った。
そのとき、隣に座る遙香さんが「よしよし」と言いながら、ぼくの頭をなでた。
ぼくは顔が火照るのを感じた。
いくら人前でイチャイチャするといっても、これはさすがに違うのでは?
そうぼくが疑問を抱いたとき、後ろの席にいた夏奈さんが「えへんえへん」と咳払いをした。
遙香さんは眉をひそめると、ぼくの頭をなでるのをやめた。
なんだろう、少し気まずくなってしまったようだ。
そんなぼくらの気まずさに気付くことなく、夏奈さんの隣にいた梓さんが「のど飴でもなめるかい、夏奈?」と夏奈さんに訊いていた。
「あ、うん。欲しいかな」
これまた気まずげに、夏奈さんは梓さんに返事をする。
夏奈さんは梓さんからのど飴をもらったのか、「ありがとう」とお礼を言い、のど飴をなめたようだった。
そのとき、運転中の龍司さんは大きなあくびをしてから、後部座席にいるぼくらに向けて叫んだ。
「お前ら、美楽湖遊覧船まで、あともう少しだぜ。
ふん、楽しみに待っていやがれってんだ」
龍司さんは荒々しく、けれど頼もしそうに言ってみせた。
こうしてぼくらはひとつめの観光地、美楽湖遊覧船の駐車場にたどり着いた。
ここからは梓さんの役割で、彼女は美楽湖遊覧船のみならず、美楽町のことはなんでも知っていた。
もちろん、ぼくと夏奈さんが冒険した「美楽の森」のことも……すべて。
梓さんを先頭にし、ぼくらは美楽湖遊覧船の乗り場まで向かった。
乗り場はこぢんまりとしていて、白を基調とした清らかな建物だった。
梓さんはきっぷ売り場で乗船券を購入すると、待合室の椅子にどかりと腰を下ろした。
「次の便は午前九時四十分だから……うん、あともうすこしで乗れるね」
ぼくらも椅子に腰かけ、次の便まで思い思いの時間を過ごしていた。
それから数分後、ぼくらは「天下一」という緑色の遊覧船に乗り込んだ。
遊覧船「天下一」には一階船内客室と一階後方席のほか、二階デッキ席があり、ぼくらは二階デッキ席のほうに陣取った。
ぼくら以外にも二階デッキ席には十人ほどの乗客がいて、それぞれ彼らはスマートフォンやカメラで景色を撮影していた。
運航まで、あと十分。
待っている時間を有意義に使うため、梓さんは美楽湖遊覧船「天下一」についての説明を始めた。
梓さんによると、この遊覧船が造られたのは、ざっと十年前だという。
「天下一」の定員は百二十名で、一年間で一万人ほどの乗客が訪れるらしい。
美楽湖といえば、この遊覧船が有名なのだと、梓さんは教えてくれた。
地元民である梓さんも、この「天下一」にはよく乗るらしい。
「『天下一』に乗って美楽湖を眺めると、気分が和むんだよ。これも自然の力なのかね」
梓さんは愛情に満ちたまなざしで、この広大な美楽湖を眺める。
「あたいがこの町に引っ越してきた理由はね、そこに自然があるからさ。
そこで心を落ち着かせることができるからさ。
都会の暮らしが合わないことに気付いたあたいは、すぐさま美楽町に引っ越したよ。
そしたら、あっという間に馴染んでね……今や、あたいは旅行の案内役さ」
梓さんはクスリと笑い、ぼくらはニコリと笑った。
そのとき、遊覧船のアナウンスが響き渡った。
アナウンスを聞くと、どうやら運航予定時刻らしい。
それから一分も経たないうちに、遊覧船は運航のために湖を進み始めた。
それからはあっという間に時間が過ぎていった。
絶妙な雲と山と湖の景色は、ぼくらの目を釘付けにした。
船内アナウンスをよく聞くと、美楽湖の歴史や観光情報を乗客のぼくらに伝えていて、それを聞いたぼくは冒険心がくすぐられるのを感じた。
湖の香りだろうか、濃い水の香りがする。
昨夜は森を冒険。
きょうは遊覧船で湖を冒険。
「……向かうところ敵なし、だな」
ぼくは小さくつぶやくと、ふっと笑った。
それからぼくは大きく伸びをし、自然の空気をたっぷり味わった。
至福の時間、だった。




