【19】
「樹海に落ちたか……」
この時、シュトレンは面倒な所に落ちたなと思っていた。
リュウイが落ちた樹海は、樹齢1,000年以上にも及んでおり多くの樹木で覆われ一本一本の高さは平均90メートル以上ある。
更に、太陽の陽もあまり指さない深い深い樹海を『タゥーナ樹海』と呼ばれていた。
タゥーナ樹海の奥地には一本の巨樹がある。
元々巨樹はゲーム開始時には苗木であったが、時が進むに連れ成長を遂げておりいつしか『聖王樹』と呼ばれる神秘の樹と成長を遂げていた。
幹周は約45m以上、高さは見上げる程高く実際どれくらいの高さなのかは不明であった。
枝は幹から一斉に無数に伸ばし、枝同志でねじりこみながら空高く伸びており、葉の枝先は大形の剣状のように鋭く密集させ、ブロッコリーのような独特な形をしている。
聖王樹の頂上まで登りつめた者は、最強装備である『聖王シリーズ』入手クエストを受ける条件が満たされると言われていた。
だが、『聖王シリーズ』を手にしたのは魔王にあっさりと殺されたディナィトのみである。
また、頂上まで行けなくとも聖王樹に行く価値はあった。
聖王樹の根元の採取する事が出来る『聖王の樹液』
聖王の樹液は、空気に触れるとミスリルよりも高い硬い塊となり、高性能の武器や防具の材料となる為高値で売買される事が多かったのである。
その聖王樹を護るべくして誕生したのが、ヒューマンに良く似た成り立ちをしているミトロヴァス族。
魔王の世界になった現在も樹海を護り続けており、エルフ族やドワーフ族と並ぶ数少ない最古種族である。
ミトロヴァス族は、魔族であっても魔王に敵対する訳でもなく、忠誠を誓う訳でもなく正しくヒューマンと魔王の中立を取り続けていた。
だが、ミトロヴァス族はその中立の立場によって魔王の世界になった当時は、よくヒューマンの生き残りと勘違いをされ迫害を受け続けていた。
たが、ヒューマン特定装置が完成してからミトロヴァス族は迫害を受ける事なく、静かに暮らす事が出来たのであった。
そもそも、ミトロヴァス族はヒューマンとよく似てはいるが、実際は個々の特徴は色濃く違っており、まずヒューマンの耳と違い少しだけ尖っている。
更に、百歳頃を過ぎると成人と見なされるのだが、1mぐらいまでしか身長は伸びず子供のヒューマンにしか見えないのが特徴である。
成人にまで成長を遂げると魔法力は桁外れに高く、魔力の高いムーンサン族やデューンキーパー族を赤子同然と罵る程の魔法力を持っているのであった。
シュトレンは、この聖王の樹液を求めて幾度も兵士を派遣していたが、聖王樹に辿り着く前にミトロヴァス族に殺られ撤退を繰り返し苦い思いをしていた。
そんな場所にリュウイが落ちてしまった事は、一生の不覚としかならなかったのである。
気絶したまま殺されていたら?
最悪な状況にならないようシュトレンは、兵士が危険な目に会うとわかっていながらも捜索の指示を出すしかなかったのである。
「直ちに捜索隊を結成。ヒューマンと思われるあの男を生きて捕らえろ」
「はっ!!」
シュトレンの命令の元、兵士たちはグリフォンを樹海へと降下させていく。
そして、シュトレンだけが上空に残っていたのであった。
「さてと……」
シュトレンは、ウォルガフ、ロジェ、そしてグゥの方にグリフォンの向きを変えてきた。
ロジェやグゥにとって最悪な状態であった。
2人にしてみれば、別にリュウイを守る義務はない。
だが、ヒューマンと知っていながらも一緒に旅をしてきた以上仲間である。
ロジェもグゥも樹海に飛び込みリュウイ捜索を開始したかった。
しかし、ウォルガフの様子がおかしかったのだ。
明らかにいつもの和やかな空気は既に失い、今にもシュトレンに飛びかかって行きそうな気配であった。
どんな理由があろうと魔族四天王に手を出す事は、魔王への反逆を意味する。
それだけはどうしても止めたかったのであった。
「リュウイたんに、何をちぃたのですか?」
ウォルガフの眼光は鋭くシュトレンを睨みつけていた。
「暫定だが、彼はヒューマンだった。と言う事だな」
「暫定?」
シュトレンが確定ではなく、暫定と言った事にロジェは不思議に思ったのである。
ロジェの疑問に、後押しするかのようにグゥはシュトレンに問いただし始めた。
「シュトレン様、暫定ってどう言う事ですか?」
シュトレンはグゥの質問に対し、ヒューマン特定装置携帯用を取り出していた。
「ご覧の通り、装置は壊れてしまった。
これでは彼が本当にヒューマンだと言う証拠には出来んのだ……
サンライズの城に戻り、装置を作動させぬ限りはな」
シュトレンの話を聴きながら、ロジェとグゥは同じ事を思っていた。
ムーンフェイズの街まで逃げ切る事が出来れば、そこから先はガルヴァルデ族、種族王ぺディリヴァの領地となりシュトレンもそう簡単に手は出せないはず。
その為にも、先に探索に出てしまったシュトレンの兵士よりも先にリュウイを見つけ、ムーンフェイズに帰還しよう。と……
ロジェとグゥは顔を見合わせて頷き会いながら、お互いの考えを合致している事を確認していた。
「それで、俺たちはどうなるのですか?」
「別にどうもしない。我々に用があるのはヒューマンだけだ。
これ以上邪魔をしなければ処分はせぬ」
邪魔……
シュトレンにとってロジェたちがリュウイと合流し、ムーンフェイズに帰還する事は十分邪魔な行為になる事だろう。
それがわかっているだけに、シュトレンにロジェたちの考えを悟られてはいけないのであった。
「あの男の行く末が気になると言うのなら我々の兵士に任せて、城でヒューマンの到着を待つのもよいぞ?」
シュトレンの言う通りに城で待機していれば、確かにリュウイと合流する事は出来る。
だが、そうなればヒューマン特定装置は、再びリュウイに電撃と言う名の衝撃を与え今度こそヒューマンであるとバレてしまう。
その後、行き着く先は魔王の元……
ヒューマンと魔王が再開を果たした時、どうなるのかロジェやグゥは知らなかった。
でもウォルガフは、確実に悲しむ……
その事がわかっているだけに、やはりシュトレンの兵士たちより先にリュウイを見つける必要があったのである。
「私も探しに行きたいですわ」
「ならぬ! お前たちは逃亡を図ろうするだろう?」
「……」
今の状況では、たとえ否定したとしてもシュトレンは信用しないであろう。
一刻も早く探し出したいロジェにとって、どうやって切り抜けるか頭をフル回転し考えていた。
「……っ」
「そんなのはどうでもいいでちゅ……」
ロジェが何かを言葉にしようとした時、今まで黙っていたウォルガフは口を開き始めた。
「シュトレン……リュウイ、何をした?」
ウォルガフの口調は明らかに変わっていく。
口調だけではない、ウォルガフを取り巻くオーラはドス黒く禍々しい物へと変わっていく……
「ウォルガフ??」
「ウォルガフちゃん??」
ロジェもグゥもこの旅をする前は、互いに接点はなかった。
だが、個人的にはウォルガフとの付き合いは結構長い方だった。
彼らは知っている……
ウォルガフのオーラは白く純白な程綺麗なオーラだった事を……
知っているからこそ、今のウォルガフは明らかにブチ切れている事を即座に理解する事が出来たのである。
それでもロジェは、ウォルガフを止めなければならなかった。
「ウォルガフ、まずは落ち着こう?」
「黙れ、ロジェ。僕に命令するな」
「!?」
まるで、目の前に魔王が降臨し絶対的なオーラを見せつけられたかのような衝撃に駆られ、ロジェは言葉を失った。
グゥもまたロジェと同様に何も言えなくなってしまったのだ。
「ほぉ、流石……フォス族、種族王後継者と呼ばれる事はあるな」
シュトレンだけは違っていた。
それはロジェとグゥとの器の違いだろう。
「そんなの興味はないね。それよりも僕の質問に答えろよ?」
「ふむ……」
シュトレンは、この状況で何故その質問をしてくるのか。
その事に理解し難い矛盾を感じていた。
しばらくシュトレンは考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「あの男にヒューマン特定装置、携帯用を起動させた所……
装置は電撃と言う名の答えを導き出してくれた。
よって、デューンキーパー族、種族王シュトレンの名においてあの男はヒューマンである可能性は極めて高いと判断し、サンライズの城に戻り装置を作動させる。その結果次第で……」
「……難しな……」
ブチ切れていても難しい話を、ウォルガフは理解出来なかった。
「これ以上、わかりやすく説明は無理だ……」
「いいよ。もう……
とりあえずリュウイはサンライズの城には連れて行かせない」
わかっているじゃないか!?
と、その場にいた者たち全て、ウォルガフに突っ込みを入れたくなってしまった。
「では、どうするのかね?」
「先に見つけ出す」
「行く事は許さないと言ったら?」
「シュトレン……あんたを殺してでも行かせてもらう。
……その結果、反逆者とされ魔王様に消されようと僕は構わない」
「……」
シュトレンとウォルガフの睨み合いが続く中、グゥはロジェを置いてウォルガフの乗っているグリフォンに乗り移ったのである。
「グゥ?」
「ウォルガフちゃん! 正気に戻りなさい!!」
「僕は正気だ。それよりも、グゥ危ない事はするな。落ちたらどうするつもりだったのだ? また、記憶喪失になってしまうぞ?」
「あぁ〜もうっ!! こんなウォルガフちゃん、私見たくありませんわっ!!」
グゥの平手打ちが、ウォルガフの右頬に直撃する。
右頬は赤い手形を残し、ウォルガフの目は見る見るうちに涙目になっていく……
「痛いでちゅ〜〜!! グゥたん、何ちゅるんでちゅかっ!?」
ウォルガフの言葉と共にドス黒いオーラは消え失せて行ったのであった。
「!?」
シュトレンはウォルガフのまとっていたオーラが消えた事に、可愛いフォス族に戻った!? と思い一瞬気を許してしまったのである。
その隙に正気に戻ったウォルガフを見たグゥは、ロジェにアイコンタクトを送る。
ロジェは頷き、直ちに行動に移し始めた。
ロジェだけを乗せたグリフォンは、シュトレンの乗っているグリフォンに向かって激突しグリフォン同士の悲鳴と共にシュトレンは、一瞬グゥとウォルガフから目を離してしまった。
その隙にグゥはウォルガフを抱え樹海へと飛び込んで行く。
グリフォン同士が激突した衝撃でロジェの身体も宙を浮き、そのまま体制を整え樹海へと落ちていく。
「リュウイたぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
ウォルガフの正気に戻った声をシュトレンは聞きながら、悔しそうに唇を噛み締めていた。
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ふむ……なんだろう……?
この感覚は……?
ゆっさゆっさ……と揺れているような気もする。
目を開けたくても、だるい……眠い……考えたくない……
三三七拍子が揃い、俺はまたそこで意識を手放したのであった。
再び、目を覚ますとそこには見慣れない天井だった。
何故か知らないが布団の中で俺は寝ており木造つくりの天井は、何処と無く懐かしい感じがしてきた。
上半身をゆっくり起こし、あたりを見渡す。
やはり、見覚えのない風景だった。
何故ここに俺はいるんだ?
確かグリフォンに乗って逃げているとシュトレンが現れて……
あれ?
その後の記憶はなかった……
ウォルガフやロジェ、グゥは何処に……?
四畳半ぐらいの和室で障子と襖で囲まれていた。
障子は少し半開きになっており、外の景色が少し見えその向こう側から声が聞こえてきたのであった。
布団を綺麗に畳み終え壁の隅にへと置いた俺は、声のする方へと歩き出して見た。
縁側に立つと、杖を持ったガルヴァルデ族、ムーンサン族、デューンキーパー族、フォス族。
4大種族の子供たち五、六人が一斉に魔法を詠唱し始めていた。
「大気に満ちし大いなる炎の塊よ…我の言葉に従え、フレアボール!!」
放たれたフレアボールは、一人のムーンサン族ご老人に向けられていた。
げっ!? ヤバイじゃん!!
縁側から慌てて飛び出し、老人の前に立ちふさがる。
「お主……??」
老人は俺に話しかけてきたが、取り敢えず今は返事している場合ではなかった。
後先考えずに飛び出しのはいいが、フレアボールをなんとかしないと……
「アイシクルストリーム!」
杖も使わずに咄嗟に俺は地面に手を置きアイシクルストリームを展開する。
たちまち目の前には、俺の背丈より高い氷の壁が出来上がっていく。
そして、氷は溶け蒸発する音を聞きながらもなんとかフレアボール全弾を、防ぐ事に成功したのであった。
ふぅ〜なんとかなった。
しかし、なんなんだ、こいつら……
一人の老人に魔法攻撃をするなんて危ないじゃないか!? と文句言ってやろうかと思った。
俺の周りには先ほど老人に向かって魔法を発動した、子供たちに詰め寄れられていた。
「ちょっとあなた!? どういうつもりなのよ!!」
赤毛の鮮やかなイチゴ色は、後頭部の高い位置で一つにまとめて垂らしている、ムーンサン族に怒鳴られ……
「そうだそうだ!!」
短髪で少し逆立った茶色の髪型をしているフォス族が同意してきた。
「えっ? 何が??」
「俺たちは今、魔法発動の練習をしていたんだ!」
青よりちょっと黒目で、オオカミのたてがみのように立たっているガルヴァルデ族の男の子に睨まれてしまった。
「邪魔するなよなぁ〜」
「練習……?」
か弱い老人に向かって魔法を発動するのが、練習なのか??
「まぁまぁ、お前たち落ち着きなさい」
「ですが、先生!」
「儂はこの青年と話をするから、お前たちは引き続き魔力を練っていなさい」
「練習はどうなるんだぁ?」
老人はフォス族の頭を撫で回しながら、
「後でな」
と言いさっさと俺が寝ていた部屋へと、歩いて行ってしまったのである。
後ろからの視線が熱い中、俺も老人の後に続き中へと入って行く事にしたのであった。
「まぁ座りなされ」
「はぁ……」
促されるがまま、俺は老人に対し真っ正面に向かい合うように座る事にした。
老人と対面しながら、この時俺はこの老人はもしかして、ミトロヴァス族なのかな?
とも思えたのである。
静かなオーラ……
底知れない魔法力は画面越しでは感じる事は出来なかったのだが、この老人がもし本当にミトロヴァス族なのだとしたら俺は……
「あっあの……ここは?」
「ここか? ここは、タゥーナ樹海の奥地じゃ」
タゥーナ樹海の奥地だと!?
この老人、間違いなくミトロヴァス族だ!
じゃ、もしかしてこの近くに……
「『聖王樹』と言う巨樹はありますか……?」
その一言により、老人の穏やかな空気は一変した。
老人から放たれる、重圧に俺は押しつぶしそうになった。
赤く光輝く円形状が俺を囲み出して行く。そして、老人は低い声で俺を脅すように一言……
「お主何者じゃ!?」
その一言に俺は、思わず、俺は素直に『ヒューマンです』と答えてしまいそうだった。




