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涙の流星群  作者: 最上優矢
第五章 思い出の夏、後戻りはできない夏、ひび割れた夏

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四万円

 本日二度目の温泉に入ったあと、部屋に戻ったぼくは姉に電話をした。

 二度目の呼び出し音の途中で、姉は電話に出た。


「もしもし、翔? あんたさ、今――痛っ」


 何かにぶつけたのか、姉は苦しそうにうめき声を上げた。


「姉さん、大丈夫?」


 ぼくが姉を気遣うと、姉は「大丈夫よ、翔。姉さん、ちょっとドジを踏んじゃってね……お父さんから借りたパソコンを壊しただけだから、大丈夫」となんでもなさそうに笑った。


 なるほど、全然大丈夫ではないな。


「そっか。父さん、姉さんのことを許してくれるといいね」

「うん。あたし、ちゃんとお父さんに謝るね。

 パソコン以外にも、マウスとUSBメモリを水没させて壊したことも……あ、それとそれと、お父さんに『デブ』って暴言を吐いたことも……何もかも全部」

「…………」


 ぼくは舌を噛むことで、姉の衝撃的な言葉を忘れようとした。


「ところで姉さん、さっきは何を言おうとしたの?」

「あぁ、そうそう。あんたさ、今話せる?」

「話そうとしなければ、そもそも姉さんに電話なんてしないよ」

「それならよかった。

 ――あのね、あたしの悪友の近況の話なんだけど……翔ったら、聞いてくれる?」


「もちろん」とぼくは威勢のいい返事をしたけれど、その話、本当は聞きたくなどなかった。

 どうせまた、彼女の酒癖が悪くて……という話なのだろう。


 半ばうんざりとするぼく。

 おそらく、姉もうんざりとしているのだろう。

 もちろん、悪友に対してだ。


「あたしの悪友……如月きさらぎエリナはね、ビールが好きすぎて幻覚症状があるんだって。

 なんかね、ビールが『金をくれ』って言うらしいよ」

「……それ、本当の話?」


 にわかには信じがたい話だったので、思わずぼくは姉に訊いてしまった。

 しばらくのあいだ、姉は無言になる。

 やがて、姉は「みたいよ」と苦々しそうに肯定した。


「でね、大学でもエリナは幻覚症状があって、教授やあたしたち学生はマジで迷惑。

 だからあたし、エリナにお金を貸してあげたの」

「げっ、なんだってそんなことを」

「しょうがないでしょう? あいつが騒ぐと、まともな講義になりやしないんだもん」

「分かったよ。……で、いくらお金を貸したって?」

「四万円」

「ぎょえっ」


 思わず、ぼくは素っ頓狂な声を上げた。


 四万円。

 高校生のぼくからしたら、それは大金だ。


 そのとき、姉が不気味に笑い出した。


「ね、バカでしょう? あたし、すっごくバカでしょう?

 友人を助けたいっていう気持ちもあって、お金を貸したんだけど……裏切られた」


 こちらがビクッとしてしまうほど、急に姉は感情をなくし、かつ声を低めた。

 かと思えば、姉は一気に怒りをぶちまけた。


「本当、ふざけている。あれ、演技だったんだって。エリナの奴、そういうウソでお金がもらえると、本気で信じていやがった。

 そうだよ、あたしはあいつにお金を貸したよ。そしたら、そのお金は返ってこなかったよ。

 それどころか、あたしがエリナにお金を貸すと、あいつはあたしのお金でビールを買って飲んで、すべてを忘れやがった。

 ねえ、どうしてくれるのよ。あたしの四万円、返してよ!」


 ここまで聞いて、ようやくぼくは姉が正気を失っていることに気付いた。

 すぐさまぼくは電話を切った。


 …………。


「どうした、翔? 顔が真っ青だぞ」


 隣のベッドであぐらをかいていた徹は、そうぼくを気遣った。

 もちろん、ぼくは何も言葉を返せなかった。

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