【18】
見張り番は、二時間毎に交代しているみたいだ。
兵士は暇そうに椅子に座り、俺たちを黙ったまま監視している。
そして、時間になると一度だけ上にあがり十分後には、別な見張り番が降りてきていた。
「わ〜い♪」
ウォルガフは運ばれてきた食事に目を光らせ、久しぶりの美味しそうな食事を堪能しようとしていた。
薄い衣がつけてあるカリッと揚げられた、大きな唐揚げのような肉を一口、パクリッと頬張る。
「おいちぃ〜!!!」
両手を上下に動かしながら、とても嬉しそうだった。
確かにムーンフェイズを出てからというもの、美味しい食事にはありついてはいなかった。
シュトレンは約束通り、大量の食事を地下牢に運んでくれた。
ヒューマン特定装置が修理完了する前に、なんとかして脱出をしないといけないのに実に呑気なものだ……
「なぁ、ロジェ……」
ロジェもウォルガフ同様、食事に夢中で俺の声になんて気づいちゃいなかった……
「……」
ダメだこりゃ……
「リュウイさんが今思っている事は、どうやってここから抜け出そうか? ヒューマン特定装置ってなんだ?」
「!?」
「そんな所でしょうか?」
そう話してきてくれたのは、グゥだった。
本当に、グゥの記憶が戻っていて良かったと俺は思う!
「うん……」
「まぁここから抜け出すのは、あそこで夢中になって腹ごなしをしている二人に、任せてもいいかと思いますわよ」
「……」
本当に任せてもいいのだろうか??
まぁ、確かに俺はここから抜け出す方法自体、ちっとも思い浮かんではいない……
「後、ヒューマン特定装置の事ですか……」
「はい」
「ガルシアが魔王様の呪いを受けて誕生したって事、リュウイさんはご存知かしら?」
「えぇ、詳しくは聞いた事ありませんけど、昔そうだったと……」
「その通りですわ。ガルシアは、調べてもらってヒューマンではない……
と、言う事がわかったので呪いは簡単に解除してもらえたわ。その時の装置が……」
「ヒューマン特定装置だった……と言う事ですか?」
「そして、聞いた話によると……」
ヒューマン特定装置の目的は、ヒューマンを判別するだけの物である。
装置が起動すると、ヒューマン以外の者に対しては無害であって何も起こる事はない。
何も起こらないと言う事が、この者はヒューマンではない。と言う証拠になるのであった。
仮にこの者はヒューマンである。装置が認識した場合には電撃を放しヒューマンを気絶させ、その間に然るべく対応を取らなければならないのであった。
元々、ヒューマンの生き残り等既にいないと思っている魔族四天王たちにとって、たまに魔王の呪いを受けて誕生してきた種族たちをなんの偏見の目も持たずに、呪いを解除していたのである。
更に壊れたら壊れたでいい。と思い今に至っているのである。
だが、魔王の一言によりヒューマン特定装置は、再び活気を取り戻すのであった。
「電撃か……スタンガンみたいなものかな??」
「……スタンガン? なんですか、それは?」
「あっごめんなさい。なんでもないです」
スタンガンなんて言葉、当然知らないよな……
「とりあえず、どれくらいの電撃なのかは誰も味わった事のない、未知の領域だから気をつけておくといいですわよ」
「気をつけるって……」
どうやって……??
「ちゃてと……」
お腹が膨れたウォルガフは、口元を拭きながら立ち上がった。
「ご馳走様でちぃた!!」
「何するんだ??」
「俺はいつでもいいぞ……」
ロジェも立ち上がり、右肩を何度も回し始めている。
俺にはさっぱりわからないぞ?
「そろそろかしらね……」
グゥもこれから何が起こるのかわかっているようだった。
わからないのは、俺だけかよ!!
見張り番をしている兵士は、交代時間なのだろう。
「もう、下げてもいいのか?」
「えぇ美味しかったですわ」
「ご馳走様〜」
俺たちが食べ終えた食器を持ち、上の階へといなくなってしまった。
「今がチャンスでちゅね。ロジェたん、お願いちぃまちゅ」
「おぅっ!!」
ロジェは、壁に向かって歩き始めた。
そして壁の一歩手前で静止し、腰を深く落とし右拳に力を込め始めたのである。
おいおい……まさかっ……!?
「はぁっ!!」
気合と共にロジェの握り拳は、壁に激突。
すると、音も立てず静かに俺たちが通れるぐらいの大きさに壁を粉々に破壊したのであった。
パラパラ……と屑だけ落ちていた。
「こんな感じでいいかい?」
「充分ですわ」
「ロジェたんの拳は相変わらず破壊力抜群でちゅね!」
「褒めなよ……照れるじゃないか……」
赤く頬を染めながら、ロジェは言葉通りに照れていた。
「よちぃ! にげまちょう!!」
ロジェを先頭に俺たちは地下牢から脱出を果たしたのである。
外に出ると既に夕暮れで太陽は沈みかかり、地平線上には綺麗な夕陽が見えていた。
俺たちが出てきた場所は岩で出来た城壁の上だった。
普段から巡回をしているのだろう。
ガルヴァルデ族二人が、余裕で通れる程の幅の広さであった。
そして、外壁の向こうには、緑溢れる樹海が広がっており思わず綺麗だな。と思ってしまう程だ。
城壁は一本道だった。
一番最後に出てきたウォルガフは、俺たちとは反対方向へと走ろうとしていた。
「ウォルガフ、そっちじゃない。こっちだよ」
「ぼくが囮になって反対方向に逃げ回っていまちゅから、ロジェたん後は任ちぇまちぃた」
「えっえぇ!?」
「わかった」
驚く俺にウォルガフの提案を受け入れるロジェ……
作戦を練っていた訳でもないのに、なぜこんなに息があっているんだ?
「大丈夫でちゅよ、リュウイたん♫」
そう言ってウォルガフは、俺の制止を無視しあっという間にいなくなってしまったのだ。
「リュウイさん、グゥさんこっちだ」
「こっちだって……ロジェどこに行くんだ??」
「まぁいいからっ俺について来て!!」
いいからって、良くないだろ!?
「ロ……」
ロジェの名前を呼ぼうとした時、グゥは後ろを振り返り俺の方を見てきた。そして黙って頷いたのだ。
ロジェや、ウォルガフを信じろって事か??
確かに事は既に起こってしまった。
ウォルガフとロジェの手によって……
逃げ出した以上、もう後戻りは出来ない。これもわかる……
でも、ウォルガフ一人を危険な目に合わせてまで、俺は逃げたいのだろうか……?
これが逆の立場だったら……
…………
……うん、俺はウォルガフと同じ事をやっていただろうな……
ロジェの後をついて行くと、遠くの方から声が聞こえてきた。
「逃がすなぁ〜」
「捕まえろ〜」
ウォルガフを捕まえようと、兵士が追いかけ始めたのであろう……
ウォルガフ、大丈夫かな……?
いや! 今は、無事な事を祈ろう。
ウォルガフは強い、そう簡単に捕まる事はないだろう。
「いたぁ!」
俺が、ウォルガフの事ばかり考えながら後に続いて走っていると、どうやらロジェが目指していた目的地に着く事が出来たみたいだ。
そこには、多数のグリフォンが羽を休め休息を取っていたのである。
「ロジェ……まさか?」
「うん、これに乗って脱出しよう!!」
「!!」
まじかよ!?
「悩んでいる暇はなさそうね……」
グゥも冷静に判断している。
俺だけが、この状況についていけない……
いや、心の何処かでついていこうとしていないのかもしれない。
俺のせいで三人を危険な目に合わせていると言うのに……情けなさすぎだろ?
ゲームの時代の俺と、今の俺は考え方が全然違っていた。
最強プレイヤーとまでは呼ばれなくても、俺はそこそこ名の通ったプレイヤーだったはずだ。
状況判断は的確にズバンッと瞬時に結論をだし先頭を切って前に出る。
そして幾度もの死戦を回避し、切り抜ける事が出来ていた。
そう……今のウォルガフみたいにだ。
なのに、なぜこうまで俺は変わってしまった?
Level.1だったから?
ウォルガフの方が俺より強いから?
だから、任せっきりにするのか?
くそっ!!
そうじゃないだろ!!
強い、弱いなんて関係ない!!
その場の判断で俺も、最善の方法を見い出していくしかないだろ!
失敗しても、俺には仲間が……そうウォルガフやロジェ、そしてグゥさんがいる。
フォローしてくれる!
そう結論を出した俺は、無意識に一番乗りにグリフォンにまたがっていた。
「リュウイさん……?」
「俺が、ウォルガフを迎えに行く。だからグゥさんは、ロジェを乗せて先に安全な所に逃げていてくれ」
「わかったわ」
「無理だけはしないで!」
俺がグリフォンに向かって『飛べ!』と念じると、グリフォンは空高く飛び上がり始めた。
ウォルガフは俺たちの反対方向の外周にいるはずだ。
「大人しくしろっ!」
「無駄な抵抗はするなっ!!」
「……」
反対方向の外周にいると思っていたウォルガフは、何故か見張り台らしき塔の最上部に追い詰められていた。
いたっ!!
「ウォルガフ〜!!」
俺は思いっきりウォルガフの名を叫んだ。するとその呼び声にウォルガフも気がついてくれた。
「リュウイたんっ!!」
両手を広げ、さりげなくジャンプをしながらウォルガフは、俺に合図を送ってくれた。
見張り台の周りをグリフォンは旋回し始め、俺はグリフォンから落ちないように片手で手綱をしっかり握り締める。そして、身を乗り出しながらもう片方の手を伸ばす。
「ウォルガフ、掴まれっ!!」
「はいでちゅ!!」
見張り台からウォルガフは、身を乗り出しジャンプ!
「逃がすなぁ〜」
フレアボールやアイシクルボールが飛び交う中、空中で俺はウォルガフの小さな身体を受け止めたのである。
「うひゃうひゃ〜〜っ!!!」
ったく何が嬉しいんだよ……
ウォルガフを俺の前に座らせ、体制を整える。
「リュウイたん、カッコいいでちゅ!」
「何処がぁ〜」
「くそっ! 大失態だではないかっ!! ……シュトレン様に連絡を!!」
「ははっ!」
俺たちの逃げて行く方向を見ながら一人の兵士は、そう告げていた。
魔法距離が届かなくなるまで逃げ出した俺たちはいつの間にか、樹海の上空を飛行していた。
「ウォルガフ〜リュウイさ〜ん!!」
先に逃げていた、グゥとロジェは俺たちが来るのを待っていてくれた。
「無事に来たようだね」
「はい、お待たちぇちぃまちぃたぁ〜」
「ウォルガフちゃん、大丈夫ですの?」
「はいでちゅ! リュウイたんの颯爽たる救出劇で、元気一杯でちゅよっ!!」
う〜む、颯爽かどうかは微妙だけど……ね。
「良かったわ」
グゥは今にも、グリフォンから身を乗り出しウォルガフを抱きしめたくて堪らないのだろうか?
ウズウズとしているのが、目に見えてわかった。
まぁそれは、安全な場所に着いてから思う存分やってもらおう。
「とりあえずさっさとここから、逃げ出した方が良さそうだね」
緊張の糸が一度切れかかった所でのロジェの警告は、的確だった。
俺たちを捕まえようと兵士たちは、グリフォンに乗り込み諦めずに追いかけてきたのだ。
「リュウイたん、逃げまちょう!」
「ああっ!」
グリフォンに『逃げろ』と合図を送りつつ逃走を図る。
だが、ここはどこなのだろうか?
どこに行けば俺たちは逃げ切れる!?
「ウォルガフ、ムーンフェイズの方向は?」
「えっとぉ〜あっちぃでちゅ」
「わかった」
ウォルガフの指差す方向へとグリフォンを方向転換させる。
「いや、待ってくだちゃい。こっちかな??」
「……」
反対方向に指差すウォルガフであった……
「リュウイさん! こっちだっ!!」
ロジェの声は、ウォルガフが指差した方向とは全く違っていた。
「ロジェたんの方が方向、合ってまちゅよ?」
まぁ、悪びれずにそう言われてしまった……
「ロジェ、先に行ってくれ。俺たちも後をつけるから!」
「わかった」
「くそっ! リュウイさんすまない……」
突然謝り出したロジェに俺は訳がわからなかった。
だが、ロジェが向かったその方向には、シュトレンがグリフォンに乗り待ち伏せしていたのであった。
「そこまでだ……」
「!?」
たちまち俺たちの逃げ道は封じられてしまうのである。
これって……最悪のパターンだよな……
いやいや、何か打開策があるはずだ。
考えろ、俺!
「逃げたと言う事は、お前たちの中にヒューマンはいる……と確信しても良いのだな?」
「……」
「ぼくに狭い部屋は無理でちゅ! だから逃げまちぃた!!」
「俺は、早く戻らないと行けないんだよね」
「私もですわ」
「俺もです!」
「ふむ……」
シュトレンは俺の方だけをじっと見つめている。
疑っているのだろうか??
「まぁ、よい……これで調べればすぐにわかる事だ」
そう言ってシュトレンは、小さな銃器みたいな物を取り出し俺に向けてきたのであった。
「それって、まさか……?」
「あぁ、先ほど修理を終えたばかりのヒューマン特定装置、携帯用だな」
「くっ!」
俺とシュトレンとの距離は約三メートル……
この距離で携帯用は反応してしまうのだろうか?
もう少し後ろに……
「まぁ、心配するな。この距離でも充分に届くし、ヒューマンでないと解ればお前たちは約束通り解放してやろう。そして、そのままグリフォンに乗って好きな所に帰るといい」
逃げないと……ここでヒューマンとバレるのはダメだ。
「シュトレン様ぁ〜見逃してくだちゃいよぉ〜」
「すまんな。これは魔王様直々のご命令だ。可愛いフォス族の頼みでもこれだけは聞けぬ」
「ぶちゅ〜!!」
「逃げろ! リュウイさん!」
とロジェの慌てた声。
「避けてっ!!」
と叫ぶグゥの声。
二人を乗せたグリフォンは俺とシュトレンの間に入りこむかのように接近してきた。
だが……
「無駄だ」
シュトレンの声と共にカチャンッと引き金の音が聞こえてきた。
その音と共に俺の身体に電撃が走った。
「うがぁぁぁぁぁっ!!!!!」
白目を向けながら身体の力も抜け俺の意識は遠くなって行く……
「ふむ、やはりお前か……」
「リュウイたん??」
俺の前に座っていたウォルガフには、実際何が起こっているのか半分も理解はしていなかった。
逃げようとしたら、シュトレンが道を塞ぎ見逃してとお願いしたが聞いてはもらえず……
俺を逃がそうとグゥたちを乗せたグリフォンが、目の前に割って入ってきた。と思ったら突然後ろに座っているが苦しみ出した。
訳がわからなかったのだと思う……
しかし、そんなウォルガフの理解力などお構いなしに、力の失った俺の身体はバランスを崩しグリフォンから落ちていく……
「危ない!!」
「危ないですわ!!」
ロジェとグゥの叫び声が聞こえる前に、ウォルガフは咄嗟に俺の右足のズボンの裾を掴んでいた。
「リュウイたん……しっかりちぃてくだちゃい!」
逆さ吊り状態のまま気を失っている俺に、ウォルガフの声が届くはずもなかったのである。
体重に負け次第にビリビリッと裾の破ける音と共に、ウォルガフの手には裾の切れ端だけが残り俺は眼下に広がる樹海に真っ逆さまに落下して行く……
「リュウイたんっ!? リュウイたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
ウォルガフは手だけを伸ばし、俺の名を呼ぶ声だけが木霊のようにいつまでも響き渡っていた……




