災厄彼女1
とある日本のとある地方自治体のとある都市のとある高等学校に、みそっかすと周囲から後ろ指を指されている、いや刺されて刺し返しているというなんだか危険な雰囲気がムンムンと漂っているクラスがあった。
2年F組、FはFAILUREのFである。
大多数の優良で善良で従順な高校生に悪影響を与える、問題児の寄せ集めのクラス。臭いものは集めて蓋をしようという、とある高等学校の官僚気質がよく表れている。
そこに一人溜め息をつく者がいた…梶原観晴という、優良で善良で従順な、極々平凡で純朴な少年である。
なぜ優良で善良で(中略)な梶原がそんな吹(F)き溜まりクラスにいるのか。ひとえに彼女のおかげである。
一年生の時からF組は変人の吹き溜まりだ。しかし、彼らがいくら変人だからといって、このクラスに配属された時は皆涼しい顔ではいられなかっただろう。
F組の変人濃度は変人自身でさえもおののくほどだ。まあここに来るまで変人達も普通の人に囲まれ過ごしていたのだから、当たり前かもしれない。
なぜ優良で(中略)な梶原はどの変人達より早くこのクラスに順応できたのか。
それもひとえに彼女のおかげである。――梶原は全く感謝などしていなかったが。
梶原はまた絶望の色濃く溜め息をついた。彼の表情にはとても高校生とは思えないような疲れと諦観が滲んでおり、電車のホームの最前列で、通過電車を待つサラリーマンの方が似合いそうだった。
始業式の今日、友人と暫く振りに再会し、浮かれて正気とは思えない奇声を発しつつ騒いでいるF組の級友で、彼のそんな悲壮な様子に気づくものは、誰もいなかった。
変人達に囲まれ揉まれ虐げられながらも俺は今日までこの日常をまあ平和に過ごせてきたていたんだろう…と梶原はひとりごちる。それはこの高校に入学する前と比べたら、という意味だけれど。
でもそれも新たな門出である今日、つまり新学年である2年F組のスタートであるはずのこの日…問答無用で強制終了してしまうのだ。梶原はそれが避けられないことを知っていた。運命なんて生易しいものではない。絶対的な災厄なのだ。
梶原は慣れ親しんだこの平穏な日々にさよならを、別れを告げる。また会う日永遠に訪れないだろう。
だからこらえきれず涙を流した。
頑張れ!観晴!漢じゃないか!と自分を鼓舞するのもままならないほどの恐怖を彼は感じている。手の指先は冷え、細かく震え始めている。
梶原は涙で視界を曇らせながら同じ合気道部の道善に落書きされた机を撫でた。何度も俺の涙を拭ってくれて有り難うとお礼を言いつつ。今度から血を拭ってもらうから。頼んだよ。と心の中で土下座するのも忘れない彼はもう覚悟を決めていた。
梶原は嗚咽を漏らさないよう踏ん張りながら始業式が終わり騒いでいる級友達を眺めた。皆、今まで泣かせるだけに留めてくれて有り難うと言いつつ。今度から俺の席に近い人には返り血を浴びせてしまうかもしれないから。頼んだよ。と心の中で土下座するのも忘れない彼はもう覚悟を決めていた。
そんな彼の尋常でない様子に、尋常でなく騒いでいる級友は気づいていない。
級友達はいつもより興奮した様子で(断続的に悲鳴があがるほど)騒いでいる。それは始業式が終わって解放感を感じたわけではない。
入学当初から入退院やら保健室登校やらでまともにクラス、だけでなく学校の生徒に姿を見せない(梶原は毎日のように顔をあわせていたが)神秘的な存在である、
………"病弱な美少女"
のクラスメートがやっと小康状態に落ち着いてF組に復帰するというのだ。ちなみに梶原は一昨日母親に伝えられ海外に亡命しようとした。が、彼はパスポートを持っていなかったので諦めたのだった。
まあ復帰といってもほぼ全ての生徒が初対面。勝手に噂が噂を呼んでいる状態で。
彼女は病弱で薄幸で可哀想な同情すべき美少女で儚げで牡丹のようにすぐに手折れてしまいそうな繊細な性格をしている、らしい。噂というものは恐ろしいものだ。そんな無責任な噂を知ったら彼女が梶原をどうしてしまうのか、誰も知らないのである。梶原は背筋を震わせた。
時刻は9時30分、始業式後の会議を終え、そろそろ担任が教室に来る頃である。梶原が一年間飼育係として世話したウサギのミーちゃんにお別れを言っている最中、終末は静かにやって来た。
「うーい、騒ぐなー。はよ席に着け。主任くると面倒だからさっさとしろよ……ほい、入れー」
F組担任2年目に突入した、やる気の見えないボサボサ頭の中年、大塚に続いて教室に入ってきた少女を目に入れた瞬間、奇声も悲鳴も止み、教室は静まり返った。
ふわっと柔らかく微笑んで、少女は会釈する。皆その花のような可憐な姿に言葉を忘れてしまったようで。…真実を知らずに。遂にこの瞬間がきてしまった…神よ!と梶原は天に祈る。だが聞き入れてくれる物好きな神はいなかった。
「じゃ、テキトーに自己紹介してくれ」
大塚は少女を促す。梶原は今のうちに逃げ道を確保しようと周りを見渡すのだが窓も扉もきっちり閉められていて出れない。しかも逃げる場所など何処にもないことを梶原は知っていた。
少女は柔らかな笑顔のまま口を開く。その表情は梶原の見慣れたものだ。…彼女が何かを起こす前兆である。




