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涙の流星群  作者: 最上優矢
第五章 思い出の夏、後戻りはできない夏、ひび割れた夏

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美楽湖ホテルからの景色

 この美楽湖ホテルの部屋は、リラックス効果のある暖色系の照明を採用しているのだろう。

 一二〇七号室に入ったと同時、ぼくはオレンジ系の明かりに照らされ、一気に心が解きほぐされるのを感じた。


 スリッパに履き替え、ぼくが龍司さんとともに部屋の奥に入ると、窓際にいた徹がこちらを振り返った。

 その彼の目は、子どものようにキラキラとしていた。


「見てください、この絶景……!」


 徹はぼくらのために場所を空けると、自分はこの景色を目に焼き付けると言わんばかり、部屋から眼下に見ることができる美楽湖周辺の景色を、再び眺め始めた。


 ぼくは……ぼくは。

 熱い涙を流していた。


 多くの山に囲まれることで、眼下に広がる美楽湖はその姿を本領発揮していた。

 遠くの山がかすめばかすむほど、湖は青く輝き、さらには自然の息吹を身近に感じることができた。

 それに夏の晴天が合わされば、もはやそれは天下無敵だった。


 ここで眺めることができる夜景は、その倍の倍、人の心を動かすことができる眺めなのだろう。

 部屋自体はシンプルで少し狭かったが、この部屋から一望できる景色は一流……いや、それ以上だった。


 この壮大な景色を見た瞬間、ぼくはこれまでの苦労や努力が報われた気がした。

 さらには心が浄化されるような気がした。

 いや、気がしたのではない。

 実際、この世にもすばらしい景色を見たとき、ぼくはこれまでのぼくの苦労や努力が報われ、同時に心が浄化されたのだ。

 生涯、ぼくはこの美楽湖ホテルからの景色を忘れることはないだろう。


「……今頃、梓たちはどうしているだろうな。

 きっとこのとんでもない景色を見て、腰でも抜かしているに違いないぜ。

 ちくしょうめ、神聖で淫らな女部屋の香りでも嗅ぎにいきてえな、まったくよぅ」


 ロマンの欠片もない、下品な龍司さんの発言を聞いて、ぼくと徹は笑い出した。

 ぼくらの笑いに釣られるようにして、龍司さんも笑い出す。


 そのとき、ぼくのスマートフォンからメールの着信音が聞こえた。

 メールが届いたら、すぐその場で読む、という習慣が身に付いていたぼくは、すぐにスマートフォンを操作した。


 メールの送信者は、なんと遙香さんだった。


「やっほー、翔く……やっほー、翔くん。

 大事なことだから、二回言いました。

 それはともかく、きれいな眺めだね。

 わたしは卒倒しかけました。

 ウソです。

 そんな嘘つきのわたしたちだけど、さらにわたしたちはウソをつくことになりました。

 あのさ、翔くん……わたしたちの“ウソ”、龍司さんと梓さんに打ち明けていないでしょう?

 いや、分かる! だから、黙っていて。

 シャラップ、ミスター翔。

 打ち明けていないのは、さっきの梓さんからのセクハラで分かったから、もうそれについては言わなくていいの。

 ジャア、ワタシタチハドウスレバイイノ?

 無論、ウソをつきます。

 現状打破はしません、現状維持でいきます。

 けど、これでは龍司さんと梓さんにウソがばれてしまうと思うの。

 どうしよう、ってさっきから考えていたんだけど、そしたらね? そしたらわたし、わたしと翔くんの弱点に気付いたんだ。

 それがなんだか分かる?

 それはね……そう、わたしたちにはイチャイチャが足りないのだよ!

 だから、きょうからわたしたち、たっぷりイチャイチャするよ。

 もちろん、みんながいる前で。

 本当は嫌だけど……でも、仕方がないよね。

 天野遙香、十七歳。

 大人になります」

「グハッ」


 グハッ。

 グラッ……。


「大変だ、翔が卒倒したぞ、徹」


 その龍司さんの言葉を最後に、ぼくの意識は遠のいていく……。


 いや。

 いやいや。

 いやいやいや。

 いやいやいやいや。

 いやいやいやいやいや。

 いやいやいやいやいやいや。


 ゾンビが起き上がるときのように、ぼくは不自然な動きで起き上がった。


「翔……まさかお前、ゾンビになってしまったのか? ああ、おいたわしや……」


 そんなわけあるか、徹。


 ぼくは徹の脳天にチョップをお見舞いした。

 徹は「グハッ」と悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。

 そのとき、ゾンビ退治とばかり、龍司さんが「天誅!」と叫び、ぼくにデコピンをした。


 そのあとは言うまでもなく、ぼくらは騒ぎに騒ぎ、付近の客から苦情でもきたのか、フロントから電話で注意を受けた。


 きょうの教訓。

 ホテルの部屋に泊まったら、節度のあるはしゃぎ方で楽しもう。

 まさにそれだった。

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