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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
11/11

E10.デュエル


 心を抉る、的確な言葉選び。

 それが全部事実であることが、反論を潰す。

 

 無残にも負け、このゲームを去った日。

 爺さんに託されたギルド(もの)すら守れず、思い知った。

 

 “デュエル”の強さという極端な物差しだけを指標とする決闘都市(スペクタクラ)

 高みだけを目指すその街で、弱者は振るい落とされる。


 ――それでも。


 下がりかけた足を、グッと踏み留まらせる。


「もう一度。……そう思えたんだ」


 掠れた声だった。


「……あ?」

 

「足掻いてみようと思えたんだ」


 蛇骨の眉が僅かに動く。

 

「くだらねぇ。弱い奴が足掻いたところで、結果は変わらねぇよ」

 

「……かもな」


 右手を握る。

 震えは、やはり止まらない。


 それでも、視線だけは逸らさない。

 逸らしたくは無かった。


 数秒の静寂。

 蛇骨は馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

「なら、おれが試してやる」


 いやらしく笑いながら、ヤツは俺の腰へと目を向ける。


「“紫苑(そいつ)”を賭けて勝負しろ」


「っ!」


「なに、心配すんな。もし、俺が負けたら山楝蛇(コイツ)をやる」


 蛇骨が剣を抜く。

 刀身の全てが抜き放たれた時、それは鞭のようにしなった。


 蛇腹剣――山楝蛇(ヤマカガシ)


 ヤツの使う武器もまた、世界に一つだけの(ユニーク)武器だった。

 

「対等だろ? それとも、逃げるか?」


 試すような視線。

 

 即答は出来なかった。


 “紫苑”は俺のビルドの根幹に関わる武器だ。

 替えも効かない。

 リスクが大きすぎる。


 それでも。

 ここで逃げたら、もう立ち直れない。


「……受ける」


 喉の奥から、無理やり声を絞り出す。


「いい目だ」


 蛇骨の口元が吊り上がった。

 俺と蛇骨の視線が交差する中、クレアが動いた気配がした。


「なら私も混ぜなさい」


 凛とした声が空気を裂く。

 俺に並び立つように、彼女は一歩前へ出る。


「……あ?」


回転式散弾銃(この子)を賭ける。文句ないでしょ?」


 腰元の銃を抜き放ち、クルリと回してみせるクレア。


 数秒。

 蛇骨は目を細め――。

 

「面白ぇ」


 愉快そうに、肩を揺らした。


「いいぜ、せっかくだ。2v2(タッグマッチ)といこうじゃねぇか」


 蛇腹剣を肩へと担ぎ、蛇骨が背後へ声を投げる。


「おい、“カゲ”!」


 取り巻きの一人。

 ガムを噛んでいたプリン頭が、気怠そうに笑った。


「マジっすか蛇骨さん」


 軽薄そうな声。

 人を小馬鹿にした態度。

 行動の全てが癪に障るタイプの男だった。


「二つ名はねぇが、中々やる“黒鉄会(うち)”の新人だ。……カゲ、お前“八闘傑”とやりたがってただろ?」


「元八闘傑のコンビか。嬉しいっすね。……最も、片方は“褪せた銀焰(ざこ)”っすけど」


 カゲはニヤつきながら肩を竦めた。

 

 戦闘の気配を感じ取り、周囲の空気がざわつき始める。


「“元八闘傑”って……」

「“紅弾の夜姫”と、相手は“蛇骨”か?」

「あの金髪は誰だ?」

「おい、あれ。“褪せた銀焰”じゃないか? てっきり引退したもんだとばかり」

 

 視線が刺さる。


 嘲笑。

 好奇。

 侮蔑。


 どれも覚えのあるものだった。

 

 逃げ出したい衝動が、また胸を掻き毟る。


 ――だが。


「ビビってる?」


 隣でクレアが小さく笑った。


「……うるさい」


「大丈夫。蛇骨の相手は私がするわ」


 彼女はそう言って、手元の銃を確認する。

 魔石を用いた紅色の弾丸。それが6つの薬室に入っているのがしっかり見えた。


 カシャン。

 

 シリンダーを戻す、無機質な音。

 それだけで、不思議と呼吸が整った。


『デュエルを承認しますか?』

『〈YES〉 〈NO〉』


 目の前に表示されたパネル。

 

 一瞬の躊躇い。


 これを押したら引き返せない。

 それでも俺は、“YES”を押した。

 

2v2(タッグマッチ)申請を確認しました』


 機械音声が響く。


『戦闘フィールドを展開します』


 足元へ魔法陣が広がった。

 青白い光が空間を覆い、周囲の景色が塗り替わっていく。


 開いた空。

 平坦に続く、乾いた大地。

 障害物は最低限。

 

 選ばれたのは荒野のフィールド――典型的な中・遠距離戦向けマップだった。


「へぇ」


 クレアが小さく目を細める。


「運にはまだ、見放されていないようね」


 相手を見ながら、心の中でその言葉に同意する。


 蛇骨は中・近距離戦を得意とする格闘型(ファイター)である。

 間合いの変化で敵のリズムを狂わせ、そのまま絡めとるのが得意戦術だったはずだ。

 

 そしてカゲ。

 腰から抜いた、短剣――というよりか、サバイバルナイフ――を空中に投げて遊んでいる姿を見るに、こちらも近接格闘型に見える。


 近接同士の戦いならば、一方的に蹂躙される展開だけは避けられる。


 それにクレアは、中・遠距離を得意とする射撃型(シューター)だ。

 マップを広く使いながら、自由に双方を攻撃できる。

 

 近接二人相手となれば、彼女にとって“荒野(ここ)”は理想的な戦場と言えた。


『カウントダウン開始』


 懐かしい感覚。


 盛り上がる観客の声が、胸の奥をざわつかせる。


『5』


 クレアは銃口を蛇骨へ向け、小さく息を吐いた。


「プリン頭は任せたわよ」

 

「……分かってる」


 短く返す。


 だが、掌の汗は止まらない。


『4』


「もうビビってんのか、“褪せた銀焰”」


 煽り。

 

 答えは返さない。


『3』


 カゲがナイフを掴み直した。


「ま、気楽にやりましょーや」


 できるだけ邪念を払い、精神を研ぎ澄ませていく。

 

『2』


 蛇腹剣を肩に担いだまま、腰を落とし低い姿勢を取る蛇骨。


 俺もまた、柄に手を宛て、体をねじる。

 

『1』


 静寂。


 静かに風が吹き抜けた。


『START』


 「【奔れ、鮮紅(スカーレット)】!」

 

 ――轟音。


 開幕と同時に、クレアの銃火が荒野を裂いた。


 無数に分かれた紅い閃光が、収束しつつ蛇骨へ走る。


 だが。


「遅ぇ」


 蛇骨の姿が掻き消えた。


「っ!?」


 次の瞬間には、十数メートル横。


 地面を滑るような高速移動。


 【縮地】――格闘型の必須スキルだった。


「随分と余裕っすね」


 ゾッ、と背筋が冷える。


 視界の端。


 投げられた短剣が目前に迫っていた。


 「っ!」


 顔を傾け、間一髪で避ける。

 

 それでも短剣は頬を掠めていた。


 HPバーの下に表示される毒マーク(バッドステータス)


 「余所見すんなよ。“褪せた銀焰”」


 懐から新しい短剣を引き抜きながら、カゲは獰猛に笑った。


 「お前の相手は(こっち)だろ?」


 短く息を吐く。

 隣で響く派手な閃光は考えず、目の前に視線を固定した。


 「早く終わっちゃ、つまんないっすから」


 カゲが短剣を投げる。

 

 毒の塗られた短剣。

 上体を沈ませ、ソレを躱す。

 

 視線を上げた時、消えていたカゲの姿に俺は急いで刀を抜いた。


 ――ギィン!!


 “紫苑”と短剣が真正面から噛み合う。


 「せいぜい楽しませてくださいっす」


 火花の向こうで、カゲが愉しげに喉を鳴らした。

 

 鍔迫り合い。


 超が着くほどの至近距離。


「反応は悪くないっすね」


 軽い調子でそう告げるカゲ。


 見た目に反して、かなりの膂力。


 ――だが、押し切れる。


 そう思い、踏み込もうとした。


 しかし脳裏を過ぎる、僅かな違和感。


 視界の端に見えた銀色の輝きに、俺は跳ねるように後方へ飛んだ。


 直後。

 切り上げるようにして振り抜かれた刃が、空気を裂く。


「おぉ?」


 カゲが感心したように眉を上げる。


「今の、避けるんすか」


 危なかった。

 あと一瞬遅れていたら、横腹を裂かれていた。


 距離を取りながら、呼吸を整える。


 何も持っていなかったはずの、左手に握られたナイフを見て確信する。

 カゲは“双剣”使いだ。

 

 冷や汗が頬を伝う。

 厄介な相手だ。


 投擲で意識を散らし、死角へ潜る速度。

 押し切られる事が前提の、本命のもう一本。


 戦い慣れしている。

 動きに一切の淀みが無い。


 新人――なんてレベルじゃない。


「褪せてても、“銀焰”って事っすか」


 カゲがナイフを指先で回す。


「でも」


 次の瞬間。

 その姿が、掻き消えた。


「今のアンタ、明らかに鈍ってる」


 右。

 反射的に刀を振る。


 甲高い衝突音。


 視界の端で、カゲが嗤った。


「はい、プレゼント」


「ぐっ」


 左手から投げられたナイフが腿に突き刺さる。


 手元の扱いが上手い。

 ナイフが、指の間を生きているように動いている。


 注視していなければ、避けられない。

 かと言って、そちらに気を割きすぎると右手の短剣が襲ってくる。


「ほらほら、ちゃんと防がないと」


 力と速度で押してくる右手の短剣と、巧みな動きで翻弄する左手のナイフ。


 全て避け切る事は叶わず、徐々にHPが削られていく。

 攻撃が当たる度に溜まっていく毒のスタックに、焦燥感が募る。


 一撃一撃はそれほど痛くないのだが、毒の持続(スリップ)ダメージが辛い。


 早めに決めなければ。


 右の短剣を受け流す。


 直後、左手。


 ――来る。


 投げられるより先に、俺は刀を振り抜いた。


 ガキィン!!


「……は?」


 弾かれたナイフが空中で回転する。


 初めて。

 カゲの表情から笑みが薄れた。


 一瞬の隙。

 ――踏み込む。


「【追閃】っ!」


 瞬間加速。

 

 “|Weapon Skill”の発動により、身体が爆発的な推進力を得る。

 

 狙うは首。

 クリティカルを期待し、刀を振るう。


 一閃。


 時が止まったかのような、僅かな静寂。


 

 ――カチンッ。


 スキル発動の制約による、強制納刀。

 

 確かな手応えだった。

 一撃リーサルもあり得たはずだ。


 だが。


「……あーあ」


 カゲのHPバーは、紙一枚分だけ残っていた。


「これ、高かったんすよ」


 残念そうに笑いながら、カゲの腕輪が砕け散る。


 仕留め切れなかった。

 あと一歩、阻まれた。


「……ボスモンスターかよ」


 刀を抜き、向き直る。


 HPストッパー。――俗に言う“ガッツ”や“食いしばり”。

 それが必殺の一撃を防いでいた。


「卑怯、とは言わないっすよね」


 カゲは再び双剣を構える。

 その瞬間、纏う雰囲気が変わった。


「もうミス出来ないんで」

 

 顔から笑みが消える。

 軽薄さの抜け落ちた瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いた。


「ここからは本気(マジ)っす」


 横目に映る紅い閃光は、まだ止まない。

 

 毒によってジワジワと消えていくHPバーは、そっと30パーセント(イエローゾーン)へ突入した。

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