血棒の鬼女
先ほども言ったように、夕食はバイキング形式だ。
夕食会場に足を運んだぼくらは、数々の和洋をそろえた料理を見て喜び、興奮するほかなかった。
考えてみてほしい。
たくさんの料理が並べられているのを見て、それを「食べきれるぶんだけ、食べてもいいよ」と言われたとき、あなたは喜んだり興奮したりしないだろうか?
無論、ぼくは喜ぶし、興奮もする。
浮き浮きとぼくらは食べきれるぶんだけ、お皿に取り分け、いざ食事を開始した。
うまいうまい。
「……いかんな。静かすぎる」
龍司さんは独身生活の寂しい食事でも思い出したのか、そのように厳めしい顔付きでつぶやいた。
龍司さんは梓さんの名前を呼び、
「オチがあるなら、なんでもいい。だから、何か話してくれや」
と梓さんに頼み込んだ。
そのとき、梓さんはグラスに入ったオレンジジュースを飲んでいたのだが、龍司さんの言葉を聞いてから少しして、彼女はそれを鼻で笑ったあと、すぐに無表情になる。
なんだか知らないが、何かが始まる予感がした。
その予感は的中した。
梓さんはおもむろにオレンジジュースのグラスをテーブルに置くと、上機嫌な様子で話し出した。
「あたいさ、この美楽町にある『悦湖屋』っていうスーパーマーケットで働いているんだ。
その話、前に龍司にも話したと思うけど……あんた、覚えているかい?」
「そりゃあもちろん、覚えているぜ。
ほら、前におれと海堂がお前の家に遊びに行ったことがあるだろう? その帰り道、おれと海堂はお前の職場に挨拶しに行ったんだよ。みんな、お前の凶暴さにおびえていたっけな」
「へえ、そうなのかい? あたい、そんなにみんなを怖がらせていたっけか」
「嘘つけ、おれは知っているぞ。
最近、お前ったら、同僚の由那ちゃんをいびって泣かせたそうじゃないか」
「正確にはただのケンカだけどね」
「それだけじゃない。この前のお前は、クレーム客とケンカをしたそうだな。
接客の際の笑顔が不気味だ、とかなんとか言われて……で、お前は何をした?
売り場の卵パックを開封し、その卵をクレーム客に投げ付けた……そうだろう、梓? お前の悪行は、すべてお見通しだぜ」
犯人を指差すときのように、龍司さんは梓さんを人差し指でビシッと指差した。
本来、人は指を指されることに対し、強い不快感を示す。
けれど、このときの梓さんは違った。
どころか、快感と言わんばかり、彼女は身体を震わせた。
「さすがだよ、龍司。さすがだ。
あたいはあんたがバカだということを見込んで、この話をしたのさ。見事に白状してくれたね」
「……なんだと?」
今度は梓さんが龍司さんを指差す番だった。
「あんたはあたいの職場を訪れたとき、あざとい大学生の佐々木由那と親しくなった。
おそらく、あんたは由那の電話番号やメールアドレスを聞いたんだろうね。
だから、あんたはあたいの職場でのことを詳しく知っているのさ」
最初、龍司さんは目をむいていたが、その動揺もすぐに収まった。
「ああ、そうだ。それに相違はない。だがな、それがどうした?
そんなこと、どうでもいいじゃないか。なあ、梓?」
わざとらしく、龍司さんは肩をすくめてみせる。
しかし、梓さんの笑みはいやらしかった。
梓さんは龍司さんを指差すのをやめると、一呼吸置いてから、
「あんたはオチがある話を求めた。だから、あたいはオチがある話をするだけだよ。
すべて、あんたが墓穴を掘ったことが原因なんだ、龍司。すべてあんたが悪い」
と梓さんは鬼のように怖い顔になって、龍司さんに真実を突き付けた。
「あたいと由那が対立しているのをいいことに、あんたはあたいの通り名を広めるよう、由那に頼み込んだ。
そうさ、あたいの通り名は『血棒の鬼女』……別名、『ケツバットの鬼女』」
「……ははは、実に面白いな」
面白いと笑い飛ばす龍司さんだが、その顔は引きつっている。
誰が見たって、彼は痩せ我慢をしていると思うはずだ。
最後、梓さんは「忘れた頃に復讐するから、そのときを楽しみに待っていなよ」と吐き捨てると、食事に専念する。
思い出したように、ぼくらも食事を再開した。
そのとき、遙香さんが食器を持ったまま、ぼくのところにやってきた。
「ほら、翔くん。あ~ん」
遙香さんはポテトサラダを箸でつまむと、ぼくの口元の近くで待機する。
あ~ん。
って、ちょっと待て、と思う暇もなく、ぼくは遙香さんから「あ~ん」されてしまった。
モグモグ……。
「よっ、このラブラブカップル」
龍司さんの茶々のあと、不愉快そうに夏奈さんが「ふん」と鼻を鳴らす。
徹は素知らぬ顔でウーロン茶を飲み、梓さんはにんまりと笑う。
遙香さんはというと、いやに笑顔がわざとらしかった。
はっきり言おう。
最高で最悪の夕食だった。




