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Duel・Duet ―砕かれた憧れの先へ―  作者: べちかつ
『銀夜の弱起』
8/14

E7.Claire


「悪くないな」


 店頭に並んだ魔導具を見て、独り言を零す。

 夕方までの暇つぶしを兼ねて、俺は〈玄武通り〉を冷やかしていた。


 さすがは決闘都市(スペクタクラ)屈指の繁華街と言われるだけあり、所狭しと並ぶ露店は多種多様だ。

 武器、防具、装飾品、ポーション素材。果てはプレイヤーメイドの料理や、趣味全開のアクセサリーに至るまで、ありとあらゆる品が並んでいる。

 

 それにDDCT開催前である為か、売り手の活気も凄まじく、通りには常にプレイヤー達の喧騒が満ちていた。

 

「あれ、セツさん」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。

 横を見れば、そこにはルグが居た。

 

「おー、やっぱセツさんだ」


 ルグの後ろから、ひょこっとランが顔を出す。

 その更に後方では、紙袋を両手に抱えたアヤが「置いていかないでください」と困ったように眉を下げていた。


「三人も買い物か?」


「そうっす。消耗品とか、ダンジョン用の道具とかを少し。それと、そろそろ装備を新調しようかと思って」


「いやー、スペクタクラって何でも売ってますね! 見てるだけで楽しい!」


 ランは腰に下げた小袋を軽く揺らす。

 どうやら、三人は既に色々と買い込んだ後らしい。


「その代わり、財布の中身がすごい勢いで消えていきますけどね……」


 アヤが遠い目をした。

 スペクタクラの物価は高いのだ。


「宿代も高いしな」


「そうなんすよ! しかも初心者っぽいってだけで、ふっかけられるし!」


「ランは値切りが下手なんですよ」


「えぇー!? でも店員さん勢い凄いんだもん!」


 三人の軽快なやり取りに、自然と口元が緩む。

 こういう空気は嫌いじゃない。ギルドに居た事を思い出す。

 そういえば、クレアはやたら値引きが上手かったな。


「セツさんは何見てたんすか?」


「魔導具。と言っても冷やかし半分だけど」


 俺は近くの露店へ視線を向ける。

 机に並べられているのは、0.5秒だけAIG(移動能力)を2倍に加算する付与型の魔導具だった。

 装飾は何も無い指輪型で、金貨一枚。一度きりの使い捨てだが、プレイヤーメイド品なのを考えれば悪くないように思える。


「へぇ……」


 ルグが興味深そうに棚を見る。


「この辺って、中級者向けが多いんすね」


「〈玄武通り(ここ)〉は実戦向けが多いな。DDCT前は特に」


 実際、この辺りの出店は対人戦需要をかなり意識している。


 状態異常耐性。

 瞬間加速。

 詠唱短縮。

 索敵補助。


 ダンジョン攻略でも有用だが、対人を意識すると価値が跳ね上がる品ばかりだ。


「うわ、これ高っ……」


 ランが値札を見て目を丸くする。


「“詠唱短縮の腕輪”、一つで金貨十枚!? 一回だけの使い捨てで、たったの一節破棄なのに!?」


 Second・Sphereの魔導具は、基本的に使い切りだ。再利用可能な品も存在するが、そんな高級品が露店に並ぶことはまず無い。


「詠唱短縮は、対人戦ではかなり強いからな。需要も高いし、金貨十枚なら良心的な方だ」


「うぇ、怖……」


 ランが引き気味に呟いた瞬間。


「――おい、見ろよ」


 不意に、通りの一角がざわついた。


 視線を向ければ、数人のプレイヤー達が道を空けるように左右へ退いていく。


 その中心を歩いているのは、灰色を基調とした軽装鎧を纏う男女の二人組だった。

 片方は大剣使い。もう片方は長杖を背負った術士。


「“灰狼”だ」


 ルグが小さく声を上げる。

 その隣でランが小首を傾げた。


「知ってるの?」

 

「有名だぜ。DDCT常連のペア」


「去年はベスト16まで行ってたはずです」

 

「へぇ。……ベスト16って言うと、準々々決勝?」


「あまりそんな言い方はしませんが。準々決勝の一歩手前という意味では、そうですね」


 指を折りつつ数えていたランに、苦笑いで応じるアヤ。


 言われてみれば見覚えがある気もする。


 大剣の“剣狼”と、術士の“賢狼”。

 狼の狩のように堅実な連携が売りの中堅ペアだったはずだ。


 通り過ぎていく二人へ、周囲の視線が集まる。

 

「やっぱり“二つ名持ち”は風格があるな」

「今回は気合入ってるらしいぜ。打倒“門番”だって」

「それ、大会の度に言ってることじゃねぇか」

 

 歓声混じりの声がチラホラ聞こえてくる。

 

 『打倒“門番”』か。彼らはまだ、憧れを砕かれてはいないのだろう。それが羨ましくもあり、同時に可哀想にも思う。

 

 どれだけ足掻こうと、あの高みには届かないというのに。


「すげぇ……芸能人みたいっすね」


 ルグが感心したように呟く。


「DDCT上位勢は大体あんな感じだ。特に八闘傑クラスになると、もっと騒がれる」


「やっぱ憧れるなぁ」


 そう言ったルグの目は、本当に真っ直ぐだった。

 

 強さに憧れ、そこへ届こうとしている目だ。

 

 少しだけ、昔の自分を思い出す。

 壁を知る前。憧れと希望だけを胸に、がむしゃらに走っていた頃を。


「セツさんは出ないんすか?」


「またその話か」


「いやでも、絶対強いじゃないですか!」


 食い気味に言われ、思わず苦笑する。


「人並みだ」


「そんなこと無いと思うけどなー」


 ランが首を傾げた。


「だってセツさん、街入ってから何か視線集めてるし」


「……気のせいだろ」


「いや絶対違いますって」


 ルグまで頷く。


 少しだけ居心地が悪くなって、誤魔化すように露店の商品へ視線を戻す。

 

 すると店番をしていたスキンヘッドの男が、こちらを見て妙に感心したような声を漏らした。


「兄ちゃん、その刀……もしかして“紫苑”か?」


 ピクリと肩が揺れる。


 思わず視線を向ければ、男は片眉を吊り上げながら、こちらの腰元を指差していた。


「やっぱそうだよな? その鞘の装飾、見間違える訳ねぇ」


「店主さん、知ってるんすか?」


 ルグが興味津々といった様子で食いつく。


「そりゃ有名だろ。“紫苑”っつったら、武器作成の歴史を変えた“華刀”シリーズ。その二作品目にして、唯一無二の問題児だ。……生産職に就いてる奴で知らねぇーなら、ソイツは新人かモグリかの二択だぜ」


 店主はカウンターへ肘を付きながら続ける。

 その瞳は、俺の刀だけをしっかりと見つめていた。


「名工“ハガネマル”の『最初で最後の失敗作』。……当時、性能尖り過ぎて『まともに使えねぇ』って言われてた一振りだが、お目にかかれる日が来るとはな」


「へぇー……」


 ランが感心したようにセツの腰を見る。


「そんなレア装備だったんだ」

 

「まぁ、そこそこ珍しくはあるな」


 出来るだけ自然に返す。


 当然、“そこそこ”なんてものじゃない。


 “紫苑”は世界に一つだけのユニーク武器だ。

 生産者の〈ハガネマル〉本人が『失敗作』と切り捨てた刀。同系統の武器は二度と造られず、結果として希少価値だけが跳ね上がった曰く付きの一振りである。


 もっとも――。


「でも、結局は使い手次第。強武器ってほどじゃない」


 そう言って話を流そうとした瞬間。


「いやいや、“紫苑”を使える時点で相当だ。しかも腰に差してるって事は、普段使いするメイン武器だろ?」


 店主が即座に否定した。


「要求される技量がエグいなんてものじゃない。カウンター補正とパリィ性能に全振りしてるせいで、扱えない奴が持つとただの棒切れ以下だからな」


 ルグ達の視線が集まる。


 しまった、と思った。


「へぇ……」

「なるほど」

「だからあんな戦い方だったんですね」


 三人が妙に納得した顔をしている。


 特にルグ。

 “灰狼”を見ていた時と同じ目をしている。


「……買いかぶり過ぎだ」


「でも実際、オーガ相手にパリィ決めてましたし」


「普通あんな大型相手にやらないよね」


「しかも仰向けからでしたよね?」


 逃げ道を塞ぐように会話が飛んでくる。


 居心地が悪い。


 こういう視線には慣れていたはずなのに、今は妙に落ち着かなかった。


「はいはい、そこまでそこまで」


 そんな空気を断ち切るように、店主がパンッと手を叩く。


「俺が煽っちまったようなもんだが、年下が寄ってたかって弄るもんじゃねぇぞ。……兄ちゃん、困ってんだろ」


「弄ってるつもりは無っすよ!?」


「純粋に尊敬してるだけです!」


「私は割と面白がってますけど」


「「ラン!?」」


 騒がしくなる三人組。

 軽くなった雰囲気に、暗い気持ちは押し流される。


「……三人は、ほんと仲良いな」


「まぁ、付き合い長いんで!」


「腐れ縁みたいなものです」


「切っても切れないよね」


 わいわいと騒ぐ三人を見ながら、ふと胸の奥が少しだけ温かくなる。


 馬鹿みたいに騒いで。

 くだらない事で盛り上がって。

 ダンジョン攻略より雑談の方が長い日だってあった。


 ――あの頃は、楽しかった。


 不意に蘇った記憶に、胸が少しだけ痛む。


「セツさん?」


「……いや、何でもない」


 誤魔化すように視線を逸らした。その時だった。


 ピコン、と軽い通知音が鳴る。


 フレンドメッセージ。


 視界端へ半透明のウィンドウが表示され、送り主の名前を見た瞬間、心臓が跳ねた。


Claire(クレア)


 表示された名前を見た瞬間、俺は反射的にウィンドウを閉じかけた。


「……あ」


「ん?」


 ランがこちらを覗き込む。


「その反応。もしかして、彼女?」


「っ、ごほ……!」


 予想外の言葉に思わず咳き込む。


「うそ、本当に!」

「お手本みたいな反応してますよ、セツさん」


 盛り上がる女子二人。

 息を整え、何とか弁明する。


「……違う」


 やめてくれ。

 ……俺じゃ、彼女と釣り合わない。


 視界端では通知アイコンが点滅し続けている。

 

 向き合うと決めて店を出た。

 覚悟は固めたはずだった。

 それなのに……。

 

 本当に、情けない自分が嫌になる。


 ――Claire(クレア)


 その名前を見るだけで、心臓が痛かった。

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