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涙の流星群  作者: 最上優矢
第五章 思い出の夏、後戻りはできない夏、ひび割れた夏

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美楽の森での冒険

 夕食が終わったので、ぼくらはエレベーターを使い、十二階にある部屋に戻ろうとした。


 しかし、

「あ、そうだった。わたし、これから翔くんと“二人きり”で話すんだったっけ。

 ――じゃあ翔くん、行こうか」

 行こうか、と夏奈さんが言ったとき、すでにぼくは彼女によって連行されていた。


「え、どういうこと?」

「いいから、黙って付いてきてよ」


 夏奈さんにきつくにらまれ、ぼくはおとなしく連行されることにした。

 どこに連れて行かれるのかと肝を冷やしていたが、なんのことはない、ただの階段だった。

 そのまま、ぼくと夏奈さんは階段で一階まで下りると、フロントに部屋の鍵を預け、暗くなった外に出た。


 Y県美楽町の夏の夜は都会の夜と比べて少々涼しく、ホットココアのような安心感を与えた。

 何よりも美楽町から見上げる星空は、群を抜いてすばらしいものだった。

 もう少し周りが暗ければ満天の星に違いないが、キラキラと輝く星たちを見ていると、そんな不満など、すぐに頭から消し飛んだ。


 ぼくの頭の中をのぞきでもしたのか、そのとき夏奈さんが「わたし、すっごい星空スポットを知っているんだけどさ、そこに行かない?」とほほ笑みかけた。


 この時間帯に?

 星空スポットへ?


 そりゃあもちろん、行くに決まっている。


「よしきた、行こう!」


 ぼくがガッツポーズをすると、夏奈さんはニヤリと笑った。


「さすがは恋愛反対運動のメンバーだね。

 森に行くと決まっても、少しも恐れないなんて見直したよ、翔くん」


 えっへん。

 …………。

 え? へ? ん?


「あれ、森に行くなんて一言も……」

「んふふ」


 含み笑い。


 これはまさか、夏奈さんにしてやられた……?


「大丈夫だって、翔くん。恋愛反対運動のきみを恐れて、熊も近寄ってこないからさ。

 安心して行こうよ、“星空スポット”に」


 夏奈さんはカラカラと笑い、再びぼくを強引に連れて行く。

 夏奈さんの足取りは軽いが、ぼくの足取りは重い。


「恋愛反対運動に二言はないんでしょう? ほらほら、シャンと歩いてってば」


 恋愛反対運動に二言はない、だって?

 そんな言葉はない。

 が、自分の足でしっかり歩かないと、夏奈さんによって引っ張られている腕が痛いので、ぼくはきちんと歩くことにした。


 こうして美楽湖ホテルの敷地内を出たぼくらは、星空スポットがあるという「美楽みらくの森」を目指して歩いた。


「場所は分かるの?」

「うーん、どうだろう」


 夏奈さんは自信なさげに言ってから、あはっと笑い出す。


 心配の一言に尽きる。


 ホテル周辺はまだ明るいほうだったが、ホテルから離れ、舗装道路ではない地面を歩いたあたりから、「これはまずい」と思うほどに、あたりはすっかり闇に包まれてしまった。

 この頃から、ぼくらはスマートフォンのライト機能を使い始めていた。

 闇に抗うように前方を照らし、時折左右も照らし……そしたらいつの間にか、ぼくは方向感覚が分からなくなっていた。


 弱気になったぼくは「師匠や梓さんに連絡を入れておいたほうがいいんじゃない?」と夏奈さんに訊いてみたが、それを彼女は見事なまでに無視。


 果たして、ぼくらは森にあるという星空スポットまでたどり着き、そこからみんなのいる美楽湖ホテルまで戻ることができるのだろうか。

 いまだかつてない恐怖と不安に駆られ、思わずぼくは正面の夏奈さんにくっついた。

 すると、夏奈さんはこちらがヒヤリとしてしまうような悲鳴を上げた。


「この変態! どさくさに紛れて、なんてことをするのよ。

 次おかしな真似をしたら、きみを置き去りにするから、そのつもりでね」


 恐ろしいことを口走る夏奈さん。

 ぼくは泣いた。


 そんなぼくに心底あきれたのか、夏奈さんは本当の本当にぼくを置き去りにしようと、一人でさっさと歩き出してしまう。

 あわててぼくは夏奈さんを追いかけた。


 気付けば、うっすらと森の独特な香りがする。

 おそらく、ここは森のすぐ近くなのだろう。


 それからしばらくして、ぼくらは「美楽の森」の中に入った。


 動物たちや鳥たちのすみかである森は、特に夜が危険。

 それなのに、ぼくらは立ち入ってしまった。

 きれいな星空を見上げるため、ぼくらはノックもせずに森に侵入してしまった。

 それがどれほどいけないことなのか、なんにも知らずに。


 そのとき、森の中を一際強い風が吹き付けた。

 一斉に木々がざわめき、次々と鳥たちが鳴き声を上げる。

 それからまもなくして、いやに不気味な動物の遠吠えが聞こえた。

 まるで、意思を持った森がぼくらに「来るな」と警告しているかのようだった。

 頭上で鳴く鳥は聞き覚えのある鳴き声だったり、聞き覚えのない鳴き声だったりと、とにかく恐怖心をあおった。


 それでもぼくらは森の中を突き進んだ。

 最初は身を硬くしていたぼくも冒険心が勝り、今や夏奈さんの数歩前を歩いていた。

 もちろん、ぼくはどこに星空スポットがあるかなんて知らないし、それを知るはずもなかった。

 というか、言い出しっぺの夏奈さんでさえ、星空スポットの行き方を知らないのではないだろうか。


 そう思えた。

 けれど、ぼくは今この瞬間を楽しんでいた。


 これが海堂さんの言う、“生で死を打ち消す”思い出作りなのだとしたら、まさに一石二鳥。

 いや、そもそも思い出作りなのだから、このぼくも楽しまなくては意味がないだろう。

 ならばこそ、この夏奈さんとの冒険は実に有意義で、かつ純粋なものだった。


 不意に夏奈さんが「あのさ」と声をかけてきた。


「翔くんなら、知っているよね。……わたしと遙香が絶交した理由、知っているよね」


 そのとき、ぼくは小枝を派手に踏んでしまう。


 パキン。


「前に遙香さんから聞いたから知っているけど……それがどうかしたのさ」


 ぼくは後ろを振り返らず、言葉を返した。

 実を言うと、このときのぼくは酷くドギマギしていて、とても冷静ではなかった。


 夏奈さんはため息をつき、それからこちらがびっくりするような涙声で、「わたし、遙香のことが好き。あいつと見たペルセウス座流星群、一生忘れられない」と真情を吐露した。


「でも、あいつはわたしのことが嫌いなんだと思うの。なぜだか分かるよね。分からないとは言わせないよ。

 だって、きみたちは……遙香はわたしにウソをついているんだもの」


「それは違う」――そう指摘したかったが、このぼくにはできなかった。

 そう、指摘する資格がないからだ。


 そのとき、

「あっ、翔くん。もうすぐ開けた場所に出るよ」

 と夏奈さんは言うが早いか、興奮したように右斜め前方に駆け出した。


 のんびりしてはいられなかった。


 夏奈さんのライトを追いかけるようにして、ぼくも眼前の樹を避けながら気をつけて走った。

 そうしてたどり着いた。

 最高の“星空スポット”に。

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