チェックイン
一目見て、ぼくは彼女が白石梓さんだということに気付いた。
彼女の肩まで届く黒髪には、個性的な赤色と銀色のメッシュが入っていて、龍司さんが言ったとおり、梓さんは少々目付きがおっかなかった。
今から大量殺人をすると言わんばかりのおぞましい目付きに、龍司さんを除き、ぼくらは立ち止まった。
裏を返せば、龍司さんは立ち止まらなかった。
あろうことか、龍司さんは(おそらく)不機嫌そうな梓さんに向かって、
「おっ、ケツバット女が立っていらあ」
と彼女を挑発した。
思わずぼくは呼吸を止め、梓さんの顔色を窺った。
それから数秒後のことだ。
「……何か言ったかい、バカ龍司」
梓さんは手元のスマートフォンをジーンズのポケットに仕舞い込むと、ロビーのベンチからゆらりと立ち上がった。
彼女はニタリと笑うと、一歩ごとに怒りを噴き出しながら、龍司さんの前にやってきた。
あ、これはやられる。
そうぼくが思った矢先、梓さんは龍司さんの頬を平手で打った。
本来、そういうときの擬音語は「パーン」なのだろうが、そのときの音は「パァン」だった。
たとえるなら、それはまるで銃声のようであり、広いロビーではよく響いた。
あわててぼくらが龍司さんに駆け寄ると、彼は「……おれは銃で撃たれたのか?」と涙目で、こちらに確認してきた。
夏奈さんは龍司さんに哀れみの目を向け、
「なんだか、かなり痛そうだね。てかさ、この凶暴な人が梓さん?」
と、これまた龍司さんに確認し、ヘラヘラと梓さんを見る。
恐る恐る梓さんを見ると、彼女は不快そうに眉をひそめていた。
「それはあたいのことを言っているのかい? だとしたら、本当に礼儀知らずなメスガキだね。
一度、痛い目に遭ってみないと分からないのなら、あたいが調教してあげてもいいんだよ。
平たく言うとだね……あたいに殺されたいか、このモンキー娘」
最後、梓さんは“凶暴”な口調で、夏奈さんを脅した。
なるほど、夏奈さんの言うとおり、なかなか凶暴な人だ。
怒りのためか、夏奈さんは顔を引きつらせ、けれど同時に恐怖で顔を青ざめてもいた。
あの生意気な夏奈さんを一発で黙らせるとは……恐るべし、梓さん。さすが、梓さん。
あっぱれだ。
ガクガク、ブルブル……。うう、恐ろしい。
が、次の龍司さんの言葉を聞いて、ぼくらは呆然とした。
「梓、お前……さては機嫌がいいのか? しかも、やけに上機嫌だな」
呆然。
しかも、この龍司さんの言葉を梓さんは「おっ、よく分かっているじゃないか、龍司。さすがだよ。あんたも伊達にあたいと付き合っていたわけじゃないね」と否定しなかったため、ますますぼくらは呆然――いや、驚愕した。
「えっと……龍司さんの言葉どおり、本当に梓さんは上機嫌なんですか?」
信じられない、というように遙香さんは目をまん丸くし、梓さんに質問した。
梓さんは遙香さんをキッとにらみつけ、「そうか、あんたはあたいの言葉が信じられないと? あたいがウソをついている、そう言いたいんだね」と今にも遙香さんをにらみ殺そうとする。
遙香さんはぶるんぶるんと首を横に振り、「とんでもありません、めっそうもありません!」とオーバーに否定した。
ぼくは遙香さんをフォローするため、梓さんに「すみません、彼女は少しバカなんです。許してください」と代わりに謝った。
すると、ここぞとばかり、徹は梓さんの名前を呼ぶと、ニカッと笑った。
「申し訳ない。少々、この二人は言い方がオーバーで、人の気持ちも分からない人間のクズの代表でしてね。
安心してください、あとでおれがこいつらを叱っておきますよ」
徹はそう言うなり、笑顔のまま、ぼくと遙香さんの耳を引っ張った。
痛い、痛い痛い痛い!
ぼくは耳を引っ張る徹を恨むと同時に、遙香さんの耳を引っ張ることができる徹を羨んだ。
というか、それができる徹の神経を疑った。
「……お前らも機嫌がいいな」
ぼくらのはしゃぎぶり(?)を見た龍司さんは、心なしか引いていた。
「元気がいいのはいいことだよ。
そのままくたばってくれると、こちらとしてはありがたいんだけどね」
物騒なことを言い出す梓さんだが、その表情は明るかった。
「さて、チェックインするよ、あんたたち。
あたいだって、部屋から見渡せる風景を早く見たいんだ。
ほらほら、ボサッとしていないで、フロントに行くよ、人間のゴミクズども!」
梓さんは言うが早いか、早速フロントに向かった。
あわててぼくらはそのあとを追いかけたが、その表情はやはり明るい。
こうしてぼくらはホテルのフロントでチェックインを終えると、スタッフの誘導で、スタンダードルーム――一二〇七号室と一二〇八号室に向かった。




