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伺候彼女

大塚海野は無人の廊下を歩いていた。窓の外のグラウンドから朝練に勤しむ爽やかな生徒の姿が伺えるが、大塚はそれと対極の、ぼんやりとした目をして黙々と足を進める。まだ誰にも乱されていなかったはずの澄んだ早朝の空気は、大塚から滲み出る煙草の匂いとそのやる気のない風体により霧散した。

大塚が目指しているのは地学の教師である自分が担任を務めているF組の教室だったが、勿論仕事に目覚めた訳ではない。



「……」



大塚は教室の前で足を止めて、廊下に他に誰もいないか確かめた。そして呟く。



「グラビア……職員室になかったってことは、ここだろ」


先日なけなしの給料で買ったのに無くしてしまったグラビア雑誌はここにあるとしか考えられなかった。いくら大塚にやる気がないからといって、グラビアを生徒に見つかり、教師としての威厳を保てなくなると非常にまずい。……これも勿論教師という仕事に対する使命感からではなく、大塚が出来心でグラビアを学校に持ってきた生徒から、これまで何度も没収という名の強奪を行ってきていたからなのだ。雀の涙ほどの給料で暮らしていく為にはどんな悪人になっても仕方がないというエゴの塊の大塚の辞書には、大人気という言葉はない。

また周りを注意深く見渡した大塚は教室の扉に手をかけ、内心のやましさを隠せずそろりと開いた。


「よっす」


いきなり耳に飛び込む涼しげな声に大塚は固まった。

2年生だというのに新鮮に見える制服姿。その女生徒は1年間空席だった机に慣れた様子でふんぞり返り、こちらが何故か非常に落ち着かなくなる不敵な笑みを浮かべて右手を上げていた。そしてもう片方の手には、


「俺のゆりかちゃん! ……あ」


「こんないかがわしい雑誌は学校に持ってきたらいけないんでしたよね、セ・ン・セ。もぉ〜ゆりか怒っちゃうぞ〜」


Fカップの巨乳を強調したグラドルゆりかにアテレコしながらニヤリと笑う涼は、大塚が一番弱みを握られたくない人物だった。









「笹原さん、順応能力高いですね」


「生きとし生ける者みーんな家族なんだよ、えっと、あー……東海林くんだっけ」


「西戸崎です。 家族の名前なら覚えていて欲しかったですね」


昼休みの教室。一年間そうしてきたかのように自然に佇む涼にクラス委員の西戸崎もそのペースを乱されている。彼はFクラス内外、合気道部内外からその冷徹な目つきで恐れられているのだがやはり涼には毛程も効いていない。普段の仏頂面を完璧に崩されてしまった西戸崎に、梶原は涼の隣で憐れみの視線を向ける。


「涼ちゃんも西戸崎みたいな人相悪い家族はいらねーだろ」


「いやいや西戸崎にはペットのわんこの座をあげるよ」


ニヤニヤ笑う道善と涼は双子のようにそっくりだ。梶原は怒りを抑えてプルプル震えている西戸崎が可哀想に思えてきた。普通なら自分に矛先が向いてないことに安堵しそうなものだが、しばしば暑苦しい方向に暴走する五郎丸のストッパーになっている西戸崎に梶原は自分を重ねてシンパシーを抱いているのだ。

涼と生まれてからの付き合いの梶原はこういう時の涼に何を言っても逆効果だと知っている。反論しようとしてはいけないのだ。口が達者な涼はすぐに倍以上の言葉で反論してくる。だから…


「それはそうと、涼なんか朝より機嫌よくなってるね。何かあった?」


会話をぶった切るに限る。


「ん? ああ、高校生活二日目にして良い駒を手に入れることができたからね。着々と私の地盤は固められているよ」


涼は不穏な言葉をさらりと言いつつ、えくぼをを出して可愛く微笑んだ。言うまでもなくわざとだ。


「新世界の神にでもなる気?」


「それもいいかもね。私が神になった暁には観晴に村人Aの称号を与えよう」


「そこは普通"なんたら大臣"とか言うだろ!」


「観晴のくせに生意気なんだよ。お前が大臣になんてなれるタマかボケ」


はん。と見下すように、いや見下して目を細める涼に殺意を覚えつつ西戸崎を窺うと、タマかボケの所で吹き出していた。言いようのない虚しさで胸が一杯になった梶原は、前の席の椎ちゃんこと川端椎の後頭部を眺めるように努める。


「さすがは涼様〜! かっこいい!」


しかし川端にくるりと振り向かれて後頭部はフレームアウト。もとから周りを気にしないきらいのある川端が身を乗り出したため、梶原は椅子を引いた。

道善、西戸崎、川端は涼の高校侵略計画にどっと盛り上がる。


良かった。やっぱり朝のは勘違いだ。


涼が級友達と笑っているのを見ても、朝のように梶原の胸がちくりと痛むことはない。



「ちょっと村人A何ニヤついてんだ。村人Bにしちまうぞ」


「観晴だから! AもBも変わらないから!」



安心した梶原はまた会話に参加するのだった。

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