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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
10/11

E9.燻る銀焰


「来ないっすね」


「……まだ五分も経ってない」


 そうは言ったが、時間の感覚は既に麻痺している。

 落ち着かない気持ちの中、瞳が勝手にクレアを探す。


「セツさん。びっくりするくらいソワソワしてますね」


「今の人だけで、三回は振り返ってたもんね」


「うるさい」


 白銀色の髪というだけで、ついつい目で追ってしまう。


 通りを行き交うプレイヤー達。

 露店の呼び込み。

 

 そんな喧騒の中で、自分の心臓の音だけがやけに煩かった。


「いやー、でも気になるなぁ元カノ」


 ランがにやにやしながら俺の顔を覗き込む。


「違う」


「でも、元相棒ってだけであの反応はしないでしょ?」


「……少し、込み入った事情があるんだ」


 追求を避けるようにして、視線を逸らす。

 しかし、その先で今度はアヤと目が合った。

 彼女は少しだけ気まずそうにした後、そっと口を開く。


「どんな人、なんですか?」


「それ、私も気になる!」


 関係を追求されるよりはマシだ。

 話題転換のためにも、言葉を選びながら記憶を辿る。


「……知的で冷静。それでいて、物怖じしない性格だった」


「カッコイイ女性(ひと)って感じかぁ。憧れるな〜」


 容赦は無いが、間違った事は言わない。

 そのせいで敵も作りやすかったが、キッパリとしてカッコイイ性格なのは間違いないだろう。

 止まってばかりの俺みたいなのとは、違うタイプの人間だった。


「見た目は?」


「ラン」


 アヤが咎めるように声を出す。

 踏み込みすぎだ。そう目が訴えていた。


 それに乗っかり、俺も言葉を濁す。


「……来たら分かるさ」


 昔からそうだった。説明するまでもない。

 宝石のように輝く存在。それが彼女なのだから。

 


 ――ほら。

 


 人混みの向こう。

 夕焼け色に染まる通りの中を、白銀色の髪が揺れていた。


 見間違えるはずがない。


 腰まで届く白銀の長髪。

 鋭く光る切れ長の紅瞳。

 

 真っ白なフリルブラウスの上には、軍服のような黒ジャケットを羽織っており、刺し色になった赤いリボンタイが映える。

 

 まとまった服装の中で、腰に刺さった“回転式散弾銃リボルバーショットガン”だけが、鈍い光沢と共に圧倒的な異質感を放っていた。

 

 半年ぶりだというのに、その姿は嫌になるくらい鮮明に覚えていた。


 出会った時から変わらない。


 彼女はいつだって前を向いていた。

 強くて、迷わず、いつだって前へ進む。


 迷えば立ち止まる俺とは違う。


 だからこそ思ってしまう。


 こんな自分が、本当に隣に居て良かったのかと。


「……うわ、美人」


 固定された俺の視線。

 最初に気付いたランが思わずといった様子で呟く。


「すご……」

「あの人が……」

 

 一拍遅れてルグとアヤ。

 

 一方、店主だけは「おぉ?」と意外そうに目を見開く。


「“紅弾の夜姫”。……なんだ兄ちゃん。相手は随分大物じゃねぇか」


「有名人なんですか?」


「……生産職でもなけりゃ、今の奴らは知らねぇか」


 アヤの質問に、店主は呆れたように肩を竦めた。


「初代八闘傑。有名ギルド“無銘”の初期メンバー。凄腕魔導調合師(アルケミスト)。……そんだけの肩書きを持ちながらあの美貌。一年前なら知らねぇ奴はいなかったんだがな」


「すご!?」


 ルグが驚いた声を上げる。

 その脇で店主は顎に手をあて、ブツブツと独り言を始める。


「“夜姫”の元相棒。刀使い。それに“紫苑”を扱えるだけの技量。まて、兄ちゃんもしかして――」


「過去の話です」


 言い切る前に、割り込む形で言葉を挟む。

 小声で話していた為か、三人組は気付いていない。


「いや、すまない。つい悪い癖が出ちまった。人の過去を暴いても、いい事なんかありゃしねぇーのにな」


 そう言って頭を搔く店主から目を逸らし、再び視線をクレアに戻す。



 そして、喧騒が消える。


 紅い瞳が真っ直ぐとこちらを射抜いていた。


 『見つけた』


 そう口が動いた気がした。

 

 俺達へ向かって、クレアは真っ直ぐ歩いてくる。


 一歩。

 また一歩。


 近付いてくる度に、心臓の音が大きくなる。


 

「ラン、ルグ。行きますよ」


「え、でも――」


「行きます」


 アヤが引きずるようにして二人を引っ張っていく。


 気を遣わせた。


 そう思うのに、今は感謝する余裕すら無かった。


 

 手を伸ばせば届く位置。彼女はそこで立ち止まる。


「……久しぶり」


 先に口を開いたのはクレアだった。


 聞き慣れた声。

 それだけで、胸の奥が酷く軋む。


「あぁ……久しぶり」


 上手く笑えた気がしなかった。


 何を言えば正解なのか分からない。


 謝るべきか。

 言い訳するべきか。

 それとも、何事も無かったみたいに振る舞うべきか。


 半年という時間は、思っていたよりずっと重かった。


「ねぇ、セツ」


 クレアが静かに口を開く。


「どうして、何も言わずに消えたの?」


 紅い瞳が真っ直ぐこちらを見る。


 迷いが無い。

 逸れない。

 真っ直ぐ前だけを見る目。


 込み上げてくる罪悪感と劣等感。


 眩しくて。

 強すぎて。


 隣に立つ度、自分の弱さを突き付けられる気がする。

 彼女の隣に自分は相応しくないと、そんな声が聞こえる気がする。


「ごめん」


 耐えきれなくなり、思わず視線を逸らしてしまう。

 自分の情けなさを謝るように、その三文字を呟いた。


「っ……!」

 

 小さく息を飲む音が聞こえた。


「謝って欲しいわけじゃない」


 掠れた声だった。

 

「『ごめん』だけじゃ分からない」


 責めるような口調。

 なのに、その声は少し震えていた。


 俺は何も返せない。


 返せる言葉なんて、持っていなかった。


「デュエルに負けたから?」

「“無銘(ギルド)”が解散になったから?」

「ハルさんが引退した(きえた)から?」


 一歩、クレアが踏み込む。


「だから、全部抱えて勝手に消えたの?」


「……」


「ねぇ、セツ。私はそんなに頼りなかった?」


 その一言が、胸に深く刺さる。


「違う……」


 掠れた声が漏れる。


「クレアには、もっと高く羽ばたいて欲しかった」


「……は?」


「君は一人でだってどこまで飛べる……」

「俺とは違う」


 言葉が流れ出る。

 一度溢れたものは、もう止められない。


「あの日、隣に立ってたのが俺じゃなければって……何度も思った」

「高みに俺は登れない。……君の事を、連れていけない」


 言った瞬間、空気が止まる。


 クレアは目を見開いていた。


 怒るでもなく。

 呆れるでもなく。


 まるで理解不能なものを見るみたいに。


「……貴方、本気で言ってるの?」


 静かな声だった。

 

 けれど、瞳だけは揺れていた。


「私はずっと探してた」


 その言葉に、息が止まる。


「ログイン履歴も」

「フレンド欄も」

「掲示板も」


「毎日、貴方の名前を探してた」


 胸が痛い。


 そんな顔をさせたかった訳じゃない。


「なのに貴方は、“自分は隣にいない方がいい”なんて勝手に決めつけて」

「……本当に最低」


 最後だけ、少し声が震えた。


 怒っている。


 傷付いている。


 それでも彼女の瞳は、ただ俺だけを見ていた。


 クレアは一度だけ唇を噛む。


 何かを堪えるように、小さく息を吐いた。


「……それでも」


 紅い瞳が、再び俺を射抜く。


「私の隣は、貴方以外ありえない」


 だから、もう一度始めよう。

 そう言われた気がした。


 心が揺れる。

 差し伸べられた手を、つい取りたくなる。

 

 だけど。だからこそ。

 その手を取っていいはずがない。


「……なんで、そんな顔するの」


 クレアが眉を寄せる。


「俺は抜け殻なんだ……」


 喉が張り付く。


「“八闘傑”から転がり落ちて、弱さを隠し、逃げ続けた」


 絞り出すように呟く。


「一人では“無銘(ギルド)”すら守れず、居場所すら失った」


 思い出すだけで胃が痛む。


「頂きに憧れていたはずが、いつしか上を見ることすら怖くなっていた」

 

 情けなくて、拳を握る。


「そんな奴が、まだ君の隣に居たいなんて――」


「居ればいいじゃない」


 即答だった。


「……え?」


「私は、完璧なセツなんて求めてない」


 クレアが一歩近付く。


「もし貴方が、自信がないと言うのなら」


 紅い瞳が揺れる。


「あの日、手を差し伸べてくれたように」


 クレアはゆっくりと俺へ歩み寄る。


「貴方に、この言葉を返す」


 細い指が、震える俺の手に触れた。


 逃げようと思えば、振り払えた。


 なのに出来ない。


 温かかった。


 情けないくらいに。


「私は貴方が必要よ」


 真っ直ぐな声。


 胸の奥が軋む。


 そんな資格は無い。

 そう思うのに。


 握られた手を、離したくないと思ってしまった。


「……なんで」


 掠れた声が漏れる。


「なんで、そこまで――」


 

「――へぇ」


 不意に、横から声が割り込んだ。


 空気が凍る。

 

 通りの向こう。

 数人のプレイヤーがこちらを見ていた。


 先頭に立つ男が、口元を吊り上げる。

 かつてのギルドメンバー。知っている顔だった。

 

「“夜姫”の隣にいるから、誰かと思えば。まだログインしてたんだな“褪せた銀焰”」


 それは蔑称だった。

 栄光から転がり落ちた俺にはピッタリの呼び名。


 男の後ろで取り巻きたちがクスクスと笑う。


「“蛇骨”……。“黒鉄会”がなんの用よ」


 苛立ちを隠そうともせず、クレアは先頭の男を睨みつける。


「ハッ、別に“黒鉄会(ギルド)”は関係ねぇ。安い芝居が目に入ったから、ちょっとぶっ壊してやろうかと思っただけだ」


 クレアの視線なんて気にも止めず、蛇骨は馬鹿にしたように鼻で笑う。


「期待されて。持ち上げられて。……勝てなくなった瞬間に全部投げた、負け犬野郎」


 一言一句が、胸に刺さる。


 反論できない。

 全部、自分でも思っていた事だ。


「やめなさい」


 クレアが低く言う。


 だが蛇骨は止まらない。


「で、今さら復縁ごっこか。泣けるねぇ、“夜姫”さんよ」


 その瞬間、彼女の指が無造作に銃へ伸びる。


「クレア、やめろ」


 気付けば、俺は彼女の腕を掴んでいた。


 クレアが目を見開く。


「……いいんだ」


 それを見て、蛇骨はまた嘲るように笑う。


「本当、飛んだ腰抜けになったもんだな」


 馬鹿にしたように、心底落胆したように蛇骨は言う。

 ヤツは取り巻き達をその場に残して、ゆっくりとこちらに向かって近づきはじめる。


「強敵とはやらない」

「ランキング勢は避ける」


「“銀焰”なんて大層な名前つけられてた癖に、今じゃただの燃えカスだ」


 現実を押し付けられるように、蛇骨との距離がどんどん縮む。


「……果てには“無銘(ギルド)”まで潰しやがって」


 吐き捨てられた言葉が、刃物のように突き刺さる。

 否定なんて出来なかった。


「戻ってきたところで、誰も期待なんてしねぇ」

 

 いつの間にか目の前に来ていた蛇骨が、俺を見つめながら立ち止まる。

 もう笑ってはいなかった。

 

「お前の居場所は、もうねぇぞ」


 蛇のような眼が、まっすぐ俺を覗き込んだ。

 



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