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涙の流星群  作者: 最上優矢
第五章 思い出の夏、後戻りはできない夏、ひび割れた夏

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ささやかな乾杯

 ……そういえば。


 広縁にある椅子で居眠りをしていたぼくは、不意にあることを思い出し、覚醒した。

 が、広縁に降り注ぐ日の光がまぶしくて、たまらずぼくは目をつむった。

 固く目を閉じた状態で、ぼくは思考を巡らせる。


 そういえば、そうだった。

 ぼくは姉からの問い――「青春とは何か?」という問いに、見事答えなくてはいけないのだ。

 無論、姉が納得し、満足するような答えを。


 あのとき、ぼくは姉に大見得を切ったが、実は「青春とは何か?」という問いに答えることは容易ではなく、鉄棒下手が逆上がりをすることのように難しいことなのだ。

 それをぼくは「見事、問いに答えてみせよう」といかにも自信ありげに言ってしまった。


 さて、どうする。

 どうしよう。


 ぼくが目を閉じたまま、「うーん」とうなっていると、すぐそばから徹の声が聞こえてきた。


「やっ、これはいかん。翔の奴、悪夢にうなされているな。

 ううむ、叩き起こすべきか、このまま寝かせておくべきか……。

 いや待てよ、叩き起こすのはよくないな。だったら、優しく耳元でささやいてやるのがベストか。

 この灰原徹、少しは大人にならなければ」


 やめろ。

 お前は大人になるな、徹。

 吐き気がする。


「む、起きたか、翔。お前、うなされていたぞ。大丈夫か?」


 心配そうにこちらを見る徹。


 実はすっかり起きていただけに、なんとも気まずい。


「悪い、徹。正直、お前が大人になるのは吐き気がするし、ぼくはそんなお前を少しも見たくはないんだ。

 遙香さんならともかく、お前は大人になるな。どうか子どものままでいてくれ、徹。頼んだぞ」


 ぼくが弱った声で頼み込むと、しばらく徹は仏頂面で黙り込んだかと思えば、いきなり吹き出した。


「このバカめ。いや、愚か者め。

 目覚めているのなら、起きていると言えばよかろうに。まったく、人が悪い」


 不機嫌そうな言葉とは裏腹に、徹はすこぶる機嫌がよく、上機嫌な彼は何度もこちらの肩を叩いた。

 ぼくは苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 徹は気恥ずかしそうに頭をかき、それからこほんと咳払いをした。


「ところで、翔よ。喉が渇かないか?

 今しがた、キンキンに冷えた飲み物を自動販売機で買ってきたところだ。

 どうだ、おれと一緒に飲まないか」


 そう言って、徹は部屋の冷蔵庫から二本のペットボトル飲料を取り出した。

 喉が渇いていたぼくは「飲もう飲もう」と徹の提案に賛成し、何を飲むか、徹と話し合った。

 話し合った結果、ぼくはストレートティーを選び、徹はレモンティーを選んだ。


 お互い、広縁の椅子に腰かけ、ペットボトルで乾杯した。


「いただきます」


 ゴクゴク、ゴックン……。


「くぅ、キンキンに冷えてやがる」


 野獣のごとく、ぼくが凶暴に笑うと、それがあまりに面白かったのか、徹はレモンティーを噴き出してしまった。


「馬鹿者、おかしな顔をするんじゃない。

 見ろ、テーブルが汚れてしまったではないか。お前のせいだぞ、翔」


 ぼくのせいだと言っておきながら、徹は本気で怒ってはいなく、どころか愉快そうにニコニコと笑っていた。

 ぼくはどう反応していいか分からず、とりあえず首をすくめることにした。


 徹は何も言わずに、ハンカチでテーブルを拭く。


 やがて、ぼくは気付いた。


「あれ、師匠は……龍司さんはどこだ?」


 徹は少し考える素振りを見せてから、ぼくの質問に答えた。


「龍司さんなら温泉に入ると言って、先ほど上機嫌に部屋を出て行った。それが十五分くらい前のことだ」


 ぼくは考える。


 龍司さん。

 温泉。

 それはつまり――。

 龍司さん+温泉=女湯のぞき。


 これはまずい。


「……まさか師匠、女湯をのぞきに行ったんじゃないのか?」


 徹の表情が凍り付く。

 それに釣られ、ぼくの表情も凍り付く。


 気が動転したぼくの脳内では、龍司さんは夜空のお星様となり、キラキラと輝いていた。

 おそらく、お星様になった彼は満面の笑顔だ。

 目的を達成できているから、である。

 だからこんなにも、彼はキラキラと輝いているのだ。


 先にショックから立ち直ったのは、我らが徹だった。


「今は龍司さんを信じるしかあるまい。そうだろう、翔?」

「……ああ、そうだな。ぼくらの師匠をお星様になんかさせるもんか。師匠を信じるぞ、徹」


 ぼくらはうなずき合うと、気まずげに飲み物をチビチビと飲み始める。


 その後、ぼくは徹とともに温泉に入ったのだが、そのときに上機嫌な龍司さんと遭遇し、ぼくらは心の底から安堵した。


 そんなこんなで、すっかりぼくは姉からの問いを忘れてしまった。

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