ケツバット女
結局、ぼくらが談王サービスエリアをあとにしたのは、それから三十分以上経ってからのことだった。
各自、おいしい昼食を口にすることができたようで、ぼくらは先ほど平らげた料理の感想を車内で言い合った。
それから話は美楽湖の話から、美楽湖周辺に住む白石梓さん、つまりは龍司さんの元恋人の話になった。
龍司さんは梓さんの話になると、時速八〇キロで運転中にも関わらず、両手をハンドルから離し、一瞬だけ頭を抱えた。
当然、ぼくらは悲鳴を上げ、さらに怒声も上げた。
当然、龍司さんはぼくらに「わりいわりい」と申し訳なさそうに謝った。
「おれとしたことが、梓ごときでこんなにも動揺するとはな。
けっ、おれも修行が足りねえな、まったく」
その龍司さんの言葉のあと、車内は静かになった。
唐突に車内が静かになり、龍司さんはいぶかしんだ。
やがて、龍司さんはぼくらが静かになった意味に気付いたようだった。
「んだよ、お前ら。そんなに梓のことが気になるのか?」
正確には、“だらしない龍司さんと恋人だった梓さん”が、だ。
けれど、ぼくらは沈黙を貫くことにした。
龍司さんは大げさなため息をついてから、梓さんのことについて話し出した。
「あいつはよぅ、おれが高校三年生のときに付き合っていた後輩で、おれにとっては最初で最後の女だ。
今思えば、抱けるうちに抱いておけばよか――へへ、なんでもないぜ。
そんなことよりも、だ。お前ら、梓のことを献身的でおしとやかな後輩の中の後輩をイメージしているだろうが、残念、大外れだ。
献身的というより、ケツバット的といえるだろうな。
おしとやか? 後輩の中の後輩? けっ、まるで違うぜ。
当時、おれとあいつは野球部員と野球部マネージャーの関係でもあったんだが、あのアマ、ケツバットでおれのケツをバシンと叩きやがったのさ。
あのときのこと、トラウマのように覚えているぜ。
おれがあいつのことを『ケツバット女』と呼ぶと、あいつは金属バットでおれのケツを全力で叩き、おれの選手生命を絶ちやがった。
女のくせに言葉遣いは荒いし、目付きは刃物のように鋭いし、大和撫子とは正反対だぜ、まったく」
最後、龍司さんはうんざりしたようにため息をついた。
なんだか、とんでもない話を聞いてしまったようだ。
何はともあれ、梓さんの情報を得たぼくらはというと、車内でとことんはしゃぎ、龍司さんを気が済むまで冷やかした。
そんなぼくらの冷やかしに対し、運転中の龍司さんは愉快に反応。
それで一層、車内は賑やかとなる。
そんなこんな盛り上がっていたら、いつの間にかぼくらのワゴン車は高速道路を出ていて、一般道路を走行していた。
ここは美楽町の付近だろうか、周辺の店をはじめとした建物は、どこか都会とは違う感じがして、なんだかのどかな場所だった。
なぜだろう、この風景は無性に心が和み、そして落ち着いた。
「よーし、もうすぐ美楽湖ホテルだぜ、お前ら」
上機嫌に龍司さんはぼくらに教えると、彼は少しだけ楽な姿勢に変え、リラックスするように深呼吸をした。
ぼくは龍司さんから目を離し、再び窓の外を見た。
すると、遠くのほうに湖が見えるのが分かった。
ぼくはフロントドアガラスを開け、窓から身を乗り出した。
暖かな風がぼくの頬をなでたとき、ようやくぼくはあの湖が美楽湖だということに気付いた。
たまらず、ぼくは歓声を上げた。
そして、湖畔に建つ立派なリゾートホテル――美楽湖ホテルが目に入ったとき、ぼくはさらに大きな歓声を上げた。
「みんな、あれが美楽湖ホテルだ!」
あわててぼくは後部座席を振り返ったが、すでに仲間たちは美楽湖ホテルを見つけ出していたようで、彼らは遠くの美楽湖ホテルに目を奪われているようだった。
ぼくは再び窓から身を乗り出し、徐々にはっきりと見えてくる美楽湖ホテルを、まるで恋したかのように眺め入った。
それから数十分後――ぼくらは美楽湖ホテルのロビーで、梓さんと合流した。




