E7.Claire
「悪くないな」
店頭に並んだ魔導具を見て、独り言を零す。
夕方までの暇つぶしを兼ねて、俺は〈玄武通り〉を冷やかしていた。
さすがは決闘都市屈指の繁華街と言われるだけあり、所狭しと並ぶ露店は多種多様だ。
武器、防具、装飾品、ポーション素材。果てはプレイヤーメイドの料理や、趣味全開のアクセサリーに至るまで、ありとあらゆる品が並んでいる。
それにDDCT開催前である為か、売り手の活気も凄まじく、通りには常にプレイヤー達の喧騒が満ちていた。
「あれ、セツさん」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
横を見れば、そこにはルグが居た。
「おー、やっぱセツさんだ」
ルグの後ろから、ひょこっとランが顔を出す。
その更に後方では、紙袋を両手に抱えたアヤが「置いていかないでください」と困ったように眉を下げていた。
「三人も買い物か?」
「そうっす。消耗品とか、ダンジョン用の道具とかを少し。それと、そろそろ装備を新調しようかと思って」
「いやー、スペクタクラって何でも売ってますね! 見てるだけで楽しい!」
ランは腰に下げた小袋を軽く揺らす。
どうやら、三人は既に色々と買い込んだ後らしい。
「その代わり、財布の中身がすごい勢いで消えていきますけどね……」
アヤが遠い目をした。
スペクタクラの物価は高いのだ。
「宿代も高いしな」
「そうなんすよ! しかも初心者っぽいってだけで、ふっかけられるし!」
「ランは値切りが下手なんですよ」
「えぇー!? でも店員さん勢い凄いんだもん!」
三人の軽快なやり取りに、自然と口元が緩む。
こういう空気は嫌いじゃない。ギルドに居た事を思い出す。
そういえば、クレアはやたら値引きが上手かったな。
「セツさんは何見てたんすか?」
「魔導具。と言っても冷やかし半分だけど」
俺は近くの露店へ視線を向ける。
机に並べられているのは、0.5秒だけAIGを2倍に加算する付与型の魔導具だった。
装飾は何も無い指輪型で、金貨一枚。一度きりの使い捨てだが、プレイヤーメイド品なのを考えれば悪くないように思える。
「へぇ……」
ルグが興味深そうに棚を見る。
「この辺って、中級者向けが多いんすね」
「〈玄武通り〉は実戦向けが多いな。DDCT前は特に」
実際、この辺りの出店は対人戦需要をかなり意識している。
状態異常耐性。
瞬間加速。
詠唱短縮。
索敵補助。
ダンジョン攻略でも有用だが、対人を意識すると価値が跳ね上がる品ばかりだ。
「うわ、これ高っ……」
ランが値札を見て目を丸くする。
「“詠唱短縮の腕輪”、一つで金貨十枚!? 一回だけの使い捨てで、たったの一節破棄なのに!?」
Second・Sphereの魔導具は、基本的に使い切りだ。再利用可能な品も存在するが、そんな高級品が露店に並ぶことはまず無い。
「詠唱短縮は、対人戦ではかなり強いからな。需要も高いし、金貨十枚なら良心的な方だ」
「うぇ、怖……」
ランが引き気味に呟いた瞬間。
「――おい、見ろよ」
不意に、通りの一角がざわついた。
視線を向ければ、数人のプレイヤー達が道を空けるように左右へ退いていく。
その中心を歩いているのは、灰色を基調とした軽装鎧を纏う男女の二人組だった。
片方は大剣使い。もう片方は長杖を背負った術士。
「“灰狼”だ」
ルグが小さく声を上げる。
その隣でランが小首を傾げた。
「知ってるの?」
「有名だぜ。DDCT常連のペア」
「去年はベスト16まで行ってたはずです」
「へぇ。……ベスト16って言うと、準々々決勝?」
「あまりそんな言い方はしませんが。準々決勝の一歩手前という意味では、そうですね」
指を折りつつ数えていたランに、苦笑いで応じるアヤ。
言われてみれば見覚えがある気もする。
大剣の“剣狼”と、術士の“賢狼”。
狼の狩のように堅実な連携が売りの中堅ペアだったはずだ。
通り過ぎていく二人へ、周囲の視線が集まる。
「やっぱり“二つ名持ち”は風格があるな」
「今回は気合入ってるらしいぜ。打倒“門番”だって」
「それ、大会の度に言ってることじゃねぇか」
歓声混じりの声がチラホラ聞こえてくる。
『打倒“門番”』か。彼らはまだ、憧れを砕かれてはいないのだろう。それが羨ましくもあり、同時に可哀想にも思う。
どれだけ足掻こうと、あの高みには届かないというのに。
「すげぇ……芸能人みたいっすね」
ルグが感心したように呟く。
「DDCT上位勢は大体あんな感じだ。特に八闘傑クラスになると、もっと騒がれる」
「やっぱ憧れるなぁ」
そう言ったルグの目は、本当に真っ直ぐだった。
強さに憧れ、そこへ届こうとしている目だ。
少しだけ、昔の自分を思い出す。
壁を知る前。憧れと希望だけを胸に、がむしゃらに走っていた頃を。
「セツさんは出ないんすか?」
「またその話か」
「いやでも、絶対強いじゃないですか!」
食い気味に言われ、思わず苦笑する。
「人並みだ」
「そんなこと無いと思うけどなー」
ランが首を傾げた。
「だってセツさん、街入ってから何か視線集めてるし」
「……気のせいだろ」
「いや絶対違いますって」
ルグまで頷く。
少しだけ居心地が悪くなって、誤魔化すように露店の商品へ視線を戻す。
すると店番をしていたスキンヘッドの男が、こちらを見て妙に感心したような声を漏らした。
「兄ちゃん、その刀……もしかして“紫苑”か?」
ピクリと肩が揺れる。
思わず視線を向ければ、男は片眉を吊り上げながら、こちらの腰元を指差していた。
「やっぱそうだよな? その鞘の装飾、見間違える訳ねぇ」
「店主さん、知ってるんすか?」
ルグが興味津々といった様子で食いつく。
「そりゃ有名だろ。“紫苑”っつったら、武器作成の歴史を変えた“華刀”シリーズ。その二作品目にして、唯一無二の問題児だ。……生産職に就いてる奴で知らねぇーなら、ソイツは新人かモグリかの二択だぜ」
店主はカウンターへ肘を付きながら続ける。
その瞳は、俺の刀だけをしっかりと見つめていた。
「名工“ハガネマル”の『最初で最後の失敗作』。……当時、性能尖り過ぎて『まともに使えねぇ』って言われてた一振りだが、お目にかかれる日が来るとはな」
「へぇー……」
ランが感心したようにセツの腰を見る。
「そんなレア装備だったんだ」
「まぁ、そこそこ珍しくはあるな」
出来るだけ自然に返す。
当然、“そこそこ”なんてものじゃない。
“紫苑”は世界に一つだけのユニーク武器だ。
生産者の〈ハガネマル〉本人が『失敗作』と切り捨てた刀。同系統の武器は二度と造られず、結果として希少価値だけが跳ね上がった曰く付きの一振りである。
もっとも――。
「でも、結局は使い手次第。強武器ってほどじゃない」
そう言って話を流そうとした瞬間。
「いやいや、“紫苑”を使える時点で相当だ。しかも腰に差してるって事は、普段使いするメイン武器だろ?」
店主が即座に否定した。
「要求される技量がエグいなんてものじゃない。カウンター補正とパリィ性能に全振りしてるせいで、扱えない奴が持つとただの棒切れ以下だからな」
ルグ達の視線が集まる。
しまった、と思った。
「へぇ……」
「なるほど」
「だからあんな戦い方だったんですね」
三人が妙に納得した顔をしている。
特にルグ。
“灰狼”を見ていた時と同じ目をしている。
「……買いかぶり過ぎだ」
「でも実際、オーガ相手にパリィ決めてましたし」
「普通あんな大型相手にやらないよね」
「しかも仰向けからでしたよね?」
逃げ道を塞ぐように会話が飛んでくる。
居心地が悪い。
こういう視線には慣れていたはずなのに、今は妙に落ち着かなかった。
「はいはい、そこまでそこまで」
そんな空気を断ち切るように、店主がパンッと手を叩く。
「俺が煽っちまったようなもんだが、年下が寄ってたかって弄るもんじゃねぇぞ。……兄ちゃん、困ってんだろ」
「弄ってるつもりは無っすよ!?」
「純粋に尊敬してるだけです!」
「私は割と面白がってますけど」
「「ラン!?」」
騒がしくなる三人組。
軽くなった雰囲気に、暗い気持ちは押し流される。
「……三人は、ほんと仲良いな」
「まぁ、付き合い長いんで!」
「腐れ縁みたいなものです」
「切っても切れないよね」
わいわいと騒ぐ三人を見ながら、ふと胸の奥が少しだけ温かくなる。
馬鹿みたいに騒いで。
くだらない事で盛り上がって。
ダンジョン攻略より雑談の方が長い日だってあった。
――あの頃は、楽しかった。
不意に蘇った記憶に、胸が少しだけ痛む。
「セツさん?」
「……いや、何でもない」
誤魔化すように視線を逸らした。その時だった。
ピコン、と軽い通知音が鳴る。
フレンドメッセージ。
視界端へ半透明のウィンドウが表示され、送り主の名前を見た瞬間、心臓が跳ねた。
『Claire』
表示された名前を見た瞬間、俺は反射的にウィンドウを閉じかけた。
「……あ」
「ん?」
ランがこちらを覗き込む。
「その反応。もしかして、彼女?」
「っ、ごほ……!」
予想外の言葉に思わず咳き込む。
「うそ、本当に!」
「お手本みたいな反応してますよ、セツさん」
盛り上がる女子二人。
息を整え、何とか弁明する。
「……違う」
やめてくれ。
……俺じゃ、彼女と釣り合わない。
視界端では通知アイコンが点滅し続けている。
向き合うと決めて店を出た。
覚悟は固めたはずだった。
それなのに……。
本当に、情けない自分が嫌になる。
――Claire。
その名前を見るだけで、心臓が痛かった。




