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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
9/14

E8.再会の足音


「セツさん?」


 訝しむようにアヤがこちらを見る。


「顔色、悪いですよ」


「……そうか?」


「そうっすよ。急に固まったし」


 ルグまで心配そうに覗き込んできた。

 思った以上に動揺が顔へ出ていたらしい。


「大丈夫。昔の知り合いからだ」


「へぇー?」


 ランがニヤニヤしながら身を乗り出す。


「“ただの知り合い”でその反応する?」


「……する時はする」


「絶対ワケありじゃん。もしかして元カノとか?」


「ラン、あまり突っ込まない方が――」


「えー、でも気になるし!」


 止めようとしたアヤの言葉を遮りながら、ランがぐいっと顔を近付けてくる。


「どういう関係の人?」

 

「……元相棒だ。三人には関係ない」


 出来るだけ平坦に返す。

 だが、自分でも分かるくらい声が硬かった。


 三人の視線が少しだけ変わる。

 茶化すような空気が、ほんの僅かに静まった。


「……まぁ、触れられたくない事くらいありますよね」


 空気を読んだのか、アヤが柔らかく言った。


「ラン、謝れよ」

 

「あはは、ごめんね?」


 ルグとランも気まずそうに頭を掻く。


「いや、別に怒ってる訳じゃない」


 そんな事を考えている間に、もう一度通知音がなる。点滅するアイコンの右上に、『2』というカウントが増えた。


 ……読むべきか。

 読むべきだろう。


 開こうと思うのに、止まったままの手が上手く動かない。


「兄ちゃん」


 不意に、店主が気安い調子で声を掛けてきた。


「そういう時は、さっさと開いた方が楽だぜ」


「!」


 思わず顔を上げる。

 店主は親指を立てながら、ニヤリと笑っていた。


「大体、後回しにして良かった試しなんざ無ぇからな」


 その言葉はやけに刺さった。

 痛みを誤魔化すように笑いながら、問いかける。


「……経験談ですか?」


「そりゃもう痛いほどな」


 苦笑い。だが、豪快に笑う。「ガハハ」と響くその笑い声に、少しだけ勇気を貰う。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。

 

 逃げたままでは居られない。


 ゆっくりと指を動かし、点滅する通知アイコンへ触れる。


 半透明のウィンドウが開いた。


『久しぶり、セツ』

『ノノさんから聞いた。帰ってきてるって本当?』


 たった二つの短文。それなのに心臓が、嫌になるくらい強く脈打った。


 どう返そうと考えた瞬間、また新しいチャットが届く。


『どこにいるの?』


 逃げ場を塞ぐみたいなタイミングだった。


「うわ、反応早っ」


 横からランが感心したような声を漏らす。


「見えてるのか」


「チラッとね!」


 思わずため息が出る。


「覗くなよ!」

「プライバシーですよ!」


「えへへ」


 悪びれもなく笑うランに、額を押さえた。


 メールの覗き込み防止機能を、オフにしたままなのを忘れていた。

 ギルドメンバーにチャットを見せることもあるからと、プライバシー設定を下げたままだった。


 だが、そんなことは後回しだ。

 余裕が無い。


 ウィンドウの中では、カーソルが点滅している。

 数秒迷った末、俺は短く打ち込む。


『玄武通りにいる』


『玄武通りのどこ?』


 追加で届いたメッセージを見て、思考が止まった。

 十中八九、こちらに来るつもりだ。


 胸の奥がざわつく。


 昔の記憶が、嫌になるくらい鮮明に蘇る。


 並んで歩いた街。

 くだらない雑談。

 対立した攻略会議。

 二人して罠に掛かった迷宮。

 そして、負けた夜。


 全部、今でも覚えている。


「男は度胸だぜ!」


 力強く発せられた言葉が、俺の思考を引き上げる。

 声の主は腕を組んだ店主だった。俺を真っ直ぐ見つめ、笑いながら彼は言う。


「ドンと当たって、玉砕しろ」


「いや、玉砕しちゃダメでしょ!」


 元気よく突っ込むルグに、何も無い頭を擦りながら豪快に笑う店主。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


 ――男は度胸。


 心の中で呟いて、俺は短く文字を打ち込む。


『九番通り沿い。上り側の露店』


 送信。

 直後。


『逃げないで』


 ドクン、と胸が鳴った。


 たった五文字。


 それだけで、全部見透かされているような気がした。

 半年間逃げ続けてきた俺に、その言葉は重くのしかかってくる。


「へー、こっち来る感じだ」


「こら、また覗き込んで!」


「でも、二人も横目で見てたでしょ? シーフだよ私」


 「「……」」


 二人は気まずそうに目を逸らす。それは静かな肯定だった。


「あんまり行儀がいいことじゃないぞ」


「ごめんなさい」

「すみません」


 まぁ、気持ちは分かる。

 それに、プライバシー設定を低いままにしている俺にも落ち度がある。強くは言うまい。


「ところで、本当に来るんすか?」


 ルグが遠慮がちに聞いてきた。


「多分」


「うわぁ、修羅場の予感」


「茶化さないの」


 アヤがランの頭を軽く小突く。


 心臓が落ち着かない。


 PvP(デュエル)前とも違う。

 ボス戦前とも違う。


 もっと別方向のモノ。

 気を抜いたら崩れ落ちそうな、そんな緊張が胸を埋め尽くしていた。


「セツさん、座ります?」


 アヤが気遣うように近くのベンチを指差す。


「……いや」


 動いたら、そのまま走り去ってしまいそうだった。

 座ったら、前を向けなくなりそうだった。


 『逃げないで』


 その五文字が俺を踏み留める。


 

 ◇◇◇



「どの募集も後衛は埋まってるわね」


 掲示板を見つめながら、私は思わずため息を漏らす。

 聖水集めの野良募集。その尽くが、前衛だけに限られていた。

 

 こんな時に彼がいたら。

 ついついメッセージ欄の一番上。お気に入りに入った“(セツ)”の文字へと視線が吸い寄せられてしまう。


 夏休み二日目。

 

 霜月(しもづき) 鈴葉(すずは)という煩わしい現実を脱ぎ去って、私はゲームに励んでいた。

 

 今日の予定は完全なるフリー。大いに遊ぶぞと意気込んで、いい条件の野良募集を探しに来たのだ。


 しかしその気合いとは裏腹に、成果は芳しくない。

 好条件は愚か、後衛が入れる募集すらないのだ。しかも前衛募集でさえ人が集まっていなかった。

 

 これじゃ、今日は無理ね。


 残念だがどうしようもない。

 見切りを付けて、“連盟本部”を後にするため踵を返す。


「ん? “クレア”じゃないか。珍しい、こんなところで」


 名前(プレイヤーネーム)を呼ぶ声。ふと目を向ければ、いかにも鍛冶師といった風貌の小人がそこに立っていた。身長は私の腰丈ぐらい。もっさりと生えた白い髭が印象的だ。その白髭には見覚えがあった。


「あら、“髭じい”。お久しぶり。今日は納品かしら?」


「そうじゃよ。うちは“連盟”に加入してる数少ない生産職ギルドじゃからな。三日にいっぺん、こうして売れたものを補充しに来とるんじゃ」


 両手で抱えた木箱を揺らしながら、髭じいがニカッと笑う。彼は貴重な生産職仲間(プレイヤー)だった。

 本人のキャラコンセプトらしいけど、種族機能が未実装の為、残念ながらドワーフではない。


「お前さんは?」


「聖水を取りに行こうと思ったのだけれど、無駄足。今日の前衛は、砂漠の水より貴重らしいわ。いつから絶滅危惧種になったのかしら」


「はは、DDCTも近いしな。前衛は血の気も多い奴らが多い。特訓にでも行ってるんじゃろ」


「その特訓にもポーションは必要でしょうに……」


 死にはしないPvP(デュエル)でも、ペナルティーとして負けた側はHPの9割を失う。街中で回復する手段は、ポーションか教会くらいだ。


「ははは。しばらく品薄が続けば、嫌でも募集が埋まり出すさ。ポーションの値段が高騰して、誰よりも困るのは前衛じゃからな」


「それもそうね。……何日か適当に待ってみるわ」

 

「それがいい」


「そうそう――」


 立ち去ろうと背を向けようとした所を、髭じいの思い出したような声によって引き止められる。


「お前さんとこのギルドが無くなってから、“ナワバリ”絡みの潰し合いが増えとる。“黒鉄会”辺りは特にな。面倒事には気を付けるんじゃよ」


「えぇ」


 短く返事を済ませ、今度こそ連盟本部を後にする。


 “ナワバリ”――狩場や素材ルートの奪い合い。

 そして、かつて私が所属していたギルドから分裂した一派、“黒鉄会”。

 

 髭じいの忠告がやけに耳に残った。


 

 連盟本部を出たその足で向かったのは工房。

 だけど、何かを作る訳ではない。ポーションが高騰するのを見越して、在庫を引っ張り出していただけ。


 工房のストレージから保管してあったポーションを何箱か取り出し、両手で抱えて〈野の花〉へ向かう。

 

 〈野の花〉の店頭には専用のポーション売り場があり、そこが私にとって唯一の安定した稼ぎ場なのだ。

 それに暇になった時間を潰すのに、カフェと言う存在はちょうど良い。


 カラン、カラン。


「いらっしゃい〜。……あれ、クレアちゃん。ダンジョンは?」


「街の前衛が、恐竜よろしく絶滅しちゃったようだから中止。……その影響でポーションが値上がりそうだから、工房から持ってきたの」


「なるほどねぇ。……消えた恐竜達はみんな闘技場(アリーナ)かな。DDTCも近いし、私も含め前衛は対人好きが多いから」


 珍しくテーブル席に座るノノさんが、珈琲を揺らしながら窓の外に目を向ける。

 その方角にはあるのは、対人戦が盛んな南区。屋根の隙間からチラリとだが、話に上がった闘技場(アリーナ)が見える。


「ところで、誰か来てたの?」


 一枚の金貨と、その横に置かれた空の珈琲カップを見つめながら問いかける。

 

 明らかに過剰な料金を見るに、常連の誰かだと思う。それか、情報を買いに来た何処かのお偉いさん。

 会話を繋ぐための世間話として問いかけたそれは、しかし意外な言葉によって返される。


「あぁ、セツっちだよ」


 手から滑り落ちたポーションの箱が、床とぶつかり大きな音を立てた。


「ちょっと大丈夫!? ポーション割れてない?」


 心配する声は耳に届かない。

 ポーションなんてどうでもいい。割れていようが関係ない。


 ――それよりも。


「ノノさん。いま、セツって」


「あ、セツっちね。さっきまでそこに居たんだけど、数分前に帰っちゃった」


 数分前までそこにいた。

 空いた椅子を見つめながら、彼の姿を想像する。


「……何か、言ってた?」


「ん? あっ、そうそう。久しぶりでも私の珈琲は美味しいって。……ふふ、嬉しいこと言ってくれるよね」


 そんな事を聞きたい訳では無い。それを分かっているはずなのに。遠回りするように焦らされる。


「気になるんだったら連絡してみな」


 焦る気持ちを察したように、ノノさんが言う。


 一瞬の躊躇い。


 拒絶されたら。

 

 そんな考えがよぎる。


 私の事が嫌になったのかも。

 煩わしく思っていたのかも。


 彼が残した『ごめん』の三文字。

 その真意が分からない。


 ――それでも。


 私はメッセージアプリを起動して、『(セツ)』に向けて文字を打つ。


『久しぶり、セツ』


 返信は直ぐに来ない。


 カチッ、カチッ。そう響く秒針が不安を煽る。

 待ち時間と比例するように、負の感情が肥大する。


 昔から、褒められる性格では無い事は自覚していた。

 意見の衝突で他人と対立する事は多いし、自分が誰からも好かれる人間だとは思っていない。


 もしかしたら、私から離れたかったのかも。


 隠している弱い心が顔を出す。


 ――それでも。


『ノノさんから聞いた。帰ってきてるって本当?』


 弱音を奥に押し込んで、チャットを送る。


 返信はない。

 けれど待つ。


 ゆっくりと過ぎていく時間で、押し込んだ不安が溢れてきそうになった時、それは来る。

 チャットの下。そこに小さく既読の文字がついた。


『どこにいるの?』


 すぐさま送る。


『玄武通りにいる』


『玄武通りのどこ?』


 会いにいかなきゃ。

 そう思った。


『九番通り沿い。上り側の露店』


 走り出すようにして店を出る。


 三文字だけじゃ分からない。


 貴方の気持ちを聞かせて欲しい。


『逃げないで』


 これが最後のチャンスかもしれないから。

 

 私の足は止まらない。

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