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涙の流星群  作者: 最上優矢
第五章 思い出の夏、後戻りはできない夏、ひび割れた夏

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青春料理

 午後五時三十分、つまりは夕食一時間前になり、ようやくぼくは姉からの問いを思い出した。

 それはぼくが一二〇七号室の部屋に入ろうとしたときで、衝撃のあまり、ぼくはドアの前で立ちすくんでしまった。


 そのとき、一二〇八号室の部屋から梓さんが出てきた。

 温泉からあがったばかりなのか、梓さんからは甘い石鹸の香りがし、ぼくは頭がクラクラするのを感じた。


「おや、翔じゃないか。そんなところに突っ立っていると、危ないよ」


 梓さんはぼくの前を通り過ぎるとき、こちらにほほ笑みかけた。

 その笑みは大人特有の笑み。

 それはつまり、青春時代を生き抜き、大人時代で戦っている者の笑みだった。


 このとき、ぼくは直感した。

 この人なら、例の問いの答えを知っているはずだ、と。


 というわけで、いきなりではあったが、早速ぼくは訊いてみた。


「……梓さん、青春とはなんですか?」


 梓さんは立ち止まる。

 あまりにぼくがまじめくさった顔をしていたからなのか、それともぼくらの事情を知っていたからなのか、梓さんは「ん」と声を上げたきり、黙り込んでしまった。


 沈黙。


 居心地のよい沈黙があればいいのに、とぼくは心の中で舌打ちをした。

 けれど、ぼくは梓さんが言葉を発するのを待った。

 それは人生の先輩である梓さんを敬い、彼女を信じる行為にほかならない。


 青春を謳歌する子どものぼくらとは違い、梓さんは青春を物語る大人なのだ。

 過度な期待かもしれないが、梓さんなら……彼女なら、青春がなんたるかを知っているような気がする。


 そうぼくは強く感じた。


 それから十秒ほど経ち、ようやく梓さんはぼくの問いに答えてくれた。


「青春っていうのはね、片思いのようなものさ。

 いくらあたいが『青春』のことを想っていても、奴はあたいのことを見ていないどころか、たくさんあるコンビニのひとつくらいにしか思っちゃいない。

 で、そんなあたいにも『青春』に似た野郎が近寄ってくるんだけど、ところがどっこい。あたいは奴だけを見ていて、野郎には目もくれないんだね。なぜだか分かるかい?

 ――奴が好きだからだよ」

「……でもそれは片思いで、意味がない」


 おっと。

 思わず、口に出してしまった。


 梓さんはふっと笑い、「ああ、そうだね」と髪をかき上げた。


「でもね、そのやるせなさが青春の正体なのだと、あたいは思うよ。

 もっと言えば、自分の理想を追うという行為自体、それは青春……なんだけど、あたいたちが『青春』だと思っていた奴、それは実は青春を味付けするスパイスなんだね。

 そうさ、あたいたちの恋路を邪魔する野郎こそ、『青春』なんだよ。

 あたいたちはスパイスを『青春』だと勘違いするほど、愚か者なのさ。

 それでも忘れちゃいけないのは、その愚かさが青春時代を楽しくしていくポイントなんだから、ぜひとも愚か者になるべきだね」


 愚か者になるべき。


 その梓さんの言葉は、ぼくの心を強く惹いた。


「で、大人になって青春時代を懐かしんだり、後悔したりする理由だけど、それは『青春』という料理がおいしかった証拠さ。

 大人になると、青春料理を再び食べたくなってしまうんだよ。まさに大人のさがだね」

「えっと……え、青春料理?」


 ぼくが目をむくと、梓さんはクスクスと笑った。


「さすがに青春料理はややこしすぎたね。

 何はともあれ……あたいなら、青春とは『片思い』だと答えるよ。

 納得したかい、翔?」


 ぼくはニコリとほほ笑み、「ええ、納得しました」と梓さんに親指を突き出した。

 梓さんも親指を突き出し、「じゃあ、あたいは一階の売店を見に行ってくるから」とこちらに手を振り、エレベーターホールへと向かった。

 ぼくは梓さんに手を振り返しながら、「いってらっしゃい」と彼女を見送った。


 なんだ、梓さんも結構かわいい人じゃないか。

 そうぼくが心の中で思った直後だ。


 ドタバタという足音がしたかと思えば、梓さんがこちらに引き返してきた。

 彼女は殺気立った様子で「……心の中でハレンチなこと、今考えなかったかい?」とこちらに訊いてくるのだった。

 数秒間、ぼくらは見つめ合ったが、先にぼくのほうが折れ、急いでぼくは目の前の一二〇七号室の部屋に戻った。


 ああ、とんでもなく恐ろしい目に遭った。

 やはり、梓さんはおっかない人だ。


 龍司さんはぼくと梓さんの会話が聞こえていたのか、ぼくがベッドの布団にくるまると、彼は「分かるぜ」とこちらに声をかけてきた。

 ぼくは親指を突き出すことで、龍司さんに反応。


 それから五分以上、ぼくは布団にくるまっていた。

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